騎士団によるオーガ退治が無事に終わった後。
その後の調査で、アルグランに程近い森に、オーガが大量発生しているという情報が騎士団にもたらされた。
当然、退治の必要はある。……が、その数が大規模なものなので、現在は着々と準備を進めている段階だ。……そしてそこで、アレンはある事を言い渡された。
「俺は付いて行っちゃ駄目って……どういう事ですか、ゼルさん」
「どういう事もなにも、言葉通りだ。アレン・クロウシードは、今回のオーガ掃討作戦には不参加。これは騎士団の幹部連で決めた、正式な辞令だ」
「な、なんで!?」
「お前、まだ見習いだろ。ついでに、実戦経験も浅い。こんな大きな作戦に参加するのは危険だ」
と、肩をすくめるゼル。
アレンは納得のいかないように抗議を始めた。
「いえ、連れて行ってください。俺は戦力にはなるはずです。経験を積むチャンスですし……」
「……はあ。アレン、歯を食いしばれ」
「え?」
ゼルの突然の台詞に、戸惑っているうちに、彼の拳がアレンの頬に突き刺さった。
「ぐ、ぁ!?」
倒れこむアレンに、ゼルは冷たく言い放つ。
「お前な、なにか勘違いしてないか。俺たちがモンスターを退治するのは、街の人の安全を守るためだ。……それに、修行気分で付いて来られると迷惑なんだよ」
それだけ言うと、ゼルは興味を失ったようにアレンの元から去るのだった。
第82話「その前日」
「……うーん。ま、そのゼルって人の言い分もわかるけどねぇ」
アレンは自分に宛がわれた一室で、先ほどのやり取りをライルに相談していた。
「それは俺もわかるんだけどさ。納得はできないって。今回の作戦は騎士団だけじゃ人手不足だからって、宮廷魔術師やアルヴィニアの軍隊にも協力要請したって話だし。戦力は少しでも欲しいはずなんだよ」
「それだけいれば十分って事じゃない?」
ライルが頬をつきながら応える。ライルとしては、友人がそんな危険な作戦に参加しない方がいいのだ。アレンの実力は知っているが、怪我を負ったり最悪死ぬ可能性が全くないわけではない。
「それはない。宮廷魔術師や軍隊の協力、断られたらしいし」
「は、はあ?」
ライルは驚いて素っ頓狂な声を上げる。
この二つの組織は、当然のことながら国家に所属する組織だ。宮廷魔術師は研究が主だからまだいいとしても、国家の治安を維持するべき軍隊が断るなど……
「どういうことだよ、それ」
「知らん。先輩に聞いても、言葉を濁して教えてくれなかった」
アレンも困惑した様子だ。
こういうとき、三学期丸々かけてやったアレンの騎士になるための勉強が役に立つはずだが、生憎と彼はその記憶をすでに放棄していた。
うーん、と唸る二人の下に、ドアを荒々しく開けてルナが入ってきた。
「ちょ……少しかくまって!」
「って、いきなりなんだよ、ルナ」
「ああもう……やかましい!」
錯乱気味に、ルナはベッドへダイヴ。布団を頭から被って、息を潜める。……どうやら、これは隠れているらしい、とライルが思った次の瞬間、部屋の中にもう一人の人物が飛び込んできた。
「お姉さま! ここですか!?」
そう言いながら、獲物を狙う獣のような目で部屋内を見渡す少女は……
「み、ミリルちゃん?」
ライルの生まれ故郷、ポトス村にいたルナの追っかけ(?)ミリル・フォルレティだった。
現在、ヴァルハラ学園一年に所属する彼女が、なぜここにいるのか……
「あ、ライルさん。こんにちは」
「こ、こんにちは」
反射的に挨拶し返すライル。
「おい。お前なんでここにいるんだよ?」
そう聞くアレンだが、ミリルはアレンをあっさりと無視して、ベッドに目をつける。そこには、一応隠れているらしいが、こんもりと膨れ上がったベッド。
……なるほど、ルナはかなり動揺しているらしい。ミリルちゃん苦手だったもんなぁ。
