とりあえず幻想郷中に声を掛けて乱痴気騒ぎとなった月ロケットのお披露目パーティーの酔いも抜けた頃。
 いよいよ月に向かって出発するため、僕たちは紅魔館の大図書館に集合していた。

 ……でだ、

「やーーー! 私も行く!」
「だーっ! 無理だって!」

 なぜか僕は、フランドールに羽交い締めにされていた。

「ってか、つい昨日まで全然興味なかったくせに!」
「二、三日で帰ってくると思ってたんだもん!」

 そう。どうも、フランドールは、ちょっと近場まで旅行に行くくらいに思っていたらしい。
 それまでは月に行くということを知っていてもまるきり無視していたのだが、今日、月旅行が最低でも半月以上はかかると知って駄々をこね始めたのだ。

 しかし、いくらなんでも、どんな不測の事態が起こるか分からない場所に火薬庫を持ち込むわけにも行かない。
 その辺は、レミリアも同意らしいが……フランドールを諦めさせる役目を僕に押し付けた時点で、妹に弱いのはバレバレだ。

「ええい、いい子で留守番してなさい! お土産買ってこないぞ!」
「私も付いていけば問題ないもん」
「もんっ、じゃなくて……そうだ、定員はとっくに埋まっててだな」

 嘘だ。レミリアのために用意した部屋は広いので一緒に使っても全く問題はない。

「うちのメイドも行くんでしょ? じゃ、『減らして』くる」
「待て待て待てぇ!?」

 世話役として乗る予定の妖精メイドの所に、恐ろしい笑顔を浮かべながら向かおうとするフランドールを、今度は僕が止める。

 ……んで、その様子を微笑ましそうに見えているのが、レミリア&咲夜さんの主従コンビに、月ロケットのエンジンである霊夢。あとは何故かなし崩し的に乗り込むことになった魔理沙だった。

「おい! お前らも止めるの手伝え!」
「くく……いやいや。そこはお前の役目だろ。暴れたら抑えてやるから」

 魔理沙は笑いを隠そうともせずにそんなことを言う。……っていうか、暴れたらその瞬間にロケットが壊れないか?
 ずるずるずる、とフランドールを止めることも出来ずに引きずられながら、僕は割と愛着を持ち始めた三つ子のロケットを見る。

 ……うん、間違いない。フランドールなら、赤子の手をひねるより簡単にブッ壊す。

「頑張って、良也さん」
「そう言うんだったら手伝ってくれませんかねえ!?」

 まったく心の篭っていない応援をする霊夢に思わずツッコミを入れる。

「レミリア! ついでに咲夜さん――」
「咲夜。紅茶をおかわり」
「はい、ただいま」

 無視だぁ!

 ええい、このままだと哀れ罪なき妖精メイドの命が散ってしまう。
 しかし、力ずくで止められないことは明白。……くっ、仕方がない。

「ま、まあ少し話を聞け、フランドール」
「……なに?」

 おー、話を聞いてくれる体勢になった。出会ったばかりの頃だとこうはいかなかっただろう。成長したもんだ。

「その、紅魔館にはパチュリーや小悪魔さんや美鈴だって残るだろう? 妖精メイドも殆ど残る。寂しくなんかないぞ」
「寂しいなんて言っていないわ。でも、お姉様ばかり楽しいことをするのはズルいじゃない」
「って言うか、お前、外には出たくなかったんじゃ」
「それはそれ、これはこれよ!」

 だーっ、子供だ! 気紛れであっさり前言ったことを翻しやがる。

「えーと、そうだ。レミリアがいなくなるんだから、紅魔館の留守を預かる奴がいるだろう? フランドール以外に、誰が出来るって言うんだ」
「……お姉様の代わり?」

 喰いついた!

「そうそう。フランドールだって、この紅魔館の当主一族なんだ。しっかり当主の代行を務めないとな」
「お姉様はどう思う?」

 不意に、フランドールがレミリアに話しかけると、レミリアは慈悲深い姉の笑みを浮かべながら諭すように言った。

「良也の言う通りよ。フランが残ってくれるからこそ、私も安心して月まで行けるの。私の妹として、恥ずかしくない活躍を期待するわ」
「……うん。頑張る」

 うっわ、僕の思いつきの尻馬に乗っかっただけの癖に、さも最初から自分はそう思っていましたよと言わんばかりの自信満々っぷりだ。
 ……まあ、フランドールが納得したみたいだからいいだろう。

「そっちは終わった? なら良也、こっちを手伝いなさい」

 最後の仕上げとして、ロケットの発射準備を進めているパチュリーがくいくいと手招きをする。

 ……なんのフォローも入れてくれなかったくせに。
 と、恨めし気に思いながら、赤い絨毯の道を歩く。

「魔理沙、お前も手伝えよ。魔法使いだろ」
「つっても、私はパチュリーの術は専門外だ。この赤道とやらの意味もさっぱりわからん」
「さっき言ったろ。赤道上の方が、飛ばすエネルギーが少なくて済むんだ」

