第57話「弱点を克服せよ 後編」

 

 

その3 ルナ・エルファラン編

 

 

 

びりびりびりびり、と痺れる足を必死に押さえつけながら、ルナは茶道の先生の手付きを観察していた。

内心は

「お茶一杯淹れるのに何分かける気なのよ!」

と叫びだしたい気持ちだったが、なんとか気持ちを抑える。

まあ、あれだ。学園長から『暴走しすぎ』とかはっきり言われた事が、ルナの負けん気に火をつけた。きっちりミッションこなしてあの学園長の鼻をあかしてやる、と少々動機は不純だがルナにしては珍しくおとなしくしていた。

まあ、いい加減、痺れが限界に近づいてきたのだけれど。

シャカシャカと茶碗をかき混ぜている先生は、こちらの様子に気付く気配すらない。ええい、ここらで休憩でもとってくれないものか。

シャカシャカシャカ……

「あーーーーー! もうだめ!」

言うやいなや、足を崩す。正座という座り方は、この地方では普通しない。ヒノクニ独特の座り方なのだが、なんであっちの人はこんな座り方ができるんだろう? とルナは不思議に思った。

アレだ。きっと幼い頃から秘密特訓とかしているに違いない。

一応、自分の母親もそのヒノクニ出身だと言う事は綺麗さっぱり忘れて、ルナはそんな風に断じていた。

「またですか、ルナさん。堪え性のない……」

「すんません〜」

「まあ、慣れないうちは仕方がありませんけど……。始めて十分も経っていませんよ?」

先生の言葉に、バツが悪そうにルナは頬をかいた。

習っているのが自分一人ならそこまで気にはしないのだが、隣には自分と同じようにここで茶道を習っている女の子が一人いるのだ。

その子に、ごめんね、と手を合わせると、彼女はたおやかに微笑んだ。なんていうか、ルナには一生できないような笑みである。

「はぁ……今日はここまでです。ルナさん、明日はきっちりとやってもらいますからね!」

色々鬱憤も貯まっている様子で、先生は去っていく。始めて今日で三日目。初日よりはマシになったとは言え、ルナの我慢の足りなさに辟易しているのだ。

「ふふふ……また怒られてしまいましたね」

「あー、うん。どうにも正座って慣れなくってさ」

隣の少女のからかうような言葉に、ルナはそう言って少し大げさにため息をついて見せた。

「わかります。私も幼い頃は足が痺れて、とても困りましたから」

「あ、やっぱそうだよね。ったく、あーんな苦い茶一杯飲むのに、なんでこんな真似しなくちゃいけないんだか。てゆーか、なんでこんなのがこっちでも流行ってんのよ」

茶道自体はヒノクニには昔からあるのだが、こちらの大陸でそれが一般に認識されたのはここ数十年のことだ。詳しい経緯は省くが、茶道の大家がこちらに分家を作ったのがきっかけらしい。

そして、ここ数年。ローラント王国では、女性を中心として茶道がブームになっているのである。ルナのようになんでだ、と聞かれても困るが。まあ、流行なんてそんなもんだ。

「そうですか? お抹茶はとても美味しいと思いますけれど」

「サヤカさんは茶菓子が好きなだけでしょうが」

「あら、わかります?」

「わからんわけないでしょうが」

ルナは、茶菓子を食べているときのサヤカの嬉しそうな顔を思い出していた。恍惚、至福、悦楽……等々の言葉が似合う、同性なのにドキッとするほど艶っぽい表情だった。そう、彼女は甘い物がとても好きだったのである!

