“彼ら”の準備は着々と進んでいた。

会議に集っている面々は、アルヴィニア王国の中でもかなり力を持った貴族の家柄の当主たち。中には、現役の大臣も何人もいる。

薄暗い部屋の中で、彼らは計画の最終打ち合わせをしているのだった。

「決行は、明日の正午。騎士団は、全部オーガ退治の方に出張ってる時間帯だ。この時間なら、王の警備は十数の近衛兵だけだ」

「……だが、どうする。計画が漏れている、という情報もあるぞ」

「なに。隠蔽工作は万全だ。疑惑くらいはもたれているかもしれんが、確証などないよ」

この中で実質的なリーダーを務めるアンドレイ・カーターという男が強気に言い放った。この集まりも、カーター家の当主である彼が興したものだ。

「すでに、我々側の兵は演習と言う名目でアルグランに数時間で到着できる位置に配置してある。抜かりはない」

明日の今頃は、玉座で酒でもあおっているだろう、と抑えきれない笑いを浮かべるアンドレイ。

王が現在、裏で推し進めている国家体制の変更など、到底彼らに受け入れられるものではない。税を納めるだけの凡夫に主権を与える――それを聞いたとき、彼らはまず王の正気を疑ったものだ。

それが百%本気だということがわかったとき、彼らは暴走を始めた。全ては自身の権力を守るため。

これに関しては、カリスの見通しが甘かったとしか言いようがない。反対意見を慎重な根回しで抑えていたはずが、こうやって見事に反対勢力が結集してしまっている。

そして、アルヴィニア王国の歴史に刻まれる一日が始まろうとしていた。

 

第83話「アルヴィニア王国の一番長い日 その1」

 

「……あれ? アレン。どうしてここにいるのさ」

クリスは、王家専用のリビングにどっかりと座り、フィレアの遊び相手をしているアレンを不思議そうに見て言った。ちなみに、やっているのはチェスだったりする。

「騎士の人たちついさっき出発したよ? 参加しないにしても見送りくらい……」

「行ったら叩き返された。俺には俺の任務があるんだから、そっちに集中しやがれってな」

肩をすくめつつ、アレンが嘆息する。

「近衛兵に混じって、僕らの警護だっけ? にしては、遊んでいるように見えるんだけど、僕には」

「チェック。どうする、アレンちゃん?」

「むう……」

アレンの戦況が悪くなった。クリスの呆れたような言葉も届かない。

「ならこれで……」

「ルークはそこには動けないってば!」

どうやら、アレンはルールすらちゃんと覚えていなかったらしい。つい十分前に始めたばかりなのだが、すでに三連敗を喫している。

「……別のゲームやったらどうですか? 弱すぎてゲームにもならないでしょう?」

クリスと同じように呆れ顔になりながら、フィレアのそばで観戦していたミリルが忠告した。

任務を忘れて、ゲームに興じているアレン。

だがまあ、これでも警護にはなっているのだろう。奥には、アレンとフィレアの様子を微笑ましそうに眺めているライラもいることだし。……そもそもこのフィレアに、アレンの警護が必要かどうかってのは微妙だ。

「逆に警護されるんじゃないの?」

「……なんか言ったか?」

「いや、なにも」

ふと思っていたことが漏れてしまったクリスだが、軽く切り返す。

フィレアは、「それじゃもう一回―」と暢気にチェスの駒を初期位置に並べている。

ルールもわからない……いや、わかったとしてもチェスの打ち手としては最低位にランクされるであろうアレンと、まだ勝負をするつもりらしい。

「フィレア。俺、ぜんぜん勝てる気がしないんだが……」

「えー、じゃあスゴロクでもする?」

いそいそと、どこからともなくボードゲームを取り出すフィレア。それには人生(ライフ)ゲームとでかでかと銘打ってある。サイコロの目だけ自分の駒を進め、止まったマスの指示に従い、最終的に資金が最も多いものの勝ち……という、まこと資本主義を象徴するかのようなゲームである。