 まあ、赤い絨毯を敷いただけでなんのことやら、という話だが。こんなもの、名前が一緒でそれらしければ魔術的には問題なかったりする。
 それに、赤い道にばかり気を取られているが、それ以外の床は白く染められていて、これは紅白を表していたりもするのだ。目出度い配色で、成功を祈るってね。

「うーん、わからん。そういうわけで、頑張って準備してくれ」
「良也、早くしなさい」

 魔理沙が他の連中との茶会に戻り、パチュリーが急かす。茶会には、なんかフランドールがちゃっかり参加してて、レミリアにお土産をねだってる。

 ……まあ、後顧の憂いがなくなったのはいいことだ。うん。




























 僕がこだわった、図書館の天井がぱかりと開くというギミックも無事動作し……僕たちは、月に向けて出発した。
 発射時は結構なGがかかったが、一度安定してしまえばなんということもない。内部の環境を維持するための魔術も、問題なく働いているようだし。

「おおお〜〜? もう紅魔館が見えなくなったぜ」
「へえ、雲の上はこうなっているのか」

 窓から外を眺めている魔理沙とレミリアが騒いでいる。

 咲夜さんは、主人の様子を微笑ましげに見て、霊夢は神棚に向かって手を合わせている。
 僕は、ロケットの魔術のチェックだ。今の所、不具合は見つかっていない。

 ちなみに、妖精メイド達は一番上の、生活環境を整えたロケットの方で第一回月ロケットパーティーの準備に入っていたり。……第何回までやることになるんだろう。月に着くまでけっこう時間があるが。

「んじゃ、さっそく打ち上げ記念パーティーだな! 幻想郷広しと言えど、雲の上で宴会をやったことがある奴はそうそういまい」
「ふふん、この私に感謝しな」
「なんでお前だよ。ロケット作ったのはパチュリーと良也だろ」

 いや、魔理沙。正確にはほぼパチュリーの作だ。僕は手伝いしかやってない。

「パチェはうちの食客。そして良也はうちのジュースよ。当然、私の手柄になるに決まっているじゃない」
「待てこら」

 さらりととんでもないことを言い始めたレミリアにツッコミを入れる。
 しかし、当然のように無視されるのだった。

 ……はあ、もういいや。言っても聞かんだろう。まあ、なんだかんだ言って、レミリアも口程には酷い奴じゃない。口よりはちょびっとはマシだ。あくまで少しだけ。

「んで、霊夢。お前は宴会大丈夫か?」
「勿論。底筒男命も、酒を呑ませろって五月蝿いし」

 神を降ろしている状態で動いて大丈夫か、とも思ったが、問題ないらしい。
 ……まあ、宴会も一応、住吉さんのための神事を兼ねているからいいんだろう。しかし、飲酒運転じゃね? 酔って太陽に向かったりしないかちょっと心配だ。

「咲夜。第一回なんだから、とびきりの酒を持ってきなさい」
「かしこまりました。千年もののワインを開けましょう。数年前から仕込んでいたものです」

 咲夜さんの手にかかれば、二、三年前の酒も千年の熟成を経た酒になってしまう。
 ……便利だ。

 全員で、神棚と神社っぽい装飾しかない最下段のロケットから、一番上のロケットに移動する。

 ここは、咲夜さんの能力により、ちょっとした家くらいの広さに広げられていた。
 やっぱり便利すぎる。

 ちなみに、この最上段のロケットの間取りであるが……まず、中央に円状の大きなリビングがある。それを囲むようにそれぞれの個室とか食料庫とか酒蔵とか台所とか。
 個室は、一番でかいレミリアので三十畳くらいの広さ。僕はあまり広いと落ち着かないので、八畳くらいにしてある。
 一応、風呂や洗面台、トイレなんかは共同だが、男である僕だけは個室に備え付けだ。まあ、ちょっとしたマンションの一室みたいなものか。

 もし、咲夜さんの能力が使えなかったら、十畳くらいのスペースに全員が押し込まれていたはずである。
 ……考えるだに恐ろしい。大体、トイレとか風呂はどーすんだ。凄い不衛生なことになりそうだ。そして僕にとってとても精神的に悪い環境になったに違いない。

「おお、美味そう」

 んで、そのリビングにある大きなテーブルには、現在、所狭しと料理が並べられていた。これは、ロケットに乗り込む前から用意していたものである。妖精メイド達は並べただけだ。

「お酒持ってきましたよ」
「よし、全員グラスを持て」

 レミリアの合図に、テーブルのグラスを手に取る。咲夜さんが、全員に千年分熟成させたというワインを注いでいった。
 神事にワインはいいのだろうか……とも思ったが、霊夢も別に気にしていないようなので、問題ないんだろう。確かに、最近越してきた山の神様も普通に洋酒も呑んでたし。

「よし。無事、月へと出発と相成った。しばらくこのロケットでの生活が続くけど、楽しみましょう。では、乾杯!」

 レミリアの合図と共に、チーン、とグラス同士が高い音を立てた。



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