「今日はユグドラシル学園からの留学生を紹介する」
担任のキースが宣言した。
クラスのみんなは沸いた。去年、あちらから来たのはエイミとフィレア。どちらも見目麗しい美少女だった。高鳴る期待を押さえきれない男子生徒は、今か今かと教室の入り口を凝視する。
「あ〜、入ってきなさい」
そして、教室内に入ってくる影。男子連中は、拍手の用意までして、女子から白い目で見られていたが、入ってきた者の姿が見えると面白いように固まった。
「自己紹介をしてくれ」
「えーと。アラン・レイザードって……ってぇ!? 誰だ、今消しゴムのカス投げたの!? うわっ、イタッ! そこっ、一体何の恨みが……うわ、魔法は……魔法はヤメテー!」
期待を裏切られ、怒りに燃える男子生徒の八つ当たりがアランに降り注ぐ。
彼にとってはいい迷惑だ。入学式後すぐという微妙な時期に転校生としてヴァルハラ学園にやってきたライルも、同情を禁じえない。
「南無〜」
とりあえず、手を合わせておくのだった。
第93話「アレな一週間 前編」
昼休み、授業が終わるなりアランは愚痴を口にする。
「くそっ、何で俺がこんな目に……」
「アリスちゃんがいればこんなことにはならなかっただろうけどね。……ま、どうでもいいか」
「ライル、コラ待て。どうでもいいで済ませんじゃねぇ」
ちなみに、アリスは二年生に編入されている。ミリルと一緒のクラスで仲良くやってることだろう。
「……いや、あれ? あの二人って話したこともなかったような……」
「どうしたの、ライル?」
「ああ、いや。なんでも」
クリスの問いに、首を振る。なにか嫌な予感が頭を掠めたが、きっと気のせいだ。そうに違いない。
「ま、アランも文句ばっか言ってるけど、その分クラスに早く馴染めたんだから良しとしようよ」
クラス内で、アランはすぐさま確固たる地位を確立していた。……なんつーか、弄られキャラとして。さっきから、アランに群がってくるものは、必ず一発は頭を叩いている。
「待て。今の不当な扱いは極めて遺憾である。俺は即刻これを是正し、正しい姿に……」
「はいはい。さっさとアリスちゃんとミリルちゃんに合流しよ」
できるだけ団体行動。これが何者かに狙われているかもしれない……と危惧している彼らの基本方針だった。当然、昼食は一緒に取る。
「今日の飯は、ライルとアリスの合作だったよな?」
現在、ライルたちはアレンの家に下宿中。朝、料理が得意な二人が弁当を作っているのをアレンは横から見ていた。つまみ食いしたところ、とても美味かったので、昼を楽しみにしていたのだ。
「……フィレア先輩が、アレンにはこれを渡すようにって」
「は、はぁっ!? まさかあいつ、俺の平和な昼食まで侵す気か!?」
泣き言を吐きながら、弁当の袋を受け取り、崩れ落ちるアレン。朝夕は、フィレアの料理と称した実験作を食べさせられているのだ。コレに加えて昼まで弁当を用意されたら……真面目に死ねる。
まぁ、そんな幸せ者にかける同情など、生憎と持ち合わせている者はいなかったが。
「あれ? ライルくんたち、連れ立ってどこ行くの?」
陽気に話しかけてくるのは、しばらく出番のなかったクレアだった。小首をかしげながら、ライルに聞いてくる。
「いや……アランとは、僕が留学してた時知り合いだったし。一人じゃ心細いだろうから、みんなでご飯食べようかなって」
咄嗟に嘘をつくライル。未だ詳しいことは判明していなかったが、これから厄介事に発展していく可能性がある、とシルフィから忠告されていた。なるべくなら、関わりのない人は巻き込みたくない。
「へ〜。でも、アランくんはもう心細いってことはないと思うケド」
アランの頭をぐりぐりする。初対面の女の子にここまで嘗められるというのも、ある意味才能かもしれない。
「やめぃ! えー、だ、誰かは知らんが、とにかくやめて!!」
男としての矜持に傷が付いたのか、アランは慌ててその手を振り払う。
「ちぇー」
残念そうに唇を尖らせ、クレアは自分の弁当を持ってきた。
「じゃ、わたしもついてく」
「え? く、クレアさんも?」
しまった。どうやって断ろう? そのための言葉をライルは必死に検索するが、うまい言葉が出てこない。
そうやって苦悩している間に、そもそもクレアが参加することを憂慮しない連中が、
「あ〜。じゃ、行くか」
「そーね。同学年の女、私一人じゃ寂しいし」
アレンの言葉に、ルナが首肯する。
「ちょ、二人とも……」
止めようとするライルの言葉はあっさり遮られて、教室から出て行く面々。
ま、なんとかなるよ……とクリスはライルにジェスチャーで伝えるのだった。
そして、待ち合わせ場所……学校の中庭に着いたとき、そこは戦場だった。
「あー、もう!」
アリスの豪腕が唸る。相手をしているミリルはそれをひょいとかわし、『当たらなければどうということはない!』と余裕をかましているが、頬を一筋汗が流れている。
それもそのはず、勢い余ったアリスの拳は紙のように校舎に風穴を開けているのだ。こんな異次元の豪力にもし捕まったら……そう考えると、ついつい踏み込みが甘くなり、反撃のチャンスを掴むことが出来ない。
