「『ライトニング・ジャッジメントォ!!』」

半泣きになりながら、ライルが自身の最強魔法を放つ。ヤケクソ気味に。

天空から塔のような雷が突き刺さり、アルヴィニア王国の兵隊らを守る結界を破壊して、その下にいた結界士らを吹き飛ばした。それだけに飽き足らず、支流のごときこまかい雷が誘電され、ついでとばかりに一般兵を蹂躙する。

なんてゆーか、この世の終わりとかそんなふーな光景が展開されていた。

「あ、相変わらずの威力ね……」

ルナが引きつりながらコメントする。現存する魔法の中でも、もっとも威力の高いものだろう。もしかしたら、この上をいく魔法を使える者など、現代の人間界にはいないかもしれない。

「死んでない……よね? シルフィ」

「あったりまえよ。霊魂も逝ってないし、全員生きてるわ。……まあ、一年くらい病院で過ごす人はいるかもだけど」

見ると、軍隊は可哀想なくらいうろたえていた。一瞬にして、一万はいた味方が半分になればそれも仕方がないだろう。

もちろん、これだけで終わらせる気はルナにはなかった。自分たちの存在に気付き、こちらにやってくる幾人かの兵士に向けて、魔法をぶっ放す。

「さあって。こっからが本番よ。……ライル。どーせ魔力切れてんでしょ? 私が仕留め損なって、こっちに来たやつを殺るのよ」

「……わかったよ」

人使いの荒い……と、ライルは渋々と剣を構える。

軍隊とライルたちの距離は約1km。すぐに出番はないだろうが……こりゃ大変そうだな、とライルは諦めの境地で悟るのだった。

 

第84話「アルヴィニア王国の一番長い日 その2」

 

そして、時を同じくして、城は貴族らが予め揃えていた精鋭部隊によって席巻されようとしていた。

ライルたちが相手にしている部隊は、あくまで政権を奪ってからの街の混乱を沈めるための部隊。もともと、城の制圧は彼らだけの任務だ。

数は少ないとはいえ、その錬度は比べ物にならない。貴族たちとて、王族が大地の精霊王を味方につけていることくらい知っている。生半可な戦力では返り討ちにあうのがオチだ。

すみやかに王を打ち倒すべく、騎士レベルとはいかなくとも、選りすぐりの兵を用意したのだ。

……ただ、少々見積もりが甘かったと言わざるを得ない。

「はぁ!」

謁見の間に立て篭もって、入り口から入ってくる者らを次々にアレンが切り伏せていく。

入り口は他に二つあり、一つをフィレアとカリスが、残りの一つをクリスとミリルが守っている。

この部屋は、他の部屋より篭城しやすい構造になっていた。貴族らの謀反が発覚してすぐに、カリスは城中の者をここに集めたのだ。

集められたのは非戦闘員ばかり。城に詰めていた宮廷魔術師は、その殆どが捕らえられてしまっている。残りの者は、向こうに寝返っていた。

「……おい、王さん! このままじゃ、そのうち突破されるぞ!」

アレンが叫ぶ。

いかんせん、数には勝てない。今は入り口が狭いからなんとか持っているが、そのうち疲れから突破されるだろう。

惜しむらくは、ルナのように攻撃魔法が得意な者がいないことだ。

補助・回復魔法を得意とするクリスは、エクスプロージョン以上の攻撃魔法は覚えていない。爆裂系の魔法など使ったら、城が壊れ、破片で関係のない者も死んでしまうかもしれない。……敵だけを器用に殲滅できるような魔法は使えなかった。

「わかっている! ……くおらぁぁ!! うちの娘に手ぇだしてんじゃねぇ!!」

返答しつつ、フィレアに攻撃を加えようとした輩を剣で打ち据えるカリス。ちなみに、もし迎撃しなくとも、フィレアは自分でカリス以上の攻撃を加えていたことはまず間違いない。

「ライラ! リティ! そっちはどうだ!」

「待ってください、あなた。何十年も使ってなかったんですから、固まってて……」

玉座を、ライラを筆頭にコックと音楽師とメイドが必死になって押している。ちなみに、この組み合わせに意味はない。

しかして、やがて玉座がきりきりと嫌な音を立てながら真横にスライドしていく。

これは、王族用の脱出口。城を建設した当初からあったのだが、実際に使うのはこれが初めてだった。

「開きました!」

ライラがカリスに伝える。

「よおおっし! じゃあ、フィレア。すこ〜しだけ、お父さんの代わりに、ここを守っててくれるかな? ……あ〜いや。やっぱり危ないね。……おい、アレン。お前、そことここ、一緒に守れ」

