あの後……色々問題はあったものの、ジュディさんが僕たちのヴァルハラ学園での『所業』を伝えていたためか、そうたいした問題にはならず、とりあえず、ユグドラシル学園の学園長に挨拶を済ませた。

そして、今はルームメイトのアラン君に寮の部屋に案内してもらっている。

「アランでいいぞ。短い間だけど、同じ部屋で暮らすんだから」

「あ……そう?」

 

第39話「彼も、意外とすごかった」

 

部屋に入ってみると、なかなか広い。二人部屋なので、二段ベッド。一応、ここでも自炊が基本らしく、キッチンもある。

とりあえず、荷物を部屋の隅に置き、ベッドに腰掛ける。

「じゃ、改めて……俺は、アラン。アラン・レイザード。よろしくな」

「うん。僕は、ライル・フェザード。こちらこそよろしく」

がっちりと握手を交わす。

よかった。けっこういいやつみたいだ。

「えーと、疲れてるだろうけど、明日からの授業の説明をしてやれって言われたから、聞いてくれよ」

「ああ、うん。腹減ってるから、ごはんでも作りながら聞く」

「そうか? あとでアリスが作りに来てくれるって言ってたけど」

「い、妹さんが?」

どうも、ルナのルームメイトは、アランの妹らしい。聞いてみると、年は一つ年下。なんでもユグドラシル学園は13歳から入学試験を受けられるとか。で、一緒の年に試験を受けたらしい。

……いや、そんなことより問題は、アリス……ちゃん(でいいか)が来ることになると、絶対にルナも来るだろう。

そうした場合、仮に、ルナが手伝うとか言い出したら……

(かなーり、やばい事態になるわね)

(……やっぱそう思う?)

(当たり前よ。第一、あいつ、自分の味覚が変なことを自覚してないじゃない! マスター達も危うくご臨終するところだったでしょ!)

……シルフィの言っていることは多少誇張している(かもしれない)が、確かに、いきなりルナの手料理を食わせるのはかなりやばいだろう。

「……いや、いいよ。その妹さんの分も僕がつくっとく」

「だけど……」

「いいから」

じゃないと、ユグドラシル学園に来た初日から死人を出すことにもなりかねない。

僕は使える食材をピックアップしながら、アランの話を聞いた。

「知ってると思うが、ここじゃ、ほとんどが実技でな。大きくわけて、剣術、槍術とかを教える闘術科目と、魔法関係を教える魔法科目に別れてて、普通の講義とかは、実技の復習とか捕捉くらいの意味合いでしかやってないんだ」

「ふんふん」

聞きながらも、手は止めない。

「そんなわけで、教科書とかは必要ない。剣、持ってきてるみたいだから、それは持っていってもいいけど、授業では刃を落としたやつを使うから」

「まあ、荷物になるだけだし、持ってかなくてもいいか」

と、言うと、シルフィがいきなり

(えー? 持って行きなさいよ)

(……理由を聞いておこうか)

(いざって時のために)

(どーゆー時のためだよ)

シルフィは、しばらく思案すると、

(ほら、ルナがいきなりゴーレムでも作る魔法を使っちゃったりしたときのために)

………………………………………

「やっぱ持っていこうかな」

「まあ、いいと思うけど、ライル。お前、顔色悪いぞ」

「そ、そう?」

まずいまずい。いやな想像をしてしまった。

「とりあえず、明日の授業は、午前中、精霊魔法。午後は闘術全般」

「あ、アバウトだね」

「まあ、そうかもしれないな。もちろん休憩は挟むけど。で、明後日が午前黒魔法、午後精霊魔法」

「精霊魔法がなんか多くない?」

二日連続。……まあ、する科目自体多くないから、たまたまなのかもしれないけれど。

「ああ、週六日の授業のうち五日はあるからな。多いかもしれない」

「なんで?」

「この国は、精霊信仰が盛んだからな。自然と、精霊魔法の授業が多くなる」

ああ、そういえば、シルフィがそんなことを言っていたような気がする。

(ふ、ふ、ふ。よーやく、私の天下ってわけね)

(……は?)

(この国じゃあ、私の扱いは神以上! もう、あの小娘にデカイ顔させないわよ!)

