山の木々が色付き、秋が深まってきた頃、ここヴァルハラ学園では、体育祭が執り行われていた。

……今回は、出席番号の偶数を白組、奇数を赤組とした対抗戦の形をとっている。

ちなみに、僕は赤組だ。他に、アレンとクレアさん、リムさん、フィレア先輩が一緒である。……まぁ、ここまででお察し出来る通り、僕とアレンは、最も敵に回したくない人を敵に回しているわけで、

『さぁ、いよいよ大詰めを迎えました、ヴァルハラ学園第××回体育祭 〜Dead or Alive!? 栄冠は君に〜。現在、白赤同点であるけれど、決してわたしの根回しの結果ではない事を明言しておきます』

そーか、この計ったような同点劇はジュディさんの仕業か。Dead or Alive!? のあたりのネーミングセンスも、ジュディさんのモノに違いない。

僕は、なぜか放送席でマイクを握り締めているジュディさんを、見つめた。……相変わらず、物事をかき回すのが好きな人だ。

そして、最後の種目。総当りの『ハチャメチャ☆バトルロワイヤル』の火蓋が切って落とされる事と相成った。

あの〜……逃げちゃいけないですか? そう問いかけたい気分でいっぱいの僕と同じような顔を、赤組の皆さんはしていたのだった。

 

第71話「ライルの下克上大作戦」

 

そもそも、だ。“体育”祭と銘打つからには、やはり運動能力を競うものであるはずだ。なのに、なぜ魔法OKなのか? その時点で、体育祭ではないような気がするのだが、これいかに。

まあ、それでも玉入れや徒競走、綱引きなど、オーソドックスな競技なら問題は……ないとはいえないが、少ない。まあ、競技規定に『他者を攻撃して妨害するのは禁止』などという取り決めがある時点でおかしいが、それはそれで当たり前の事を明文化しただけだろう。

……さて、そんな取り決めもない、なんでもありのバトルロワイヤルのルールを説明しておこう。

それぞれ、赤、白の陣地に別れ、開始の合図と同時に戦闘開始。とにかく、最後まで生き残った方の勝ちと言う、無謀と言うか、無茶と言うか、オイオイPTAが怖くないのかこの学園は、と問いかけたくなるような競技だ。

そろそろ教育委員会からの突き上げに苦労し始めたジュディ学園長が満を持して購入したのが、模擬戦場発生装置(シミュレーター)とかいう最新のマジックアイテム。これは、参加者の肉体的、霊的データを読み込み、仮想空間内で模擬戦闘が行えるという、まさに画期的な商品である。

痛みの感覚はフィールドバックされないし、これでいちいち命の危険を冒してまで修行しなくてもよくなった――というのが、開発者側のコメントだ。

わかりにくければ、自分のデータそのままのキャラクターでするオンラインゲームとても思ってもらえばいい。

そんなカタログデータを思い出しながら、ライルはシミュレーターの端末であるヘルメットを被った。

オンラインゲームって、ナニ? という疑問が頭を掠めたが、それを追求したら色んな意味でヤバイということを主人公特有の第六感で感知したので、深くは考えない。

「なぁ、ライル。オンラインゲームって何だ?」

ぴかっ、と愚かな事を言ったアレンの上空から、雷が舞い降りる。これはおそらく、天(作者)の怒りだろう。

やれやれ、とライルはそれをなんでもない事のように流し、シミュレーターを起動。

即座に、ヘルメットがライルのデータをスキャン。自分が二重になったような奇妙な感覚の後、ライルの自我は仮想空間内の模擬体に移行した。

「へぇ〜」

ぎゅっ、ぎゅっ、と拳を握ったりして、感触を確かめる。少なくとも、触感は明瞭だ。

周りを見て見ると、壁で仕切られた空間に、地面はさっきまでのグラウンドと大差ない。空が真っ白なのが、違いと言えば違いだ。

「シミュレーターっつうから、どんなもんかと思ってたけど、なんてことないなぁ」

「……アレン、いつの間に復活したのさ」

そんな事はどうでもいいとばかりに、アレンは剣を構えた。

「しっかしさぁ。これが現実じゃねぇってわかっててもさ、実際に斬るなんて、ちょっとやりにくくないか?」

「はい。このマジックアイテムはリアルさが売りなんですが、リアルすぎて思いっきり戦ったりは出来ないとか。まぁ、データのみのモンスターとかも出現させられるんで、冒険者の訓練にはあんまり支障はないそうです」

