本日、僕は地底へと飛んでいた。
 ……地底に向かうのに『飛ぶ』という表現は微妙に違和感。地底への道が広すぎるんだよ。なんで弾幕ごっこが出来るほど広い道があるんだよ。

 まあ、だからこそ妖怪とかをやり過ごせるスペースがあるわけで、ここまで誰にも見つからず来れたわけなんだけど。

「はあ……霊夢も少しは我慢すりゃあいいのに」

 悪態をつく。
 地底は地上よりも微妙に危険度が高いので、降りるのは躊躇していたのだけれど、

 今朝、幻想郷に来るなり霊夢に『地霊殿へお使いに行ってきてくれない?』と頼み事(命令とも言う)されたのだ。

 なんでも、地底から沸いている温泉がここ数日ちょっとぬるいんだとかなんとか。
 温泉が沸くようになって、風呂を沸かす手間が省けたはいいけど、そういう温度調節は逆に難しくなったようだ。熱すぎるなら水で埋めればいいが、追い炊きなど露天風呂じゃ不可能だ。

 ……まあ、火系魔法でどうとでもなる気がするが。言うと、面倒だからやりたくないと言われちゃったよ、あっはっは。

 やる気ねえ〜。

 と、とにかくだ。そんなわけで、間欠泉の現況であるお空のところへ向かっているわけだ。『風呂がぬるいぞコラァ』とツッコミを入れるために。
 僕はメッセンジャーだから、霊夢の言葉を伝えるだけだが……でも、どう考えても霊夢の我侭ですよね。『異変で迷惑をかけたんだから当然よ』とかなんとか言っていたけど。

 ……しんど。

 大体、なんで僕が行かなくちゃいけないんだ。ったく。地底への道は暗くて、微妙に怖いんだぞ。

「って、あれ?

 いつの間にか、なんか見覚えのある道を飛んでいた。
 あれ? そういえば、ここら辺だっけ。前スキマに落とされた辺り。

 ……あ〜、間違いない。なんか記憶にある。あの時はヤマメに襲われてえらい目に。
 ん? いや、その前にも確か、

「……はっ!?」

 多分、それに気が付いたのは偶然だ。
 丁度、あのときのことを思い出して警戒心が走っていたおかげ。

 頭上から落ちてきた桶を、僕はとっさに前方に急加速して避けることが出来た。

「っしゃあっ! どこの誰だ!?」

 ぐるりと回転し、襲ってきた相手と相対する。
 相手は……微妙に記憶にある、桶に入った少女。躱されたことに驚いて、こっちを見ている。

 よし、ここで攻撃すれば、多分勝てる。相手は妖怪だ。もしかして僕、初めての妖怪相手の白星……!

「食らえっ!」
「(びくっ)!」

 ……う、なんかビビってる?

「え、えーと。君、誰?」

 聞くと、少女はぴゅーって感じで去っていった。
 ……なんなんだよ、もう。



 ……と、油断して前を向いた直後、後頭部に桶が突っ込んできた。
 気絶した。落ちた。死んだ。

 意外と、悪辣な妖怪なのかもしれない。






















 なんて、ちょっとしたトラブルはあったものの、無事地霊殿にまで辿り着いた。
 旧都では勇儀さんにも挨拶して、しばらく付いてきてもらった。あの人がいると、地底の妖怪たちはちょっかい出してこないから助かる。

「おーいっ! 誰かいないかー?」

 地霊殿をふらふらしながら、呼びかけて回る。……広いんだよ。紅魔館といい、永遠亭といい、なんでこう妖怪の住処ってのは無駄に広いんだ。室内弾幕ごっこをするためか?

 しかし、誰も見当たらない。寄ってくるゾンビフェアリーを適当にあやしながら、方々を回る。

「むう、これって不法侵入になるのか?」

 家の人間がいないのに、好き勝手歩き回っているが。しかし、チャイムもないしなあ。

「あれ? 良也、ちょっと久しぶりね」
「おおう!?」

 いきなり後ろから声をかけられてビビる。
 ……振り向いてみると、無意識で行動して全然さっぱり行動の読めないこいしがいた。
 心臓に悪いんだよ。

「なに? 遊びに来たの?」
「ちょっと違う。上の神社に沸いている温泉の温度がちょっとぬるくなってきているから、どうしたのかなってさ」
「ああ、お空に用事ね。今、ちょっと大変なのよ」

 大変? ……なにやら嫌なフレーズ。もしかして僕、帰った方がいい?