小娘ってのはルナのことだろう。……つーか、今までも充分シルフィはデカイ顔していたし、見た目の年齢から言えば、ルナは明らかにこいつより年上だ。

なんか、色々ツッコミどころ満載な台詞だったが、あえてなにも言わなかった。

「ついでに、明日は、お前たちの相性も調べるからな。本当なら入学したときに調査して、ABCDのメンバー分けをするんだけど……」

「ちなみに、アランは?」

「俺? 俺はAだよ。アリスはB」

「へえ、Aってことは一番相性がいい方でしょ? すごいんだね」

さて、僕はどれくらいなんだろうか? 相性がいい方だとは思うけど、どれくらいかはわからない。

(……マスター、本当にわかってないわね)

(なにが?)

(いや、別にいいけど)

なんだよ。

「まあな。Aランクの奴は実は俺だけだったりする」

「へ?」

「相対評価じゃなくて、絶対評価だからな。こんなこともある。Cが一番多くて25人もいるんだ」

「ふーん」

いやはや、アランはすごいと言うことがわかった。

「なーにさりげなく自慢してるのよ、お兄ちゃん」

「む、誰が自慢しているって? アリス」

気が付くと、アリスちゃんとルナが玄関に立っていた。

「あれ? ライル、あんたがごはん作っちゃったの? アリスと一緒に作ろうかと思ったのに」

やはりか!?

(事前に手を打っておいてよかったね)

(全くだ)

アランと話している間もちゃんと調理は続けており、すでに、夕飯のしたくは整っていた。

パン、スープ、そしてオムレツ。……時間がなかったから、あんまり手の込んだやつは作れなかった。

「へえ、ライルさん………でいいのかな? 料理上手なんですね」

アリスちゃんが感心したように言う。

「いや、なんつーか必要に迫られて」

「必要?」

「いや、気にしないで。まあ、食べてみて」

全員、席に付く。シルフィは、あとから残りものを食べてもらおう。

(ちょっと! 扱いがひどいんじゃない!?)

(だって、お前、姿を現せないんだから、仕方ないだろ)

(そ、そりゃそうなんだけど……。って、考えてみたら、こっちにいる間ずっと透明じゃないといけないのよね……)

ほとんど絶望的な声を上げるシルフィ。

別に、辛くはないのだが、透明になっていると、すこし窮屈な感じがするそうだ。

まあ、シルフィがちょっと辛い現実を発見したこと以外にはつつがなく、ユグドラシル学園初日の晩餐は過ぎていった。余談だが、レイザード兄妹に、僕の料理は好評だった。

 

 

 

 

 

 

 

次の日、早速、精霊魔法の相性診断テストとやらが始まった。

説明を聞いてみると、『シルフ・コール』が題材らしい。この魔法は、風の下位精霊に魔力を与え、僕たちの目にも見えるようにし、色々奉仕させる魔法なんだけど……。

「先生、課題にしちゃ、簡単過ぎやしませんか?」

精霊魔法の担当だという先生に、思ったことをぶつけてみた。

「ああ、確かに呼び出すだけならそう難しくない。だけど、それから、呼び出した精霊を確実に制御するのが難しいんだ。風の精霊は特にな」

いや、そういうのも含めて、簡単だと言いたいんだが。

(……そりゃ、マスターには簡単でしょうよ)

(確かに。もっと性格の悪いのを相手にしているし)

(喧嘩ふっかけてるの? マスター)

(いや別に)

「ではまず、ルナさんから」

「はいはい」

やる気なさげに、前にでるルナ。

「まずは、呼び出して」

「『……風の精霊よ。空を自由に駆ける汝の姿、我が前に表せ。シルフ・コール』」

ルナの詠唱が終わると、可愛らしい人形サイズのシルフが現れた。小さい状態のシルフィを、もうちょっと小さくした感じだ。

そして、その顔は……なんとなく不機嫌っぽい。

「まずは、あそこの石を取りに行かせて」

「はい。聞いたわね。行きなさい」

と、ルナが高圧的に命令すると、

『………』

シルフは、舌を出してひとしきりルナをバカにすると、消えてしまった。

「………………」

あ、かなり怒ってる。

「はい。ルナさんはCですね」

「……今ので?」

「まあね。呼び出せるけど、制御は全然できないってのがCランクだから。あとで、他の属性の相性も見るけど、これの結果で、他のやつもおおよそわかるから」

さらさらと、なにかを書き込みながら先生は説明していった。

……なんか僕が思っていたよりずいぶんこれは難しいことらしい。

「じゃあ、次はライル君」

「はい。……おいで」

一声かけると、シルフが現れる。……さっきルナが召喚した奴だ。ルナが与えた分の魔力が残っているから、実体化するのに不都合はない。だから、呼びかけるだけでも、現れてくれる。