ちなみに、アレンが守っている正面の門と、カリスが守っている側門は大体直線で二十メートルくらい離れている。謁見の間はとても広いのだ。

「無理! 気系の技使ったら、すぐバテるし……そもそも、フィレアなら一人でも十分だろ!」

「なにぃ!? 貴様、私の可愛い娘がこの低劣な賊風情に傷つけられて我慢できるのか!?」

「だから、傷つけられねぇって! 俺でも難しいんだから!」

こんな会話を大声で。攻めている兵士の皆さんは、すごくやりにくそうだった。

「お父様。……さっさとしてください」

「はぁい。パパ頑張っちゃうゾぉ〜。フィレアも頑張ってね」

そして、フィレアの言葉に一転。アレンなど華麗に無視して、カリスは下がった。

もはや突っ込む気力もないアレン。当事者のアレンでさえそうなのだから、傍から見ているクリスを始めとした面々は言わずもがなだ。

「ガイア! 力を貸せ! 『……大地の精霊王の名において、地に住まう者らよ我が声を聞け』」

とても嫌そうに、カリスに近付き、補助詠唱を通じて力を与えるガイア。もちろん、ここには部外者もいるからにして、姿を現してはいない。

「『今、我は岩の城を築かん。その壁は我が意思の固さ。全ての敵を排除するものなり! グランドフォート!』」

カリスが放った魔法の効果により、謁見の間の外を岩が囲っていく。当然、入り口も塞がれ、それ以上の敵の侵入を食い止める。

「……なんで最初から使わなかった……いや、使わなかったんですか?」

アレンが剣呑な目でカリスに詰め寄る。後で気付いて、語尾を直したが、口調は厳しいままだ。

カリスが始めからこれを使っていれば、フィレアたちが危険な戦いをすることはなかったのだ。アレンは、そのことに憤っていた。

「そんなこと言われても。私は魔力が全然ないんだ。ガイアのサポートを受けても、五分とグランドフォートを展開していられない」

「……は?」

「そういうわけだ。納得いったか? 納得いったらさっさと脱出するぞ。お前が先頭だ。さっさと行け」

後ろからぐいぐい押されて、脱出口に入れられるアレン。それに引き続き、非戦闘員の方々、最後尾にはカリスらがついた。

そして、暗い脱出通路を歩きながら、アレンは黙考する。

大食い、魔力の低さ。そして、剣の達人(さっきの戦いでわかった)。意外なほど多い、自分とカリスの共通点。

(もしかして俺……将来ああいう風になるのか?)

嫌な想像をして、アレンはぶるっと震えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

脱出用の通路は長かった。長年使われていないだけあって、埃だらけで時々崩れているところもある。当然のようにある蜘蛛の巣を体中に張り付かせながら、アレンはカリスが自分を先頭にした理由を悟った。

と、そこでズズンと低い音と振動が遠くで聞こえる。アレンたちが来た方向だ。

「あら。うまくいったみたいね」

後ろを振り向いて、リティが呟く。

そういえば、この人。強いはずなのに、戦わずになにか作業をしていたような……

「な、なにしたんスか?」

「追ってこれないように、ちょっと時限爆弾を。……でも、込める魔力間違えたかしら? かなり大きい爆発になったみたいだし……」

それから、自分の世界に入り込むリティ。多分、さっき作った爆弾の欠陥点を頭の中で洗いなおしているのだろう。

そんな中、後ろの方ではカリスが一人物思いに耽っていた。

(とりあえず、逃げることはできそうだが……。さて、どうするべきかな)

このまま逃げたとしたら、アンドレイ・カーターが王権を主張することは必至だ。彼も、一応王族の血をいくらか引いている。今日明日には無理だとしても、国民を納得させることもできるだろう。

こと、ここに至っては騎士団が帰ってきても政権を取り返すのは難しい。城には逃げ遅れた人がまだいる。彼らを人質にされると、自分たちは為す術がない。国民を使えば反発も買おうが、前王の臣下となれば――いや、それ以前に、軍の一部隊がこの近くで演習をしていなかったか? あれも貴族側だとすると……

カリスはここまで一瞬で考えると、そこで行き詰った。そもそも、クーデターを事前に察知できなかった時点で負けである。ここから巻き返すのは容易ではない。

軍のほうは、実はライルとルナが潰している最中だから問題はないのだが、それでも問題は山積みだ。

二十分も歩いただろうか。ふとカリスが気付くと、やっと出口に出ていた。

アルグランの外にある、大地の精霊王を祭る神殿内部。普段、固く門戸を閉ざしているここが、王家の避難場所だった。

このことは、貴族たちも知ってはいるのだが、大地の精霊王の加護を受けたこの神殿内に立ち入ることは出来なかったらしい。

正門の辺りが騒がしいのは、おそらく、兵が屯しているからだろう。耳を済ませれば、こちらに呼びかける声が聞こえる。

「カリス・アルヴィニア! いるのだろう。アンドレイ様からの伝言を伝える。明朝九時までにこちらに身柄を預けなければ、衛兵他、貴様の臣下どもの命はない! 繰り返す……」

