ライルたちは、旅館の一階にある遊戯室に来ていた。遊戯室、と言っても、卓球台が三つほどおいてあるだけのしょぼい部屋だったが、

「ふふふ……温泉上がりには、やはり卓球しかありませんね! さあ、一番手はどちらですか!?」

アリスははりきりまくっている。体中がふやけるほど温泉に浸かりまくり、出された料理を食い尽くした後、ぐいぐいとライルとルナを引っ張ってきた。

ちなみに、彼女の兄であるアランはと言うと、前回のラストで食らったルナのサンダーボルトにより、未だ気絶中である。同じように食らったはずのライルがぴんぴんしているのは、例によって、慣れだとしか言いようがない。それをしたルナは、罪悪感なんてこれっぽっちも感じていないのもいつものこと。

そのルナは、不敵な笑みを浮かべて、アリスに向けて一歩踏み出した。

「アリス。私が相手になってあげようじゃない。格の違いってやつを見せてやるわ」

 

第46話「TO HOT SPRING 後編」

 

「格の違い、ですか。お兄ちゃんと同レベルの運動神経のルナさんじゃ、私には勝てませんよ? まさか、魔法を使うつもりですか」

「まさか。スポーツは正々堂々やるもんでしょ。そんな狡い手は使わないわ」

正々堂々。なんとも、ルナに似合わない台詞もあったもんだな、とライルは思った。

「思ってるだけ、ならまだ許してあげたけどね?」

「へ?」

「声に出してた」

そう。ほんっとうに時々しか発動しないので、すでに忘れている読者さまも多かろうとは思うが、彼には思っていることを口に出してしまうという、なんとも自爆向けの癖があったりしたのだ!

「さて、ライルの処分は終わったことだし、女同士、決戦と行きましょうか」

次の瞬間には、地に倒れ伏せているライル。だが、彼は慣れているので、すぐに復活してくれることだろう。

「マスタ〜? おーい……って、だめだわ。しばらく目を覚まさないわね、こりゃ」

一応、看病役もいることだし。

そんなライルの様子など『一切』お構いなしに、二人の対峙は続いていた。

「余程の自信があるんですね? この卓球世界大会子供の部二位の実力を持つ、アリス・レイザードに対して」

「ふふふ……リングネーム『不思議の国のアリス』か。あの時はいい試合だったわね」

「なっ……その独特の構え。まさか、あなたが決勝で私に一点差で勝利した『まじかる・ルナ』!?」

「まあね。……あん時の試合、私は勝ちとは思ってないわよ?」

「私も、負けたとは思ってませんよ……」

フフフフフフフフフ…………と、因縁の二人は異様な盛り上がりを見せている。

「……リングネームってなによ?」

隅のほうで、密かな突っ込みを入れるシルフィも、それ以上は何も言わずに、こめかみの辺りに汗をかきながら二人を見守っている。なんつーか、下手な口出しはしないほうがよさげな雰囲気。傍若無人なシルフィをもってしても、二人の間には入り込めない何かを感じさせていた。

「いくわよ!」

ルナのサーブ。

高々と上げた球を打った次の瞬間には、アリスのコートに、球が突き刺さっていた。

シルフィは開いた口がふさがらなかった。

「さすが……サーブのキレは落ちていませんね。いえ、むしろ、昔よりずっと鋭くなっている……」

「当然よ」

「だけど、私だって、あの時準優勝に甘んじてから遊んでいたわけではありません!」

ルナの次のサーブ。シルフィの目には、一瞬の白い線としか見えないその球を、アリスは見事に返した。

「やるわね!」

そこからラリーの応酬。カカカカカカカカカカカカカ……と、もう、人間の反応スピードを超えた領域で二人は打ち合っている。

「食らえ、秘技・燕返し!」

「なんの! 妙技・朽木落し!」

なんか、妙な奥義なんかも繰り出されたりなんかしちゃって。

「はぁ!」

「しまった!」

そんな永遠とも思える打ち合いは、一瞬の間隙をついたアリスのスマッシュによって決着がつく。

「まだまだぁ」

だが、勝負自体はまだ始まったばかり。目が爛々と燃えている二人は、お互いしか見えていない。

「……帰ろ」

あまりと言えば、あまりの光景に、シルフィはやる気をなくして部屋に帰っていくのだった。

 

 

 

 