「大変って、なにが?」
「少し前に地上の神様が来て、お姉ちゃんやお空と色々お話しているのよ。なんでも、エネルギー革命? だとかなんとか」

 こけるところだった。

 諏訪子に神奈子さんかよ。そういえば、そんなことを言っていたけどさあ。

「……どこで?」
「行くの? そこ曲がってまっすぐ。突き当りよ」
「ありがとう。こいしは行かないのか?」
「私はもうちょっとふらふらしてるわー」

 相変わらず無目的な奴である。まあいいか。
 ……って、あれ?

「こいし、なあ」
「なに?」
「お前の胸元のそれ、ちょっと薄目になってない?」

 この前までは完全に閉じていたこいしの第三の瞳。よく見ると、本当にうっすらとだけど、開いているような?

「あっ!」

 こいしは、そそくさと僕からその瞳を隠し、次に見せたときにはちゃんと第三の眼は閉じていた。

「もう、最近、気を抜くと開きそうになっちゃうのよ」
「いいことなんじゃないか? さとりさんも、そんなようなことを言っていたけど」

 うん、第三の瞳を閉じるのは逃避だとか何とか。別にどっちでもいいけど、僕は。どうせ読まれないし。

「嫌よ。人の心なんて、読まないに越したことはないんだから」
「ふーん」

 とかなんとか言っているこいしが、半ばムキになっているように見えるのは……さてはて、気のせいかしらん?

「もう私は行くからっ。じゃあねっ」
「うぉーい」

 ぴらぴらと手を振って、こいしを見送る。……離れてしまえば、無意識で行動するこいしのことは、どこに行ったのかよくわからなくなってしまう。

「……さて。とりあえず、当初の目的を果たすか」

 とりあえず、用があるのはお空だ。こいしには、また別の機会に問い詰めてみよう。面白そうだし。

 と、僕はこいしに言われた方向に飛ぶ。

 いくらもしないうちに、一つの部屋の前に辿り着いた。中から、話し声らしきものが聞こえる……よし、ビンゴだな。

『だからさぁ、何度も言うけど、少しくらい協力してくれたっていいじゃないか』
『力を授けたから、その力を貴女たちのために使え、と? なんて身勝手な話かしら』
『……ったく。強情だ。あんたたちとは異変が解決したときに和解できたと思ったんだけど』
『それはそれ、これはこれですわ。……あらあら。今度は上の巫女も巻き込むつもり? それでも私の考えは変わらないわよ』
『心を読むんじゃないよ』

 なにやら、漏れ聞こえる会話から、あんまりよさげな空気じゃない気がする。
 ……帰ろうかなあ。

『……って、ん? 誰か来ているみたいだよ?』
『あら、部屋の外に? 誰かしら……うちを訪ねてくるなんて』

 あ、感付かれた。
 だ、だけど、まだ僕だということはバレてはいないはず。面倒なことになりそうだし、とっとと姿を隠……

『心が感じられない。良也さんね?』
「……はい」

 速攻バレたので観念して部屋に入る。そっかー、さとりさんが心を感じられない、という時点でバレちゃうのか。

 中には、テーブルを挟んで対峙するさとりさんと神奈子さん。あと、微妙に蚊帳の外に置かれている風に、部屋の隅で暇そうにしている諏訪子とお空。

 ……わっかりやすい構図だなあ。

 ぃょぅ、と手を上げて挨拶しつつ、僕は、諏訪子&お空組の方に退避したい気持ちにかられるのだった。























 話を聞いてみるとこうだ。

 元々、神奈子さんたちがお空に八咫烏を降ろし力を与えたのは、『河童のエネルギー産業革命』と銘打った計画のためである。
 要するに、八咫烏の太陽の力――核融合の能力を用いて核融合炉を作ろうというわけだ。

 まあ、そのお空が調子ぶっこいて地上を侵略しようとしたり、それを止めようとしたお燐が怨霊を出したりして、異変扱いされ、霊夢にフルボッコの目に遭ったんだが……。
 とにかく、そんな風にして一時中断していた計画を、再開しようとしたらしい。

