秋が終わり、冬。
ここヴァルハラ学園では、冬休みを間近に控え、恒例のミッションの季節となった。
この授業。冒険者を志す生徒の多いこの学園特有のもので、擬似的な冒険者の仕事を体験させることにより云々……。細かい理念とかは割愛させてもらう。
要するにだ。ヴァルハラ学園の生徒たちがするミッションとは、所詮、冒険者の真似事でしかない。
約一パーティー、真似事では済まされない事件に二度も巻き込まれたのもいるが……
そんな彼らに、真似事程度では勉強にもならないだろうと、学園長ジュディは一計を案じた。……彼らに、本物の“冒険者の仕事”を回したのである。
第74話「冬の陣」
「……それで? これは、一体なんなワケ?」
頬をピクピクと震わせながら、ルナが怒りを抑えながらライルに聞いた。
「いや。これが僕らの今回のミッションなんだけど……」
そんなルナに、内心ビクビクしながらも、なんとか答えるライル。
ライルたちの目の前には、今にも泣き出しそうな子供がいる。見たところ、まだ幼稚園くらいの少女だ。そんな彼女が、今回のライルたちの依頼人。後ろでは、親らしき人が済まなそうに立っている。
「詳しい話を教えてくれるかな?」
と、その少女の前に立って、事情を聞くアレン。……だが、少女はてててと逃げ去り、お母さんの後ろに隠れた。
「このお兄ちゃん、怖い」
「なにぃ!?」
絶句するアレン。まあ、彼なりに精一杯『優しいお兄ちゃん』を演じていたつもりなのだから、ショックを受けるのも当然かもしれない。
「まぁまぁ、アレン。大声出すと、この子がびっくりするじゃないか」
もう一人の交渉役であるクリスが宥めた。
そして、少女に向き直り、人好きのする笑顔を浮かべながらゆっくりと依頼人の少女に目線を合わせる。
「じゃあ、お話を聞かせてもらえるかな?」
「うんっ!」
元気良く答える少女。アレンは後ろで『なんでだぁ!』などと叫んでいるが、放っておいてもいいだろう。
アレンの時は正反対の反応を見せる少女。
なにせ、彼女のような幼子から見れば、クリスは絵本の中から飛び出した王子様(じっさい王子なのだが)のような存在なのだ。背こそ低いものの、整った顔立ちに優雅な物腰。
……まあ、学園内では、女装の趣味がだんだん知られてきているので、その人気は高いとは言えないが。これに関して、クリス本人はあまり興味のない様子である。
だがまあ、こんな時は便利だ。
クリスがニコリと微笑むだけで、少女はおろか後ろに控えている母親でさえも見惚れ、警戒心と言うものを放り出した。
「あの、実はですね……」
母親の方が前に出て、事の経緯を話し始めた。
なんでも、少女の大切にしている人形――クマのピーくんとやらがなくなったらしい。おそらく、昨日遊んでいた公園で紛失したと思われるのだが、一向に発見できませんでしたー。
以上。
所謂、遺失物捜索という、まっことステレオタイプの依頼であった。
「にしても、なんで人形なのよ……」
少し離れて聞いていたルナが、げんなりとする。
「依頼って言うより、単なる雑用じゃない」
「って言ってもねぇ。実際、冒険者って今じゃ何でも屋の代名詞みたいなもんだし」
そうなのである。冒険者……というのは、三百年ほど前までは本当の意味で“冒険する者”だった。町から町へと旅し、時には遺跡などに潜る。
当時発足していた冒険者ギルドは、あくまでその路銀を稼ぐための仕事を取り扱っているだけだった。
が、冒険者は戦闘技能に長けるものが多かった。おかげで三百年前、台頭した魔王のおかげで活性化したモンスターや魔族の退治の仕事が増え、いつの間にかモンスター退治を初めとする各種依頼が本業となってきたのだ。
……で、本当に昔は、今回のライルたちのような仕事がほとんどだったらしい。
「……それにしても、これはかなり簡単な部類の仕事だと思うけどね」
冒険者と言う職業の歴史を簡単にルナに語って見せて、ライルは肩をすくめた。
「納得いかないわ……」
呟くルナも、これが授業の一環と言うのは理解しているらしく、しぶしぶと現場(公園)へと向かうのだった。
平日の昼とあって、フィンドリア国立公園も人が少ない。
「さてと、まずはここらへんからね」
子供向けの遊具が並んでいる一角で、ルナは仁王立ちで宣言した。
今ここにいるのは、ヴァルハラ学園二年生のルナではない。暁の名探偵。スーパーディテクティヴ・ルナなのである!
