ヴァルハラ学園も冬休みに入った。

新年を故郷で過ごすため、帰省する者も多い。

実家がセントルイスにあるアレンと帰省しても迎えてくれる人のいないライルは別として、ルナはミリルと連れ立ってポトス村に帰った。

そして、いつものメンバーと称されるもう一人、クリスも、姉であるフィレアと共に故国アルヴィニアに帰っていたのだった。

 

第75話「事の始まり」

 

アルヴィニア王国は、大陸で二番目の広い領土を持つ国である。豊かな国で、隣国との交流も盛んだ。

だが、それよりなにより特筆すべきは、その歴史の長さだろう。大陸を統一していた古代王国から分裂したと言うその王家は、大地の精霊王の加護を得るまでとなっている。

現国王はカリス・アルヴィニア。民の信望は厚く、その政治的手腕で国内の問題を次々に解決していく賢君である。

まあ、

「おかえり〜フィレア〜〜」

などと、娘を抱っこして頬ずりしている様子からは、その賢君ぶりはまったく想像できないが。

ここは彼の執務室。クリスとフィレアが帰省の報告に来た途端これである。歴代の王が見たら、泣くかもしれない。

「……父上。一応、息子も帰還しているんですが」

頭痛がしているように、頭を押さえながら自己主張をするクリス。

「ん? ああ、クリスもよく帰ってきたな」

一言、それだけ言って、再びフィレアを愛ではじめるカリスは、もう親馬鹿などという言葉で括れないオーラを漂わせていた。

そもそも、この父。自分の子供には基本的に甘いのであるが、この三女フィレアは別格である。見た目がまだいいとこ中学生くらいなせいか、それとも母ライラに一番似ているためか……後者だと、いろいろヤバイような気がする。

フィレアも、大抵は嫌がりもせずなすがままとなるので、ますますその溺愛ぶりに拍車がかかっている。今はヴァルハラ学園に留学して、ほとんど会えないのでなおさらだ。

「……王。そろそろ、ノクターン候との会談の時間ですが」

カリスの脇に控えている女性がいらいらしたように言葉を発した。なにか口答えしようものなら、一ヶ月はベッドで生活してもらうからさっさと仕事しやがれ的な怒りが見え隠れしている。

彼女もクリスの姉だ。リティ・シンフォニア。一番年上で、現在は父であり国王であるカリスの秘書みたいなことをして、国務を補佐している。アルヴィニア王国の次期女王としての勉強らしい。

「……むう、そんなの待たせておけ」

「中々面白いことを言いますね、王」

カリスの無責任な発言に、リティの堪忍袋の緒が切れた音がする。このままでいけば、明日にはアルヴィニア王国の王が変わってしまう。

血みどろの父親の姿を想像して、目を瞑るクリス。

それを救ったのは、現在カリスの腕の中でごろごろしているフィレアだった。

「お父様。ちゃんと仕事しなきゃ駄目だよ」

「うん。お父さん、仕事してくる〜〜」

まるでよく飼いならされた犬のごとく立ち上がるカリス。仮にも一国の王が……と頭が痛くなるリティ補佐官だが、まあ仕事するならいいかと流すことにした。

「じゃあ、行ってくるから。フィレアはいい子にしてるんだぞ。ああ、台所に珍しいお菓子があるから、食べていなさい」

「は〜い」

元気よく返事するフィレア。

カリスとリティが部屋から出た後、大きく、大きくため息をつくクリスであった。

 

 

 

 

 