 そのための打ち合わせをしに、地底に降りたところ、お空の飼い主であるさとりさんにストップをかけられた。
 曰く『人のペットをなに勝手に使っているんだ』というわけ。

「……面倒な」
「なにか言ったかい?」
「別になにも」

 神奈子さんの問いに、肩を竦めて呆ける。はっきり言って、当人同士でとうとでもして欲しい問題だ。

「ところで、良也さんはなぜ地底に?」
「あ、そうそう、それだ」

 さとりさん、ナイス。
 とりあえず、僕の用事だけ済ませてしまえば、とっととオサラバできる。神様と心を読める妖怪との舌戦に首なんぞ突っ込みたくはない。

「あー、お空? 最近、間欠泉のお湯がぬるいっつって、霊夢が文句言ってたんだけど」
「あれー? そういえば、最近灼熱地獄に火ぃ入れてなかったっけ」

 しまったしまった、とお空は呟く。
 ノリ軽いなあ。お湯がぬるいせいで霊夢はあれだけ機嫌が悪かったってのに。

「そこの神様が訪れてから、あんまり暇がなかったですしね」
「なにさ、私のせいにする気かい?」
「あら、自分でもわかっているんじゃないですか」

 さとりさんと神奈子さんが、視線をぶつけ合わせる。
 ……怖いなあ。

「あら、博麗の巫女の言うことは聞いて、私の言うことは聞けないのか? ですか。それはそれ、これはこれです」
「先読みするんじゃないよ」
「ちなみに、温泉に関しては、前回の異変の迷惑料という形で、私もお空も納得しています。それに、地獄跡を熱すれば、勝手に吹き出るものですしね」

 ……なにやら、もうどうにでもしてくれという感じだ。さとりさんってば、人の心を読んで口に出すせいか、会話のテンポがなんか微妙に変なんだよなあ。
 そのせいか、神奈子さんも不機嫌だし。

 帰ろう。とっとと。

「それじゃあ、温泉の件はヨロシク。じゃあ、忙しそうなんで、僕はこれで」
「ちょいとお待ち」
「待ってください」

 ……二人に引き止められた。

「……なんでしょう?」
「ここは、第三者の意見も聞いておきたいね」
「そうですね、折角ですし」

 僕を巻き込むなー。

 とりあえず、無害そうな諏訪子に視線を向けて助けを求めるが、肩を竦めるだけで取り合ってもらえない。お空は……ちょっと口下手というか、なんというか、だからなあ。

「えっと……じゃあ、とりあえず、神奈子さん」

 口を開く。まずは最初の疑問。

「核融合炉からエネルギーを取り出すそうですけど……どうやって?」
「なにを言うかと思えば。電気だよ、電気。水をぶち込んで蒸気を発生させてタービンを回す……基本だろ? 勉強してるのか、大学生」
「いや、流石にわかっていますけど……」

 でも、そうすると、色々問題があると思うんだけど。

「えっと、地底で作るんですか、その施設? 河童も発電所作りのノウハウなんて持ってないと思いますけど」
「う……」
「それに、作った電気をケーブルかなにかで地上まで送る必要があると思うんですけど。相当長く引く必要がありますよね……」

 あ、なんかさとりさんが勝ち誇った風になっている。

 ……いや、別に当然の疑問をぶつけただけだけど。

「えっと、もしかして、考えていなかったとか」
「悪いかい?」

 逆切れされた……。いや、でも、最初この計画を聞いたときから疑問だったんだよねー。

「……もうちょっと現実的に、博麗神社の間欠泉使った地熱発電とかはどうです?」

 地下から吹き出る間欠泉の蒸気を使う……まあ、仕組み的には似たようなもんだ。まあ実用化されるのはまだまだ先だろうけど、地上で作業が出来るから実験とかも気軽に出来るし。

「む」
「さとりさんも、その辺で」

 問題は、それをさとりさんが受け入れてくれるかどうかだけど……しばらく難しい顔をして、ふう、とため息をついた。

「まあ、その辺りが妥協点ですか。今後、うちのペットに妙なちょっかいをかけないと約束してくださるなら。……ああ、最初からそんなつもりはないんですか。それはなにより」
「ふん……」

 なんとか二人とも納得してくれたらしい。
 疲れた……。時間的には短かったけど、すげぇ精神的に疲れた。















 その後、仲直りってことで宴会があった。
 ……ぶっ倒れるまで呑んだ。



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