なぜか、シリーズになってて、時事ネタがどんどん更新される。実は、昔のやつのほうがけっこう笑いが取れて面白かったり……

「……俺ら二人でやるのか?」

「んー、じゃあ、クリスちゃん。おかーさん、ミリルちゃん。一緒にやろ」

部屋の中で暇そうな三人を誘うフィレア。

「あらあら、こんなおばさんが一緒にやってもいいのかしら」

「いや、僕は面倒くさいから。本でも読んでくるよ」

嬉々として参加しようとするライラ。

そのライラの腕が部屋から出て行こうとするクリスを遠近法(?)を無視して掴んだ。

「のわっ!? お、お母さん、いつからそんな漫画的奥義を!?」

「お母さんに不可能なことなんてありません。それより、一緒に遊びましょうよ、クリスちゃん」

「いや、わかったから、その不自然に伸ばした腕を縮めてってば!」

すったもんだの挙句、クリスも参加させられる。ミリルは、その様子を見て、どうせ逃げられないか、と諦めの気分で参加する。

「あれ? そういえば、ライルちゃんとルナちゃんがいない。多い方が楽しいのに」

「あの二人なら、朝からシルフィに連れられてどっか行ったぞ」

「ふーん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにその二人。

「シルフィ。なんで僕とルナをこんなところに連れてきたのかな?」

アルグランからいくらか離れた小高い丘の上で、ライルは本日何度目かになる質問をした。

「だから、念のためよ。念のため」

「その答えも飽きたよ。理由くらい言ってもいいだろ。ルナなんて、キレる寸前だぞ」

アルヴィニア王国に来てからとみに出番のなかったルナは、カリスの好意で開放してもらった禁書庫に篭りきり。研究三昧の日々を送っていたのだ。まあ、それだけじゃなかったのだが、この場合関係ない。

とにかく……それを邪魔されて、かなりイラついている。

「……とりあえず、ライル。お昼ごはん」

太陽を見ると、もうだいぶ高くなっている。

確かに、お昼時だ。そろそろ準備をしなくては。

焚き火はとりあえず熾してあるので、もって来た干し肉をあぶって……

「……あれ?」

そんなライルの視界に、一人の男が南の空から飛んでくるのが見えた。さらにその向こうには、なにか黒い人の群れが見える。

飛んできた男は、ライルも知った顔だ。すぐ傍に来たのだが、精霊との相性の悪いルナは気付かない。

彼――ガイアは、着地と同時に姿を現した。

「わっ!?」

驚くルナを無視して、シルフィがガイアに尋ねる。

「どうだった? まあ、あれを見りゃわかるけど……」

遠くに見える兵の群れを忌々しそうに見つめて、シルフィは言った。

「おう。黒も黒。真っ黒だ。現在、アルグランに向けて進行中。このままだと、あと二時間くらいで王城に突入だな、こりゃ」

「はぁ〜〜〜」

ため息を吐くシルフィ。正直、彼女はライルにこんな事をさせるのは不本意だった。

「しかたない、か。マスター、ルナ。あの軍勢を蹴散らすわよ」

呼びかけられた二人は、あっけにとられた顔になる。

「……蹴散らすって、シルフィ。あれって、アルヴィニア王国の兵隊さんじゃないのか?」

「そう。現在、お城に向けて侵攻中……所謂、クーデターってやつ」

脳の処理が追いつかない。

突然明かされる驚愕の事実に、ただ驚くばかりだ。

「く、クーデターって?」

「現在の王家を引き摺り下ろそうって馬鹿な貴族たちがいるのよ。確信がなかったし、不安がらせることもないかと思って黙ってたけど……」

結果はこの通り、とシルフィは肩をすくめた。

「別に、他の国のことなんてほうっておけば良いと思うけど……タイミングよく王家の客人として来てるわけだし、マスターにも害が及びそうだし」

矢継ぎ早の説明をなんとか咀嚼し、ライルは手をかざす。

「いや、待った。事情は……まあ、納得はいかないけど、飲み込めた。……それで、僕とルナに、あの軍隊の相手をしろと、お前はこう言うわけか」

「うん」

「死ぬから、それ!」

抑えていた感情を爆発させ、ライルが叫ぶ。

わきわきと手を動かして、闘争心を沸き立たせているルナとは対照的だ。

「いくらなんでも、あんな十万はいそうな人たちには勝てないって、絶対!」

「大げさね。せいぜい、一万弱ってとこよ」

「はい無理!」

回れ右して逃げようとするライルの襟を、ルナが引っつかんだ。

「はいはい。なに逃げようとしてんの。男らしくないわね」

離してくれ〜! と暴れるライルを、なんなく抑え付け、ルナはシルフィに尋ねた。

「で? シルフィ。あんた、作戦くらいあるんでしょうね? 正規の軍ともなれば、結界の一つや二つ張ってあるでしょ。それを抜くのは、いくら私でも一人じゃ無理よ?」

卓越した魔法使いであるルナの目から見れば、あの軍の周りに大規模な結界が張ってあるのは一目瞭然だった。一人一人の術士の技量はルナより下だろうが、それが何百と集まって結界を形成しているのである。

ルナの魔法では、アレを突破するには少々出力不足だ。少々である。あくまで。

「当然。抜かりはないわよ。……ガイア」

「ああ。結界士は、大体真ん中あたりに集中してる。……ま、所詮盗賊に毛が生えたような連中だ。陣形のイロハもわかってねぇ」

軍隊にとって、結界は防御の要である。普通、結界士はある程度分散して配置するのが常識だ。

「うん。それなら一発でいけそうね」

ガイアが地面に描いた陣形図を眺めて、シルフィが一つ頷く。そして、

「じゃあ、マスターと私がライトニング・ジャッジメントで結界壊すから。ルナはその後、遠くから兵を殲滅。こっちに抜けてきたやつらを、マスターが仕留める、って事でOK?」