どうやら、向こうの要求をずっと繰り返しているらしい。門が閉じているので、ちゃんと伝わったかどうかわからないのだろう。

声の大きさに辟易しながら、避難して来た者は、カリスの先導に従い神殿の奥へと入る。

そして、カリスは、家族とアレン、ミリル以外の者を別の部屋にやって、残ったメンバーにシリアスな顔を向けた。

「……事態は深刻だ」

厳かに告げた。

「ガイアの話によると、敵の頭はアンドレイ・カーター。徹底した貴族主義者だ。彼が王になれば、国民は苦しめられるだろう」

息を呑む一同。

ライラとリティ以外のショックは大きい。

それはそうだ。学生に、国の危機など、実感を持てというほうが無茶だ。

「だが、正直、打つ手がない。騎士団はあと二日は動けないだろうし、もう少ししたら貴族側の軍隊が到着するだろう」

「あ、それなら大丈夫だ。そっちは手は打ってある」

カリスの言葉に割り込んで、いつの間にか姿を現しているガイアが言った。

アレンとクリスは、すぐさまこの場にいない二人の事を思い浮かべ、心配する。……が、すぐにあの二人なら大丈夫か、と思い直した。

「……そうか。だが、あっちには人質がいる。私にずっと尽くしてくれた部下たちを見捨てることなど、私にはできない」

そういうわけで、とカリスは面を上げる。

「私は、向こう側にこの身を差し出す。そして、なんとかして、出来るだけ時間を稼いでみるつもりだ。その間に、みんなは逃げてくれ」

「あなた!」

ライラが悲鳴のような叫びを上げる。残りの者も、驚愕の表情だ。

「王……いえ、お父様。本気ですか?」

「もちろんだ、リティ。それが責任というものだ」

「お父様……」

「フィレア。私もお前と別れるのはつらいが、わかってくれ」

フィレアを前にしても、この調子。どうやら、本当の本気らしい。

だが、それで収まらないのが一人。

「っざけんな! このまま、おめおめと降参する気かよ、アンタ!」

「……アレンちゃん」

アレンだ。アレンは、今までにないほど激昂しながら、カリスに詰め寄っていく。

「貴様の意見など聞いてはいない」

「まだ手はあるだろ! 俺は頭悪いから、なんも思いつかないけど……でも、なんかあるだろ! 王様だってんなら、策の一つや二つ考えてみろよ!」

アレンは怒っていた。このままだと、フィレアもクリスも悲しむし、自分も無力感にさいなまれること請け合いだ。そして……まず間違いなく、カリスは殺される。

そんなの、アレンに容認できるはずもなかった。

「悪いが、頭が悪いのは私も同じだ!」

開き直った。

「それでいいのかよ、アンタ!」

二重の意味を込めてアレンが叫ぶ。当然、一つはこのまま敗北を認めて良いのか、ということ。もう一つは、頭が悪いって思いっきり宣言して良いのかよ、ということだ。

「……ま、それはとにかく」

クリスが前に出る。

「明朝まで、って言ってるんだから。時間をこっちに与えたのが、あっちの失敗だね。……ガイアさん。ちと、向こう側の偵察に言ってきてくれないかな? こんな使い走りさせるのは、心苦しいんだけど」

「……構わんぞ」

クリスの言葉に従い、ガイアが姿を消す。

精霊は、普通の人間には気付かれない。斥候としては、これほど優秀な者もいなかった。

「さて。とりあえず、お父様も、すこし落ち着いて下さい。あちら側に屈服して一番がっかりするのは臣下の人たちですよ」

「……だが」

「はい。とりあえず時間はあるって言ったでしょう。まずは落ち着きましょう」

そういうことになったのだった。

 

 

 

 

ちなみに。

「ええーい! いつになったら終わるんだよ、コレ!」

「言っている暇があるなら、剣を振れ! 殴り飛ばせ!」

「無理だぁああああああああ!!」

「もぉ、ライル! ちゃんとかわしなさいよ……『エクス! プローーージョンんん!!』

ライルが兵士もろとも華麗に宙を舞う。それをきっぱりと無視して、ルナの目は、次にせまり来る兵士の群れを捕らえていた。

「ルナああああああああ! 殺す気!?」

「なんだ、死んでなかったの!?」

「ひどすぎる!!」

「口動かしている暇あったら、次のやつの足止め!」

ライル&ルナコンビ。激・奮戦中。

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