ここの王族は、一応王族の癖に妙に庶民っぽい。

普段のクリスを見ていてもわかるだろうが、あまり貴族特有の高慢ちきな態度(偏見)が見当たらない。

この“台所”を見てもわかるだろう。ここは城のコックが立つような立派なキッチンではない。普段は母ライラがその腕を振るう、小ぢんまりとした台所なのである。

リビングも併設されており、城の中でここだけ異様なまでに所帯じみている。なにせ、一般家庭と全然変わらないのだ。

そのリビングのテーブルで、お茶をしているクリスとフィレア。それとフィレアの姉のように見える母ライラ。

もう一人の姉エイミはここにはいない。今年の春、ユグドラシル学園を卒業したエイミは、そのままシンフォニア王国の王子と結婚した。

「まあ、クリスちゃんもフィレアちゃんも、元気そうで何よりだわ」

たおやかに微笑みながら、ライラがそんな事を言った。

クリスは自らの日常を思い浮かべ、元気でないとやっていけないよ、と心の中で愚痴る。

「うん、元気元気」

この本当の意味で元気な姉が羨ましく思う。アレンを技の実験台をしている姿から見て、どう考えてもルナと同じく“加害者”だからか?

「それはよかったわね。……そういえば、フィレアも来年は卒業だけど、どうするの?」

そうなのである。

こう見えても、彼女は三年生。進路について考えなくてはならない。

「一応、色々結婚の話も「絶対いや!」……あったんだけど、お父さんが全部握りつぶしちゃって」

突然大声を出した娘に驚きながらも、ライラはふと思いつき、ニヤリと笑う。

「あらあら。どうしたの? もしかして、好きな子でもできた?」

「母上、まさかフィレア姉さんに限ってそんな……」

クリスは自分の姉の見た目どおりの精神年齢を知っているので、笑いながら流そうとしたが、フィレアの様子を見て言葉が詰まる。

赤くなってた。

(待て待て待て待て待て待て待て!)

首を激しく振りながら、クリスは自身を平静に保とうとする。

(きっと……いきなりそんな話をされて、びっくりしてるだけだよな。うん)

脳裏に浮かんだ自分の親友の姿を振り払いながら、クリスは自分に言い聞かせる。

「あらあら、もしかして図星? どんな子なのかな〜フィレアちゃん?」

そんな息子の苦悩など露知らず、ライラはさらに突っ込んだ質問に入った。

ますます顔を赤くするフィレアに、クリスは嫌な予感が止まらない。

(いや、まさか。でもそんな。……しかし、フィレア姉さんと接点のある男子っていったらあいつしか)

クリスの聡明な頭が盛大に空回りする。

「……うん。頭は悪い(証言1)んだけど、剣を持ったらすごく強くて(証言2)、技の鍛錬に付き合ってくれるの(証言3)。あと、すごくよく食べる(証言4)」

証言1+証言2+証言3+証言4=……

もはや、ある一人以外の人物像など思いつくはずもないのに、クリスはなお否定の材料を探す。

「へぇ。面白そうな子ね。なんていう子?」

「……アレンちゃん」

「やっぱりーーーーーーー!!?」

結局、無駄な抵抗だった模様。

「なに、クリスちゃん。大声出して?」

「あ。アレンちゃんはクリスちゃんの友達なの」

「へえ〜。それは好都合。ね、ね? アレンちゃんってどんな子なのか、クリスちゃんからも教えてよ」

「その、あの。なんと申しますか……」

クリスがショックから立ち直り切れず、ふらふらしているというのに、ライラは容赦がない。

そして、そんな中いきなりリビングの入り口がドンッ! と開き。

 

 

「ゆるさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんん!!!!!」

 

そんな場をさらに混乱させる人物がご来場した。

(馬鹿父――――――!?)

