さて、今回のミッション。なぜか、ライル、ルナ、アレン、クリスはばらばらの課題を出された。
それぞれ、各々の弱点を克服する、とかいう名目で切り離されたわけだ。まぁ、ジュディが楽しんでいるだけなのだが。
……で、最近行方不明だった主人公、ライル・フェザードは
「あ、ライルくん。なにぼーっとしてんの?」
「っと、ごめん。クレアさん」
なぜか、他のパーティーにくっついていた。
第58話「そして彼の場合(前編)」
『なんでこんなことしてるんだ?』と二人分の荷物を背負いながらライルは思った。いまさらだが。
ライルの右には、32〜33話でちょこっと出てきたクラスのアイドル、クレア・カートンと、最近めっきり出番のなくなった、リム・アトワリア。そして、左には覚えている人がいるかどうかわからない、11〜12話で登場したガイス・ルーファーがいた。
このパーティーには、本来もう一人、貴族の息子グレイがいたのだが、公務で参加できない。ライルは、その代わりとして派遣されたのだ。
ちなみに、学園長ジュディの言い分は『ライルくんが地味なのは、自分に自信を持てていないからです』とのこと。
それとこれがどう繫がっているのかはわからないが、まあやれと言われたのなら是非もない。内心疑問だらけながらも、ついてきたわけである。
「ライルくん。目的地まであとどのくらい?」
リムが尋ねてきた。ライルは、辺りの風景と地図を見比べ、しばらく考え込むと、
「えーと……。このペースで行くと、到着するのは深夜になっちゃうね。そうだな……ここで野宿していく方がいいと思う」
「ごめんね。私たちが足遅いから……」
クレアが申し分けなさそうに言った。実際、ライルとガイスだけならば、目的地――すでに探検されつくした名前もないダンジョン――まで一日で往復可能だ。
まあ、ライルとガイスが荷物を持っているとは言え、普通の女の子であるクレアとリムに、この二人の健脚についていけというのも無茶な注文だろう。
「でもライル。まだ早くないか? 日が暮れるまで、もう少しあるぞ」
ガイスがツッコミを入れる。彼は、以前、ライルと格闘の試合をして負けた経験があるが、特にその時の遺恨とかはないようだ。たかが運動会で遺恨も何もないだろうが。
「ん〜、そうなんだけどね。ここは見晴らしもいいし、川もある。けど、この先はあんまり野宿に適してない土地だから。それに……」
「それに?」
「クレアさんとリムさんの体力が限界っぽい」
ガイスが何気なくその二人を見てみると、二人とも驚いたような顔をしている。……どうやら、図星を刺されたらしい。ガイスの目から見るとまだ元気そうだったのだが。
「というわけで、今日はここで休もうか」
「あ、ああ」
なにか釈然としないものを感じながらも、ガイスは頷いた。
(マスター、やっさしいんだ〜〜)
(別に。当たり前の事だろ)
近くにあった林の中に、薪をとりに来たライルに、シルフィがいきなり寄ってきた。知らない人間が多かったので、今まで付かず離れずの距離にいたのだ。
(つれないわね〜。二人とも可愛い娘じゃない。この機会に口説いてみたら?)
