「と、とりあえず、落ち着こう」
と、言うことで、森の中で遭難したライルたちはというと、座って状況の確認を急いだ。
馬は逃げてしまったものの、馬車本体は残っている。中から荷物と言う荷物を引っ張り出し、かろうじて持っていた地図を広げる。
「えーっと。あの温泉街から出て、一時間ちょっとくらいだったから……」
呟きながら、ライルの指が地図の上を滑る。自分たちが通ってきた道をつつつ、となぞりながら、馬車が暴走したと思われる地点あたりで指を止めた。
「……で、多分、僕らは、この森にいるんじゃないかな?」
と、その地点からさほど離れていない小さな森を指した。名前もない、本当に小さな森。
その時、はっきりと、アランとアリスの顔が青くなっていった。
第47話「そうなんです」
「こ、ここって……帰らずの森じゃねえか!」
アランが悲鳴のような声を上げる。
「……帰らずの森? ちょっと。なに言ってんの。地図を見た限り、ぜんぜん小さな森じゃない。なにが帰らずよ」
「違うんです、ルナさん。確かに森そのものは小さいんですけど、その森の中では魔法は使えないし、なんか、空間がループしているらしくて、抜け出た人はいないとか……」
アリスの言葉に、訝しげな目をしながら、ルナは手の平を上に向け、力を込める。
普段なら、特に意識することもなくできる火球は、しかし、いくら念じても現れることはなかった。
「……マジ?」
救いを求めるような顔で、アランに視線を向ける。
「残念ながら、マジらしい。精霊魔法もだめだ」
「そもそも、ここ、精霊が一人もいないよ。少なくとも、自然にできた森じゃないね。……シルフィとフィオも弾かれちゃったのか、いなくなってるし」
あたりをきょろきょろ見回しながら、ライルが言った。
「精霊がいない、ってことは、なにかの結界か?」
「……だめね。魔法的な感覚もやられちゃっている。わかんないわ」
「それじゃ、どうします? 食料も、そんなにたくさんありませんよ」
「まあ、とりあえず、歩くしかないんじゃねえか? うまくすれば抜け出ることができるかもしれない」
「……でも、お兄ちゃん。ここは、『帰らずの森』だよ」
「言うな。わかってる」
「魔法が使えないのが致命的ね……。飛んで抜けることもできやしない」
そこで、沈黙を保っていたライルが口を開いた。
「でも、抜け出た人がいないんなら、なんで魔法が使えないとか、わかってるんだ?」
『…………………』
この期に及んで、呑気な事をほざくライルを、とりあえず、全員ではっ倒した。
「ど、どどどどうしましょう、シルフィリア様!?」
「まずは、あんた落ち着きなさい」
「は、はい! わっかりました!」
後ろで力いれすぎの深呼吸を始めたフィオをとりあえず無視して、シルフィはその森に目を向けた。
「しかし、どうしようかしら……」
迂闊といえば、迂闊だった。そういえば、すっかり忘れていたが、この森はこの国にあったのだ。
馬車の暴走を、止めずにそのままにしていたのも、減点だ。正直、ここまで痛恨の失敗は、シルフィの長い人生の中でも、数えるほどしかない。
「た、助けにいかなきゃ……」
「やめときなさい。ここは私たちの管轄じゃないんだから」
「そんな事言っても、どーすんですか!?」
「それを今考えているところだから、ごちゃごちゃ言うな」
うっ、とフィオが言葉に詰まる。ついつい、苛立ちをぶつけてしまった。落ち着け、とシルフィは自分に言い聞かせる。
この森は、亜空間魔法で無限ループになっていて、魔力を封じる結界を張ってある以外は普通の森と変わらない。食料も豊富にあるだろうし、自分のマスターはそこらへん、かなりたくましい。一週間やそこら、なんとか生き残れるだろう。その間に、なんとかあいつらを説き伏せてやればいい。
多少、モンスターもいるかもしれないが、魔法が使えないとはいえ、あの四人をどうこうすることはできないはずだ。確か、武器も持っていたはずだし。
「ん?」
……武器? 武器……剣。…………鍵。
「ああああーーーーーー!!?」
シルフィの絶叫が、青い空に響き渡った。
「ててて。なにすんだよ。もう。」
「あんたが緊張感なくすようなこと言うからでしょ」
ライルの抗弁を、ルナは切って捨てた。
体力のあるライルとアリスが全員分の荷物を持ち、陣形を組んで歩いている。
「ああっ!?」
先頭を歩いているアリスが何かを見つけた。泣きそうな顔になりながら後ろを振り向く。
「またか……」
その後ろにいたアランは、打ち捨ててある馬車の残骸を見て、ため息をついた。歩き出して、まだ10分と経っていないが、最初にいたこの場所に帰ってくること4回目。体力的にはそうでもないが、精神的にかなりくるものがある。
「くっそ。やっぱ駄目だな。どの方向に行っても、帰って来ちまう」
「諦めるのはまだ早い」
不敵な笑みを浮かべつつ、ライルは自分の剣を抜いた。
何をするのかと、全員が注目する。
