「ふう」

 持ってきたお菓子を全て売り捌き、僕は伸びをする。

 未だ外の世界のお菓子の人気は衰えておらず、一時間以上持つことは稀だ。
 それでも、最初の物珍しさが薄れたせいか、最近買いに来るのは大体決まった人たちなんだけど。

「……っと」

 帰ろうとして、いつものやつを忘れていたことに気が付く。
 いつも、リュックの底に入れている、大きな飴玉の袋。

 ……さて、忘れないようにいかないと。

 僕は空を飛ぶ。
 歩いてもいいんだけど、外の世界だと全然空を飛べずストレスが溜まるから、こっちでは移動は殆ど飛行だ。楽なんだよね。

 と、言っても人里の中の移動だから、いくらも経たないうちに目的地に到着する。

 他の家より、ちょっとだけ大きな家。まあ、別に金持ちと言うわけではなく、一階で寺子屋をやっているせいなんだけど。

「慧音さーん。いつもの飴、持って来ましたよ」
「ああ、ありがとう」

 一階の寺子屋部分で、なにやら紙と向き合っていた慧音さんが顔を上げて答えてくれる。
 毎度のことなので、僕は特に気にすることなく、取っておいた飴玉の袋を手近な机に置く。

 ……慧音さんは、自分で食べたり、寺子屋に来る子供に分けたりするため、毎回飴を買っていってくれるお得意様なのだ。
 しかし、毎回毎回足を運ばせるのも悪い。僕、売りに来るのはかなり不定期だし。

 なので、結構前から慧音さんには配達するようにした。
 慧音さんはいいと言ってくれたけど、なにかとお世話になっているからな。

「それ、寺子屋のテキストかなにかですか?」
「ああ、まあそんなところだ。今やっている授業の補足資料なんだが……人数分用意するのは、これで中々骨でね。この程度で天狗に印刷を頼むのもどうかと思うし」

 当たり前の話だが、幻想郷では印刷技術は一般的ではない。

 活版印刷くらいなら出来ないこともないのだが、そもそも需要がないのでやる意味がない。やっているのは、新聞の部数を競っている天狗たちくらいのものだ。
 なので、人里の人が印刷をする必要があれば、天狗に頼むことになる。

 ちゃんと対価を払いさえすれば、断られることは滅多にない。基本的に天狗というのは、山にさえ入らなければ意外なほど人間に好意的だ。まあ、新聞を書いても読んでくれる人がいないと意味がないし。

 ……しかし、プリント一枚くらいなら、印刷を頼む手間や代金を考えると、手で書いた方がいい、ということなんだろう。

「ふーん。先生も大変なんですね」
「良也くんも、確か外の世界で講師をしているとか言っていなかったか?」
「外じゃ、もう手書きなんてしませんよ。印刷もこっちよりずっと一般的だし」
「そうか。便利そうだけれど、それはそれで味気ないな」

 かも知れない。
 慧音さんの作っているプリントは、字一つ一つに思いみたいなのが篭っていて、やる気を起こしそうだ。

「……ふう。少し休憩にしようか。良也くん、お茶でもどうだい?」
「あ、いいんですか? 頂きます」

 慧音さんが筆を置き、立ち上がる。
 それに、僕も付いていくのだった。





















 慧音さんとお茶を飲みながら、他愛ない話をする。

「最近はどうだい? 色々と異変に巻き込まれたことは聞いているけど」
「……ええ、まあ」

 幻想郷に来始めてからの二年半を思う。
 改めて考えてみても、普通の人間なら一生に一度レベルの騒動に巻き込まれすぎな気がする。

 おかげで知り合いは増えたけど……変な奴も多いしなあ。

「な、なんとか生き残っていますが」
「それだけでも凄いことだと思うけどね」
「いや、ほら……。僕は妹紅なんかと一緒で死なないですし」

 うん、ここまで来たら疑ってはいないんだけど、永琳さんマジすげえ。不老不死の薬とか、金持ちとかに売りつければ億……いや、もしかして兆とかいくんじゃないか?

「妹紅か。あの子もそれで色々と苦労してきたみたいだけど……君はそんな心配はなさそうだね」
「まあ、不死程度でビビるような知り合いの比率は、残念ながら低くなっていますから」

 うん、外の世界での僕はあんまり交友関係は広い方じゃないし、既に幻想郷の方が友達が多い。そして、幻想郷の知り合いはほぼ全員が『不老不死? そんなんで喜んじゃってるの、プッ』とか言いそうな奴ばかりだ。

「って、そうそう。妹紅と言えば、ちょっと前、輝夜と大喧嘩していましたよ。最近は、ああいうの少なくなったと思ったんですけど」
「聞いた。なんでも、竹林で筍を取っていたら、散歩をしていたあのお姫様と偶然出くわしたそうだ」
「……それだけ?」
「あの二人にとって、お互いの顔を見るだけで、喧嘩のきっかけには十分なんだろう」

 何回も何回も『仲良くしろ』とか忠告したはずなんだけどなあ。慧音さんももう半分くらい諦め気味に見える。

「まあ、最低限の節度は守っているさ。妹紅はたまに、病気の人を永遠亭にまで案内しているんだが、そのときは喧嘩はしていないみたいだよ」

 ……そっかー。輝夜が『普通の人間は巻き込まないようにしている』って言っていたのは本当なのかあ。
 そして、僕は普通の人間扱いされいないの確定なわけね。いいけどさ、もう。

