・月ロケット生活一日目……散々呑み倒した。起きた時、針路がズレていないことに、無茶苦茶ほっとした。

・月ロケット生活三日目……毎夜宴会はやってるが、一日目ほどはっちゃけていない。他の面子は、窓から見える景色を眺めていたりする。

・月ロケット生活五日目……一段目のロケット切り離し。ちょっと安定感がなくなってひやっとしたが、特に問題はなかった。しかし、すぐに二段目ロケットも切り離し。上筒男命は堪え性がないと思う。

・月ロケット生活六日目……前日の二段切り離しのお陰で、少し魔術式に乱れ。幸いにも僕の知識で修復可能な範囲。乱れた箇所は別途資料を残す。

・月ロケット生活八日目……そろそろ僕以外の連中が退屈し始めている。僕は持ち込んだラノベをやっと消化。これから二周目に入ることにする。レミリアが読ませろ、と言ったので一冊渡してやったら、つまらんと一蹴された。あの、三巻から読み始めて言われても。

・月ロケット生活九日目……晩ご飯のおかずを賭けてポーカーをやる。以下、その様子。



 ククク……スープと前菜とデザートは奪われたが、メインは僕のだ!
 ワンペアとスリーカードの組み合わせ……普通に出る配役の中では多分最強に近い役だ!

「フルハウス!」

 自信満々にオープンすると、他の連中もしれっとオープンする。

「フォーカード」
「ファイブカード」
「ロイヤルストレートフラッシュ」
「フォーカード」
「イカサマだろ!?」



 ……この面子相手に賭け事をし始めた僕が馬鹿だった。




・月ロケット生活十一日目……今度はウノで勝負だ!



 なにを隠そう、ウノは大得意! もうあと一枚だっぜ!

「はっは! ウノ! 今度ばかりは僕の勝ち……」
「ドローフォー」
「ドローフォー」
「ドローフォー」
「ドローフォー」
「お前ら絶対結託してやがるだろ!?」



 ……その日、僕はご飯抜きだった。



・月ロケット生〜〜











「な、なんだぁ!?」

 突然の揺れに、僕はロケットの日誌を書く手を止めて、リビングに向かう。

 中央のリビングには、神棚の前で手を合わせたまま動じない霊夢がいた。
 他の連中も、妖精メイド含め若干慌ててやって来る。

「ちょっと、良也! どんな不手際があったの?!」

 レミリアがいきなり僕のせいにしてきやがった。

「知らん! 霊夢、どうしたんだ!?」

 ロケットの魔術面を僕がフォローしてるとは言っても、今このロケットを実質掌握しているのは霊夢だ。霊夢に聞くのが一番手っ取り早い。

「月に着いたのよ」
「え、マジで!?」

 慌てて窓に駆け寄ると、確かにみるみると大地……いや、水面? が近付いている。

 ……って、なんでマリンブルーの水面が月にあるんだよ!?
 くっ、ツッコミを入れたいのは山々だが、今はそれよりもっ!

「ちょっと待て、霊夢! 着地シーケンスは……」
「うーん、多分無理」

 ですよねー!

 本来、月面の重力が地球より小さいということを前提に、着地のためのエアバッグ的な魔術を用意してあるんだが……むう、この落下スピード、どう考えても地球と変わらない1G臭い。
 と、すると着地の衝撃は想定よりかなり大きくなるわけで。うむ、多分衝突の衝撃でバラバラになるな。

「みんな、どこかに掴まっておいたほうがいいわよ」

 と、一人だけちゃっかりと柱に掴まって、霊夢がみんなに忠告する。
 一人、この事態の帰結が読めた僕は一早く別の柱に掴まり、

 ……そのあたりで、ロケットを物凄い衝撃が駆け抜けた。















 !!? っつぅ〜〜

「なんだ、どうした?」

 どうも、一瞬気絶していたらしい。
 気が付くと、木片に掴まったまま、水の上をぷかぷか浮いていた。

「……よぉ、良也。酷い着地だったな」

 僕と同じく、ロケットの破片に掴まって浮いている魔理沙が片手を上げていた。

「魔理沙か。お前、帽子は?」
「飛ばされた。っと、どこかねえ?」

 少し周りを見渡すと、僕の前の方には水平線。後ろには砂浜があった。
 ……海、だよなあ? はて、僕は確か幻想郷から月に向けて出発したはずなのに、何故に海に来ているんだ?

