エイミの消息が不明になってから一週間。

寝惚けて家を半壊させた手前、バツが悪くて行方をくらましたという当初の予想はそろそろ無理めになってきた。

「だからって、僕らになにができるってわけじゃないんだよなぁ……」

クリスは困った表情で呟く。

ローラント王国側は、他国の王女が自国内で行方知れずとなっては一大事、とすぐに捜索を始めていたが、その足取りは一向につかめていない。

国が行った捜索活動以上のことが出来るとはクリスとて思っていない。

現場にいたとあって、ライルたちともども色々聞かれたが、アレだけの破壊があったというのに誰一人として覚えているものはいなかったのだ。……未成年の飲酒について、かなりこっぴどく説教されたが、それは置いておいて。

……いくらなんでも、誰一人起きなかったのはおかしい。鍵となるのはそこら辺か。おそらく、魔法による眠り? と、クリスは当たりをつけているが、そこで思考は止まってしまう。

「あれ、クリスさん、どこ行くんです?」

「ちょっと、ライルんトコにね。フィオナ。留守よろしく」

とりあえずあの場にいた中で自分と並ぶ常識人(?)であり、酒があまり入っていなかったライルと話し合いに行くことにした。

 

第92話「談話」

 

「よぅ」

「……なんでアランがいるのさ。国に帰ったんじゃなかったの?」

ライルの部屋に入ると、当たり前のようにいるアラン。

本来、エイミのお遊びで連れてこられた彼は、エイミがいなくなると同時にシンフォニアに帰されたはずだ。当然といえば当然。滞在費だってタダではないのだから。

「いやさぁ。一回は帰らされたんだけどな? 予想以上にエイミさんの捜索が難航してっから、途中で呼び戻されたんだよね」

「……また、ご苦労なことで」

「ホントだよ。シンフォニアに着く直前にUターンだからな。馬車ん中に何日もいたから、体が痛くってさぁ。しかもそのまま、何か覚えてないのかー! って尋問だよ」

ぐりぐりと肩を動かしてみせるアラン。首も痛いのか、渋い顔でコキコキと傾けている。

「で、クリスなんの用? エイミさんのことかな?」

「ああ、うん。ライル、なんか覚えてないかなって。あの中で余りアルコールの入ってなかったのって、僕らくらいでしょ」

「ちょっと待て。俺にゃ聞かないのか?」

割って入ってくるアランを、クリスはハッと鼻で笑った。

なんて言うか、その笑みは引きつっていたが。

「そうやって僕の前にノコノコと顔を出せた時点で、あの夜の記憶が全部すっ飛んでることくらいわかるよ」

「はぁ? どういうことだよ」

「あ〜、アラン。あまり深く突っ込まないほうがいい。君、絶対後悔するし。下手したらクリスに殲滅されるよ?」

あの夜のアランの行状を思い出し、顔に縦線を入れながらライルが助言する。

「俺、一体なにしたんだ?」

「まぁ、そんなことは置いといて。エイミさんのことねぇ」

苦悩するアランは放っておいて、ライルが話題を変える。クリスとしても、下手に思い出されては――さらに、ありえないことだとは思うが、あの時に言われたことが酒の勢いでなかったりしたら――マズイので、うんうんと頷く。