アレンの半ば独り言のような問いかけに、突如現れた影が答えた。

「……リムさん。いつの間に?」

「さっきログインしてきました。……って、今みんな入ってきているじゃないですか」

リムの言葉どおり、次々と生徒たちがこの空間内に出現して来る。白組の方に出現した、青い髪の幼馴染の姿を見つけて、ライルは深いため息をついた。

だが、とライルは気合を入れなおす。

ここでは、ダメージは実際の体に還元されない。なれば、普段虐げられている分、ここらでお返しするのも悪くないのではないだろーか! そーゆールールなワケだし!

ふっふっふっふ、と不気味な笑いを漏らしながら、ライルは剣を鞘から抜いた。しばらく描写していなかったが、全世界でも指折りの聖剣が怪しく光る。

「……ライルちゃん、怖い」

「あ〜、たまーにああいう風になるな。ストレス溜まってんだろ」

フィレアとアレンのそんな会話もよそに、ライルはイレ込んだ競走馬のように興奮している。見方によっては、変質的な殺人狂に見えなくもない。

やがて、白組と赤組の中央に、キース先生が降り立った。

出番これだけかよ! と聞こえてきそうな悲痛な表情で、持っているピストルを上空に向ける。

「では……始め!」

そして、乾いた銃声と共に、史上最大の決戦(表現に誇張あり)は始まったのである。

 

 

 

 

 

「『雷よ! 暗闇の深淵より来たれ!』」

ルナの鋭い詠唱が響く。何気に、詠唱を短縮している辺り、ルナの技量がうかがえた。

「『ライトニング・ファランクス!』」

雷系黒魔法第三位の魔法が、赤組のメンバーを総嘗めにする。戦闘不能となった者たちは、強制的にこの空間から弾かれ、一瞬にして、赤の戦力は十分の一以下となった。生き残ったのは、ごく一部の実力あるもの達。

ルナの恐ろしいところはここである。魔法の技量だけではない。自分の魔法をためらうことなく放てる才能。実戦の場で、手加減とか躊躇とかを差し挟んでは、生き残れるはずもない。自分の力を思う存分振るえるというのも、立派な能力なのだ。

……まぁ、人として大切ななにかを忘れていないか? と思わないでもないけれど。

「ほ〜っほほほほ! 人がゴミのようだわ!」

うん。断言しよう。ルナは、確実に人として大切なものを忘れている。

断っておくが、ルナとしても、ここが仮想空間だからここまではっちゃけていられるのだ。普段の彼女に、無辜の民を吹っ飛ばして悦に入る趣味はない。ないはずだ。ないと思う。……ないと信じよう。

「くっそ、負けてられるか!」

普段から電撃は浴びなれているアレンがいち早く戦線に復帰し、白組に突進して行く。その様子は、さながら削岩機。数が多い分、密集してしまい、自由に身動きが取れない白の者らをばっさばっさと斬り倒していく。

アレンの場合、それが峰打ちとなってしまうが、戦闘不能になる事に変わりはない。それを良しとするかどうかは、その人の感性によるだろう。

なにはともあれ、白の人達は次々と強制送還されていく。

生き残っているのはアレンだけではない。ライルにフィレア。その二人の後ろでちゃっかり生き残っていたリム、そして名もない実力者の方々が、果敢に反撃を試みている。

そして、ルナはと言うと、攻撃しあぐねていた。ルナは派手好みである。習得している魔法も、規模の大きいものがほとんど。細かい対象を狙うのは苦手だった。下手したら、味方までも巻き込んでしまう。

その間、みるみるうちに白の軍勢は削られていく。赤の戦力が十分の一以下になったと言っても、当然の事ながら数の上だけの話だ。残った者は、ルナの振るいにかけられ生き残った強者ばかり。有象無象の白は、反撃する暇もなくやられていく。