クリスの混乱はここに極まった。

「ち、父上!? 仕事はどうしたんです!?」

とりあえず、自分の頭痛の種を一つずつ解決していこうと、カリスに問いかける。

「そんなもん、ブッチしてやったわ! 今頃、リティが代わりに会談しとるころだ! そんなことより、フィレ「アンタは王の仕事なんだと思ってんだ!」

思わずクリスは手のひらをカリスに向け、そこから迸る電撃を喰らわせる。

ピギャッ、とよくわからない悲鳴を上げ、カリスは倒れ伏す。

えもいわれぬ開放感に浸るクリス。

「って、しまった!? ついルナの真似を……父上、大丈夫ですか?」

「フィレアぁぁ! お父さんはそんな男との交際は認めないぞおおおお!」

がばちょと起き上がったカリスは、フィレアに抱きつき、吼えた。

「あらあら。あなた? 話がとても飛躍してますよ。フィレアは好きな子がいると言っただけですのに」

「お前は甘い、ライラ! こ〜んなに可愛いフィレアに好きと言われて、うんと言わない男がいるか、いやいない!!」

何事もなかったかのように話は進行する。

クリスはさらに頭痛が激しくなるのを感じつつ、以前にも一度思った事を反芻していた。

――だめだ、この家族。つーか父上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、どこから聞いていたんですか、父上」

「フィレアが『うん、元気元気』って言ったところからだ。本当はもっと早く出たかったんだが、妙な方向に話がいってな。なるべく情報を引き出そうと我慢してたんだ」

ほぼ最初からだった。ついでに『』内の台詞をフィレアの真似をして言ったから、激しく気持ち悪かった。

「フィレア。さっきも言ったが、お父さんは絶対に許さないぞ」

むん、と厳しい顔で言うカリス。しかし、さっきまでの言動のおかげで、それに威厳などと言うものは皆無である。

「お父様キライ!」

「ふぃ、フィレア〜」

しかも弱い。

「あなた。フィレアにも自由恋愛の権利はあると思いますよ。エイミもそうだったんですから」

ライラがフォローを入れる。

シンフォニア王国の王子と結婚したエイミ。一応、それ以前から仲がよかったらしい。その王子が黒魔法かぶれだということは、まあ置いておこう。関係ないし。

「ふんっ! シンフォニアの王子と、どこのものとも知れん若造では立場が違うわ!」

「お父様キライ!」

「だ、だからねフィレア。お父さんはフィレアが心配で……」

本当に弱かった。

「お父様。アレンちゃん、いい子なんだよ?」

「う……む。フィレアがそう言うからにはそうなんだろうが……。おい、クリス。お前から見たそのアレンとか言うやつはどんなやつなんだ?」

いきなり話が振られ、クリスは『何で僕が……』という顔をしながらも何とか答えようとする。

「う〜ん。一言で言うと、馬鹿……かなぁ。でも、人から愛されるタイプの馬鹿だと思うよ。剣の腕は一流だし。まあ、僕は親友だと思っているけど」

ライラは『やっぱり、いい子みたいね』と言っているが、パパは納得いかない様子。目の前にアレンがいないにも関わらず、『娘は渡さんぞ』と息を巻いている。遠く、セントルイスの地で修行しているアレンにとってはとても迷惑なことに。

「でもね、フィレア。お前も王女の身。卒業したら、向こうにいる理由もなくなるし、こちらに帰ってこなくてはならない。その、アレンくんとやらはクリスと同じ学年なんだろう? 彼も、学業がある。つまり、一年は会えないだろう? お前の気持ちはわかったがね、それでは思いも風化してしまうだろう」

だけど、やっぱり娘に嫌われるのは嫌なので、言葉を選んで発言するカリス。

「わかった」

本当にわかっているのか疑問だが、きっぱりとフィレアは言った。

「フィレア姉さん。い、一体どうする気?」

嫌な予感がますます増大するクリス。わけのわからない騒動には慣れっこだが、かつてない規模のものになりそうな予感がびんびんする。

そして、フィレアは必要以上に決意を秘めた瞳で言った。

 

「じゃあ、私が卒業したら、アレンちゃんに学園退学してもらって、こっちに来てもらう」

 

まさに爆弾発言。

「は?」

間抜けな声は誰が上げたのか。

オヤジは真っ白になり、母はあらまあと呑気に驚き、クリスはこれから起こる騒動を予感し胃薬の準備に走る。

『アレンちゃん頭悪いから、学校行ってても意味ないし』と、フィレアが大変失礼な事を続けて言っているが、親父とクリスの耳には届かなかった。

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