なんて、トンデモナイことを言い出した。

「なるほど……確かに、アレならいけそうね」

一度だけ見たその魔法の威力を思い出し、ルナが頷く。顔をつき合わせているシルフィとガイアも、これでいけると納得顔だ。

「異議あり! あれ使っちゃったら、人死にが出るだろ!」

「当然。殺すわよ?」

何気なくシルフィが言った台詞に、ライルが凍りつく。

「なっ……」

「……って、言いたいけどね。こんな国のいざこざなんかで、他人の命をマスターが背負うことはないし。私の方で威力は絞るから、安心して」

「で、でも、万が一……」

「大丈夫だって。ちょいと一日ほど気絶してもらって、起きた後も一週間はロクに動けなくなるだけだから」

「……それはちょいとなのか?」

死ぬよりはずっとマシでしょ、とシルフィはにべもない。

そこで、ガイアが挙手をした。

「……で、俺としてはそっちのお嬢さんがうまくやれるかどうかが心配なんだが。ルナ、とか言ったか。どうなんだ?」

「レベルはたいしたことないわよね?」

彼らの進軍の遅さを見て取り、半ば確信しながらもルナが確認を取る。

「ああ。そこらへんのチンピラと大して変わらない。……でも、約一万だぞ」

ガイアの挑発的な言葉に、並の一流など物ともしない量の魔力がルナの体を駆け巡り、周囲の空間に放電現象を起こす。

学生という身分、そして普段の素行の悪さから、なかなか気付かれにくいのだが、ルナは紛れもなく天才中の天才なのだ。魔法使いがいない軍隊では、彼女の魔法を止めることなどできない。一人で殲滅、というのも、あながち夢物語ではないのだ。

歴史を紐解いてみると、そんな大魔法使いの逸話には事欠かない。

「上等よ。今日のこの日、歴史にルナ・エルファランの名前を刻んでやるわ」

「る、ルナ? 人殺しは……」

「殺すほどの威力だと、こっちが魔力切れ起こしそうだしね。重傷程度で済むようにするわよ」

魔力が足りてたら殺ってたのか? ということは聞かないことにする。

「じゃ、俺は帰る。カリスの方のフォローもしてやらなきゃ。多分、貴族連中の私兵もなんぼかいるだろうし」

「こ、こっち手伝ってくれないんですか、ガイアさん?」

戦力の減少に、ライルが情けない声を上げた。

「悪いな。契約者を通さないと、上位精霊ってのは人間のいざこざに関われねぇんだ。掟だからな」

すげなく断り、ガイアは飛び去る。

「さぁって。マスター。あまり悠長に構えている暇はないわよ」

シルフィが、檄を飛ばす。

そして、後に『アルグラン無血掃討戦』と呼ばれる戦いが始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……むう」

カリスパパは、リビングを覗いていた。

中では、愛するライラやフィレアと共に、幾人かが楽しそうに遊んでいる。

クリスやミリルはいい。前者は息子だし、後者は昔から知っている姪のようなものだ。

しかし、その中に(カリスにとって)異分子が紛れ込んでいる。そう、アレンという不届き者だ。

ここで「パパもま〜ぜ〜て〜」と遊びに参加しアレンに嫌がらせをすることは可能だが、仕事が溜まっているというのに遊び呆けているところを娘にして自分の補佐官であるリティに見られれば死罪は免れない。

……いや、仕事サボって、こうやって様子を見に来ているだけで死刑は確定っぽいのだが。

このごろお仕置きがきつくなってきたりティの事を思い浮かべて、『こ、今回は見逃してやる!』とばかりに、そこを去ろうとした時、

「おい」

「うわぁああああああああああああ!!? リティ、許してくれええええええ!!!」

突然肩に置かれた手に、バッタもかくやという跳躍力を発揮し、その場を飛びのくカリス。

声をかけた張本人――ガイアは呆れ顔で、現在の被守護者を見る。

「な、なんだ、ガイアか」

「ガイアか、じゃねえよ。……カーターのやつを始めとした貴族が武装蜂起した。とっととどっかに隠れるなり、逃げるなりしろ」

「……なに?」

それを聞いて、カリスは情けない顔から一転、真面目(シリアス)モードに入る。

そして、カリスの叫び声に『なんだなんだ』と顔を出したアレンらは、事態が飲み込めず、非常に珍しいカリスの緊張した顔にきょとんとするばかりであった。

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