……ルナの第一印象が『変な人』だったのはご愛敬というものだ。

学園長が茶道教室にルナを放り込んだとき、さっきいた先生に指導をお願いしたらしい。で、たまたま一緒に教わる事になったこのサヤカさんは、なんでもヒノクニからこっちに働きに来た一家の長女だそうだ。

そして、向こうで高等教育までは修了しているサヤカは、目下花嫁修業中。その一環兼郷愁の思いからここに通うことになりルナと知り合った……とまあこういうわけである。

「サヤカさん、どっか寄ってかない?」

「ええ、いいですよ」

静かな笑みで了承してくれる。

これで、ルナより一つしか年を食ってないというのが信じられない。人間、環境によってはこの若さでここまで落ち着けるものなのか、とルナはハンマーでガツンと頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

まあ言わせて貰えば、自分がそうだからと言って世の中の人全てがルナみたいにはっちゃけてると思うのがそもそもの間違いである。

「!?」

「……ルナちゃん、どうしたんですか。いきなりきょろきょろして」

「いや、なんかこう、私の超人じみた第六感がこう、悪意に反応したと言うか」

「???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルナは、サヤカと一緒にぶらぶらと帰路についていた。

足はしっかりと前に進んではいるが、その実、頭の中は春だった。

サヤカに連れられ入った甘味処。そこそこリーズナブルな値段に反して、味は極上だった。多くの女子の例に漏れず、ルナも甘い物はかなり好きである。

その礼というわけでもないのだが、サヤカを自分の部屋に招待した。

学園以外で友人が出来たのは初めてだ。そういえば、ちょっと部屋散らかしてたっけなー、なんて思い出しつつ(それがちょっとじゃないのは言うまでもない)、次の角を曲がれば寮はすぐ、と言うところまで来た。

異変が起こったのはその辺りだった。

「……誰」

静かに問いかける。

「え? どうしたの、ルナちゃん」

ルナは答えない。

断っておくが、ルナの視界の範囲内に人影はない。が、ルナとて少しは実戦経験がある。その経験から、自分たちに向けられる敵意と言うべきものを感じ取っていた。

「ただの小娘ではないようだな」

その呼びかけに応え、まるで空間から溶け出たように一人の男が姿を表した。

はっ、と息を飲む気配が隣にする。とりあえず、それは置いておいて、ルナは男に話かけた。

「あんた、なにその奇天烈な格好? 変質者?」

男は頭の上から爪の先まで黒一色だった。顔も覆面に遮られわからない。ただ一箇所だけ露出した双眸がこちらを射抜いていた。

「ふん……減らず口を。まあいい。お前に用はない。私が命じられたのは、隣の娘の確保だ。大人しくしていれば見逃してやる」

かちん、と少し頭にきた。

「……だってさ。サヤカさん、“あれ”知り合い?」

ふるふる、と少し怯えたように首を振るサヤカ。ということは、あれは招かれざる客ということだろう。手にしている刃物からみて、抵抗するなら力ずく、ということだろうか。

助けを呼ぶ事は……まあ無理だ。寮までの近道に通っているこの道は、まさしく裏路地と言うのに相応しい道で、この黄昏時に人通りなど期待できない。その路地を形作っている両隣にある建物は、誰とも知れない人の家。そもそもここで大声を上げて助けを呼んでも、その助けが来る前に襲われそうだ。

「サヤカさん、逃げて……!」

男とサヤカの間に入り、右手に魔力を集中させていく。

「駄目……あれは、忍っていう、戦闘のスペシャリストよ。ルナちゃんじゃ絶対に……」

「『サンダーボルト!』」

その声を吹き飛ばすように、ルナの手から雷撃が疾り、忍だとか言う男に命中した。余波による煙に覆われ、視界が遮られる。

「いいからさっさと逃げる! 人通りのあるところまで行きゃあ、あいつも追って来れないでしょ」

サヤカに向けて檄を飛ばし、続く魔法のための詠唱を紡ぐ。

そんなルナの姿を見て、サヤカは少し戸惑った後、背を向けて走りだした。

「『フレアコープス!』」

握り拳大ほどの火球が数十個、さきほどサンダーボルトが着弾した辺りに殺到する。

煙の中から現れた忍は、隣の建物の壁に飛び移り回避。そのまま壁を蹴り、ルナの所へと弾丸のように飛んできた。

「っ!?」

ルナは転がるように前方に身を投げ出して何とか躱す。一瞬でも反応が遅れれば、あの手に持っている剣で刺されていた。

危なかった。だが、さっきのでやられなかったのなら、こっちの勝ちだ。

最初にサンダーボルトを放ってから20秒ほどが経っている。騒ぎを聞きつけ、誰かがこちらにやってくる気配がした。

「ちっ。命、預けておくぞ小娘」

「おととい来やがれってんのよ! ばぁーか」

中指を立て、口汚く罵倒するルナに、顔をしかめながら、忍は登場した時と同じように虚空に消えた。

「……って、私もさっさと逃げなきゃやばい」

ルナの魔法のおかげで、路地裏はかなり悲惨なことになっている。今回ばかりは責任は自分にはないと思うが、賠償を請求されては敵わない。

ルナは、とりあえずサヤカと合流すべく、その破壊跡に背を向けて走り去った。

 

