本日は、森近さんの頼まれものを届けに、香霖堂までやって来た。

 ……念のため言っておくと、別に萌え系ではない。単なる乾電池だ。
 なんでも、森近さんがスキマとの交渉の末、幻想郷への単三電池の持込を認めさせたらしい。

 だったら、スキマが用意してやりゃいいのに、なぜか僕に依頼された。

 まあいいけどさ。森近さんには世話になっているし。

「こんちはー」

 また妙なのが増えている店先を通り抜け、入り口を開ける。

「ん? おお、良也。こんちは」
「あれ? 魔理沙」

 中に入ってみると、店主の森近さんと共に、普通の魔法使いがいた。
 いや、別に珍しくもないけど。よくここに入り浸っているからな、こいつ。

「やあ、良也くん。首を長くして待っていたよ。ささ、例の電池を見てくれないか?」

 こっちは挨拶もせずに、本題に入る森近さん。楽しみなのは判るけど、こんにちはくらい言おうよ。

「……これがそうです。お代のほうは、まあ香霖堂への貸しってことで」

 お金には特に困っていないので、そういうことにしておく。まあ森近さんは道具に関しては裁縫からマジックアイテム作成まで色々と多芸な人だから、頼ることもあるだろう。

 そんなことをいいながら外の世界について話したり、たまに外の品を持ってきたりしているから、ここらで貸しを清算するのも悪くないけどさ。

「やれやれ、了解だよ。ああ、そうそう。君のところの巫女のツケが随分溜まっているんだが?」
「それはそれ、これはこれです。取り立てるなら本人からお願いします」

 ……昔は、多少は立て替えてやろうと思っていた、霊夢の香霖堂へのツケだが。
 金額に直すと、かなり洒落にならない額になっているので、見捨て……もとい、お金のありがたさをその身に叩き込ませるため、霊夢自身に返済させることにした。

 そう僕が明言したとき、森近さんが泣きそうな顔になったのは気のせいではあるまい。
 ……二、三ヶ月くらいは遊んで暮らせる額だしなあ。森近さんが違法金利で金額を水増ししているならばともかく、この人に限ってそのようなことはないだろう。

 ご愁傷様、としか言いようがない。しかも、この店はもう一人、霊夢に負けず劣らずツケを溜め込んでいる奴がいるっぽいし。

「お、香霖、なんだそれ? 良也が持ってきたって事は、外の世界の品か?」
「目敏いね、魔理沙」
「いや、目敏いも何も、今手渡ししたでしょうが」

 魔理沙でなくても、普通気付くと思うが。

「そう、これは外の世界の品物。乾電池と呼ばれるものさ。幻想郷にもいくつか流れてきたが、そのどれもが電池切れと呼ばれる状態で……」

 説明を始める森近さん。……ああ、こうなると長いんだ。

 僕は魔理沙にご愁傷様と呟いて、こっそり二人から離れる。森近さんの今のターゲットは魔理沙だから、僕は離れても大丈夫。
 ……さって、待ってるのも暇だし、香霖堂の商品でも物色するか。

「と、なるとアレか」

 前々から気になっていた武器コーナーへ。

 他の雑多な品物も好奇心が疼くが、やはり武具コーナーは男の子として心躍るものを感じずにはいられない。
 目に付くだけでも、日本刀の類が大小あわせて十本ほど。同じく日本のものっぽい槍が数本。西洋風の両手剣に、和弓、洋弓。ナイフに手裏剣……と、狭いコーナーにこれでもかと言わんばかりに古今東西の武器が並んでいる。

 ……あ、チャクラムやトンファーまである。

「よっと」

 でも、僕が少しでも使えるのは、昔多少触ったことのある刀くらいのものだ。

 脇差程度の長さの刀を取って、抜いてみる。
 名刀、とは言わないが、数打ちの刀とは明らかに違う存在感を持った刀身が濡れたように光る。

 刀身をしばらく観察して、納刀した。

「ふむ」

 そういえば、幻想郷の連中は年がら年中弾幕ごっことか言って争っているからか、それなりに武器を使う奴はいるな。
 妖夢と天子は剣。咲夜さんがナイフで、スキマとかは傘や扇子を使っていたり。小町も使っているかどうか判らない鎌を持っているし、霊夢だって針を投げたりする。

 ……ふむ、ここは一つ、僕も武器でも持ってみるか?