「そういうわけで、謎はすべて解けた!」
「……いや、まだなんにもしてないから」
ライルがやる気のないツッコミを入れる。
ルナの言い分としては。『こんな風にテンション上げてないとやってらんないわ』との事らしい。……それにしても、暁の名探偵というネーミングセンスはどうなんだろう?
そんな事を思ったアレンは、思った事を口に出した。
「うっわ、ダサいな、おい」
「うるさい」
メキャグシャピシャピシャドッカーン
不用意な発言をしたアレン、退場。
「うわー……ルナ、すごい苛立ってるね」
「まあ、ねえ? 気持ちはわからないでもないけどさ……ちょっと刺激したらすぐ爆発しそうだから、お互い気をつけようね、クリス」
「いや、まったくだね」
ルナからずっと離れた場所でそんな会話をするライルとクリス。この二人にはアレンのように、火薬庫で火遊びをするような趣味はない。
「そこっ! さっさと探しなさい! こんな面倒なことさっさと終わらせて帰るわよ!」
既に草むらをあさっていたルナが、ライルたちに向けて叫ぶ。その行動は迅速で、任務に対する苛立ちを任務にぶつけているかのようだ。
「……あ、本音が出た」
小さく呟く。
まあ、ライルとクリスも、早めに済ませたいと思っているのは確かなので特に異論などはない。
そういうわけで、ライルはルナと同じく捜索を。クリスは、遊んでいる子供たちに聞き込みをそれぞれ始めた。
その時は全員、予想もしていなかった。まさかこれが、大いなる災いの始まりとなることなど……
……なんてことはなく。
三時間後、ライルらは無事にクマのピーくんの捕獲に成功。ちなみに、クマのピーくんは、木の枝に引っかかっていた。なんでも、その公園でよく遊んでいる餓鬼ども……もとい、少年たちの悪戯だったらしい。
ちょっと隠すだけのつもりだったが、自分たちも回収できないところに置いてしまい、怖くなって逃げたとの事。
ルナが軽くトラウマになる程度のお仕置きをして置いたから、二度とそんな不埒(というほどのことでもないが)な真似をする愚行は犯さないだろう。
そして……
「な〜んかさー。ああいうの見ると、どうしようって気になるわよね」
「……アンタ、人のマスターにご飯たかりに来て、いきなりなによ?」
晩御飯の匂いが漂うライルの部屋で、突然そんなことを呟いたルナに、シルフィは問いただした。ルナ本人としては独り言のつもりだったようで、返事があったことに少々びっくりしている。
「いやさ。私、進路は魔術師として、どっかで研究しようかと思ってたんだけどね。今日、依頼人にものすごい感謝されちゃってさ。冒険者ってのも悪くないかな〜って」
「アンタには無理よ」
「なによ」
シルフィの大却下に、ルナは口を尖らせる。
「だって、冒険者って他の仲間とか依頼人とか……色々人と付き合わなきゃなんないわよ? アンタみたいな変人じゃ厳しいと思うけど。大人しく研究者になっときなさい。魔法の才能はそれなりなんだから」
「好き放題言ってくれるわね……今日はちゃんとできたのよ?」
「……うちのマスターとか、クリスとかいたんでしょうが」
アレンの名前が出てこない辺り、彼の評価がうかがえるというものである。
「そういえば、ライルも冒険者になるんでしょ? 確か」
「うんー。まあ、そのつもりだけど」
台所で忙しく歩き回るライルが顔を覗かせて答えた。
ライルとしては、別に将来なんになってもいいのだ。職業に貴賤はないと考えている。だが、自分の技能と性分を考えたら、冒険者が合っているような気がするのだ。
「なら、将来あんたと組むのも悪くないわね〜」
「うげっ」
「……なによ、シルフィ。そのうげっ、てのは?」
「学園を卒業した後もあんたと顔合わせる訳? 冗談。願い下げだわ……」
ぴくぴくとルナのこめかみの辺りに血管が浮き出る。
「そんなのねぇ……」
ばちばちと帯電していくルナの拳。対して不敵に笑うシルフィ。
「はン。雷は風の派生属性なのよ? そんなのが私に通用するとでも?」
「じゃあ、試してみてあげるわ……!」
ヒートしていく二人。最近、どうにも喧嘩の頻度が上昇気味である。
「うわっ、ちょっと待った二人とも……って、うわちゃぁ!?」
慌てて、火にかけていたスープを被るライル。そんな彼など知ったこっちゃないとばかりに、ライルの幼馴染&契約した精霊の間の空気はますます硬化していく。
とりあえず、晩御飯はとても遅れそうだと、ライルは熱さにのた打ち回りながら思った。