前回の大会にて、温泉旅行をゲットしたライルたち。

今日は、休日を利用して、シンフォニア王国内の温泉地に来ていた。

ちなみに、10万メルはルナが消滅してしまった会場の修理費&一般の観客の治療費に当てられ、一銭も残らなかった。見た目の派手さの割りに、負傷者が少なく、マイナスにならなかっただけまだマシである。

「ああ〜〜」

ルナも覇気がない。さすがに、殺すのは選手だけにしておくべきだった、と間違った反省を実行中だ。

そんなルナの心中が、嫌になるほどわかったライルは、そうっとため息をつくのだった。

 

第45話「TO HOT SPRING 前編」

 

「温泉ですよ、お兄ちゃん」

「言われんでもわかる」

目の前にあるのはひなびた温泉宿。古ぼけた、少々薄汚れているその建物をアリスはきらきらとした瞳で見つめている。見てて、ちょっと引いてしまうくらいだ。

「ほら。さっさとチェックインを済ませないと。温泉にも入れないよ」

「は、はい! そうですね」

やたら気合が入りまくっている。明らかに過剰だと思うのだが、アリスは一向に構おうとしない。

周りの目もあるので、少しは気にして欲しいライルだった。

そんなこと言っても無駄なんだろうなあ、と、この手のタイプの人間にある意味慣れまくっているライルは、とぼとぼと受付へ歩いていく。

台帳に名前を記入すると、仲居さんに部屋へ案内された。

アリスは、

「す、すぐに温泉に入るんです〜〜〜」

とごねていたが、そこはそれ、さすがに荷物も置かないで行くわけにもいかない。渋ると、余計遅くなるので、名残惜しそうなものの歩き始めた。

そんな小さなトラブルもあったものの、無事に部屋に到着した。勿論のこと、男二人と女の子二人は別々の部屋である。

ライルとアランの男二人は桜の間。ルナとアリスは菖蒲の間である。東方にある国、ヒノクニ伝統の部屋は、木の香りがして実に落ち着く。

部屋に備え付けられている緑茶を飲むと、なんとも言えない幸せを感じる、ライル・フェザード(16歳)だった。

「お前……なんか爺臭いぞ」

「ふん。この幸せがわからないのか? アラン。不幸なやつだな」

「そんなことを力説されても……」

「うんうん。確かにマスターは若さに欠けるわね」

いきなりの女の子の声に振り返ると、いつの間にやらシルフィが立っていた。……もとい、空中に浮かんでいた。

「お前……『そろそろ仕事しないと、ソフィアに怒られるの』とか言って、昨日精霊界に帰らなかったか?」

「仕事なんかで、私のこの溢れまくらんばかりの遊び心は止められないわ」

「遊び心の用法、微妙に間違ってないか?」

「間違ってないわよ、多分」

アランの素朴な疑問にも律儀に突っ込むシルフィ。

「で、本当に大丈夫か? シルフィ、彼女のことめちゃくちゃ怖がってたろ?」

「はっはっは。なにを言ってんだか、マスターは。へーきよ、へーき。あとから適当に言い訳しときゃ、別にどーってこと……」

「困りますよぉ、シルフィリア様」

さらに、火の精霊フィオも出現した。

「フィオ? お前も精霊界に用事があるとか言ってなかったか?」

「あ? ああ。うん。そっちは終わった。ただ、ソフィア様からシルフィリア様を連れて帰ってきてくれ、って頼まれて」

「……お前、ライルの精霊と話すときと、露骨に態度が違うぞ」

アランが困ったように言った。本来はマスターの彼には、ぞんざいな態度をいつも取っているのだ。

「そうそう。私もそれが言いたかったの。別に、そんなに畏まる必要なんかないから、普通にして欲しいんだけど。ほら、私ってそんな柄じゃないし」

シルフィが言うと、フィオはぶんぶんと首を振った。

「いえ! なにせ、現在の精霊王の方々は、あのルーファス・セイムリートとともに魔王を打ち倒した英雄じゃないですか。とても、そんな態度はとれません!」

「まあ、あんたは若いから、そうでしょうけど……私たち、人間と契約している以上、人間界にいる限り、別に上下関係があるわけじゃないんだし」

そこで、アランが、ん? と首をかしげる。

「若いって……フィオ、お前確か100歳くらいって言ってなかったか?」

「そうだけど、今の精霊王の人たちはみんな千さ……」

バキィ!