 

 

 

 

 

「……やられた」

大通りに出ていくら探しても、サヤカの姿は発見できなかった。

この場合、連れ去られたと考えるのが自然だろう。まさか先に家に帰ったとか、楽観的な事は考えられない。

警備隊に……とも思ったが、こんな不確実な情報で官僚的な感のあるセントルイス警備隊が動くとも考えられない。せいぜい、子供の悪戯や家出程度に扱われるのが関の山だ。

動くとしても、いくらか時間が経った後。それでは、手遅れかもしれない。

「ま、とにかく。私の友達に手を出したこと、後悔させてやらないとね……」

とりあえずは戦力が必要だ。ルナは昔、単独で盗賊団を潰した事があるが、あの忍とかいう存在からしてそれよりかは手強そうだ。

すぐ連絡がついて、なにも言わずに協力してくれて、しかも実力的に信頼できるやつ……

そんなの、心当たりはそう多くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、集められたのはいつものメンバー。

ライルにはなぜか連絡がつかなかったが、アレンとクリスは晩御飯を食べているところを引っ張ってきた。

「ったく……腹減ってしかたないんだが。ルナ、あとから死ぬほど奢ってくれよ?」

「なに言ってんの。人助けのためよ? 一食や二食、我慢しなさい。そもそも、アレン。あんた、私が連れ出す前にけっこう食べてたじゃない」

「んなこと言っても……あ、ヤバイ。腹の虫が……」

ぐぐ〜〜〜と情けない音を立てるアレンの腹を軽く叩きつつ、ルナは前方の建物をにらみつける。

「で、クリス。ほんっとうにこの屋敷の中にサヤカはいるんでしょうね?」

「ま、ね。僕、これでけっこうセントルイスの裏社会に顔が利くから。情報屋によると、ここにルナの言った人が連れ込まれているらしいよ」

「って、なんであんたがそんなのと知り合いなの?」

「ん? なんでって、僕ってこれでも王族なんだよ。連れ去られたりしないよう、セントルイス来た時にそっち系の人たちには話はつけてあるんだ。その関係でね」

「はぁ。それでいいのか、王族……」

などとルナは呟いたが、それでもあっさりとサヤカの居場所を突き止められたのだから、まあいいやと納得しておいた。

セントルイス郊外にある朽ち果てた屋敷。かつては、どっかの豪商の別荘だったとかなんとか。無人のはずのその屋敷の一階からかすかに光が漏れている。

「しっかし、親父とか手伝ってくれてもいいのに」

「『これも修行だ。アレン、お前は死んでもいいが、そこのお嬢ちゃんたちと捕らえられたっていう女の子は死ぬ気で守れよ』だっけ。私、あのお父さんけっこう好きだな」

「僕は、そのお嬢ちゃん“たち”ってのが気になるんだけど……」

軽口を叩きながら、ルナたちは一丸となって突撃する。

クリス経由の情報によると、中にいるやつらは五人ほどのヒノクニ出身者。ルナの遭遇した忍は用心棒的な存在らしい。

……用心棒を雇うくらいだから、すくなくとも戦闘という意味では他の四人は役立たずの可能性が高い。

「夕方は街中だったからでかい魔法はつかえなかったけど……」

ルナの唱え始めた呪文に、アレンとクリスは引きつった表情をして、彼女から距離をとる。

「ここじゃ遠慮なしよ! 『カオティック・ボムズ!』」

前方にのみ展開された黒い爆発が、申し訳程度に張り巡らされていた柵を面白いように吹き飛ばす。

なにもここまで……というか、明らかに柵を取り払うにしてはオーバーキルだが、宣戦布告的な意味もあるのだろう。ここのところ、大きい魔法を放てなかったストレスをぶつけている……とは考えたくない。

