『シンフォニア王国主催、大運動大会! 参加は四人一組で。優勝者チームには10万メルの賞金と副賞の温泉旅行が!!』

いきなり、僕の前に突き出されたチラシにはそんな文字が踊り狂っているのだった。

「……ねえ、ルナ。一体、なんの真似かな、これは?」

「言わなくてもわかってるでしょ? 10万メルよ。10万メル。これは参加するっきゃないでしょ」

「……その手の大会は前回(第10話〜12話)で懲りてるんだけど」

弱気に反論してみる。

「まあまあ、そう言うなって」

「沈黙は金、です」

アリスちゃん。その用法はかなり間違っていると思うよ、僕は。そもそも、この場合、沈黙したら出場することが確定しちゃうんだって。

どちらにしろ、レイザード兄妹までもがルナの味方をしているとなると、例によって例のごとく、当然のように僕の反対意見なんてまったく無視される方向で話は進んでいるんだろう。……いや、もうこの手の展開には慣れてきたけどね。

(シルフィリア様のマスターって……)

(面白いでしょ?)

(い、いや、でも)

(フィオ。人間界にはこんな言葉があるわ)

(は?)

(面白ければ、すべてよしってね)

正しくは、「終わりよければ全てよし」である。シルフィには国語の勉強が足りないみたいだ。……いや、わかってて言ってるんだろうけど。

 

第44話「いつものパターン」

 

さて、そんなこんなで次の日曜日である。シンフォニア王国の中央運動場には数多くの猛者が集まっていた。ざっと見積もって10チームといったところか。

「……自由参加のわりに、ずいぶん少ないような」

参加の受付から帰ってきたライルが、ふと思ったことを口にする。賞品も考えたらもう少し出場していてもよさそうである。

「ああ、それな」

ライルからゼッケンを受け取りながら、アランがそれに答えた。

「この大会、五年位前からやってるんだけどな。毎年、怪我人が絶えなくて年々参加者は減ってるんだ。今じゃ一部のマニアな人たちしか参加しないという……」

「やっぱ、僕、帰……」

Uターンするライルの腕が、ガシッと無意味なまでに力強く掴まれる。めりめりと、そのまま腕を握りつぶしそうな勢いだ。

「あ、アリスちゃん?」

意外そうな声を上げるライル。きっと彼女はルナに無理矢理参加されられていると思っていたのだから。なぜ、という疑問が出てくるが、一瞬でその解答が得られた。

「すみませんすみませんすみません。嫌だってことはわかりますけど、私の温泉旅行のために、よろしくお願いします。つーか、よろしくお願いされろ」

後半、かなり口調が怪しい。

「悪いな、ライル。ウチの妹は温泉、つーか風呂が大好きなんだ」

「……もう好きにして」

あきらめ気味に呟くライルだった。そして、そんなライルを、目ざとく見つけた集団がいた。

「おい、小僧」

「は?」

いきなりやってきたのは、筋骨隆々、と言う言葉が自然に浮かんでくるような暑苦しい連中だった。この大会に出場する以上は、四人組なのだが、全員が全員、ランニングに短パン。凶悪なとげのついたスパイクと言う、怪しい格好だ。いや、運動会なわけだから、おかしいわけじゃないはずなのだが。