などと、ライルが妙に納得していると、ミリルはそっとベッドに近寄り、
「お姉さまみーーっけ!」
とか言いながら、自らもダイヴ。布団の中にもぐりこんだ。
「あっ!? 見つかっ……ってちょっと待て!」「待ちませーん」「こらっ! ど、どこを触って……」「うふふふ。どうですか? この私のテクニックは!」「や、やめ……」
あ、こりゃヤバイ。
ライルは直感して物陰に身を隠す。
アレンはというと暢気に「……なにやってんだ?」とかつぶやいている。
「このっ……いい加減にしろおおぉぉぉ!!」
瞬間、一気に燃え上がる魔力の猛り。ルナの怒りを表したかのように、ベッドやら家具やらとともにミリルを吹き飛ばした。
が、ミリルもさるもの。器用に空中で姿勢を制御し、壁に“着陸”。無傷でその爆発から逃げ出した。さすが武道家だけあるが、使い方を決定的に間違っている。
「もお、お姉さまってばつれないんだから……」
「つれたら困るでしょうが! 主に私が!」
なんか、ルナも慌てているらしく、なんか日本語が変だ。
「てか、なんでミリルちゃんがここへ?」
「愚問ですね、ライルさん。お姉さまあるところにあたしありです。……てゆーか、一応、私はこの国の出身ですし。たまには里帰りでも、と。両親は死んでて、家はありませんけど」
彼女とフィレアは同じ師匠に師事していたのだ〜とか誰も覚えていないような設定を掘り起こしてみる。ぢつは、彼女の出身はこの国なのだ!
「へえ、じゃあ、どこに泊まってるの?」
「このお城ですよ? 私の親、王様と友人でしたから。ちょいと頼みまして」
はぁ、そうなのかー、とライルが納得していると、アレンがルナにつっかかっていた。
「おいルナ。なにしてんだよ。この部屋、借りている部屋なんだぞ!」
「って言われてもさあ。私は悪くないわよ。文句を言うなら、ミリルに言って」
本来なら、責任転嫁もいいとこのような気がするのだが、単純なアレンはその言葉に従ってミリルに詰め寄る。
「おい、ミリル! お前、ちゃんと片付けろよな」
「それで、ライルさん。フィレアがどこにいるか知りませんか? 一応、姉弟子に挨拶をしておきたいんですけど」
「って、無視すんな!」
そう言ってアレンがミリルの肩に手をかけると、その手を取られ、投げ飛ばされた。
ガシャコーン、と家具類の残骸に叩きつけられ、さらに散らかる部屋。悪循環に涙が出そうだ。
「て、てめぇ……」
剣呑な光を瞳に宿して、ゆらりと立ち上がるアレン。彼が怒ることなどあまりないのだが、冒頭のやりとり以降、いろいろイラついているようだ。
「あら。ヤル気ですか?」
「やってやろうじゃ……」
そのアレンの側頭部に、どこからともなく飛んできた飛び蹴りが炸裂した。
「ないのがぁ!?」
台詞の途中だったから、変な叫び声になる。舌を噛んだようで、悶絶している。
「もぉ、アレンちゃん! 騎士たるもの、女性には優しくするべし! てゆーか、騎士じゃなくても男なら当然でしょ!!」
そんな見事な蹴りの犯人は、いつの間に近寄ったのか、気配すら感じさせなかったフィレア嬢。ぷんぷんと怒りもあらわに、腰に手を当てアレンに説教している。
てんやわんやの騒ぎの中、ライルはそっとため息をつく。
「あー、うん。アレン。悩んでいる暇なんか、どうやらないみたいだよ」
そっと、友人に忠告をしながら。
その頃。ゼルは騎士団長にある報告をしていた。
「どうだ。伝えておいたか?」
「はい。まあ、居残りには不満だったようですが」
肩をすくめるゼル。団長は、それに苦笑しながら、
「あの気性じゃ、それも仕方ないか。……騎士団に入ったばかりのお前にそっくりだ。実力はあるくせに、頭は悪くて、修行のことしか頭にない。っと、あいつの場合、食欲もあるか」
