トテトテトテトテ、ピタッ。

「(じー)」

「………………」

トテトテトテトテ、ピタッ。

「(じー)」

「なあ、クリス」

アレンはげんなりした様子で、隣にいるクリスに話しかけた

「なに?」

「後ろから付いて来るお前の姉ちゃん、一体なんなんだよ?」

アレンの後方、約三メートルの位置に、フィレアがぴったりとくっついてきていた。なにか用でもあるのかと思えばさにあらず、話しかけてくることもしない。ただただこちらをじーっと見てくるだけだ。

こんな状態が朝からずっと続いている。三学期の初日から、わけのわからない事態に陥ってしまったアレンだった。

「あー、うんっとねー」

クリスが逡巡しながら言葉を探す。

「うん。ご愁傷様、アレン」

「なんだよそれは?」

知らぬが仏とはよく言ったものである。

 

第76話「面談」

 

「なあ、フィレア」

寮のところでクリスと別れ、帰途についていたアレンは、いい加減諦めたように話しかけた。

「なに?」

「なんか用なのか? 言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」

「んーと、ね。まだ内緒」

「なんだよ、言えよ。ほれ言えやれ言えさっさと言え。お前らしくもない」

んー、とフィレアは口に手を当てて考え込み、

「あとでちゃんと話すから。アレンちゃんのお父さんやお母さんも一緒の方がいいだろうし」

「はぁ? 親父とお袋に用事なのか」

「そうじゃないんだけど……そんなとこ」

やたら歯切れの悪いフィレアに、アレンは疑念を抱く。そもそも、単純一途なこの少女は、隠し事などする性質ではない。『これはなにかある』と、もう病的なくらい鈍感なアレンでさえわかってしまった。

滅多に感じない嫌な予感が背筋を走りぬける。

まあ、だからといって『なんとかなるかー』と、なんら危機感を感じない辺りがアレンである。

もし彼に、ライルほどの危機意識があればこの後の惨劇は回避……できなかったろーなぁ。所詮、アレンだし。

「……で、家まで着いちまったけど。どうすんだよ、親父たち呼んだほうがいいのか?」

「あ、お願いー」

「まあ、親父はどうせ道場にいるだろうけど」

この時間、道場の稽古は丁度午後の部と夜の部の間隙なので、アレンは父アムスにマンツーマンでの指導を受けているのだ。

いつものように、母屋に入る前に道場に向かうアレン。フィレアもよく来ているので、慣れた様子で付いていく。

「ただいまー」

靴を脱ぎ、道場に入る。

不意に殺気……!

「うぉ!?」

横合いからいきなり出された一撃を鞄で受け止める。

「ほほう、今のを受け止めるか。一応、成長はしているみたいだな」

「てめっ、親父! 息子に不意打ち食らわせるたぁ、ずいぶんじゃねぇか」

アレンに攻撃を加えた影は、当然のようにアムス。彼は猛然と抗議する息子に、カカカと笑ってみせる。

「はっは。息子の成長具合を確かめたいという親心がわからんか」

「わかってたまるか、んなもん!」

手ぶらなので、拳で応戦するアレン。

が、さすがに素手では差がありすぎた。瞬く間に打ちのめされ、肩口を切られる。真剣ならば、間違いなく致命傷だ。

「アレン、一回死んだぞ」

木剣を肩に担ぎ、ニヤリと笑うアムス。

「上等だ。親父。今日こそてめぇを泣かす!」

道場の壁に掛けてある木剣を引っ掴み、アレンは猛然とアムスに立ち向かった。

斬り、払い、かわし、あるいは防ぐ。

その実力は、まさに伯仲。見るものが見れば、そのレベルの高さに感嘆するであろう応酬は、しかし某国のお姫様はお気に召さなかったらしい。

フィレアはつかつかと二人に歩み寄り、とりあえず殴りやすい方――つまりアレン――のわき腹に、抉りこむような突きを放った。

目の前の敵に集中していたアレンは、当然避けられる筈もなく、為す術もなく吹っ飛ばされる。達人同士の剣戟に割り込めるのも、かなりすごいことなのだが、そのギャグ漫画のような吹き飛び方からは、察することが出来ない。

「もう、アレンちゃん! 話があるって言ってたでしょ」

怒りの形相――というにはやけに可愛らしい――で、言葉を荒げるフィレア。

一瞬、あっけにとられていたアムスだが、すぐに気を取り直し、

「や〜い、怒られてやんのー」

「アムスちゃんも! いきなり斬りかかるなんて、駄目ですよ」

「……な、なあ、フィレアちゃん。前から言ってるんだが、俺にちゃん付けはよしてくれないか」

「まったく。いい年して子供なんですから」

無視だ。大人としての威厳とか、そーゆーものはアムスにはないらしい。

「こ……こどもっつーんなら、お前の方……だろ」

息も絶え絶えの癖に、そんなことだけは意地でも言うアレン。フィレアは、無言で足元に落ちている木剣を拾うと、アレンに向けて思いっきり投げつけた。

「ぐえっ」

「アレンちゃん。自分の剣くらい、ちゃんと持っておかないと」

あっけらかんと言ってのける。

「アムスちゃん。ミリアさんを呼んできてくれませんか」

「あ、ああ。構わないけどさ。だから、なんでミリアはさん付けで、俺はちゃんなんだ?」

「じゃあ、よろしくお願いします」

またまた無視だった。

結局、それ以上の反論も出来ず、アムスは打ちひしがれた様子で、妻のミリアを呼びに行くのだった。

 

