「しかし、色々隠し芸の多い奴だな」
僕の作った弁当を口に運びながら、アランが呟く。
「そう?」
「精霊魔法はピカイチだし、料理もできる。さすが、留学生に選ばれるだけのことはあるな」
「……お兄ちゃん、料理は関係ないんじゃ……?」
アリスちゃんが、ずれているアランの台詞に突っ込む。その隣では、ルナが勢いよく食べていた。どうも、さっきの授業は、ルナとはちっとも合わなかったらしい。……まあ、精霊と仲良くなる、なんて、ルナに似合ってるとは思わないけど……。
「そーいや、次は、闘術だな。二人一組の模擬戦だから、ライル、俺とやるか?」
「あ、うん」
そーゆうことになった。
第40話「VSクレーター女」
「ま、まいった」
戦闘シーンの描写さえかっとばして、決着がついた。
ライルの勝ちである。勝負にもなっていない。アランは最初の一撃に反応さえできなかった。
アランが降参したのを確認して、ライルがゆっくりと首に突き付けていた剣を離した。
「僕の勝ち、だね」
「ああ。……しかし、お前、ほんっきで色々できるな」
「……そう?」
ライルはイマイチわからない。いや、もともと能力はあったのだが、生来の地味さと、ルナ、アレン、クリスのアクの強いメンバーにその存在を隠され、ヴァルハラ学園ではほとんど無視されていたのだ。
そのため、先程の精霊魔法の授業により集まった周りの視線に、どうにも居心地の悪い思いをしていた。剣の勝負で一瞬でアランを下してしまったことがそれに拍車をかけている。
「ラーイルー……」
ルナがやってきた。なにやら、悔しそうな顔だ。
「ルナ? アリスちゃんと模擬戦やるんじゃなかったの?」
「もう終わったわよ。あの娘、強すぎ。手も足も出なかったわ」
ルナが、うなだれて説明する。
そこへ、とてとてとアリスが来た。
「あれ? お兄ちゃんの試合見ようと思ったのに、まだやってないの?」
「違う。俺は、あいつに開始1秒でやられちまったんだ」
アランが言うと、アリスはやれやれと、ジェスチャーをして、
「……お兄ちゃん、情けない」
「あうっ!?」
妹の情け容赦ない言葉の暴力に、アランは心に瀕死のダメージ!
「……私を、開始0.5秒でのしたやつの言う台詞じゃないわね」
「そうですか? あれは、ただ単にルナさんが油断しただけだと思いますけど。それに、魔法を使えてたら、立場は逆だったでしょう?」
一応、肉弾戦の訓練なので、魔法はナシなのだ。そして、ルナなら、試合開始直後に、エクスプロージョンなどの魔法を発動することもできる。
アランが『それなら、俺だって』と呟いたが、アリスはきっぱり無視した。
「なんにせよ、これじゃ、訓練になりませんねー。組み合わせ、逆にしてみましょうか?」
アリスの提案を却下する理由は、全員なかった。
そんなわけで、ルナVSアラン。ライルVSアリスのカードが誕生した。
「で、どーして私たちは、こんなところで見学しているわけ?」
ルナとアランは、模擬戦を放棄して、ライル達の観戦に来ていた。
「べっつにぃ〜。俺、肉弾戦タイプじゃないし。あんたもそうだろ?」
「そうだけどさ……」
ルナとて、別に訓練熱心ってわけじゃない。むしろ、すすんでサボる方だ。そして、先生も、全員を余すところなく見守っていられるわけじゃない。有り体に言って、サボリがばれる心配はほとんどない。
なら、問題なしだ。
ルナはそう思って、ライル達の方へ目を向けた。
……アリスちゃんは、なぜか、ごっついメイスを持っている。
「えーと、その武器……?」
「私の武器ですけど、なにか?」
「いや、なんでも……」
イメージと大分違うが……まあ、あえて問うまい。
「いきますよ!」
なんてこと考えている暇もなく、アリスちゃんが突進してきた。なかなかのスピードだ。僕に肉薄して、手に持ったメイスを振り下ろす。
ブンッ!
だけど、僕を捕らえるにはちょっと遅い。
「てえ!」
……と、思ったら、地面にたたきつける直前、いきなりメイスが跳ね上がった。
「いいっ!?」
ぎりぎりで顎を引く。ちり、と顎をかすってメイスを上段に戻し、アリスちゃんは構えなおした。
しかし……なんなんだ、あの物理法則を無視した運動は? 軽く見積もっても、僕の持っている剣の何倍も重量がありそうなメイスを、振り下ろすのと同じくらいの速さで振り上げるとは……
……なんかそういう技術でもあるのかな? 単純な力ってことはないだろう。あの細腕だし。
「むう、なかなかやりますね」
アリスちゃんの目に警戒の色が走る。
「いくらへっぽことはいえ、お兄ちゃんを瞬殺しただけのことはあります」
後ろから、「へっぽことはなんだぁーー!?」という声が聞こえたけど、無視。
そんなことに構ってられないのだ。アリスちゃんが本気になったのか、構えに隙がない。……本当に、あの兄の妹か?(←意外にキツイ)
「ふっ!」
先に動いたのはまたしてもアリスちゃんのほう。今度は横薙ぎだ。……また、常識はずれの切り返しをされてはかなわないので、一回、剣で防いで見ることにする。
グンッ!!!