「ホホホホホ……ふぃ〜お〜? 女性の年を言うなんて、ちょ〜っとデリカシーに欠けるんじゃないかしら?」

「あ、あうあう」

ぐももも……と見るからに禍々しい空気を身にまとってふんぞり返るシルフィに、フィオは殴られた頭を押さえながら後ずさりする。

妙に小動物っぽい。

「へぇ。見た目、俺らより年下っぽいのに、何十倍も生きているのか……」

不用意な発言をするアランに、シルフィのとび蹴りが炸裂した。シルフィは現在、人形サイズなので、その威力は微々たる物のはずだが、盛大にひっくり返るアラン。さすがはへっぽこ大王の名を欲しいままにする男である。

「違うわ! 風で吹っ飛ばされたんだよ!」

まあ、アランのへっぽこぶりが再確認されたところで、アランとフィオはすがるような視線をライルに送った。仮にもマスターである。シルフィを止めてくれるかも知れない。

さきほどから、ずっと緑茶を飲んで傍観を決め込んでいたライルは、その視線に気付いて、持っていた湯飲みを一旦置くと、

「ん……あとに引くような怪我をさせないようにな、シルフィ」

「了解。マスター」

役に立たない発言をかました。

直後、一瞬だけ暴風が部屋の中に吹き荒れ、アランとフィオに『痛みのみ』を与えた。傷一つない辺り、シルフィの技量がうかがえる。

風がやむと、いきなり部屋の入り口から、女子二人が顔を覗かせた。

「お〜い! あんたら、露天風呂に直行するわ……って、なに遊んでんの?」

「お兄ちゃんに、フィオも、そんなに部屋を滅茶苦茶ににしちゃだめですよ」

この状況を見て、言う事はそれだけなのか、と突っ込みを入れたくなるが、二人とも気絶しているので、できない。

最近、世の中の不条理を半ば諦め気味のライルだけは、ずずっと茶を啜って、

「平和だ……」

と、また間違ったことを呟いていた。

 

 

 

 

 

 

男湯

 

かぽーん、という音を聞けば多くの人が風呂を思い浮かべるであろう。

旅館はお世辞にも立派とは言い難かったが、この露天風呂はかなり評価してもいいな、とライルはぼーっとした頭で考えていた。幸いなことに、ライルたち以外に泊り客はいないらしく、貸し切り状態である。おかげで、フィオも姿を消す必要がない。おそらく、向こうではシルフィも湯に浸かっているだろう。

「おい、アランアラン」

「……なんだ、フィオ」

気絶から比較的早く回復した二人も、ちゃんと来ている。ちなみに、女湯は仕切りの向こうだ。

「ここ! ここから向こうが覗けそうだぞ?」

すぱこーん! と、アランは無言でフィオの頭を殴りつけていた。

「なにすんだ!」

「なに考えているんだ! お前は!?」

「だって、一応、お約束じゃないか!」

どうやら、義務感で言ったらしい。

「そりゃ、確かにお約束かもしれんが……」

「アラン、そこで納得しない」

ライルが穏やかに忠告する。

「なんで、乗り気じゃないんだ? 人間の男にとって、こういうのは浪漫ってやつじゃないのか?」

「その偏った人間界の知識は、どこで仕入れてきたんだか……」

ライルは呆れかえった。つーか、これはマスターであるアランの責任のような気がする。

「大体、さ。向こうにいるのは、アランにとっては実の妹だし、もう一人はあのルナだぞ? 覗きなんてしたら、命の保障はしかねるね」

「妙に実感こもってるな。もしかして、経験あり、か?」

「まさか。まあ、エクスプロージョンクラスの魔法は覚悟しておくべきだね。それでもいいって言うなら、僕は止めないけど」

ただ単に、今までの経験からの予測である。その手の行為には、ルナは非常に厳しい……ていうか、やったら即滅殺決定である。厳しいとか、そういう次元じゃない。

「まあ、あのねえちゃんなら、本当にやりそうだ」

保健室での惨状を思い出しながら、震え上がるフィオ。あの時は、実際、命の危険を感じた。

「俺、もう上がるわ。なんだか寒気がしてきた」

と言って、フィオは姿を消した。

しばらく無言で湯に浸かる二人。十分ほど経ったところで、ふと思い出して、アランが口を開いた。

「ああ、そういえば……お前らもそろそろ帰る時期じゃなかったっけ?」

「うん。この旅行から帰ったら、一週間ほどで帰るよ」

「ふむ……寂しくなるなぁ」

「……とか言いつつ、顔が緩んでいるのは気のせいか?」

ジト目でアランを睨んだ。

「だってさぁ。お前はともかく、ルナは……」

「……ごめん。無理もなかった」

ルナがこちらに来てから約一ヶ月。その間、暴走すること、実に17回。慣れない環境のせいか、普段より暴走率が高めに設定されていた。

よりにもよって、初日からルナと知り合ったアランがよく巻き込まれたことは言うまでもなく、彼にとっては生傷の絶えない一ヶ月間だったのである。極めつけが、先日の盗賊の襲来である。

……正直、登校拒否になりそうなほど鬱になったものだ。

「お前も、よくあんなのと付き合ってられるなあ」

「……慣れだよ」

フッ、とニヒルに笑ってみせるライル。その表情に、同情を禁じえないアランだった。

「まあ、ルナとは昔からの付き合いだったからね。嫌でも慣れるさ」

「そ、そうか。大変だったんだな」

「大変も大変。僕が五歳くらいのときの話なんだけど……」

そこから先、二人はルナの悪口で盛り上がった。

ルナの幼少時の奇行に始まり、ヴァルハラ学園に入学してからのはちゃめちゃっぷりを面白おかしく話し出す。

……二人は忘れていたのだろうか。それにしても、迂闊としか言えない。

なにせ、薄い仕切りを隔てたすぐ隣には、ルナたちが温泉に浸かっているのだ。そのことがちらり、とでも頭に掠めればこの後の惨事は防げたはずなのに。

「『サンダーボルト!!』」

二人が最後に聞いたのは、やけに響くその呪文だった。

 