「ちょこまかとぉ!」
アリスはあまりに当たらないので、まず足を止めにかかる。岩盤ごと削り取るようなローキックを飛んでかわし、そのまま飛び蹴りを放つミリルだが、アリスはそれを反射神経だけで避けてみせた。
ちゃんとした武術を習ったミリルに対して、ほぼ才能だけで争ってみせるアリス。まさに手に汗握る死闘だったが、傍で見ているライルたちには経過がさっぱりわからなかった。
「えーと……どういうこと?」
「私がわかるわけないでしょ。……そこの。事情説明できる?」
なんとなく、荒事の筆頭のルナに聞いてみても、答えは当然のごとく「わからない」。
そして、ルナは遠巻きにその二人の戦いを観戦している野次馬の一人に高圧的に尋ねた。
「あ、あの攻めているほうの子が留学中、ルナ先輩は自分と一緒の部屋だったって言って、そしたらかわしてる方の子がいきなり怒り出したって」
なぁ、と近くの友人らしきものに確認を取る生徒。
余程大声で話していたのか、もともと中庭にいたものの殆どは事情を把握していた。
頭の痛くなるルナ。
その間にも、喧嘩は加速している。遂に、ミリルの一撃がアリスを捕らえた。
「きゃっ!?」
ダメージ自体は大したことないのか、若干体勢を崩した程度だが、ミリルは反撃の糸口を掴みんだことで勝ち誇るように口を開く。
「フフフ……お姉さまと一緒の部屋で寝起きしたって? 私でもそんなことしたことないのに……。一緒の、部屋で……」
顔を赤くするミリル。
一体どんなピンク色の妄想が展開中なのかは不明だが、ルナは背筋に悪寒が走るのを感じた。
途端、衝動が突き抜ける。それはルナのアイデンティティとでも言うべきもの。なぜ、この世から争いがなくならないのだろう? それは人類に課せられた業とでも言うもののせいだろう。ルナのそれは、その業をシンプルに体現している。
簡単に言うと……魔法をぶっ放したい症候群。
そんな原初の衝動に忠実に従い、ルナは手のひらから怒涛のような火の玉をミリルに向けて発射した。
「あ、お姉さ……まあああああああああああああああ!!?!」
上空高く吹き飛ぶミリル。
そして最高点に達し、地面に落ちると、彼女のシルエットの形に地面に穴が空いていた。ベタベタな漫画的リアクションである。
「うう〜、なにをするんですか〜」
「ちっ、元気ね」
殺りそこねた、とルナは舌打ちする。
ぱちくりと目を白黒させるアリスを見て、ライルは心の中で土下座する。
……ゴメン、アリスちゃん。ちょっと変なところがあっても、わりかし常識人な君に、この学園はキツイかもしんない。
「なぁんだ。ナニもなかったんですか。それを早く言ってくれればいいのに。まあ、羨ましいのには変わりないですけど〜」
「これからは、あんなことしないでくださいね?」
自分が想像したような事がなかったとしり、明らかに安堵してミリルはからからと笑う。
お前は一体なにを想像していた、ナニを。と、ルナは小一時間問い詰めたい気持ちで一杯だったが、聞くと『じゃあ、実践しましょう!』と言われそうなので我慢する。
「あ、ライル君、この唐揚げおいしい。何か、隠し味とかあるの?」
ライルの作った唐揚げを食べると、クレアがニコニコとレシピを聞いてくる。まぁ、別に隠すようなことでもないので、ライルは秘伝のレシピを伝授する。
それをメモするクレア。
とりあえず、さっきまでの殺伐とした空気はなくなってほっとする。校舎に穴が空いていたり、ミリル型の穴が空いていたりするが、それはもちろん意識の外に追いやっている。
このくらい出来ないと、この学園ではやっていけない。事実、何事もなかったかのように中庭には人がたむろしていた。
「……なぁ、クリス。もしかしなくても、あのくらい日常茶飯事だったりするのか?」
「うん、まぁね。主にルナのせいだけど」
「マジか」
アランは額にでかい汗を流す。ユグドラシル学園でも、ルナの行動には常に破壊がつきものだった。こちらでは、すでにそれが日常の一部として組み込まれているらしい。
ライルといい、クリスといい、アレンといい、ミリルって子といい、ヴァルハラ学園には変な人種が集まんのか?
アランの疑問に対する参考資料がここにある。
なんでも、数百年前、この旧校舎が現役だった頃のヴァルハラ学園に、かの勇者と同じ名前の男が通っており、なんかいろいろしていたとか(外伝参照)。さらにその息子(非公式)と歌姫のコンビが学校中を沸かせたとか(外伝2参照)。
ごほんごほん。
「奥が深いぜ、ヴァルハラ学園……」
「……なんでさ」
戦慄するアランに、そっと突っ込みを入れるクリス。
彼らから少し離れたところでは、アレンがフィレア手作りの弁当を平らげ、口から泡を吹いていた。
「……な〜んか。あたしが忘れられてるような気がするな」
牢屋の中。囚われの身であるエイミがぼそりと呟いた。件の魔族は、今はいない。
「くっそ! 命を張ってあいつら守ってやったのに! えーい、この不当な扱いはなんだあああああああああ!!!」
叫ぶ。
洞窟内に反響して、耳が痛くなった。いつも強気な彼女もちょっとだけ涙が流れた。