何事だ、とわらわら人が出てきた。

……無用心すぎる。

ニヤリ、と凄惨な笑みを浮かべると、ルナは立ち止まって両手を掲げた。

「『すべてを滅ぼす炎の力よ、彼の一点にて集い……』」

出てきた男たち、総勢四名。サヤカは含まれていない。そして、彼らは全員悪人顔。

問題無しだ。

「『その力を解放せよ! エクスプロージョン!』」

ルナの(ちょっと手加減した)エクスプロージョンが男たちのど真ん中で炸裂。

あえなく男たちは空を舞い、為す術もなく地面に叩きつけられる。あとはぴくぴくと痙攣するばかりで起き上がる気配はない。

「ふん、あっけない」

ルナが一言言い捨てると同時くらいに、屋敷の中から腕を縛られた女の子が出てきた。ルナは慌ててその子に駆け寄る。言うまでもなく、囚われの身となっていたサヤカである。

「なぁ、俺たち、来た意味あったのか?」

「……さあ? 多分、考えちゃいけないことだと思うよ」

呆然とする男たちは取り残されたままだ。

「ちょっと! なにぼーっとしてんの!」

ルナはサヤカの手をとって全力でこちらに走ってくる。腕を縛られているサヤカはとても走りにくそうだ。そこまでして走ってくる彼女の声はなぜかとても慌てていた。

「なにって……もう終わったんだろ。ったく、こんなことなら一人で……」

「寝ぼけた事言ってんじゃないの! ほらっ、あんたたちを連れてきた原因が来たわよ……!」

「ん?」

みると、夜の闇に紛れるようにして一人の男がいた。

それがなんなのか、と考える前にアレンは前に出て、かろうじてルナに襲いかかろうとしていた凶刃を受け止めた。

「っなんだ! こいつは!?」

「だ〜か〜ら〜! 話といたでしょうが! こいつが私がやりあった忍……っていうやつだったよね、サヤカ?」

コクコクと頷くサヤカ。

「へっ、そうか」

体当り気味にアレンが忍を弾き飛ばす。

「ルナが苦戦したっつーからどんなやつかと思えば。大した事はな……っでえぇぇ!!?」

追撃しようと、前に踏み出したアレンは思いっきりなにかを踏み抜いた。

地面にばら撒かれたトゲトゲの数々。所謂、マキビシというやつである。

もちろん、そんなことは知らないアレンは、“マキビシゾーン”から撤退。怒りもあらわに猛然と抗議を始めた。

「てめっ! なんだこりゃ! 正々堂々と……」

次に忍の男は手裏剣を投げてくる。

「今度は飛び道具か!?」

かろうじて剣で弾く。が、その間隙を突いて、忍がアレンの懐に飛び込んでいた。

「んなっ!」

「アレン、後ろに飛んで!」

驚くのと、そんな声が後ろからするのはほぼ同時。どちらにしろ、ここにいてはやられる。アレンは全力で後方へ跳躍した。

アレンの靴の裏にはまだ踏み抜いたマキビシが刺さっている。それが、こんどこそ徹底的にアレンの足の裏を貫いた。

(いってええええええええええええええええええ!!!)