 海には、ロケットの残骸と思しき木片と、中にあった生活用品が雑多に浮いている。しまった、環境破壊か? 持ってきたラノベの回収は……無理だろうな。

「お、あったあった」

 帽子を見つけたらしい魔理沙が飛んでいく。
 そっちの方には、霊夢とレミリアが水面から少し浮いたところで、憮然として水滴を払っていた。

 ……あ、咲夜さんが妖精メイド救出してる。

「全員生き残っているみたいだし、よかったよかった」

 まあ、まさかこのくらいで連中が死ぬとは思わなかったが。妖精メイドとて、『あの』紅魔館で過ごしているのである。フランドールの癇癪に比べると、こんなのどうということもないだろう。

 とりあえず、水の中から飛んで脱出し、砂浜に向かう。
 途中、ふと違和感を覚えて空を見上げてみたら、真っ暗な空に青い地球が浮いていた。

 ……月? ここ月なの? 本当に?
 もはや笑うしかないような気がする。岩石ばかりの不毛の大地はどうした。

「酷い目に遭ったわ……」
「そうね。これはやはり、開発者に責任を取ってもらうべきかしら?」

 はあ、と巫女服の裾を絞って水気を切っている霊夢と、咲夜さんにタオルで拭かれるままのレミリアが、じとっと湿った目で僕を睨む。

「僕じゃなくて、文句はパチュリーに言ってくれっての」
「ふん、このくらいの事態、想定しておきなさい」
「……無茶言うな」

 空気のない月面に着地できるような仕掛けは用意してあったのに。
 しかし、ふっつーに呼吸できるし、温度も適温だし、重力その他も問題なし……いつの間に月はテラフォーミングされたんだ?

「それで、良也? ロケットはああなった訳だが……帰れるのか、私たち?」

 魔理沙が、非常に答えにくいことを聞いてきた。

「なあ、魔理沙」
「な、なんだよ。無駄にいい笑顔で」

 あれ? そんな顔してる?
 まあ、アレだ。人間、どうしようもなくなったときは笑うしかないってことか。

「僕たちの目的は、月に行くことだったよな?」
「そうだが……なんだ?」

 顔を曇らせる魔理沙。ふっ、嫌な予感を少しは感じているらしい。

「つまり、月から帰ることは目的に入っていないよな?」
「ちょっと待て」

 あー、と魔理沙がこめかみに指を当てて考えこむ。霊夢はため息を付き、レミリアと咲夜さんは流石にロケットの製作現場を見ていたためか、予想していたようだった。

「もしかして、帰れないってことか?」
「なにを言う。もしかしなくても帰れない。少なくとも、ロケットの再生は無理だな」
「マジか!」

 あんなバラバラになったロケット、いかに製造に一枚噛んでいたとは言え、僕が再建するのは無理だ。
 設計書は一応積んであったので海をさらえば見つかるだろうが、一から作るとなると……例えるなら自作パソコンを作るため、パーツの金型から作るくらいの難易度がある。
 そうだな……パチュリーが半年弱くらいで完成させたから、その百倍くらい見てもらえれば可能性はある、というところだろう。

「やれやれ……ま、桃でも食べながら、どうするか考えるかね」

 レミリアはふん、と僕を小馬鹿にしてから、裏の木々に成っている桃を漁りに向かった。当然、咲夜さんと紅魔館付きの妖精メイドは付いて行っている。

「桃ねえ」

 そういえば、輝夜が言ってたっけ。月には桃が鈴なりとかなんとか。でも、空気も水もない月にそんなのあるわけねえって思ってたんだが……って、あれ?
 考えて見れば、鈴仙とか永琳さんとかが住んでいたんだから、月の都ってのは当然空気や水もあったんだろう。
 つーことは、こっちは月の表じゃなくて、都とかがある『裏』ってこと?

