「……ん?」

夏休みがあけて、そろそろ秋の気配が感じられるようになったある日。

僕が上履きを取り出そうとしたら、かさりと、紙の感触がした。

「手紙、か」

ふむ、と僕はちょっと迷う

真っ白な封筒。飾り気も何もあったものではないので、内容がとんと思いつかない。そもそも、なぜ下駄箱に?

 

ああ、これが後々の悲劇につながるとは。このときの僕にはちっとも予想がついていなかったよ畜生。

 

第70話「秋。それは恋の季節だったりそうじゃなかったり」

 

「あっれ。ライルくん、なにそれ?」

なんとなく、朝送られてきていた手紙を弄んでいると、登校してきたクレアさんに話しかけられた。

「ああ、朝、なんか下駄箱に入ってたんだ。送り主もわかんないし、どうしようかなって」

「……って、それってもしかして」

クレアさんがからかう様な、面白がっているような微妙な表情で息を潜めた。

「ねぇねぇ、開けてみれば? 差出人の名前もあるかもしれないし」

「そうしたいんだけどねぇ」

……いや、この手紙。開けようと思ったんだけど、どうにも嫌な予感がして、二の足を踏んでいるのだ。

「もう、じれったいなあ」

と、クレアさんは、僕が止める暇もなく、封筒をひったくると、いきなり中身を引っ張り出した。

「ちょ、ちょっとちょっと!」

「え〜と、なになに……『放課後、裏庭で待ってます』……って、これだけ? 名前も何もないなぁ」

取り出した紙をひっくり返したりしながら、クレアさんが残念そうに呟く。

……てか、人の手紙を勝手に見ないで欲しい。

「でもさ、これって間違いなくラブレターだよね? やったね、ライルくん。やっと春が来たーーって感じじゃない」

「……は?」

一瞬、思考が停止する。

らぶれたー。ラブレター。Love letter。

「いや、ありえないから」

僕の十七年近くの人生経験が、僕にそんな縁があるわけがないと、そう告げている。加えて、この僕の周りの環境。どう考えても、女子との接点などない。接点のある女子……ルナとかクレアさんとか……は、はっきり言ってこんな手紙なんでまだるっこしい手は使わないだろう。

「え〜。わかんないよ? 案外、遠くからライルくんを見つめる後輩とかいたかもしれないし」

「なんで後輩なのさ」

まあ、これは誰か男友達の悪戯とか、そういう線が無難なところだろう。

生憎だが、そういうことをしそうなやつにはけっこう心当たりがある。中学生か、お前らは、と聞きたくなるようなやつは、なかなか多い。……方向性は違うが、アレンとかね。

「なになに、どうしたの」

うわ、騒ぎを聞きつけて、ルナたちがやってきてしまった。

そこに、クレアさんが脚色しまくった説明をして……結局大騒ぎになるんだよな。こんなことになるんじゃないかな、とは思っていたけどさ。

いい加減、こんな騒ぎにも慣れてきたけど……さて、今回のはどうも趣が違うなぁ。

 

 

 

 

さて、と。

なんか、騒ぎになってしまって、結局手紙のことはクラスメイト全員の知るところとなってしまった。

まあ、授業が始まったおかげで開放されたので、やっと考える時間が出来たわけだけど……

一つわかったことがある。

この手紙、少なくともクラス内の誰かの仕業、ということはなさそうだ。

なぜこんなことがわかったかというと、手紙の騒ぎの中、クラスでこんなことをやりそうなやつの顔をうかがってみたのだ。その結果、この中に下手人はいないと確信した。

……なんか、日常生活ではあんまり役に立ちそうにない技能ばっかり身につけてるよな、僕。こういう時、自分が汚れてしまったとか、自覚しちゃったりしなかったり。

いや、まあそれはいい。

にしても、それなら一体誰がこんな真似をしたのだろう?

はっきり言って、クラス以外の知り合いなんて数えるくらいしかいないんだが。

これがホンモノである……という、チラッと浮かんだ考えを強制的に排除して、僕はぼけーっと授業を聞き流すのだった。

 

 

 

 

 

細かい経緯は省こう。

あの手紙は本物だった。

………

…………………

…………………………………

よし、ここまではOK。

そして、僕の前にはハルカ・ダテと名乗る一年生の女の子が立っている。……名前からして、ヒノクニの人だろう。ルナの母親が、そっちの出身なので、僕はヒノクニについてそれなりに知っている。