(なんでそんなことしなきゃいけないんだよ)
(だって、今までマスターって全然浮いた話ないじゃない。このままルナたちとつるんでたら、一生彼女なんてできないよ? お姉さんは心配なのさ〜)
(大きなお世話だって。それに、誰がお姉さんだよ)
シルフィとテレパシーで会話しながらも、良く燃えそうな薪を集める。ひょい、ひょい、と、一人暮らし時代、薪集めなんて日常茶飯事だったせいか、実に手際がいい。
「よし……と。こんなもんでいいかな」
両手にかかるほどの薪を集めたライルは、他の三人の所に戻る。
「薪取ってきたよ。料理の方は……って、なにしてるの?」
見ると、ガイスたちはなにやら兎を取り囲んで唸っていた。
「ああ、ライル。いや、実はな、さっき罠を仕掛けて、コイツを捕まえたのはいいんだけど……」
無論、ライルたちも食料は持ってきている。だが、冒険の最中になにが起こるかわからない。食料は、なるべく現地調達する、というのは常識であった。
「料理を買って出たのは私たちだけど……この子を料理するのは、ちょっと……」
クレアが申し分けなさそうに言った。今まで足を引っ張ったのだから、料理は任しておいて、と言ったのは彼女だ。
「ああ、なるほど。女の子にはキツイか」
「そもそも、魚くらいならともかく、こんなの私たちじゃ捌けないよ」
と、リム。さすがに、学校の調理実習では兎の捌き方など習っていない。
ふむ、とライルは考え込んだ。
「じゃ、僕がやるよ。クレアさんとリムさんは、食べられそうな木の実とか野草とか探してきて。ガイスくんはテントの方お願い」
「……できるのか?」
ガイスの問いに、ライルは腰に下げていたナイフを取り出しながら答える。
「ま、なんとかなるでしょ。これでも料理は得意なほうだし」
「……じゃ、ライルくん、任せていい?」
「お任せあれ」
クレアの言葉に、ライルはおどけて答えてみせた。それで、ようやく沈んだ顔をしていたクレアは少し笑顔を見せた。
そして、兎と向かいあう。
罠にかかった時、足に怪我をしたようだ。流石に躊躇しないわけでもなかったが、ライルは淡々と兎を処理した。捕まえたからには、キチンと食べてやるのがルールだ。
(マスター)
(んー? なんだ)
(いやさ。近くにオークが三匹ほど来てるみたいだから、一応報告に)
オーク。ここら辺ではかなりポピュラーな魔物で、それなりの知能もあり棍棒などで武装していたりする。去年、ライルたちが戦ったオーガよりは大分弱いが、群れる事が多く、たまに軍が大規模な討伐作戦を行うこともある。
(まあ、無視しても大丈夫だろ)
ライルはそう返して、作業に戻った。その反応に、シルフィは慌てたようにライルの顔の前に飛んできた。
(ちょっと。あの女の子たちが襲われたらどうするのよ! 今、二人だけなのよ)
シルフィの剣幕に少し驚いたライルは、しどろもどろに言葉をつむぐ。
(い、いや。でも、オークくらい大丈夫だろ? 弱いんだし)
(自分の基準でモノを考えるなぁ! 早く二人を守りに行ってやりなさい)
シルフィに殴られた。まあ、痛くはない。なんだよ、と思いつつも、仕方なく立ち上がる。
「ガイスくん。僕、ちょっと二人の様子見てくる」
「ん? ああ。わかった」
すぐ近くでテントを張っていたガイスに一言断ってから、ライルは歩き出した。
(走れ! オークの気配が大分近くまで来てるから!)
(もう……一体なんなんだよ)
ブツブツ文句を言いながら、急かされるままに走り出すライルであった。
ライルたちがクレアとリムの所に到着してみると、すでに二人はオークと対峙していた。
「『ファイヤーボール!』」
そして、それをライルが確認するのとほぼ同時に、リムがファイヤーボールを放つ。
(なんだ、やっぱり心配ないじゃないか。シルフィ)
(馬鹿。よく見てよ、マスター)
見る。
オークは、少し火傷を負ってはいるものの、健在であった。
「あれ?」
思わず声を出してしまうライル。
(なぁ、シルフィ。オークってあんなにタフだっけ?)
(あのね! 同じファイヤーボールでもマスターとかルナとかのと、彼女のじゃ威力が違って当たり前っていうか早く助けに行け!)
