僕たちがユグドラシル学園に来て、早一週間。この一週間の間にルナが暴発すること実に三回。原因はというと、黒魔法か精霊魔法か、どちらがいいかという、実にくだらない理由である。

この国の人たちは精霊魔法が最高だと信じて疑わないし、ルナはというと黒魔法や古代語魔法のほうがいいと主張する。僕にいわせれば単に好みの問題だと思うのだが、がんとして譲らない。

しまいには、ルナが魔法をぶっ放して、「これでわかった!?」と言って決着である。しかし、なんだかんだで、このクラスの人たちも大分慣れたようだ。

……余談だが、僕は精霊と相性がいいことでクラス内で尊敬とか羨望とかを一身に受けていたりする。

 

第41話「盗っ人ルナ」

 

「……で、なんですって?」

ルナの部屋に行って、用事を言うといきなり聞き返された。そういえば、アリスちゃんはいないようだ。

「だから、留学生はお城へ行って滞在手続きをしなきゃいけないんだってさ」

今日、先生から言われたんだが、この国に滞在するための書類やらなにやらを記入しなければいけないらしい。明日はちょうど学園が休みなので、行ってくるように言われたんだけど……

「面倒くさい」

ルナは一言の元に切り捨てた。

「そんな、ルナ。一応、この国にいるからにはきちんとしなきゃ」

「私は慣れない環境で体調を崩してるの。ライル、私のもついでにお願い」

さっき、面倒だって言ったじゃないか。

「だめだって。本人がやらないとだめなんだろ、こういうのって」

「でもねーー」

心底行きたくないようだ。本当、面倒くさがりなんだから……。

そんなことを思っていると、いきなりシルフィが姿を現した。

「ったく、あとで問題になるわよ。この国って、そういうとこ厳しいんだから。いきなり追放、なんてことになってマスターに迷惑をかけないようにね」

「うっさいわねえ」

いつもなら、すぐ食ってかかりそうなもんだが、ルナはうるさそうに手で払っただけだ。実は本当に調子が悪いのかもしれない。

「私はここんとこ徹夜続きなんだから、たまの休日くらいゆっくり寝たいのよ」

「あれ……? なんで」

「あっ」

ルナはしまった、という顔をしている。まさかとは思うんだけど……

「ルナ。少し前、この学園の図書館にある禁書が何冊かなくなっているって先生が言ってたけど、もしかして……」

「な、なんのことかしら? 私にはぜんぜん心当たりなんてないわよ」

あ、怪しい。なんてたって、あのルナがあさっての方向を見ながら脂汗をかいているのだ。もう、これだけで状況証拠は十分だ。物証がなくても、この反応だけで簡単に有罪にできる。そもそも、その話を聞いたときから怪しいとは思っていたんだ。

「ほかの学園に来てまでそんなことしないでよ!」

「だって、気になるじゃない!!」

ひ、開き直った。

「で、どうだったの、成果は?」

シルフィがあきれた様に聞く。

「ぜんぜん。どれもこれも、精霊魔法しか書いてなくてね。黒魔法とかはほんのちょっとしかなくて、それもたいしたやつじゃなかったし」

「まあ、それがお国柄だしね。無駄な努力、ごくろうさま」

……精霊魔法を扱う場合、重要なのは魔力よりも相性のほうである。だから、ルナじゃあ高度な精霊魔法は使えこなせない、らしい。

「うるさい。あ、ライルそういうことで、私は明日は寝て過ごすから、行くなら一人で行ってね」

「……理由になるわけないだろ。いいから明日10時に出るからね。ちゃんと準備しておいてよ」

「えーー?」

「えー、じゃないよ。まったく」

なんか、どっと疲れた。

 

 

 

 

 

 

「いや〜、絶好の天気だな」

次の朝。ユグドラシル学園の正門前には、ライルとルナ、そしてなぜかアランがいた。

「なんであんたがいるのよ」

「ん? 今日は俺、暇だからな。お前らの用事が終わったら、街の案内でもしてやろうかなと思って」

「って、言うから着いてきてもらったんだけど」

「あっそう」

そして、ルナはきょろきょろとあたりを見渡す。

「妹は?」

「……あんた、同室だろ。アリスは、今日は友達と買い物だってよ」

「ああ、そういえば」

ぽん、とルナが手をたたく。ライルは、ほう、とため息をつくと、

「ま、早く行こうよ。午後になると、受付混むらしいし」

「わーた」

「はいはい」

 

 

 

シンフォニア王国の城はかなりでかい。そして、その一階部分は、税金納入の窓口やら魔導士免許の発行所やら、行政関係の受付が集中している。

ライルたちは出入国管理所と書かれた受付に行き、必要事項を記入していく。

姓名、国籍、年齢、性別、生年月日、入国目的……。ローラントとシンフォニアの国境の関所でも簡易的なやつをやったのだが、王都に来るとちゃんとしなくてはいけないらしい。