心の中で獣のごとき咆哮を上げる。

傷みで硬直しているアレンを追おうとした忍びの男は、しかしその直前に足を捉えられ動くこと叶わなかった。

「『フローズン・バインド!』」

男の足元から水が溢れ、凍りつき、大地に縫い止める。

アレンはルナたちの所に戻り、足の裏に刺さったマキビシを取る。同じように、忍の方も、足を絡めとっている氷を砕いていた。

「てて……サンキュ。クリス、助かった」

「アレくらい、お安い御用さ」

男とルナたち三人が対峙する格好となる。

一触即発と言うべきピリピリした感覚。そんな空気の中で忍の男が口を開いた。

「まさか、本当に真正面から突入してくるとは思わなかった。陽動だと深読みして裏口を張ってた俺は馬鹿だったな」

「あ、やっと自分が馬鹿だって気付いたんだ」

間髪入れず返したルナの返答に、ピキリと忍のこめかみの辺りが引きつった。いや、覆面で見えないんだけど。

「だってそうでしょうが。どんな理由であれ、女の子を攫おうとする奴なんて、最低よ?」

「……俺たちはプロだ。金さえ受け取れば、それがどんな仕事であれ遂行する」

「あ、今の発言で馬鹿から大馬鹿にクラスチェンジした」

もはや語るべき事などない、と忍が前傾姿勢となる。さながら、獲物を狩ろうとする肉食動物のようだ。

「アレン、前衛よろしく。クリス、その支援。私は、でかいので一気に決めるから」

「い゛!? おい、ルナ。それって、俺が巻き込まれること前提にならないか?」

「……あ、確かにね」

今気付いたように、ルナはぽんと手を叩く。

「合図はするから、躱してね。まあ、当たっても……あんたなら慣れてるからへーきでしょ」

「平気じゃありません! 俺の人権は……」

全部言い切る前に、忍が襲いかかってきた。

「ちっ!」

仕方がない、とばかりにアレンがそれに合わせて剣を振るう。

クリスも、援護の魔法を撃ちだして、見事なコンビプレーを見せてくれた。

あの二人はちゃんとやってくれてる。あとは自分の仕事だ。

(……あいつはすばやいから、半端な魔法じゃ躱される!)

となると、広域を殲滅する魔法。……ならばあれしかあるまい。つい先ほども使った、古代語魔法。より強力に、広範囲にするため、意識を集中して高らかに詠唱に入る。

「『我が呼ぶは黒き闇の炎。混沌に封じ込められし、汝の力を持って、我が敵を悉くぅ……』」

“溜め”る。

意味なんてない。強いて言えば気分の問題だ。

「『討ち滅ぼせ!』」

ばちばちと溢れんばかりの魔力を両手で抑えこみつつ、お前ら本当に人間かと問いかけたくなるほどの剣戟をこなしているアレンと忍を睨みつけた。

「アレン、かわせ! 『カオティック・ボムズ!!』」

ルナを中心とした三メートルほどの円――近くにいるサヤカ、もう少し離れているクリスが範囲内――より外、全てが爆発で埋め尽くされた。

何気なく効果範囲内にあった屋敷の一部をぶち壊し、そこらに転がっていた、すでに忘れ去られている四人の男を空高く吹き飛ばす。

その四人よりかはルナに近かった――つまりそれだけ威力も大きい――アレンと忍。彼ら二人は煙に包まれ姿が確認できない。

「ねえ、ルナ。……あれ、どうやったらかわせるの?」

「……やっぱ無理かな?」

クリスの問いに、ルナはちょっと困ったように尋ね返す。

「360度、全方位を埋め尽くしてたら、さすがにアレンでも無理だと思うよ?」

そのクリスの予想は裏切られる。

ひゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜となにかが落ちてくる音。

ダンッ! と大きななにかが地面に着地する音。

「あっぶね〜。こら、ルナ。タイミングがちょっと遅いぞ。間一髪だ」

なんて、陽気に抗議してくるアレン。

どうやら、思いっきり上にジャンプしていたらしい。確かに上空ならやりすごせるかもしれないが……マキビシで、足に怪我をしているくせによくやるもんである。

妙な感心の仕方をしながら、ルナは辺りを見回す。

悪人……すべて討ち滅ぼせり。悪の居城、半壊。うむうむと満足げに頷く。

「これにて、一件落着!」

茶道を習っているせいか、発言がヒノクニっぽいルナであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

補足をしておこう。

 

サヤカを攫った連中は、どうも彼女を親への取引材料とするつもりだったらしい。

ローラント王国への大使、という立場のサヤカの父親には敵も多いそうだ。

平身低頭感謝の意を示す両親に、

「なに、友達を助けるのはあたりまえよ!」

と、ルナは大威張りで宣言したとの事である。

 

 

 

追伸:

結局、正座には慣れなかったらしい。

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