「そんな気合で出場されても迷惑だ。さっさと棄権するがいい」

「そうだ。やる気のないやつらに出場されても、迷惑じゃからのう」

「まあ、そんな貧弱なメンバーでは、どちらにしろ結果は見えておるがのう」

ガハハハ、と笑い始める四人。とりあえず、ライルはその四人に右からA〜Dの番号を割り振った。いつものパターンである。

「ちょっと、聞き捨てならないわね。誰が貧弱よ」

「そうですね。ちょっと言いすぎだと思います。お兄ちゃんはともかく」

ずい、と女子二人が前に出た。アランは妹の台詞に「ちょっと待て!」とストップをかけるが、ライルより低い権威の持ち主である彼の発言など、当然のごとく無視される。

「ふん。決まりきったことよ。なよなよした男二人に、女子(おなご)が二人。ほれ、絵に描いたような貧弱なメンバーではないか」

Bが自信満々に断言する。彼が、その女の子の事を少しでも知っていれば、そのような発言は避けたであろうが、生憎と、ルナやアリスの恐ろしさは、彼は知らなかった。

「ふ・ふ・ふ……その体でどうか、試してみる?」

ルナの瞳に危険な光がともる。ヤバイ、と思ったライルは、とりあえず、自分だけでも避難しようと回れ右をして……

「ちょっと待ってください」

暴走しようとするルナの前に、アリスが立ち塞がった。

「どうせ、そのうち勝負することになるんですから、決着はそのときにしましょう」

と、至極まっとうな意見でルナを押しとどめる。

……ルナより、大分常識的だな、とライルが感想を漏らしていると、

「大体、大会前に騒ぎを起こしたら退場させられるかもしれないじゃないですか。いつもならともかく、今日は我慢してください」

などと、余計な一言を付け加えたおかげで、ライルのアリスへの評価はもりもりと低下した。

「ガハハ。怖気づいたか」

それを、臆病ととったのか、命拾いしたこともわからずに、再度Bが胸を張った。

ピクリ、と反応するが、退場させられるかも、という危惧から、なんとかルナは踏みとどまった。

(こ、これ以上刺激しないでくれよ)

そんなライルの思いもむなしく、この筋肉チームは、次々に、

「所詮、女よの」

「女は女らしく、家で料理でもしているがいい」

「大体、お前ら、頭悪そうなんだよ」

「もう少し、おしとやかになれんもんかのお」

「まったく、親の顔が見たいわい」

「「「まったくまったく」」」

などと、危険な発言の連発。

ルナは言うまでもなく、アリスのこめかみにもぴくぴくと血管が浮き出ていた。

いつものルナの暴走に加え、怪力少女アリスの怒りが加わったらどうなるか……ライルとアランは想像もしたくなかった。

「はいはい。ルナもアリスちゃんも、もう始めるよ。早く行かなきゃ」

「そうそう。ほら、行こうぜ」

なので、そうやって二人を引っ張っていった。ちょうど、開会式が始まる時間でもある。

「逃げおったわ」

「度胸のない連中じゃ」

お前ら、多分生きて帰れないぞ!

「ふふふ……ギッタギタにしてやるわ!!

「ええ、がんばりましょうね。……私もちょっぴり怒りました」

 

「なあ、ライル。こいつら、どうにかならないか?」

「なるもんだったら、なんとかしたいんだけどね」

まあ、とりあえず、あの四人は人柱決定だろう。

 

 

 

 

 

プログラム1 綱引きトーナメント

 

「……四人で綱引き?」

「しかも、トーナメント?」

いろいろ突っ込みどころ満載なプログラムだが、10万メルと温泉旅行のため、参加者一同は、元気に綱を引っ張ることにした。

ライルたちの相手は、商店街のおっちゃんチーム。少なくとも、見た目ライルたちより強そうである。

『さて、今年も最初のプログラムは綱引きトーナメントです! 四対四の怒涛の綱引き! 純粋なる力と力の勝負! 一体、どのチームが勝利するのか、まったく予想できません!』

やたらと元気のいい進行役の人が元気にどこか間違った綱引きの説明をまくしたてる。

そうかあ、綱引きトーナメントって、ここらじゃメジャーなスポーツなんだなあ、とか誤った認識を植え付けられるライル。留学生がこれでいいのだろうか?

『それではぁーーー……レディーゴー!!』

「「「「ふんっ!」」」」

合図と同時に、商店街のおじさんたちは一気に綱を引こうとした。……引こうとしただけ。

実際には、1cmたりとも引けていない。

『おおぉーーっと!? 学生チーム、女の子一人にまかせっきりです!!』

こういう力勝負においては、常人の100人前の怪力を誇るアリスの独壇場である。すでに、他の三人は申し訳程度に綱を持っているだけ。

「えいっ」

かわいらしい掛け声とは裏腹に、象も裸足で逃げ出すほどの力で綱を引っ張る。

結果、商店街のおじさんたちは、華麗に宙を舞った。

(人間って、ああやって飛べるものなのかな?)