「ああ、お茶のお代わりは?」
「もらいます」

 いつの間にか飲み干していた湯飲みを慧音さんに渡す。
 ……特別、すごく美味しいというわけじゃないんだけれども、ついつい飲んでしまう。そんな感じの、ほっとするお茶だった。

「けっこう美味しいですね、このお茶」
「そうか? 里の雑貨屋の徳用品なんだが」

 んじゃあ、慧音さんの淹れ方が上手なのかな。うん、そうかもしれない。

「ああ、そうそう。前から聞こうと思っていたんだけど」
「はい?」

 二杯目のお茶を楽しんでいると、慧音さんがなにやら改まって聞いてきた。

「良也くんは、この里に移住したりはしないのかい?」
「……はい?」

 我ながら、見事にきょとんとしていたと思う。
 なにを言い出すんだろう、慧音さんは。僕が外の世界で暮らしていることくらい、知っているはずだけど。

「なにを急に?」
「なんというか……ほら、外の世界では、妖怪や霊能者といった者はほとんどいないんだろう?」
「まあ、一般的ではないですね」

 社会の裏側に、ほんのちょこっとだけいるそうだけど、詳しくは知らない。

「それならば、いっそのことこっちに住んだらどうかと思っただけだ。今はいいけれど、不老だと将来変に思われないか?」
「あ、それは大丈夫です。永琳さん謹製の変身薬をもらっていますから」

 飲むと年取って見えるという、メル○ちゃんばりのアイテムである。この前、誕生日に一粒飲んだけど、全然変わったようには感じられなかった。
 ……まあ、あと十粒くらい飲んだら、違いが出るだろう。もうちょっと渋い外見希望。僕、微妙に童顔なので。

「ふむ……まあ、無理強いをするつもりはないけれど。よければ考えておいてくれ。里でも若い男、しかも霊力持ちとなれば大歓迎だ。君のことはみんな知っているし、子供にも人気があるしね」
「はあ、そうですね……」

 曖昧に頷いて誤魔化す。今のところ、僕は幻想郷に移住する気はまったくと言っていいほどない。

 なにせ、幻想郷にはまずインターネットがない。電気がないからゲームも出来ないし、漫画等の新刊を買いに行くのも一苦労だ。
 ……うん、多分僕生きていけない。精神的に死んでしまいそう。

 もし、僕がこっちで暮らすつもりになるとしたら、もう二、三十年はして、そっちの趣味に飽きた頃だろう。うん、そうに違いない。

『すみませーん』

 と、そこで玄関の方から、誰かの声が聞こえた。

「……お客さんみたいですよ?」
「ああ、そうみたいだね。……ああ、そうそう、あの子か」

 慧音さんは心当たりがあるようで、そんなことを呟きながら玄関に出迎えに行く。

「あ、じゃあ僕はこれで」
「ん? 別にゆっくりしていけばいい。今来たお客も、君の知っている子だよ」

 僕の知っている?
 とすると、高確率で厄介者なんだが。

「……って、阿求ちゃんか」
「あれ? 良也さん。こんにちは」

 で、ちょこっと玄関を覗いてみると、いたのは今日も僕の菓子店に来てチョコレートとマシュマロを買っていった阿求ちゃんだった。

 ……よかった。普通の子だ。

「なにを胸を撫で下ろしているんだ、君は」
「いや、もう。慧音さんが僕の知り合いだとか言うから、思い切り身構えちゃったじゃないですか」
「……割と苦労しているんだな、君も」

 そうです。

「慧音さん。これ、頼まれていた資料です」
「わざわざありがとう。写したら返しに行くよ」
「お願いします」

 ああ、なるほど。寺子屋の授業で使う資料を借りているわけか。
 確かに、阿求ちゃんところは、昔から歴史の編纂とかしている家系で、その手の文献とかは豊富にある。

 読み書き算盤のみならず、幻想郷の歴史も教えているので、そういう資料も必要なんだろう。

「ところで、君はうちの寺子屋に通わないのかい?」
「う〜ん、大体知っていることばかりですしねえ」
「何を言う。うちでは、基本的な家事炊事等も教えているぞ」

 うっ、と阿求ちゃんがちょっとうろたえる。

 ……まあ、あんな良家のお嬢様なんだから、そっち方面が苦手でも不思議じゃないけど。

「と、とりあえず、検討はします。そ、それじゃ」

 そそくさと帰ろうとする阿求ちゃん。

「まあ、待ちなさい。そこら辺の話も含め、ちょっとお茶でもどうだ?」
「い、いえいえ。早く帰らないといけないのでっ」

 ふむ。
 慧音さんと僕は視線を交わす。……まあいいか。

「阿求ちゃん。ちなみに、僕が持ってきた羊羹があるんだが」

 神社に持って帰ってお茶菓子にしようとしていた羊羹を取り出す。甘いもの好きな彼女には、抗えまい。しかも、里でも人気の店の一品だ。

「う……」

 悩むこと数秒。
 阿求ちゃんは、内心の葛藤を表しつつも、頷いた。











 その日は、その二人とお茶をしておしまい。
 ……ああ、なんか癒される。

 他の連中はなにかと疲れるんだよ、いや本当に。



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