「なに刃物を見てニヤニヤしているんだ? ちょっと危ないぜ」
「……魔理沙? なんだ。もう森近さんの説明は終わったのか」

 僕が刀とかに夢中になっているうちに、森近さんの説明は終わったようだ。今はゲームボーイに乾電池をセットしようと、森近さんが四苦八苦している。
 ……たぶん、あのゲームボーイ、壊れていると思うけど。

「まぁな。今は、あっちに夢中みたいだ。早めに開放されてよかったぜ」
「それはよかった」
「で? なに熱心に見ているんだよ」

 んなこと言われても。

「僕もこういうのに憧れる年代ってことさ」
「そーゆーもんかねえ。私はやっぱり、これが一番だけどな」

 と、魔理沙はいつも使っている八卦炉を取り出して、砲撃を撃つ真似をする。……いや、そりゃあんな反則みたいな威力を出せるんだったら、それで十分だろうよ。

「それ、森近さんが作ったんだっけ?」
「そうだぜ。料理に実験に弾幕ごっこに大活躍。これがない生活はもう考えられないぜ」

 そこまで愛用してくれたら、森近さんとて本望だろう。……しかし、いいなあ、魔理沙。

「しかも、聞いて驚け。この八卦炉はなんと『ひひいろかね』製なんだ」
「緋々色金?」

 あ〜、あの滅茶苦茶希少な金属とかいうアレね。えっと、確か前に、この香霖堂で妖夢が緋々色金の剣があるとか言っていたな。

 そうそう、草薙の剣――もとい霧雨の剣だ。ちょっと人目から隠すようにして置いてある。なんでこんな(と言ったら失礼かもしれないが)店に、日本最強の剣があるんだろう……

「そうだ。良也は知っているのか。いや〜。私が集めていた宝物の鉄くずと交換で香霖が作ってくれたんだ」
「鉄くずって。……たぶん、それ破格どころの話じゃないぞ」

 パチュリーのところの文献で、少しだが緋々色金の記述を見たことがある。

 所謂、伝説の金属。オリハルコンやミスリル等と同格かそれ以上。
 加工の仕方によって様々な特性を備え……買おうと思ったら、下手したら同じ重さのダイヤより高いかもしれん。そもそも、買える代物じゃないけど。

「私の宝物を譲ったんだから、これくらいは当たり前さ。それに、香霖だって気に入っていたしな」
「……あの人が、普通の鉄くずに興味を持つとは思えないけど」
「嘘じゃない。例えば……ほら、そこの剣。その剣なんか、香霖は『霧雨の剣』とか恥ずかしい名前まで付けるほど気に入っていたんだぜ」

 ……と、魔理沙が古びた剣を指差す。
 って、ちょっと待て。

「……森近さん。森近さーん」

 夢中でゲームボーイを弄っていた森近さんに呼びかける。
 森近さんは、調査の邪魔をされた成果多少面倒くさげに視線をこっちに向け……僕が霧雨の剣と魔理沙を交互に見ていることに気が付いて、顔を引き攣らせた。

「りょ、良也くん!」
「はいはい」
「? なんだ? どうしたんだ、お前ら」

 事態が飲み込めない魔理沙をよそに、僕と森近さんはひそひそと内緒話をする。

「森近さん。貴方、なにあんな超レアモノを巻き上げているんですか。しかも、魔理沙気付いていないですよ?」

 いくら緋々色金が貴重な金属とは言え、神剣とは流石に比べようがない。歴史的価値も霊的価値も雲泥の差だ。流石の魔理沙でも、知っていたら八卦炉と交換なんてするはずがない。
 ……大体、あれも緋々色金製だし。

「だからこそ、だよ。魔理沙に収集癖があるのは知っているだろう? どうもあの子は無意識にそういう希少な品を集めてしまうみたいでね。しかも、その価値に気付いていない。だから、価値がわかる僕が引き取っているというわけさ」
「……教えてあげりゃいいのに」
「教えたら教えたで、魔理沙の手元にあるとどうなるかわからないじゃないか」

 い、一理あるかもしれない。草薙の剣みたいな凄い力を持った剣が魔理沙の手元にあったら……うーん、あんまりいい未来は想像付かないぞ。

「……いいでしょう。黙っておいて上げます」
「感謝するよ。もし知れたら、どんなことを言われるか。不安で仕方がない」
「貸しですからね?」
「わかっているさ」

 森近さんは肩を竦め、了承した。

「しかし、君に対する借りも随分溜まってきたなあ。……なにか、僕に頼みたいこととかないのかい?」
「今のところは……。ああ、そうだ。僕に向く武器とかありませんかね?」