(シルフィリア様。おそらく、普通は飛べないかと思いますが)

(そうよねえ)

まあ、普通じゃないし。

こんな感じで、アリス一人の活躍により、順調に勝ち進んでいく学生チーム。ついに、決勝まで勝ち進んだ。

そこで、遭遇したのは、さっきの筋肉チーム。……いや、本当にその名前で大会に登録してあるのである。ライルたちも、チーム名にはいろいろな意見が飛び交ったが、結局、無難な学生チームと言う名前で落ち着いたのだ。

閑話休題。

「ガハハハハッ! 一体どのような卑怯極まりない手を使ったのかは知らないが、よくぞここまできたな!!」

「だが、我らに今までのような姑息な手段は通用しないぞ!!」

どうも、作者の作る、この手の雑魚キャラは似たような性格になる傾向があるようだ。

「ごたくはいいから、さっさとかかってきなさい。格の違いって奴を見せてあげるわ」

いつものごとく、超強気なルナ。体力は全然なくせに、態度だけはでかい。

「何か言った!?」

なんにも。

「見たところ、あの人たちもずいぶん強そうだけど」

「いやあ、アリスには勝てないだろ。あいつの力は、10歳時で鉄球を握って歪めるほどだからな。俺は、喧嘩で勝ったためしがない。逆に手加減されるくらいだ」

自慢げに言うことでもないが、アランはなにやら誇らしげだ。

「つまり、へっぽこなのね」

「そう、へっぽこ……って、違うわ!! 大体、ルナ、あんたも大して変わらんだろが!」

『あのー……そろそろ始めたいと思うんですが』

いきなり内輪もめを始めた学生チームに、恐る恐る話しかける審判。

「ああ、いつでも始めてください。どうせ、そっちの二人は役立たずですから」

『は、はあ』

こほん、と咳払い一つ。審判は、まだぎゃーすかとうるさいルナとアランから目をそらして、腕を振り上げた。

『で、では気を取り直して。レディー……』

筋肉チームの面々が男臭いオーラを立ち昇らせる。対して、アリスも、今までの敵とは違うと悟ったのか、本気の目だ。

『ゴー!!』

「「「「ふんっ!!!」」」」

「えいっ!」

同時に引っ張る。

今までにない引きに、綱がきりきりと細くなる。どれだけの力がかかっているのか、予想もできない。

(くっ、まずい)

今までの相手とは役者が違った。アリスは踏ん張るが、徐々に向こう側に引かれていく。

「ふむ……なかなかやるが、所詮、女よの」

「いかにも。この程度ではとても我らには勝てないわ」

四人がかりでやっとの癖に、大威張りだ。『ふんっ!』と、とどめとばかりに筋肉を膨張させて引きにかかる。もうだめだ、とアリスが思った瞬間、

「えーと……一応、僕も手伝ったほうがいいのかな?」

一人忘れ去られていたライルが加わった。

「「「「なにぃ!?」」」」

ライルが加わったことにより、互角となる。もともと、彼も肉弾戦タイプだ。その腕力は決して低くはない。……まあ、目立たないが。

「ら、ライルさん。……すっかり忘れてました」

「……まあいいけどね。それより、綱が……」

見てみると、綱がちょうど真ん中の辺りで千切れそうになっていた。綱引き用のこれでもか、というほど丈夫なものなのに。

向こうは、まったく気がついていない様子だ。もう少し、視野を広く持ったらどうだろう、とかライルは心底思う。

筋肉チームは、引っ張りまくる。綱が千切れそうなことに気がついたライルとアリスは、踏ん張るだけにしておく。

やがて、

ブチッ!

千切れた。

「「「「ぬおおおぉぉ!!!?」」」」

後ろ向きの力を、これでもかというほど加えまくっていた筋肉チームの皆々様は、当然のごとくこける。……だけでなく、そのまま会場の外まで吹っ飛んでいった。

ぽかーん、と唖然とするギャラリーなんて気にも留めず、アリスは、

「残っている綱は、私たちのほうが長いですから、私たちの勝ちですよね?」

「違うと思うよ、アリスちゃん」

ちなみに、引き分けだった。

 

追伸:ルナとアランは、引き分けが決まるまで口喧嘩していた。最後のほうで、アランは吹っ飛ばされていたが。

 

 

 

 

プログラム2 瓦割り

 

「……このプログラム、誰が考えてるの?」

「さ、さあ?」

自らの身長ほどはあろうかというほど積み上げられた瓦を見上げて、ルナが呆然と呟く。

今回のプログラムは、この瓦を素手で何枚割れるかを競う、らしい。チームの代表が出るらしいが、

「よし、アリス、行け!」

「む、無理無理! あんなの、私できないよ!