その分、お前より上だな、と付け加える。
「ええ、まあ。とりあえず、俺が前、団長に言われたことをそのまま言ってやりました。少しは反省しておとなしくなってるんじゃないスか?」
「あんまり凹ませるのも困るぞ? あいつは城に残しておく貴重な戦力なんだから」
「そのことなんですがね……。本当なんですか? 大臣連中がクーデターを企てているって。どうにも、信じられないんですが」
「まあ、俺も半信半疑だ。だが、実際、王と大臣らの対立は、ずっと前から続いてる。今までは王の権威で抑えつけてたんだが……確かに、そろそろ不満が爆発してもおかしくない頃だ」
自分の国を守る、守護精霊から送られてきた情報に、騎士団長は頭を悩ませる。曰く――『今回のモンスターの大量発生、人為的な何かを感じる』らしい。
オーガはすぐに繁殖するモンスターだ。それに、群れで行動するモンスターで、食料さえ足りていれば生活圏をそうそう移動したりしない。
二、三十匹ほど森みたいなところに放して、あとはそこにオーガがいると言う情報をシャットアウトしてやれば、容易に今のような状況になる。街からはそれなりに近いが、そうほいほいと行けるような所でもない。隠そうと思えば隠せないことはなかった。
「でも、本当にクーデターが起こったら、アレンだけじゃ到底防ぎきれんでしょう。大臣どもが動かせる兵は、へっぽこだけど千単位でいるんですよ」
「アレンだけじゃない」
「はぁ?」
「王族の方々も、当然戦えるし……それに、アレンの同級生の子供らはとても強いらしいぞ?」
「強いたって……」
「まあ、ガイア様が太鼓判を押しているんだから大丈夫だろう。そんなあるかないかわからん話よりも、次はオーガの方だ。こっちの方が命がけだぞ。我々だけで片付けなくちゃならんのだから。……ミーティングをする。他のやつらも呼んでこい」
オーガがいるという森の地図を広げる団長。
ゼルはへいへいとやる気無げな敬礼をして、部屋から退出していった。
「……シルフィ?」
アレンの部屋での騒ぎも一段落し、とりあえず自分の部屋でくつろいでいると、この国に来てからなにやらガイアといろいろ奔走している様子のシルフィが帰ってきた。
「ゴメン。マスター。しばらく傍にいれなくて」
「いや、別にそれはいいけど。なんだ? 怖い顔して」
「……別に」
はぁ、と思いため息をつくシルフィ。少なくとも、ライルの記憶にはない態度だった。
「なんだよ。本当にどうしたんだ?」
「べっつにー。どうせ苦労すんのはマスターだし」
「……なに企んでるんだよ」
嫌な予感を感じながら尋ねるライル。シルフィがすることで、ライルが泣かずに済むことはあまりない。またよからぬ事を企んでいるのか、と想像力を逞しくするのも仕方のないところだろう。
「企んでるのは私じゃなくて……ええい、説明が面倒。マスター。一つ言っておくわ。……死なないでね」
「ぅおい!? 本当に、なにがあるんだよ、これから!?」
「うーん。結局、確証は得られなかったし。言っても、ビビらせるだけだから言わないでおく」
「その物言いで、僕がビビらずにいられるとでも思うのか?」
「……胸張りながら言う台詞でもないでしょ」
頭が痛い、とばかりにジト目で自分のマスターを見るシルフィ。
そして、まー死ぬ心配だけは無用か、と思う。
なにせ、我がマスター、ライル・フェザードは、あのルナの魔法の数々にさらされても生きている猛者なのだ。
「うん。まあ、気楽に構えてりゃいいんじゃない?」
「……いやさ。ほんっとう。頼むから、変な事を企むなよ?」
「だから、企んでるの私じゃないって」
憮然というシルフィ。
そして、ヴァルハラ学園物語史上、最大級にシリアスなイベントが迫ってきていたのだった。……嘘じゃないよ?