 

 

 

 

……で。

道場に集められたクロウシード家の面々。

「フィレアちゃん。お話って、一体何?」

「はい。まずはこれを」

と、フィレアは一枚の紙を取り出し、ミリアに渡した。それを横合いからアレンとアムスが覗く。

「……え? これって……」

「はい。アレンちゃんに、アルヴィニア王国から騎士見習いとして仕官しませんか、っていう召喚状です」

正式な書類だった。およそ、一学生に送る書状ではない。

目を白黒させるアレンが、その召喚状の一番下の方にあるサインに気付いた。

「おい。サインのところ、カリス・アルヴィニアと連名で、フィレア・アルヴィニアってなってるんだが?」

「もちろん。言い出したのは私ですから」

「お前が言いだしっぺかよ! てゆーか、なんでこんなのを俺に?」

頭が痛くなるアレン。色々とわけわからんことには慣れているが、今回のこれはそのアレンをして理解不能の領域だった。

「だって、私、今年でヴァルハラ学園を卒業するし」

「いや待て。だからどうしてこれと繋がる?」

「アレンちゃんと離れ離れになるのは嫌だから。……だめ?」

うっ、と唸るアレン。

駄目かどうか、と聞かれるとアレンとしてはどう答えたらいいか葛藤するところである。

まずはメリットだ。騎士見習いというからには今より良い修行環境が手に入るかもしれない。そろそろ父親から離れて、独自に修行しても良い頃だ。それに、こうやって女性に懇願されるのも、相手が見た目子供とは言え、悪い気はしない。

ついでデメリット。まず、自分は学生である。入学したからには、きっちりと卒業したい。加えて、友人と離れることになる、というのはイマイチ受け入れ難い。それに、セントルイスから離れたことのないアレンには、外の世界はちょっと怖いものがあった。……意外に小心者である。それになにより、自分が騎士見習いなど、そこまでの実力があるかどうか、不安もある。

「う、う〜〜ん」

微妙にデメリットの方が大きい。

アレンが、少しずつ断る方向に流されている時、ふとアムスとミリアが口を開けた。

「アレン。行ってこい。自分の力を試す、いいチャンスだ」

「……親父」

「そうよ。行ってらっしゃい。ちょっと早い自立になっちゃったけど、頑張ってきなさい」

「……お袋」

両親の言葉に、アレンの中の天秤は受け入れる方向に傾く。

「大体、お前の人生で、こんなこと言ってくれる女の子なんて、これから登場しっこないからな! フィレアちゃんの気が変わらないうちに、さっさと行ってこい」

「そうよ。こんないい子に誘われて断るなんて、お母さん許しませんからね」

「息子の転機に言うことかそれはーーーー!!」

感動して損したとばかりに、アレンは思いっきり叫ぶ。

ハァハァ、と肩で息をしていると、フィレアが目に入った。ものすごく困った顔である。

「つまり、アレンちゃんはどうしたいの?」

「う、うーむ」

アレンは考え込んだ。

確かに、両親の言うとおり、これはチャンスでもある。たまたま王族に知り合いがいたから――という、言ってみればズルいチャンスではあるが、それは後々実力を示していけばよい。

――行くか。

アレンは思い切ってそう返事しようとした。

「すぐ決めるのは難しいだろうし、春休みの間、試用期間って事で一度アルヴィニア王国に来てみる?」

「は?」

「むしろ、絶対にそうしろ、ってお父様が」

はるかアルヴィニア王国の娘を溺愛している国王の思惑など知ったこっちゃないアレンは、『まあ、それもアリかな』と、頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

「……で、行くことになったの?」

呆れたようにライルが言う。

「そう。で、クリスも帰省するんだし、ライルとルナも来るか? ってさ」

なぁ、とアレンは黙々とお菓子をついばんでいるクリスを見やる。

「なんで私たちまで?」

「……いやさぁ。なんか色々、大変なことになりそうだから。ね? 僕を助けると思って。一人であの姉さんとクソ親父とアレンの間を取り持つ自信がないんだよ」

ルナの質問に、心底困ったようにクリスが頭を下げる。

「いやまあ、別に私はいいけどさ……旅費さえ出してくれれば」

「うん。別に僕もいいよ。旅費さえ出してくれれば」

二人としても、断る理由などない。どうせ割を食うのはアレンだろうし。

「ありがと……」

「そういえばさぁ」

ルナが、ふと思い立って、口を開く。

「アレンとフィレアが結婚……なんて事になったら、アレンとクリスは兄弟になるわけよね?」

沈黙。

ギギギッ、と壊れたロボットのように、クリスがアレンの方を見る。アレンはというと、顔を紅潮させていた。

「な、ななな、なんで俺がアイツと結婚なんだ「絶・対、嫌だああああああああああああああああああああ!!!」って、おいクリス。どういう意味だそりゃ!?」

やたらと騒がしい二人。

ライルはそんな二人を尻目に、今回、僕の出番ってあるの? などと、アイデンティティに関わる疑問を抱いていた。

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