「なにぃ!? できるだろ。その力、こういうときに使わないで、いつ使うんだよ!?」

「だって、あんなの殴ったら、手、傷めちゃうし。メイスでもあったら、あんなの何百枚でもいけるけど」

参加選手のことでもめていると、さっき会場の外まで飛んでいったはずの筋肉チームの一人……Cが現れた。

「笑止! 痛み程度で臆するとは! そもそも、あの程度で拳を痛めるのは未熟な証拠よ!」

「あんた、わざわざそれ言うために来たわけ?」

あきれたようにルナが言った。

「それでは、せいぜい恥をかかないようにな。はーーーはっはっは」

無視だ。

「人の話を聞かない奴ね」

すこしキレかけのルナ。しかし、自分のことは棚上げかよ。

「ま、まあまあ、ルナ。抑えて抑えて。僕が行くからさ」

「……あんたが?」

「うん」

「あ、行ってくれるんですか? ほら、お兄ちゃん。ライルさんが行くって」

まだ言い争っていたアリスが二人のところに来た。

「いや、いいけどよ。勝算はあるのか? 正直、お前よりアリスのほうがたくさん割れると思うぞ」

納得いかない様子で、アランが言った。

「まあ、なんとかなると思うよ。なんとか、ね」

ちょっと笑いながら、ライルは参加者の列に並びに行った。

『おおっと! これはすごい! 10枚いったぁ!』

審判が興奮した声を出す。

この瓦。高さがかなりあるので、ジャンプしないと、ちゃんと割れない。その中で10枚と言うのは確かにかなりのものだろう。

「ふふふ……笑止! この程度……!」

次はさっきのCの番だ。筋肉チームは、確かにイロモノ集団だが、その実力は本物だ。優勝候補の一つの出番なので、周囲の視線が集中していく。

「とお!」

ジャンプ。

瓦のてっぺんが、腹の辺りに来たところで、Cは瓦の上におかれたタオルに思いっきりチョップをたたきつけた。

ピシッ……ピシ!

瓦に亀裂が入る。その亀裂はどんどん下まで繋がっていき、

『な、なんと! 残り5枚まで割ってしまいました!! 2位の15枚を大きく引き離しています』

すでに、数えるのは残りの枚数のほうである。

『さあ、最後は綱引きにおいて決勝まであがった学生チームの順番です! しかし、あの少年にはこの種目はきついか!?』

ライルが歩み出る。

「えーと……確か、こうして、こうだったよな」

なにやら怪しげな動きをし始める。くるり、と円を描くように腕を動かし、確認するようにその腕の軌道を目で追う。

「よし、と」

とん、と軽く飛ぶ。そして、軽く拳を瓦のてっぺんに振り下ろした。

誰もが、これじゃ一枚も割れない、と思っていたのだが、

『な、なんとぉ!?』

一枚目が真っ二つになったかと思うと、その下の二枚目、三枚目……と続いていき、残り三枚まで割れてしまった。

「失敗、かあ。やっぱ、母さんみたいにはいかないか」

そんなライルの呟きも知らずに、審判の人は、

『な、なんとぉ! 学生チーム代表、ライル選手! 一気にトップに踊りでましたぁ!』

叫んだ。自分でも驚いているのだろう。実況と言うより、自分で思ったままを言った感じだった。

 

自分の陣営に帰ってきたライルを、ルナたちは手荒く歓迎した。

「よっしゃ! よくやったわよ!」

「まあ、全部はいけなかったけどね」

「ぜ、全部やる気だったのか?」

呆然とアランが言った。自分では、どうがんばっても一枚も割れないだろう。

「まあね。母さん曰く『血も魔力も通ってない無機物なんて、フェザード流にとっては紙切れと一緒だよ』らしいから」

苦笑して、照れくさそうに笑った。あの母親は、見上げるような岩を、ちょっと手を触れるだけで文字通り粉々に粉砕していた。無論、気功やら魔法やらを使わずに、である。

まだとてもそこまでの境地には至っていない(てゆーか、体術は専門じゃない)ライルだが、一応このくらいの芸当はできるのだった。……まあ、母親が生きていたころは、毎日死ぬ寸前まで訓練させられていたし。

「まあ、勝ったんだからいいじゃないですか。これからが本番ですよ」

「アリスの言うとおりね。あの筋肉チーム……思ったよりやるわよ」

きっ、とルナはそのチームがいる方向をにらみつける。すでに、他の参加者は無視されている。

「まあ、ポイントはリードしたし、一気にカタをつけるわよ!!」

ルナは声高に宣言した。……一番、役立たずの癖に。

「……(ギロッ)」

……はい、すみません。

 