そんな視線を受けながら、ライルは剣をおもむろに振りかぶり、地面に突き刺す。ゆっくりと、柄から手を離し、彼の剣ホーリィグランスがゆっくりと倒れていく。
この時点で、全員、オチが読めた。
カラン、とホーリィグランスが倒れた方向に、ビシッと指を刺し、ライルは宣言した。
「あっちだ!」
スパコーーン! と、ルナのツッコミが決まる。いつのまにか、そもそも、どこから取り出したのか、彼女の手には永遠のツッコミアイテム「ハリセン」が握られている。
「なに考えてんの、あんたは!?」
「い、いや。こういうときは、困ったときの神頼みというか」
「あんたねー……」
やれやれ、とルナは顔を抑える。
「もっと慎重にいきなさい。野垂れ死んでもいいの?」
「いや、そういうわけじゃないくて……」
「じゃ、どういうわけよ」
ライルはしばらく逡巡してから、困ったように口を開いた。
「なんとなく、大丈夫なような気がしたんだよ」
「なんとなくでどうにかなったら、苦労しないわよ!」
ズバッコーーーーン! と先ほどよりやや攻撃力高めのツッコミが命中。今度こそ、ライルは本格的に昏倒した。
緊張感がないのは、お互い様じゃないのか、とアランは思った。
そんなやりとりをしていたから、彼らは気付かなかった。
地面に落ちたライルの剣が、淡い光を発している事を。
「ああ〜〜! もう、だから! あんたには用はないっつってんでしょ!」
神界の受付にて、シルフィは声を荒げていた。
「生憎だが、上位神の方々は会議中だ。出直してもらおうか、精霊王」
「んなこと言ってる場合じゃないでしょうが。その会議とやら、即刻中止しなさい!」
ふん、と受付はせせら笑った。
「あなたの用件がどれだけ重要なものかは知らないが、御前会議より優先すべきものだとでも、言うのか?」
御前会議。ぶっちゃけ、主神に現在の神々の活動を報告するだけの、名前だけは立派な会議。つーか、報告書で十分なところを、わざわざ全ての神が集まるあたり、神界の形式主義的な態度にはうんざりする。
いつもなら、呆れるだけで済むが、今日のシルフィはそんなことに構ってはいられなかった。
「どけぇ!」
受付役の下級神を蹴飛ばし、ずんずんと宮殿の中へ入っていくシルフィであった。
……で、そんなシルフィの突入など露知らないライルたちは。
あのあと、どうすればいいのか、わからなかったのも確かなので、駄目もとで剣が指した方向へ進んだ一行は、なにかの建物に辿り着いた。
そこだけ開けた空間になっており、その広場の中心には四角い建物がある。
だいぶ古い建物のようだ。窓などは一切なく、石とも金属ともつかぬ、不思議な物質で作られている。なんとなく、病院のようだと、ライルは思った。
「じゃ、入ろうか」
「……仕方ないわね」
ライルとルナが建物に向かって行くが、後ろの兄妹は怖気づいたように止まっていた。
「は、入る? 入るんですか?」
「アリス……気持ちはわかんないでもないけど、どっちにしろ調べないといけないわよ。外に出る手がかりがあるかもしれないし」
「だけど、罠とかあったらどーすんだ?」
「そん時はそん時でしょ」
「だね」
と、ずんずん進んでいる。アランとアリスは、その二人を慌てて追いかけた。
「ちょ、ちょっと待てよ。なんで、そんな平然としてるんだ、お前ら」
「……なんで、って聞かれてもなあ」
アランの言葉に、心底困ったようにライルは返した。
大体、この程度の危機なら、たいしたことはない、とライルは思うのだ。以前、魔族やら悪霊やらに襲われたときは、もっととんでもない状況だったし、こういう理不尽な事態には慣れている。
こういう時は、あれこれ考えるよりも、行動したほうがいい。……と、思うのだ。
「そーゆーわけで、さくさく進みましょう」
アランたちの反論を封じ込めて、ルナはずんずんと歩いていった。渋々、といった感じで、アランとアリスはついて行く。
建物の前に来て、一つの問題に直面した。
「……入り口がないんだけど」
建物を一周しても、扉の類が一つもない。
「あ〜、もう。魔法が使えりゃ、ぶっ壊して入るのに。そだ、アリス。あんたの馬鹿力で一発……」
「いやですよ。私は武器持ってないんですから。素手でやれとでも?」
こいつなら、素手でも大丈夫なんじゃないか、と思ったが、ルナは仕方ないとばかりにライルの方を向いた。魔法が使えない状態で、あまりアリスを刺激したくない。
「仕方ない。ライル。あんたの剣、貸してやんなさい」
「僕の? いいけど……剣の方が壊れない?」
「仮にも、聖剣でしょうが。大丈夫よ。多分」
やれやれ、とライルは剣をアリスに渡した。ぶんぶん、と二、三回振ってみて、感触を確かめると、アリスは建物に向き直る。
「では、失礼して……」
と振りかぶったとき、剣が突然揺れだした
ブルブルブルブル、と、発光しながら揺れ、それが収まると、
「……あら〜?」
建物に、なぜか穴が開いていた。