 武器? と森近さんは小首を傾げる。。

「なんでまたそんなものを? 争いごとは嫌いじゃなかったのかな」
「いや、格好いいから」

 言い切ってやる。
 ええ、それ以外の理由はありませんよ、ええ。

 なので、実用性はある程度度外視だ。僕は魔法使いなわけで、魔法の発動を補助する杖とか魔導書とかが正道なわけだが、見た目重視で剣とか槍でもいい。

「なんなら、あの草薙の――失礼、霧雨の剣を譲ってくれても」

 何せ、ゲームや漫画でも大活躍の伝説の剣である。ネームバリューだけでも持っていて損はない。
 古いものは、それだけで霊的に力があるしね。数千年レベルの刃物というだけでも、価値は計り知れない。

「いや、あれは駄目だよ。あれは僕の個人的なコレクションだから」
「でしょうねえ」

 まあ、多少の貸しくらいで譲ってもらうようなものでもない。

「なんなら、君も魔法使いなんだし、魔理沙と同じくミニ八卦炉を作ってあげようか?」
「う〜〜ん」

 僕程度の霊力で扱いきれるか、あれ? どう考えても魔理沙の超劣化版にしかならない気がする。
 大体、技が被ってしまって、魔理沙が面白くない顔をしそうだ。

「それはちょっと……」
「そうかい? ならどんなのがいいかな」

 ふむぅ、しかし僕、あの剣結構欲しくなってきたんだけどなあ。頼んでも無理だろうなあ。
 ……あ。

「そういえば、魔理沙の八卦炉は緋々色金で作ってあるそうですが」
「そうだよ」
「緋々色金、まだ持ってます?」

 聞くと、森近さんは眼鏡をくいっと上げ、魔理沙が聞いていないことを視線で確認してからこそっと言った。

「……ちょっと前、また魔理沙から鉄くずを引き取ってね。その中に、緋々色金のインゴットがあったりするんだが」
「い、インゴット?」
「ああ。けっこう大きいのがね。相変わらず、どこから手に入れて来るんだか」

 下手したら屋敷の一つや二つは建つぞ、それ。

「まあ、僕が持っていても使い道はないし。これを使った道具がいいというのなら作るよ」
「あ、ありがとうございます。それでですね……」

 その時の僕の提案は、我ながら妙案だと思った。





























「やあ、良也くん」

 後日。
 二週間ほどしてから、僕は再び香霖堂を訪れていた。

「出来ました?」
「いや、中々に苦労したよ。鍛冶師の真似事までしてね。河童の炉を借りに行ったりして。まあ、苦労しただけの価値はあったけれど」

 これだよ、と森近さんは言って、布で包まれた棒状のものを僕に寄越してくれる。

 布を取っ払ってみると、鞘に収められた剣があった。

「抜いてみても?」
「どうぞ。それは君のものだ」

 了解を取ってから、すらりと抜き放つ。

 ……抜いてみると、鞘と柄の拵えこそ違うものの、霧雨の剣と瓜二つの剣が姿を現した。

「草薙の剣・レプリカ。……中々面白い発想をするね、君は」
「いや、だって本物が近くにあるんだから、やってみたいじゃないですか。外でも名刀のレプリカはたくさんありますし」

 そう。僕は森近さんに、霧雨の剣に似せた剣を作ってもらったのだ。
 本物というこの上のない手本があるのだ。姿かたちだけ真似るのはそう難しいことじゃない。材質までも同じ緋々色金なのだから、物理的にはこのレプリカと本物は、ほぼ同じ代物だ。

 無論、本物にある天下を取るような力はないが……しかし、姿かたちがほぼ同一であれば、本物の万分の一であれ、力が宿るはずだ。
 似たもの同士は影響しあう、というのは魔術の基本の一つだし。

 その手の縁は僕の能力の影響下にあると意味がなくなっちゃうんだけど……まあ、そこはそれ。この剣一つ程度なら、なんとでも縁を繋げることは出来る。

「ああ、そうそう。ちょっと悪戯もしておいたよ」
「……悪戯?」

 不穏だ。森近さんのことだから、そう致命的なモノじゃないだろうけど。

「たいしたことじゃない。ちょっと、本物から、ほんのちょっと……本当にちょっとだけだよ? 金属粉を削り取って、そいつに混ぜておいた。これで、名実共に、それは草薙の剣の分身のようなものになったわけだ」

 ……元々、とんでもない代物だったけど、その時点で洒落にならないアイテムになってしまった。
 ぼ、僕が持ってて大丈夫か?

「……あんまり使わない方がいい気がしてきました」
「だねえ。道具は使ってこそだけど。まあコレクションにでもしてくれ」

 博麗神社に大切にしまっておこう。……物騒すぎて、外の世界には持ち帰れない。銃刀法違反だし。

 ……まあ、折角なんだから、久しぶりに剣道の練習でもしてみようかな。











 追伸、練習は三日で止めた。疲れるし。



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