「はぁ!」

「!?」

いつのまにか目の前に迫っていたライルの一閃を、ルナは勘だけでかわす。

「ちぇい!」

「『スプレッドボム!』」

続く斬り返しの時には、ルナはすでに呪を紡いでいた。指向性の爆発がライルを襲う。

それを、大きく距離をとる事でかわし、ライルは不敵に笑って見せた。

「……へぇ。やる気満々ってワケ?」

「うん。ここらで僕の待遇を改善してもらわないといけないしね。ルナ、君をここで倒して、僕は今までの理不尽な攻撃(おやくそく)に終止符を打つ!」

「はン。ライル風情がよくもほざいたわね!」

その後の戦闘は、とても文章で表せるものではなかった。

剣士と魔法使いの戦いは、あまり時間がかからない。剣士が先に切り込むか、魔法使いが先に詠唱を完成させるかの勝負だ。……が、この二人にそんなセオリーは通用しない。

細かい魔法の連打でライルの接近を許さないルナと、ルナの放つ無数の魔法を悉くかわし、または弾いていくライル。実力は伯仲。ライルも魔法を使えば均衡を崩すことが可能だろうが、魔力を集中させる時間において、ルナとライルは大きな開きがある。ライルが精霊魔法を使える隙など、どう考えてもない。

周りの哀れな無名の学生を轢き殺しながら、二人の戦いはますますエスカレートしていく。

「お姉さま! 加勢します」「ライルちゃん、私にお任せ!」

割り込んできたのはミリルとフィレア。同門の二人は、台詞が被った事に少々きょとんとすると、猛然と睨みあう。

「そういえば、フィレアとは決着付けてなかったよね」

「うん。45戦20勝20敗5引き分け。……このままじゃ、ちょっと気持ち悪いよね」

言いつつ、なにやら怪しげな構えを取る二人。同門ゆえか、その構えは鏡で写したかのようだった。

「「はああああ!」」

格闘漫画っぽく、二人は戦う。お互いの攻撃をかわし、弾き、捌き、相手の一瞬の隙を突いて攻撃。お互い、耐久力はない。先に一撃入れたほうの勝ちだろうが、これがなかなか決まらないのだ。

……まぁ、こんな二人は置いておいて、ライルたちに視点を戻すとしよう。

「ちぃ! やるわね。正直、アンタがここまでやるとは思っても見なかったわ」

「僕も成長しているんだ! いつまでも、地味な僕じゃいられない!」

ライル、魂の叫びだった。

「のォ……『エクスプロー……』」

「!?」

ライルの頭を、様々な戦略がかけ巡る。

無詠唱で発動可能な魔法としては、エクスプロージョンはかなり大きい魔法だ。当然、破壊力も規模も大きい。……なら!

「『……ジョン!』」

爆発。

今度は、ライルはかわさなかった。彼の直下で起こった爆発を見て、勝利を確信したルナはほっと一息つく。

「はぁ!」

「え?」

上空。爆煙に紛れて、ライルが上から降ってきた。

もちろん、体は無事ではない。ずきずきと痛み、すぐにでも気絶してしまいそうだ。

……が、これで終わり。すでに間合いに入っている。後は剣を振り下ろすだけで、自分の勝利だ。

 

それなのに

 

ライルは、ルナの目を見てしまった。その深い色合いに刺激され、過去の記憶がよみがえる。……ルナとの思い出。彼女に振り回されながらも、楽しかった幼少時代。セントルイスに来て、再会した彼女との日々。

全力を以って、剣を止める。ルナの額を切り裂くわずか数ミリ手前で、剣は止まってくれた。

ほっ、と安心する。……そう、仮想だとわかっていても、ライルにルナを斬る事なんてできなかった。

吃驚したような表情で、ルナがライルの剣を見つめる。やがて、ルナがライルの頬に手を添えた。

「ライル……」

「ルナ……」

じっと視線を絡ませる二人。周りでまだ戦っている連中がいることなど、ライルの思考にはすでに存在しない。

やがて、ゆっくりとルナが口を開き、

 

「ライル、隙ありぃぃ!!」

 

零距離からのファイヤーボールを、ライルの顔面に食らわせた。

ライルは、ルナを斬る事なんぞできない。……だが、もちろんというか、ルナはライルに魔法をぶちかますことになんの痛痒も感じていないのだった。

 

 

 

 

 

結局、あのあとルナが残った全員をまとめて吹っ飛ばして、競技は終了した。始めは味方を巻き込まないように、とか思っていたらしいが、結局は無差別に切り替えたらしい。

余談だが、これでルナは名実共にヴァルハラ学園最強の座を手にしたとかなんとか。

 

「……ルナ怖い、ルナ怖い、ルナ怖い」

余談だが、ライルはしばらくトラウマで動けなかったらしい。

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