 

 

女湯

 

「……ここね」

タオルをしっかりと巻いたルナは、男湯と女湯の仕切りを入念に調べ、覗きができるような穴を探していた。ライルたちを信用していないわけではないが、彼らも男である。魔が差して、覗きに走る可能性はゼロとは言えなかった。なので、こっちを覗けるような穴を調べていたのである。

もし、そんなことを敢行した場合には……死、あるのみである。

「ルナさーん。なにしてるんですか? ルナさんも早く入ったらどうですか?」

体を流すと、すぐさまざぶんと湯に飛び込んだアリスがせっついてくる。

「あんた、傍から見るとすんごく怪しいわよ」

周りに人がいないため、姿を現して、湯桶に湯を入れて浸かっているシルフィがそんな事を言う。

「はいはい。すぐ行くわよ」

体を流しており、ここは露天だ。すこし寒くなってきた。

ルナは急いで温泉に入った。

「……ふう」

一つ息をつく。考えて見れば、シンフォニアからここまで、結構な距離がある。ずっと馬車に座りっぱなしで体が痛かった。

その体を湯がほぐしていく。

「ふへ〜〜」

アリスはと言うと、幸せそうに目をつぶってぶくぶくと口まで浸かっている。そのまま温泉に溶け込んでしまいそうな勢いだ。よほど好きなんだろう。ルナが頭をつつくが、まったく気付く気配もない。

はあ、とため息をついていると、男湯のほうから大きな声が聞こえてきた。

『ここ! ここから向こうが覗けそうだぞ?』

あの声は、確かフィオ、とかいう精霊だったか。

ルナの眉が、凶悪につりあがる。

「い〜い度胸ね」

まさか、こんなに堂々と宣言するとは予想外だった。タオルを体に巻き、手を男湯のほうに突き出し、いつでも魔法を発射できる態勢をとる。あの穴から目を見せたが最後、その光景が彼らの最後の光景となることうけあいだ。

「ほどほどにしときなさいよ〜」

シルフィのやる気なさげな声が聞こえた。

「あんた、女としてその反応はどうなのよ?」

「べっつに〜? 私は別にどうでもいいし」

ちなみに、アリスは完全に自分の世界に行っているので、尋ねることはしない。

「まあ、何百年も生きているんだから、そういうことには無頓着になるわね」

「……喧嘩売ってる? 年のことには言及しないで。私は永遠の十四歳よ」

シルフィの身体年齢は、確かに十四歳辺りで止まっている。

「まあ、今はあんたのことは問題じゃないわ。この壁の向こうにいる馬鹿どもに、鉄槌を食らわせるほうが先ね」

と、仕切りの方に意識を集中していると、男湯のほうでなにやら話しているのが聞こえた。……どうやら、覗きは取りやめにしたらしい。

別に、それはそれで大いに結構なのだが、

「……つまんない」

「あんたね……」

シルフィの小さなツッコミは無視して、湯に入りなおす。

しかし、改めて見ると、この露天風呂もなかなか広い。ちょっと考えて、誰もいないし暇なので、泳いでみることにした。

「とお!」

ざぶん、と頭から入った衝撃で、シルフィの入っている湯桶がひっくり返った。

「ぶっ! 子供か、あんたは!」

頭だけ湯から突き出て、文句を言うシルフィ。そんな抗議をルナが聞く筈もなく、そのまま泳ぎ続ける。いくら広いと言っても、所詮風呂なので、すぐ端に行き着くが、すぐさま折り返して続ける。

「ったく。私はもう上がるからね。のぼせないようにしなよ」

「了解〜」

シルフィが湯から上がると、途端に風が巻き起こり、シルフィの体を乾かした。そして、すう、と姿を消す。部屋に戻ったのだろう。

しばらくして、泳ぐのにも飽きたルナは、そろそろ自分も上がろうかと、風呂から上がった。

「アリス〜。あんたも、ほどほどにしときなさいよ〜?」

「ふにゃ〜」

すでに言語中枢が麻痺している。まあ、大丈夫だろうと、ルナは脱衣所に向かった。

そして、その途中で、男湯からの話し声を何気なく効いてしまう。

『そ、そうか。大変だったんだな』

『大変も大変。僕が五歳くらいのときの話なんだけど……』

なんとはなしに、耳を澄ませてみると、どうやらルナの悪口で盛り上がっているらしい。幼いころのルナの行状を面白おかしく話すライル。知らないと言うのは幸せだ。

「『……雷よ我が名に於いて、天空より落ちよ』」

さすがに、この風呂を破壊してしまっては明日入れなくなる。そんな理由から、上空から雷を落とす事にした。

「『サンダーボルトォ!』」

『『ぎゃあああ!!!?』』

男二人の叫び声に、ルナは満足して一つ頷くと、今度こそ脱衣所に入っていった。

 


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