「は、はい?」
予想の数十倍はあろうかという衝撃が走った。
考えるより先に、体が動き、アリスちゃんの攻撃に逆らわずに、飛ぶ。
「うおわぁぁぁぁ!?」
……でも、受け流しきれず、ゆうに10メートルはキャリーで飛ばされた。
おおっ、という歓声が周りから上がる。
「おーい、ライル。気をつけろーー。うちの妹は、史上まれにみる馬鹿力だぞーーー」
遅すぎるアランのアドバイス。そいつはいま、いやっていうほど実感中だ。
さっきの切り返しは、なんてことはない、単純な力による技だったのか。いやはや、恐ろしい。
などと、思考していたら、アリスちゃんの追撃。まだ、さっき吹っ飛ばされた影響で体勢が崩れていて、反撃ができない。
「やぁぁぁぁぁ!!!」
あんな攻撃、まともに受けたら訓練用の模擬刀なんてあっさりへし折れる。結果、かわすしかないのだが……
「だあ!?」
あの、人外の馬鹿力による、でたらめなメイスの軌道変更についていけず、反撃の糸口さえつかめない。……いや、スピードもけっこうあるのです。アレンとおんなじくらい。
「もう! かわさないでください!!」
「無茶言うな!」
まともに食らったら訓練用のメイス(衝撃吸収の素材を用いている)だとはいえ、間違いなく死ぬ。無様に逃げ回る僕に、いつのまにか見学している他の生徒たち(授業しろよ)は苦笑していた。でも、絶対に、ああはなりたくないな、という目だ。
だが、このお嬢様はそこら辺がわかってないらしい。
「ぬうぅぅ! そこまで逃げるのなら……究極奥義!!」
なんか物騒なこと言ってるよ! おい!!
「メテオ・インパクト!!!」
……大技で隙ができた!
ドカァァァァァァン!!!
彼女の技は直径5メートルほどのクレーターを穿った。食らったら消し飛んでいたな。中に残してきた剣なんて、粉々になっている。訓練用のメイスでこれだ。ちゃんとした武器を使ったらどんな威力なんだ? その威力を想像しかけて、やめた。こんなこと考えると、精神衛生上よくない。
その彼女のメイスも、技の威力に耐え切れず、砕けていた。そして、アリスちゃんは幸いなことに、背後に回った僕のことに気付いていない。そんなことを、ぼーっとした頭で考えながら、
「てい」
この危険少女に気付かれる前に、延髄に手刀を叩き込む僕だった。
……あ、気絶しなかった。
「う、後ろからとは卑怯ですよ!」
首を押さえながら、涙目で主張してくる。そうとう怒っているご様子だ。かなり力を込めたのに……打たれ強いなぁ、などと、現実逃避してみたり。
「人を殺そうとしたやつが言うせりふじゃないと思う……」
控えめに突っ込んでおく。
「殺そうとなんてしてません!」
いや、アレを食らってたら、間違いなく死んでいた。確実に。
「えいっ!」
なんて言い訳すら言わせてもらえないうちに、アリスちゃんが地面に転がっている石を投げてきた。たかが石と思うことなかれ。彼女の馬鹿力により、弾丸のようなスピードですっ飛んでくるのだ。
ドカァ!
狙いが外れたのか、僕のすぐそばを通って、後ろの校舎にぶつかった。貫通こそしなかったようだが……石はめりこんでいる。後ろに誰かいたらと考えると、ぞっとした。
「ちょ、ちょっと!」
「どんどん行きます!」
どんどん投げる気ですか。
そして、どんどん投げられた。凶悪なスピードで飛んでくる弾丸をぎりぎりでかわしつつ必死で叫んだ。
「ま、まいった! まいったから、やめてくれ!!」
下手したら後ろの校舎が崩壊するような事態になりかねないので、降参する。すでに、無数の石をめり込ませ、こころなし傾いている気がするが。
「……そうですか?」
アリスちゃんは不満そうだ。……いや、君、もう少し分別をつけたほうがいいよ。
ある意味、ルナにそっくりだ。いろんな意味で規格外のルナが、この学校でうまくやっていけるか不安だったが……この分だと、案外なじむのは早いかもしれない。
いつの間にか避難を完了している、他の生徒の皆さんを見て、僕は強くそう思った。