「アレだけ部屋が壊れてたのに、誰も起きなかったからね。魔法の眠りかなんかだと思うんだけど……シルフィはどう思う? あの場にいたんだよね?」

クリスは知識、経験、実力全てにおいて自分らを超える精霊にお伺いを立てる。アランの精霊であるフィオをからかっていたシルフィは『ん〜?』と顔を向けた。

「私、あの時、途中から酔ったせいで外に出てねぇ。帰ってきたときはもうあの状態だったし」

「うわっ、精霊王だとか言う割に役にたたねぇ……」

うかつな事を言うアランを体ごとぶつけるような蹴りで黙らせ、ふんっと勝ち鬨を上げるシルフィ。

契約者を打ち倒したシルフィに、お〜と手を叩くフィオ……多分に間違っている気がしないでもない。

「まぁ、宴会場に戻って解呪したのは私だから、あんたらが魔法で眠らされてたのは間違いないんだけど……」

「ちょ、ちょっと待ってよ。わかってたんなら教えてくれても……」

「いやだって。だからって犯人を特定できるわけじゃないでしょ。ただねぇ」

渋面を作るシルフィ。なにか納得いっていないのか、首をひねっている。

「アレンとかはともかくさぁ。ルナが一番だけど、アンタもマスターも対魔力はそれなりにあるはずじゃない? 低位の睡眠にかかるわけないし……ちょ〜〜っと解せないのよね」

まぁ、ルナは泥酔してたからかもしれないけど、とシルフィは追加する。

言われて見れば、とクリスは考え込む。

そも、睡眠はあまり高度な魔法ではない。熟達した魔法使いが使ったとしても、相手が人間相手ではその成功率はあまり高くない。そもそも理性のない猛獣やモンスター相手に使うべき魔法だからだ。

「多分、人間界には伝わってない系ね。単純な睡眠導入じゃなくて、強制的に意識を稼動不可にするやつ。……仕掛けたのは、神族か、魔族か。……前に話つけたし、前者はないか。エルフって線も」

ぶつぶつと途中から独り言になっていくシルフィ。

やがて、あ〜〜と頭をかきむしって、クリスのほうをむいた。

「情報が少なすぎて、なんとも言えないんだけどね。人外が関わってることは間違いないと思う。睡眠なんてまだるっこしい真似するくらいだから、あんたたちの誰かに用があるんでしょ。また接触してくるわよ」

「……その用があるのがエイミ姉さんだったら?」

シルフィは答えなかった。つまり、それが答えだ。あまり愉快な結末にはならないだろう。

妙に重くなった空気を察して、フィオは居心地悪げに頬をかいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、噂のエイミだが、最悪の事態にはなっていなかった。

檻付きの洞窟に閉じ込められてはいるし、その強大な魔力を外に出せないよう強力な結界で囲われてはいるが、特に痛めつけられているというわけではない。

食事も――木の実くらいだったが与えられているし、檻の中なら魔力の行使もある程度可能なため、特に生活面で困ることはない。

囚われの身であることを考えれば破格の待遇だ。

ただ、それをしているのが魔族だという事に、エイミは若干苦い思いをしていた。

「拷問とかされんの、覚悟してたんだがなぁ……」

そういう面では人間のほうが性質が悪いのだろう。

人の暗い部分もそれなりに知っているエイミはほう、と大きく息をはいた。

「私にそういう趣味はない。お前を弱らせて、魔力を低下させてもいいことはないのでな」

「……あのな。いちいち気配を消して来るんじゃない。どうせあたしゃ抵抗できやしないんだから」

エイミは、突然暗闇から現れた事の元凶を睨む。

「それは悪かったな。てっきり、私に気付いて先の言を吐いたのだと思った」

その邪悪な外見に反して、その魔族はそれなりに知性を感じさせる言動をする者だった。――無論、人間にとっては悪ではあろうが、一般の認識のように、ただ暴れるだけのモンスターではない。

とりあえず当座の危険はないようだ、と確信したのが四日前。文句を喚き散らすのにも飽きたのがつい昨日。

そう言えば、まともに会話をするのはこれが初めてだった。

「一つ聞くけど、なんであたしをさらったんだ? それに、どうしてあんなとこにいたんだ?」

「質問が二つになってるぞ」

「いいじゃん。あたしを捕まえてんだ。このくらいの質問に答える義務はあると思うぞ?」

義務なんぞもちろんないのだが、特に隠すようなことでもないのだろう。その魔族は流麗に語った。

「お前をさらったのは……まぁ、ついでだ。お前個人ではものの役には立たんが、その強大な魔力は予備としては十分だからな。……あの場に行ったのは、精霊との交渉力が高く、魔力の強い人材を探していたから、とだけ言っておく」

