僕は、胃薬と二日酔いの薬を分けてもらいに永遠亭へと向かって飛んでいた。

 いや〜、やっぱり、宴会の後はおなかの調子もよくないしね。二日酔いは言わずもがな。永琳さんの薬が効くんだ、これがまた。
 いつもはストックしてあるんだけど、昨夜の宴会に使った分で切れてしまった。

 しかし、永遠亭は相変わらず騒がしいなあ。さっきからどっかんばっかん、と、まるで迷いの竹林全てを爆撃するかのような勢いで弾幕ごっこならぬ殺し合いが展開されていますよあっはっは。

「え、永琳さん!? 永琳さーん!」

 爆風に煽られて、僕は半泣きになりながら結界かなにかのおかげで無傷の永遠亭に逃げ込む。
 永遠亭の庭では、『二人』の様子を面白そうに観察している永琳さんと、はらはらしている鈴仙がいた。

「あら、こんにちは、良也」
「な、なにのんびりしているんですか!? あ、あれあれ! あれ止めなくてもいいんですか!?」

 僕の指差す方には、服はズタボロ、片方は右腕が千切れ、もう片方は両足がない(再生中)な輝夜と妹紅がいた。
 あああああ、最近はこういうガチな喧嘩は少なくなってきたと思っていたのにっ!

「止めろ、と言われてもねえ。あの二人の争いに割って入れる? そんなことが出来るのは、博麗の巫女とあの境界の妖怪くらいじゃないかしら」

 い、いやまあ。確かにあの二人は幻想郷でも指折りの強さだけどっ。

「え、永琳さんは?」
「私が? まさか。私の力なんて、姫には到底及ばないというのに」
「いや……それはいいですから」

 永琳さんが主の輝夜を遥かに越える力を持っているってのは、割と周知の事実だったりする。対外的には輝夜を立てているみたいだけど。

「れ、鈴仙。鈴仙の能力なら、離れたところからでもなんとかなるんじゃあ……」
「無茶言わないでよ」

 ふるふる、と力なく首を振られた。
 ……ですよねー。

「ああ、そういえば、もう一人だけ、あの二人の間に割って入って大丈夫な人間がいたわね」
「え!? そんなのいるんですか!」

 それは凄い。是非その人物を連れてきて欲しい。
 いかにあの二人とは言え、女の子が怪我をするのを見るのは気分のいいものじゃないし、このままじゃあ迷いの竹林が消滅する。そうするとなんだ、筍がなかなか取れなくなって筍ご飯が!

「ええ、たった今来たわよ」
「来た? ええっと、誰もいないような」

 って、ちょっと待て。

「ええと?」

 僕は恐る恐る自分自身を指差す。
 永琳さんは極上の笑顔で頷いて見せた。

「な、なにを言い始めるんですか永琳さン!?」
「あら、だって貴方なら死ぬことはないでしょ? 死ぬことは」
「死ななければいいっていうのもそれはどうでしょうか!? 大体、それって間違いなく死に損ですよね!」

 あの二人の弾幕の間に入って、僕は十秒と持たせる自信はないぞ。

「やってみなければわからないじゃない」
「嫌です!」
「仕方ないわねえ。そんなに嫌がるんじゃあ、放置しておくしかないか。まあ、大丈夫よ。お互い、そろそろ三十回ほど死んでいるから、そろそろ終わるんじゃない?」
「さ、三十ですか……」

 相変わらず、輝夜と妹紅の死にっぷりは半端じゃない。
 そういえば、以前、妹紅を百回殺してやったわー、と輝夜に自慢された覚えがある。

 百て。僕のトータル死亡カウントを余裕でオーバーしている。

「ぉぉぉぉおおおらぁあぁぁあああーーー!!」

 とかなんとか言っているうちに、あちらの勝負は佳境に入っているようだった。

 妹紅が裂帛の気合と共に、その身を火の鳥に変えて突っ込んでいく。
 対する輝夜は、両手両足がない達磨状態(いや、遠くでシルエットしか見えないから、多分としか言えないけど)。当然、躱せるはずもなく、火の鳥の嘴が輝夜を貫き、

「……オイオイ」

 思わず、顔を背けた。
 妹紅の必殺の一撃を受けた輝夜は、骨すら残らず燃え尽くされていく。

 しばしの静寂。僕が視線を戻すと、妹紅だけが空中に浮かんでいた。
 やがて、妹紅は踵を返して、去っていく。

「……負けちゃいましたが」
「負けちゃったわねえ。これで……何戦何敗だったかしら、うどんげ?」
「私、勝敗は二百戦辺りから数えていません。大体勝ち負けは同じくらいかと」

 スケールが違う。ってか、どれだけ仲が悪いんだよ。

「大丈夫なんですか?」
「? なにが」
「いや、輝夜。髪の毛一本すら残っていないように見えますが」
「大丈夫よ。貴方だって、消し炭になったことがあるんでしょう?」