さらさらした長い黒髪に、黒の瞳は、こちらの人にはない特徴だ。病的なまでに白い肌を紅潮させて、『先輩、好きです』とか、すんごく男泣かせな台詞を言ってくれた。

よし、状況確認OK。

……問題はどう答えるかだ。

ちらちらとこちらに視線を向けてくるハルカさんからなるべく視線を逸らしながら、僕は悩む。

「一つ聞きたいんだけどさ。なんで僕なの? 他にも――たとえば、ウチのクラスのクリスとかグレイとか、カッコいいやつはいろいろいると思うんだけど」

「なんでって……理由は色々ありますけど、人を好きになるって言うのは理屈じゃないと思います」

至極、正論だ。

ただ……僕には、その想いに答えることはどうにも出来ない気がしている。すでに、彼女が傷つかないような返答を考えている時点で、それは一目瞭然だ。

ハルカさんを、見る。

こうしてみてみると、かなり美人だ。ヒノクニの人は、綺麗な人が多い……というのが定説だが、この人を見ているとあながち間違いではないような気がする。

性格も控えめで、その気になれば僕なんかよりずっといい男とも付き合えるだろう。

でも、無理だ。僕には、恋人とか、そういう関係を持つことは出来ないと思う、

……基本的に、僕は子供なんだろう。ルナやクレアさんみたく、冗談を言ったり、時にはどつき合ったりするような関係なら大丈夫だけど、それ以上の関係になることなんてできそうにない。

きっと、小さい頃から一人暮らしをしてきたのが原因だと思うが、肉体の成長に、精神的な成長が追いついていないのだ。きっと。

というわけで、かすかに残念に思いつつも、僕は断るしか選択肢がない。

「……悪いけど」

後ろめたい気持ちから、俯いてそれだけ答える。

「そうですか……」

なにやら、達観したように答えるハルカさん。……あれ。なにやら、あっさりしているな?

「わかっていました。ライル先輩は、クレア先輩が好きなんですよね……」

 

…………………………………………は?

 

「いや、ごめん。なに言ってるの?」

「そうなんでしょう? ミリルちゃんからそう聞いています。……それとも、もしかして、ルナ先輩の方なんですか?」

……うん。ミリルちゃんから聞いたってのはわかる。そもそも、この子が出てくる前、最初に出てきたのはミリルちゃんだったから。どうやら、ハルカさんを僕に紹介するよう頼まれていたらしい。僕の周囲のことを彼女が教えていてもおかしくはない。

って、そうじゃなくて。

「いや、ゴメン。それ、絶対にありえないから」

いや、久々に文字を大きくしてしまった。つまり、そのくらいありえない事態ってことで。

「そ、そうなんですか?」

「そうそう。そもそも、クレアさんはなんてゆーか、世間の評価とは裏腹にものすごく図太いところがあるし。ルナはルナで“ああ”だし。どっちも異性として見れないって言うか、性別はどうでもいいというか」

うん。いい友達だけど、あの二人を好きになるのは少々不可能だ。

「じゃあ、なんで……」

ハルカさんが聞こうとしたとき、僕の目の前がピカッと光って、次に鼓膜を破らんばかりの轟音。その次には、僕の体は爆炎に包み込まれていた。

……ああ、これはルナだな。

そう思ったら、今度は頭にお玉がどぐしゃあ! と炸裂。

……これはクレアさんか。

二つの威力の前に、僕は二十メートルほど空に舞い上がり、重力に従って地面に叩きつけられた。

 

薄れゆく意識の中で、僕は思った。

なんてゆーか、僕の周りってシリアスを続けさせてくれないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉さま、なにやってるんですか。せっかくハルカが勇気を出したのに」

「……はっ!?」

ほとんど無意識のうちに魔法を放っていたルナは、煙を上げる自分の右腕を見て驚愕の声を上げた。

この場をセッティングしたミリルは、とても不機嫌そうだ。

「クレア先輩も。どこからお玉なんて出したんです?」

「……ごめん。自分でもわかんない。……てゆーか、ミリルちゃん? なんでライルくんが私を好きって事になってるのかな?」

「だって、以前噂になってたじゃないですか。私はてっきり」

むう、と思い悩むミリル。

思わずライルを攻撃した二人も、困惑気味だ。この二人、どうやら条件反射であんな事をしたらしい。

「ったく、結局こうなるんだからなぁ」

「ライルもかわいそうに……」

同じように告白の現場を覗いていたアレンとクリスは静かに黙祷をする。

 

ヴァルハラ学園の裏庭で、ハルカは黒こげとなった憧れの先輩を見て、呆然と佇むばかりだった。

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