 

プログラム3 腕相撲トーナメント

 

アリスが出れば楽勝、だと思われていたが、「あんな人たちと手をあわせるなんて、絶対にいやです!!」と出場を拒否。ライルが出場して、準決勝で敗れた。筋肉チーム、Aの優勝。

 

 

プログラム4 リレー

 

ライルが他を大きく引き離すが、ルナとアランのへっぽこぶりのせいで、予選落ち。優勝は、筋肉チーム

 

 

プログラム5 玉いれ

 

どのチームも五十歩百歩。ライルたちは3位。優勝は、どっかの雑魚チーム。

 

 

プログラム6 重量上げ

 

アリス、圧勝。1トンを持ち上げる。もっといけるそうだが、どうせ他の人たちはついていけないので、そこまでで終わる。

 

 

プログラム7

 

プログラム8

「さて、とうとう、最終プログラムね」

「そうだな」

ここまでまったくと言っていいほど活躍していない、てゆーか、足を引っ張りまくりの二人。そろそろなんとかしないと、ライルはともかく、アリスが怖い。彼女の温泉にかける情熱は本物だ。さっきから、彼女からの視線が怖い。

『さあ、最終プログラム「はちゃめちゃ騎馬戦」の説明をさせてもらいます! これは、四人で作った騎馬をとにかく崩したもの勝ち!! ルールは特にありません! 武器だろうが魔法だろうがなんでもありです』

キュピーン、とルナの目が光り、ゲッ、とライルはあからさまに嫌そうな顔をした。

そう言う進行役はやけに生き生きとして見え、そのまま続けた。

『先に言っておきますが、参加者にはこの誓約書にサインしてもらうことになっています! これは、たとえ競技中に怪我、最悪死亡、ということになっても一切文句を言わない、というものですから、サインは慎重に願います!!』

「ちょっとまてぇ!!?」

ライルが反射的に叫んだ。そんな、血に飢えた猛獣の檻に裸で飛び込むような真似やめてくれよ、といったニュアンスのたっぷり詰まった叫びである。

だが、その叫びは他の人たちには聞こえなかったらしい。なんとも都合のいい耳だ。

「つまり、どんなことをしても、文句を言う奴はいない、と」

世にも恐ろしげな笑いを浮かべながら、ルナが呟いた。

(あらら、暴走しちゃってるわね)

(シルフィリア様? なんか、とっても嫌な予感がするんですが)

(まー、見てなさい。多分、面白いから)

無責任な精霊たちの会話は置いといて。

「サイン、書いてきましたよ」

ちなみに、誓約書はチーム単位で書かれる。ライルが呆然としている間に、アリスが済ませてきてしまった。

「なにぃ!?」

「うるさいぞ、ライル。こうなったら腹をくくれ」

あきらめの表情で、そう言うアランに、ライルはがっくりと肩を落とした。

(いつものパターンだ。ルナが一気に全員殲滅して、すぐに逃げて、僕はルナに「もう少し落ち着いてよ」とかなんとか言って、ていうオチなんだ……)

やけに悲観的な奴である。これまで、そういう展開が多かったことは確かだが。

「どうやら、我らとおぬしらの一騎打ちになりそうだな」

いきなり現れたのは、筋肉チームの皆さんだった。ここまで、ポイントは彼らとほぼ互角。このプログラムの勝者が優勝することになる。

「ここまでよくやった、と褒めてやらんでもないが、これは我らの勝ちだな」

「左様。我らは去年、この種目で敗れてから特訓に特訓を重ねてきた。無論、対策もバッチグーである」

暇な連中だ。仕事はどうした。仕事は。

「いいえ! 温泉旅行に行くのは私たちです!」

「威勢だけは相変わらずよの。だが、気合だけではどうにもならないこともある」

むきー、と安い挑発に乗るアリスに比べ、いつもなら激昂するルナは落ち着いたものだ。やっと私の得意種目が来たわね、とか思っているのかもしれない。

「そんな暑苦しいやつら無視しなさい、アリス。それじゃ、行きましょ」

そして、そんなルナの声に、なにかを確信してほろりと涙を流すライルだった。

 

 

 

3分後。競技開始と同時に、会場は消滅した、とだけ言っておこう。

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