 ……そういえばそうだ。
 でも、客観的に見るとアレだな。とてもあそこから復活できるようには見えないな。

 永琳さんは当然のような顔をしているけど。

「でも、ま。あそこまで完膚なきまでに消し飛ばされたら、流石に再生に三十分くらいはかかるかしらね」
「……凄いですね。僕なら半日かかります」
「慣れよ。貴方ももう二、三百年くらいしたら、再生力は上がるんじゃない?」
「そもそも、そんな能力を実感しないで済む平穏な人生がいいです……」

 やれやれ……。

 しかし、輝夜は大丈夫なのかね? 助けに行ってやった方がいいんじゃなかろうか。
 と、思って飛び立とうとした瞬間、鈴仙に肩を掴まれた。

「……なに?」
「貴方、どこに行こうとしているの?」
「え? いや、輝夜は大丈夫かなぁ、と思って、様子を見に」

 多分、あの落ちた辺りで再生するだろう。気絶したままだったら、連れてきてやった方がいい。
 そんな純粋な好意からの行動だったのだけれど、鈴仙は思い切り顔をしかめる。

「あのね、貴方。貴方も似たような目に遭ったことあるんじゃなかったっけ?」
「似たような目?」

 はて、確かに今の輝夜と同じく、完全に燃やし尽くされた経験が二回ほど。
 だからなんだって……

「………………あ」

 駄目だよっ! 蓬莱人は肉体は再生できるけど服は再生できないよっ!
 やっべ、だとしたら復活した輝夜は全裸? ……いやいや、人並みに興味はありますが、さっきからうさぎさんがめっちゃ怖い赤い眼を向けてくるので無理です。

「悟ったようね」
「いや! 別にさっきのはそういう考えはなかったぞ!?」
「どうだか。……師匠。私が行って参ります」
「はい、お願いね、うどんげ」

 誤解だぁぁぁ〜〜と、僕は輝夜の元へ向かう鈴仙に、情けない声をかける。……当然のように無視された。

「トホホ……また嫌われたかも」
「大丈夫よ。見た目ほど怒ってはいないから。……さて、ところで、今日はどんな御用向きで来たのかしら?」

 なんか、ここまでのやりとりでどっと疲れた。
 僕は、力ない声で、永琳さんに用件を伝えるのだった。































「それじゃあ、これが薬ね。こっちが胃薬で、こっちが二日酔い。……一応、言っておくけど、お酒はほどほどになさいな」
「はい。一応聞いておきます」

 聞くだけで、あんまり実践する気はないけど。健康とか気にするような年でもないしね。

「はあ。まあ、貴方は大丈夫でしょうけど、巫女の方は気をつけてあげなさい。アレも一応人間。しかも、まだ体が出来上がっていない年頃の女の子よ。お酒を呑み過ぎると、よくないわ」
「……はあ」

 人間、ねえ。『ギリギリで人類に引っかかる可能性もなくはない』というのが僕の霊夢への評価なのだが。そういう普通の人間っぽい病気とか体調不良とかには縁がなさそうだけどなあ。

 まあ、僕の言うことを聞くかどうかはわからないが、一応注意はしておくか。永琳さんが言っていたぞー、って。

「じゃ、お代はこれで」
「はい、確かに」

 さて、あんまり長居するのも、なんだ。とっとと帰ろう。
 ……この屋敷とは、僕微妙に相性悪いしな。

「あ、そうそう。これ、ちょっとした試作品なんだけど、使う?」
「いりません」

 案の定、永琳さんが僕を呼び止めて、怪しげな薬を押し付けようとする。

「そう? イイ感じに『飛べる』お薬なんだけど」

 なに、その不穏なフレーズ。

「食べ物とかならともかく、薬の試作品って……要するに治験をしてくれってことでしょうが」
「だって、貴方ならちょっと致命的な副作用があっても死にはしないんですもの」

 まさに理想的なモルモッ――もとい、実験台ね、とかなんとか言う永琳さん。それで言い直したつもりか。

「それなら、貴方のところのお姫様を使ってください。身近にいるし、あんまり外にも出ないんでしょう?」
「いやね。私がそんな、主人をないがしろにするように見えるのかしら?」

 見える、と言ったら怒るかね?