「……んあ?」

ライルが目を覚ます。まだ半ば気絶中の頭を振って、立ち上がると、なぜか息も絶え絶えのルナとアリスの姿が目に入った。

「二人とも、なにやってんの?」

だが、二人ともライルの言葉など耳に入っていない様子だ。

「はぁ、はぁ……やるわね」

「ルナさんこそ……また、決着をつけることができませんでしたね」

などと、お互いの健闘を称えあっていたりする。先ほどまでの猛戦を見ていなかったライルは首を傾げるしかない。

余談だが、二人の対戦成績は揃って十二勝十二敗一引き分けのまったく互角。最後の引き分けは、二人の勝負に道具のほうがついてこれず、壊れたためである。

「なんの話?」

「こっちの話よ。……にしても、汗かいちゃった。アリス。もう一回、風呂行こう、風呂」

「は〜い」

なにやら、スポーツを通じて友情を深めたらしい。それはそれで大変結構なことだが、残されたライルはと言うと、完全に無視される形となってしまう。

「……部屋に戻るか」

いつの間にか、遊戯室にはライル一人となっていた。卓球しようにも相手がいないし、壁打ちをしたりするのはさすがに却下だ。

「あ〜、一日に二回ともなると、さすがにきついな」

ルナにやられた爆撃のダメージがまだ抜け切っていないようで、体中が痛い。

そんな体を引きずりながら、自分の部屋である桜の間の前に帰ってみると、中からなにやら声がした。

『これでどうだ!』

『ちょ……アラン、その手待った』

『ダメだね。勝負の世界は厳しいのだ』

……なにやら、中で盛り上がっているようだ。

中に入ってみると、四角の板を挟んで、アランとフィオがなにやら、小さな木の塊を手に、パチパチとやっていた。

「お。ライル、おかえり」

「ああ。うん。……で、それって将棋……だよね?」

「おう。よく知ってるな。東方のヒノクニ伝統のゲーム。まあ、チェスみたいなもんだな。部屋にルールブックと一緒に備え付けてあったから、やってみようかなって。前、少しやったことあるしな」

「うう〜、ルールがよくわかんない……」

余裕ありげなアランと違い、フィオはとても困っている様子。

盤上を見てみると、フィオの駒はかなり少ない。配置を見ても、アランの圧倒的有利のようだ。

しばらく、将棋盤を見ていたライルだが、おもむろに、手を伸ばすと、

「フィオ。ちょっと借りるよ」

と、フィオの手持ちの駒を打った。

「なんだ、交代か? だが、遅い。ほれほれ。もうすぐ詰みだぞ」

「っと。あとはこれで詰みだよ。アラン」

「なにぃ!?」

アランがあわてて自陣の王を見てみると、見事に詰まれていた。

「攻撃ばっかして、守りが薄いからそーゆーことになる」

ライルの言葉に、アランはわなわなと震えた。負けた悔しさから叫び始める。

「ぐっ……卑怯だぞ、フィオ!」

「卑怯とは何だよ! アランこそ、俺は始めてなのにぜんぜん手加減してくれなかっただろ!」

「勝負の世界は厳しいのだ!」

「さっきと言ってることが一緒だぞ!」

やいのやいの言い合いを始める。これなら手を出すんじゃなかった、とライルはいまさらながら後悔した。

十分ほどもすると、口論することの空しさに気づいたのか、それとも単に疲れたのか、言い合いも終了していた。

すると、アランは、部屋の隅でお茶を飲んでいたライルに近づいていった。

「ライル。さっきのを見ると、ずいぶん打てるようじゃないか。どうだ、一局」

「別にいいけど……」

「よっしゃ。今度は本気で行くぞ」

さっきも本気だったくせに、というフィオの声はとりあえず無視の方向で駒を並べていく。

「よっしゃ、行くぜ!」

 

「負けた……」

わずか一行の空白の後、すでに勝負は決まっていた。盤上に、アランの駒は玉があるのみ。それを、ライルの駒がこれでもかと言わんばかりに囲みまくっていた。

「どうやりゃ、こんな勝ち方ができるんだよ!?」

あまりの負けっぷりに、アランが思わず叫んだ。

「ん〜、母さんの友達がヒノクニの出身でね。その関係で、僕も小さいころから将棋はやってたんだけど……母さん、当時5、6歳だった僕にもぜんぜん手加減しなくて、いつもこんな風に滅多打ちにされていたから」

ちなみに、ライルの母ローラの友人であるヒノクニ出身のアヤは、ルナの母親でもある。

「それで、いつの間にか自分もできるようになったってか?」

「うん。まあ、8歳くらいのころかな。僕のほうが強くなってから、母さん、勝負してくれなくなったけど」

「……おいおい。そりゃ、大人気ないにもほどがあるだろ」

ライルは、もう死んでしまっている母親のことを思い出す。

故人は、記憶の中で美化されがちだが、その美化の修正が加わっても、あの母の所業は到底覆せるものではなかった。母親らしいことをしてもらった記憶が片手で数えるほどしかないのだから、それも当然である。

「まあ、ね。もう亡くなっちゃったけど」

「そうだったのか……そりゃ、悪いこと言ったな」

「いやぁ、きっとあの世で、父さんを元気にしばき倒しているだろうから、そんな気を使わなくてもいいって」

アランは、それを寂しさの裏返しの発言と取ったが、ライルは百%本気だったりする。大体、あの母が、たかだか死んだくらいでどーこーなったりするはずもない。

ローラが死亡してから数年。ライルの結論はこんな感じだった。

 

まあ、その結論はおおむね正しかったりもする。

 

 

 

 

 

 

その晩、『超! 枕投げパーティー ヴァル学vsユグ学』やら、『深夜の猥談。〜恐怖の味噌汁編〜』やら、『深夜の猥談改め怪談。〜青い血編〜』やらのイベントをこなし、次の日にはシンフォニアに帰還した……

 

 

「はずだったんだけど……」

ライルはポリポリと頬をかきながら周りを見渡してみる。

すぐそばにある、壊れた馬車。帰り道で、モンスターに襲われ、馬が暴走。御者は振り落とされ、後ろに乗っていたライルたち四人が気づいたときには、すでにここにいた。

欝蒼と茂った森林。周りに人の気配はなく、時折、遠吠えのようなものが聞こえる。

ルナたちと顔を見合わせて、一斉に、全員息を吸い込んだ。

『ここはどこだぁーー!!?』

四人の脳裏には『遭難』の二文字が踊り狂っていた。

「そうなんです」

アランの起死回生のギャグも、洒落にならなかった。

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