諸々の事項を書き終わるには20分ほどかかった。

その間、ついさっきまでそばにいたシルフィは『暇ね〜』とか言いながら、城の見物に行った。

「さてと。終わったな。行くか」

ぼー、と見ていたアランが、ライルたちの記入の終了を見て立ち上がる。

「ちょっと待って」

「なに?」

窓口に先ほどの入国手続きの書類を提出して、アランと歩き出そうとしたライルは立ち止まった。

「そーいえば、ここって、城なんだから書庫くらいあるでしょ?」

「あ、ああ。一般にも公開されている書庫が確か、あの廊下の奥にあったはずだ」

なにやら、迫力のあるルナの勢いに、思わずあとじさるアラン。

「そっちじゃなくて、ほかには?」

「えーと……二階のどっかに禁書庫があるって話だけど、二階以上は許可がないと行けないぞ」

それを聞いて、ルナはニヤリ、と笑うと、ずんずん階段に向かって歩き出した。……ライルはルナの考えていることが手に取るようにわかった。

……やっぱり、止めないとダメ、なんだろうなあ。

「ルナ、ちょっと、ダメだって」

「なにが? ちょーっと、本を見せてもらうだけじゃない」

「それがいけないんだって!」

言って聞かないってことはライルが一番よくわかっているが、なんとかそれをしようと懸命に努力する。実力行使も考えたが、そんなことしたら末代まで後悔しそうなのでやめておいた。

しかし、よく見てみると、階段のところには兵士が三人ほど見張りに立っている。いくらルナでも、真正面から通り抜けることは無理だろうと思っていると……

「『ファイヤーボール』」

いきなりルナが魔法を放った

「爆!」

そして、ファイヤーボールを破裂させる。辺りは煙で覆われ、視界がゼロになった。

「な、なんだ!?」

兵士たちの慌てた声が聞こえる。

「わ、わからん! と、とにかく一般市民の避難だ!」

実に職務に忠実な兵士たちを尻目に、ルナが階段を悠々と上っていった。煙のおかげでせいぜい影くらいしか見えないため、簡単に通り抜けてしまう。

ライルは見えていたわけではないが、ルナがどういう行動をとるかよーくわかっていた。迷った末、追いかけることにしたようだ。

二階に上がる。

一回とは違い、閑散としたものだ。まあ、今は下の階が今とても騒がしいのだが。

「ちょっと! ルナってば!」

「うーん……私の勘によるとあっちね」

聞いちゃいない。

「おーい、ライル。上は立ち入り禁止だって言っただろ」

なんてやりとりをしていると、アランも上がってきた。

「あ、アラン。ルナを止めてくれ」

「は? なにするつもりなんだ、あいつ?」

「……さっきアランが言った禁書庫に忍び込んで、魔法書をネコババする気なんだよ」

アランが目をむく。そりゃそうだろう。そんな泥棒みたいな(つーか、泥棒そのまんま)真似をするとは。

ライルとしては、こういう反応が当たり前なのに、そこまで驚けない自分に多少やるせないものを感じながら、慌ててルナを追いかける。

下手したら、ローラント王国とシンフォニア王国の国際問題にもなりかねない。

「おーい、ルナ! 待ってよ」

いつの間にやら、ルナは目的の部屋を見つけたようだ。

 

 

 

 

 

書庫、と書かれた部屋に入ってみると、まあ、あるある。そんなに大きな部屋じゃないのに、所狭しと本棚が並んでおり、さまざまなジャンルの本(全部貴重品)がつめられている。

歴史やら政治やらの本には目もくれず、ルナは魔法関連の書物のところへ走った。

「えーと……」

やはり、精霊関係の書物が多い。しかし、学園のものとは違い、他の魔法関連のものも充実している。まあ、ヴァルハラ学園の図書館より少ない程度だが。

それでも、見たことのない本をピックアップしていく。

「ルナ!」

その作業中、ライルとアランが書庫に飛び込んできた。

ちっ、と舌打ちする。

うるさいのが来た。ライルはいいやつなのだが、こういうところで融通が利かないのがいけない。なんとなく、世渡りが下手なのもそこらへんが問題なのだろう。幼馴染として心配である。

そんな、完全無欠で余計な心配をしていると、ふと奇妙な本を見つけた。

まず、背表紙に書かれている文字が変だ。魔法に関しては異常な知識量を誇るルナをして見たことのない文字。強いて言えば上位古代語に似ているような気がしないでもないが、それとも違う。

そして、なんというのか、禍々しい感じがする。いや、なんとなく、雰囲気が。

興味を引かれてその本を手に取ったとき、ライルに発見された。

「いた! ルナ、帰るよ」

手を握られ、引っ張られる。

仕方がない。今日は諦めよう。一冊だけだが、珍しいやつを手に入れたことだし。

ルナはさっきの謎の本を懐に納めながら、

「ちょっと、わかったから。痛いから離しなさいよ」

「あ、ごめん」

そして、ライルたちはお城から逃げるように去っていった。

衛兵に見つからなかったのは、彼らの技量の賜物だろう。

 

 

 

 

 

そして、その夜、例の書庫。

 

「……ない」

一人の中年男がぽつりとつぶやく。

木を隠すなら森、ということで、城の宝物庫から盗み出した書物をここに一時的に隠していたのだ。なにせ、追跡の手が厳しく、容赦なく殺すつもりでかかられた。そのまま持っていたら、本も損傷していたかもしれない。

売り払ったら、何億という値がつくであろうその本が、いつの間にかなくなっている。

誰かが持ち出したか?

いや、それはない。ここにある本はすべて持ち出し禁止。特別な許可を取れば持ち出しも可能だが、そもそもがこの書庫の所蔵でないあの本が許可なんぞとれるはずもない。

と、いうことは。

「盗まれたか」

そういえば、今日、なにやら一階で騒ぎがあった。あんな騒動を起こすとは、素人か。あの本の価値を知った上で盗んだのかどうかは知らないが……

どんなことをしても取り返す。

 

 

などと、ライルの知らないところで厄介事は着実に進行していた。

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