「とにかく、それはいりません。じゃ、僕は帰るんで」
「そう。じゃ、お大事に〜」

 いや、別に病気って訳じゃないんだけどな。

 と、僕が永琳さんの診察室(研究室か?)を辞しようと立った時であった。

「あ〜、永琳ー。なんか食べ物あるー?」

 マントっぽいのを一つ羽織っただけ、という悩ましい格好をした輝夜が、今にも死にそうな顔で入ってきた。

「あら、輝夜。起きたの?」
「起きたわよ。……ったく、あの女狐。次会ったら千回殺して沼に沈めてやる」

 物騒な……。

「って、あら。良也、来てたの」
「来てた。っていうか、来るときお前らの喧嘩に巻き込まれて死にそうになった」

 うん、あそこは素直に引き返して、ほとぼりが冷めた頃に来るべきだったかもしれん。

「ふーん、それで、なんで私と目を合わせないのかしら?」
「服着れ」

 僕の鋼鉄製の理性がひび割れる事などありえない話だが、鈴仙にこの場を目撃されたら色々とまた面倒そうだ。

「あはは、貴方は相変わらず面白いわねえ。普通なら、ここぞとばかりに凝視するってのに。ほれほれ」

 羽織った外套をひらひらさせる輝夜に、僕は断固として視線を逸らす。首が勝手に輝夜のほうを向こうとするのを、理性の力で押しとどめる。

 な、何度も言うが、僕の金剛石製の理性に亀裂が入ることなど未来永劫ありえないったらありえないんだからねっ。

「つまらないわねえ。ま、いいわ。永琳、食事の用意を。何度も殺されて、栄養が足りないわ」
「栄養の問題かしら……。用意はするけど、その間に服は着ておきなさい」

 永琳さんが僕にとって非常にありがたい忠告を輝夜に言って、部屋から出て行く。
 さ、さって。僕も帰るか。

「待ちなさい」
「あ、な、なんだ? お前、永琳さんに服着ろって言われただろ」
「いいのよ、そんなのは」

 い、いいのか?

「で、なにか用か?」
「食事が出るまで暇だから、ちょっとお話でも、と。そこ座りなさい」

 と、診察台のベッドに座らされる。隣に座った輝夜は極力見ないようにして、なんとか平静を保つ。

 しかし、別に話すようなこともないんだけどなあ。……あ、そうだ。

「そうだそうだ。いい加減、妹紅と張り合うのは止めろって。こっちが危ない。竹林も燃えてたし」
「大丈夫よ。普通の人間は巻き込まないよう注意しているし、竹林はすぐ生えてくるわ」

 僕は普通の人間としてカウントされていないらしい。……いや、断固抗議したいな。

「それに、将来そんなこと言っていられなくなるかもしれないわよ?」
「なんで?」
「私と妹紅が殺し合いをしているように、将来私と貴方がやりあうこともあるかもしれないわよ?」

 ……笑えない冗談だ。

「なんで」
「なんで、って。まあ、きっかけはとうに忘れちゃったけど、殺し合いの発端は妹紅から仕掛けてきたもの。理由はなんでしょうね。あの子の父親の件か、それとも不老不死がそれほど辛かったのか。
 後者だとしたら、貴方にも私を恨む理由があるってことじゃない」

 ……うーん。

「うーーーん?」
「なに、首ひねって」

 うーーーん、どうシミュレーションしてみても、僕が輝夜のことを殺したいほど恨むって未来は想像できんなあ。

「大丈夫だと思うが」
「あら、いやに言い切るわね」
「そういうの、ガラじゃないしなあ」

 妹紅がどんな目に遭ったのか知らないから、絶対とは言い切れないけどさあ。

「大体、恨んだとしても僕がガチで殺しに行くってことはありないと思うぞ。やるとしたらもっと婉曲的なやり方だな……。嫌がらせ?」
「なるほど……もっとエロエロな方向での仕返しね?」

 ……ねぇよ。どこの鬼畜エロゲだ。

「確かに、男に力で押さえつけられたら抵抗する術はないわ」
「お前、どの口で言うんだか」

 押さえつけるどころか近付くことも出来なさそうだ。

 輝夜の寝所に、深夜こっそり近付く僕。しかし当然のように気付かれて、弾幕で殺される。
 目が覚めたら永琳さんの研究室で手術台に縛り付けられて、マッドな笑みを浮かべた永琳さんにいかがわしげな注射を打たれ『やめろぉ〜ショ○カー』てなもんで。

 いやにリアルな予想図に僕が身を震わせていると、輝夜が立ち上がった。

「ま、一応その言葉は信じておきましょうか」
「多分、それなりに信じても大丈夫だと思うぞー」
「それなら良かった。私だって、これ以上面倒くさい相手はごめんよ」

 その面倒くさい相手ってのは妹紅なんだろうなあ。

「なら仲直りすりゃいいのに」
「無理ね。あの女とは絶対に和解できない。ま、目の前からいなくなってくれれば、追いかけたりはしないけど」

 ……でも、妹紅は幻想郷から出れないし、出ないだろうしなあ。
 やれやれ、本当に面倒くさい連中だ。

「貴方とも長い付き合いになるでしょうけど、いつまでそんなこと言っていられるかしら?」
「とりあえず、お前らが喧嘩を止めるまではこの路線で頑張ろうと思う」

 言うだけならタダだしねえ。第一、長い付き合いになるってんなら、なおさら困る。巻き込まれて死ぬのは僕はごめんだ。

「無駄だと思うけど、やってみれば?」

 と、輝夜は診察室から出て行く。……やれやれ、やっと行ったか。
 露出が激しいから、目の毒なんだよ。畜生め。

「あ、貴方も食事食べていく?」
「だから、服を着てこい!」

 ひょい、と半身を覗かせた輝夜に、僕は思い切りツッコミを入れるのだった。



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