「ま、少し休憩しましょうか。疲れたわよ」
「……だな。まあ、考えてても仕方ないし」

 僕が悩んでいると、霊夢と魔理沙は二人揃って砂浜に腰を降ろした。
 ……タフだな。地球に帰れないかもしれない、なんて状況で。

 まあ、僕にしたところで、いきなり冥界に行った経験があるので、さほど慌ててはいないのだが。月の都なんてのがあるくらいだから、助けてもらえるかも? って目論見も、桃を確認したことで出来た。

 ふう、やれやれ、と僕も座って少し休もうかと思っていると、霊夢と魔理沙はなんでもない世間話のように話し始めた。

「あー、そういや腹減ったな」
「そうねえ、この海、魚でもいるかしら」
「いや、たとえいなくても倉庫の食料がある。濡れてても食えるのも、あったはずだ。後ろの桃は……デザートだよな」
「そうそう、服の替えも欲しいし、サルベージしないと」
「おっと霊夢。それ以上言ってやるな。なに、ロケット製作者は、心配しなくても責任を取ってくれるだろう」

 ……おい。

「僕、気絶したりなんかして結構ボロボロなんだが」
「良也さんにとってはいつものことでしょう?」
「そうそう。ある意味、私らよりよっぽど頑丈だよな」

 一緒にすんな。

 しかしまあ……これは男の役目……なんだろう。そうでも考えていないと、とっとと不貞寝してしまいそうだった。
























「ぷはっ!」

 今度見つけたのは、多分咲夜さんが使っていた小ダンス。奇跡的に原形を留めていたので、そのまま引っ張り上げた。

 その前に見つけた魔理沙の服、霊夢の下着(海の上に持ち上げた瞬間、ぶん殴られた)、ワインの瓶とかと同じように、砂浜に飛んで運んでいく。
 中身が非常に気になるが、僕とて命は惜しい。いくら僕の命が、なんぼ使ってもぽんぽん蘇るとしてもだ。

「よっこい、しょっと」

 砂浜にタンスを置いて、再び海の方へ。
 ちらりと、横目でサルベージしたワインで一杯やってる霊夢たちを見る。

「なあ、良也。つまみはないのか、つまみは」
「チーズとかがいいわねえ。でも、濡れちゃったら食べられないかな」

 てめぇら、人が気張って働いている間に呑気だなおい。

「……桃でも食ってろ」

 砂浜の向こうにたくさん生っている桃を指さしてやる。
 しかし、二人はうーん、と微妙な顔になった。

「塩っからいのが欲しいんだよなあ」
「果物ってワインに合うのかしら?」

 わ、我侭な。

 しかし、食料はなあ……。底に沈んでいるパンとかクッキーとかは見かけたけど、あれは流石に食えんだろう。そのうち、海の生物によって食べられることを期待するしかない。

「そんなに欲しいんだったら、釣りでもしろよ」

 そこらに転がっているロケットの破片を作れば、サバイバル生活に慣れたこいつらなら楽勝で釣竿くらい作れるはずだ。この海って、なんか小魚すらいなかったけど。

「豊かの海には生物はいないわ。生物の海は穢れの海……月の海には生き物は存在できない」
「へ〜、『水の清きに耐えかねて』ってやつかねえ」

 ふむ、まあどう考えても地球とは環境も違うだろうしなあ、と納得したが、はて今の声はどなたのでせう?

 声のした方に振り向いてみると……鼻先数センチのところに、刀の切っ先があった。

「ぬおお!?」

 ビビッて思わず後退りする。

「おいおい、物騒だな。その長物」

 魔理沙が『面白くなってきたぜ』という顔をしてツッコミを入れる。
 ……うん、確かに物騒だけど、お前が言うな。

 んでも、いきなり現れた刀を構えた物騒な女性は、僕と魔理沙のことなど気にもせずに、今度は霊夢に切っ先を向けた。

「……住吉三神を呼び出したのは、貴方ね?」
「そうだけど、なに?」

 じー、となんか見つめ合う二人。……なんだろう、通じ合ってる?

「あのー」
「……なんでしょう」

 恐る恐る、声をかける。無視されるかと思ったが、女性は警戒しつつも普通に応対してくれた。

「それで、貴方はどなたなんでしょうか? えっと、月の人? 僕たちに、なんの用でしょう?」
「……月の警備隊、隊長の綿月依姫。月の侵入者である貴方達を排除しに来ました」

 こんな風に、と依姫さんは刀を地面に突き立て……どういう原理か、僕と霊夢と魔理沙の三人は、直後に地面から生えてきた刃に取り囲まれた。

 ……うん、この人が鈴仙の言ってた綿月姉妹の一人か。
 聞いてはいたけど、本当に警備隊の人なのか。……突然の侵入者に当たり前といえば当たり前だけど、かなり警戒している様子。

 なんともいやはや、厄介なことになりそうであった。



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