クレアとリムは今にも襲われそうになっている。二人は小さくなって震えるばかりで、さっきのファイヤーボールが最後の抵抗だったらしい。
ライルはすべるように二人とオークの間に割り込むと、剣を抜き放ち、真ん中のオークを一刀の元に斬り伏せた。
「え?」
後ろで声が聞こえたが、それを無視して次の目標に向かう。
「はっ!」
結局、三匹とも倒してしまうのに一分もかからなかった。
「だ、大丈夫?」
剣を鞘に収め、ライルは後ろの二人に向き合った。
二人は状況がイマイチつかめていない様子で、ポカンとしている。
「あ、野草集めてくれたんだ、ありがとう」
二人が持っている草を取り、ライルはテントの所に向かおうとして止まった。
「あれ? 帰らないの?」
まだ硬直から抜け出ていなかったクレアとリムはやっと気付き、
「あ、うん」
「待って、ライルくん」
夢見心地で返事をした。
「おい。ライル。交代だ」
深夜。獣避けの火の番とモンスター等に備えた周囲の警戒をライルとガイスで交代でしていた。
女性陣も、やるとは言ったのだが、明日のこともある。体力がある男二人だけでやることになった。
「あ、ガイスくん。わかった」
ライルが立ち上がる。
だが、一向にテントに入る様子がない。
「どうした?」
「いや、さ……オークの事なんだけど」
「ああ。あれは不運だったな。まさか、あんなやつが出てくるなんて。学生のミッションでは、もっと弱い奴しか出てこないルートを通るんだけど……多分、群からはぐれたやつだろうな」
「そうじゃなくて……オークってそんなにビビるほど強かったかな」
「まあ、並の冒険者なら、互角ってとこだろうな」
それを聞いて、自分の手を見つめるライルを、ガイスは不思議そうに見た。
「……もしかして、僕って強いのかな?」
あまりと言えばあまりの発言。ガイスは、どうしたもんかと頭をかく。
「あのな……お前。去年の運動会で、俺を負かしたの忘れたのか? お前は強いよ。多分、同年代じゃ最強クラスじゃないのか?」
「だって、ルナとかアレンとかクリスとか……」
「確かに。あいつらも異常だな」
ライルとしては、周りが『ああ』だったので、今まで自分が特別だと言う自覚がこれっぽっちもなかった。今までも、それに気付く機会はあったはずだが、今回初めて自分が特別――むしろ変――だということを実感した。
だからと言ってなにが変わったというわけでもないが、戸惑っているのは事実だった。
「あ〜。まあ、寝るよ。明日も早いんだし」
「おう。じゃあな。よく寝ろよ」
考える事を放棄したライルはテントに入ると、自分の寝袋に入り込む。
このテントは三人が寝るともう窮屈だ。すぐ近くに、クレアとリムの息遣いが聞こえ、ライルはなんとも居心地の悪い思いをする。
寝てしまえば気にならないのだろうが、ライルは一応健全な思春期の男の子である。同年代の女の子がすぐ近くでいて、冷静ではいられなかった。
「ライルくん、ライルくん」
「……クレアさん、起きてたの?」
しばらく寝付けないでいると、小声でクレアが話しかけてきた。
「うん。ガイスくんが起きる音で目が覚めたよ」
「……そういえば、よく起きれたね、ガイスくん。僕が起こそうかと思ってたんだけど」
「あ、彼、なんか目覚まし用のマジックアイテム持ってたよ」
「そんなもん持ってたのか……」
なんとも用意のいい事である。
「それよりも、さ。あの時、けっきょくお礼も言えなかったけど、助けてくれて、ありがとうね」
「……大した事じゃないよ」
「大した事だよ。ライルくんがあんなに強いなんて、知らなかったな」
それも当然。普段のライルなんぞ、ルナを筆頭とした周囲に振り回されるだけの情けない男なのだから。
武術の授業などではかなりの成績を残しているが、あんまり回りに認識されてはいない。目立たないから。
「お風呂も作ってくれたし」
「まあ、僕も汗流したかったから」
朝から歩き詰めだったのだ。当然の如く、汗でべたべたして気持ち悪い。よって、リムが水浴びをしようとしたが、川の中に毒虫や水生モンスターがいないとも限らない。
こういう時、濡らしたタオルで体を拭くのがせいぜいなのだが、今回は運が良かった。温泉脈がすぐ真下にあったのである。
そしてライルが、地精霊に干渉して、地面の底から湯を引いた。まあ、他の人たちは唖然としていたが。
「実はすごかったんだね」
「『実は』ってとこが引っかかるんだけど」
「だって……その、あんまり目立たないほうでしょ?」
事実である。事実である以上、反論することなどできない。
「そうだけどさ……」
そして、ライルはそれに反論するほど己をわかっていないわけではない。それが自分のキャラクターだ、と最近では開き直っている。
「まあ、寝ようよ。僕は、クレアさんの半分しか眠れないんだから」
「あ、そうか。ごめんごめん。オヤスミー」
そして、ライルは目を瞑った。今度はすんなりと眠りに入る事ができた。