「……なんでンなもんが必要なんだよ。魔族だろ、アンタ」

基本的に、魔族には精霊魔法は使えない。魔族に積極的に協力しようとする精霊が皆無だからだ。

無理矢理に使うことはできなくはないが、精霊の激しい抵抗にあい、とても実用できるような効力は望めない。

そもそも、魔法を手足を同じように使える魔族は、精霊魔法を強いて使う理由もないのだ。

「お前には関係ない」

「……あっそ」

それ以上聞いても無駄と判断し、エイミはそれ以上突っ込む事をやめる。

「じゃあ、なんであたしだけ攫ったんだよ。あたしを倒した後、戻ることも出来たろ」

「戦場が表に出たから人目につきそうになったし……それに、怖いやつが帰ってきたのでな」

「怖いやつ?」

エイミに心当たりはなかった。

確かに、あの場にいたのは人間の中でもかなりの実力者たちだったろう。自分を含めた姉弟の強さはよく知っているし、アレンとか言う馬鹿も故国を救った英雄扱いだ。剣術道場を開いている父親も手錬には違いない。無理矢理連れて来たアランも上位精霊と契約しているというユグドラシル学園の優等生だし、妹も馬鹿力は噂になっている。遅くまで語り合ったルナは、恐らく魔力だけなら自分をずっと超える魔法使いだ。

……あれ? もう一人誰かいなかったっけ?

なんか、地味な……えーと、思いだせん! 誰だ、あの存在感の薄いヤツ!!」

「……なにを思い出せないのかは知らんが、あまりうるさくするなよ。この洞窟、音が響くのだから」

多少うんざりしたように、魔族は忠告するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰が怖いのよ」

「誰が存在感薄いんだよ!」

突然そんな事を言ったシルフィとライルに、一緒に昼食をとっていた面々は驚きの表情を向ける。

「……どしたんだ、ライル?」

猛然と飯をかきこむのを一旦休んで、アレンが尋ねる。

「なんでもない。それと、アレン。もう少し味わって食べて欲しい。なんていうか、作った者として」

「ああ。うまいぞ」

「そうじゃなくてさ」

再び勢いよく食べだしたアレンに、ライルはもうなにも言う気がなくなる。何か言って止まるくらいなら、クロウシード家のエンゲル係数はもっと下がっているだろう。

「ていうか、なんで集まってるんですか?」

突然わけもわからず引っ張ってこられたアリスは不思議そうに言う。

「いやね。あの日集まってる人の誰かが狙われてるんなら、一箇所に集まってた方が良いと思って」

クリスが説明を追加する。

問題は明日からの学校をどうするか……なのだが、そもそも全員クラスメイトだし、アランとアリスも、学園長ジュディに相談したらあっさり短期留学生としてクラスに編入されることに決まった。

問題はクロウシード家に居候の卒業生フィレアだが……まぁ、まず心配はないだろう。あれでアムスは、個人の技量なら間違いなくローラント王国最強である。若い頃、ドラゴンを同時に三匹仕留めたと言うのは伊達ではない。

……嘘じゃないって。

「でも、つーことは結局相手の出方待ちって事だろ? それもなぁ」

「うっさい。へっぽこは黙ってろ。このヘタレ」

「へ、ヘタレとまで言うか!?」

なにやらヘタレという単語に嫌な思い出でもあるのか、クリスの容赦ない物言いに過剰に反応するヘタレ一号。

言ったクリスは、アランの文句に眉一つ動かさない。どうも、まだ宴会の時の恨みつらみが残っているようだ。

「ま、そういうわけで各人気をつけるように……って、アレン聞いてる」

「ふいいてるほ。まひゃひほへ(聞いてるよ。任せとけ)」

口に一杯モノを詰め込んでしゃべるアレン。アランは、飛んできた食べカスを迷惑そうに拭った。

「ま、私のほうでも他の精霊とかに探すの頼んどくから」

「……お願い、シルフィ」

そうして行動方針は決まった。

……そして、彼らのちょっと変わった一週間が始まる。

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