……別に、普通だと思うのだが、先生と周りで見ていた他の生徒はいきなり騒然となった。

シルフは、そんなことお構いなしに、僕の周りをぐるぐる飛び回る。ハイペースで飛ばしているので、ルナの与えた魔力はもう尽きかけている。急いで、僕の魔力を供給してやった。

「はあ、落ち着いてよ」

手を差し出すと、シルフはその手に腰掛ける。僕の方を向いて、用はなに? と視線で言っていた。

「じゃ、じゃあライル君。あ、あの石をとって来るように言ってくれるかな?」

なぜか先生もビビリながら言ってくる。

「はい。よろしく」

くいっ、と指を指すと、小石まで一直線。ぱっ、と石を掴むと、特急で帰ってきた。

僕の手の平に石を落とすと、再び手に腰掛ける。

「あと、なにかするんですか?」

「い、いや。これでおしまいだけど」

「だってさ。ありがと」

お礼を言うと、シルフはにっこり微笑みながら大気に消えていった。

「き、君は文句なくAランクだね。アラン君と一緒に、自分のペースで修行するように」

「はあ、わかりました。……それで、聞きたいんですけど、どうしてみんなこんなに騒いでいるんですか?」

もう、クラスメイト全員がこっちに注目している。居心地悪いことこの上ない。

「そりゃそうだ。この国では、精霊と相性がいいやつがかっこよくて、いけてるんだからな」

「……もう少し、言い方に気を遣って欲しいんだけど、お兄ちゃん」

いつの間にか、僕のすぐ側にアランとアリスちゃんがいた。

「まあ、さすがにやるわね。精霊魔法に関しては」

「そう……なのかな?」

ルナが珍しく素直に褒めてくれるが、どうも実感がないというか、そんなにすごいことをした覚えはないんだが。

「まあ、これでお前は晴れて俺と同じAランクだ。一緒にあっちで修行しようぜ」

「あ、うん」

いきなり集中した視線にさらされながら、僕はアランに付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、こんな雑談ばっかしてていいの?」

「いーんだよ。精霊魔法の授業ってのは、基本的に相性を良くするための修行で、魔力とかを鍛えるのは黒魔法の方なんだから」

「参考までに、具体的になにやってるの、みんなは?」

「そーだな、その日やる属性によってまちまちなんだけど、さっきのシルフ・コールとかみたいに、精霊を直接呼び出して、ちょっとずつ仲を良くしているって聞いたぞ」

……授業?

「しかし、お前本当にすごいな。あそこまでとは全然予想してなかった」

「アランもできるんでしょ?」

「俺? 俺の場合、石はとったけど、そのまま持って行かれちまった」

……むー、どうしてもそこまで難しいとは思えないんだが。

(だーかーら。マスターは並じゃないんだって)

(……そうなの?)

(そうなの! 私が何回も懇切丁寧に教えてあげたでしょうが!)

懇切丁寧かは疑問だけど、確かに、なんか色々言われた。僕は、100年に1人クラスの逸材だとか、本当に人間か、とか。

だが、所詮シルフィの言ったことなので、話半分に聞いていたけれど。

「まあ、俺も、得意な属性ならもう少しいけるけど」

「へえ? なんなの?」

「火だよ、火。ファイヤーって感じの」

その感じはよくわからないが。

「だから、火属性の相性だけでAランクに滑り込んでるんだよ。他は平凡なモンだ」

「ふーん?」

「お前もそうだろ。風が一番得意で他の属性ははそれほどでもないだろ。……風属性が得意ってのは珍しいけど」

「ん、まあ。風の精霊との相性は特にいいみたいだけど」

そういえば、聞いたことある。相性って言うのは、大抵は一つ、ないし二つくらい得意なのがあって、他の属性は一歩劣るというスタイルが多いと。

(だーかーらーー!!)

(……なんだよ)

(他の属性も並じゃないんだって! マスターは!!)

(なんでそんなムキになってるんだ、お前)

(マスターがあまりにも自分のことを過小評価するから、ちょいと苛ついて)

よくわからんやつだ。

「……でさー」

そんなよくわからないことを言うシルフィは無視して、この時間中、僕はアランに色々なことを教えて貰うことにした。

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