……いやなやつって、忘れた頃にやってくるものなんだな。

ルナは心底そう思っていた。

そう、目の前のグレイ・ハルフォードのように。

「ルナさん! お久しぶりです! いや〜、夏休み中、僕は細々とした用事に追われていましてね。ルナさんに会いにいけませんでした。貴族の一人息子というのもこれで大変なものなんですよ。お詫びと言ってはなんですが、明日うちでちょっとしたパーティーをやるんですが、どうでしょうか?」

なんて事を一気にまくしたてながら一枚の招待状が渡される。

「行かない。めんどいから」

「はっはっは。そう遠慮することはありません。確かに、政財界の要人が集まりますが、ルナさんの美貌であれば問題ナッシングです!」

「人の話を聞けぇーーーー!!!」

 

第30話「ジェノサイドパーティー(前編)」

 

「別にいいじゃない。行けば?」

「シルフィ、アンタ人事だと思ってんでしょ?」

「だって人事だし」

「……その通りなんだけどね……」

はぁーと、ルナはため息をつく。ここは寮のライルの部屋。ルナは夕食をせびりに来たのだ。

「僕も行けばいいと思うけど。パーティーなんだったら食事くらい出るでしょ? うちにたかりに来なくてもいいじゃない」

台所から出来上がった料理を持ってライルがやってくる。

「あんた、私にあのバカの相手をしろって言うの?」

「……別に、あいつに付き合うだけで豪華な食事が食べられるなら悪くないんじゃないかと……」

「そーよそーよ。できるなら私も行きたいわ」

シルフィがカラカラと笑う。その態度にルナはいたくご立腹のようでどんどん不機嫌になっていく。

「……いいこと教えてあげましょうか?」

ルナが不気味な声でそんなことを言う。思わず身構えてしまうライルとシルフィ。

「な、なに……?」

「一回だけ、あんまりにもしつこいからあいつの家のお茶会に行ってやったの」

「そ、それがどうしたってのよ?」

「行ってみたら、あいつの両親、いきなりウェデングドレスのカタログを出したのよ?」

…………………

「……なに、それ?」

なんとかシルフィがそれだけ口にする。

「グレイのやつ、女癖悪いから、それで、親としてはさっさと結婚して欲しいらしいわ。私の場合、この魔法の腕でしょ? 将来、宮廷魔術師の首席くらいなれるでしょうから、あいつの……特に母親なんだけどね、今のうちに婚約させときゃお得だとかなんとか……」

「それは……一般人の僕には理解不能な思考だね……」

「……ライル、アンタなに言ってんの?」

ルナがバカにしたように言った。

「なにが?」

「いくらこんなお気楽で、ドジで、いつもふらふらしていて、威厳なんて皆無だけど、一応名目上は精霊王と言えなくもないようなやつと契約しておいて、一般人ってのはないでしょ?」

「……あんた、私に喧嘩売ってるでしょ?」

ライルより先に反応したのはもちろんシルフィ。怒りのぱわ〜で周囲の空気が帯電している。

いつの間にか人間モードだし。

「あ〜ら? わかっちゃったかしら?」

「白々しい。今日という今日はきっちり決着をつけなきゃいけないようね」

ルナとシルフィの間に、冗談ではなく火花が散る。ライルにとっては迷惑極まりない。なんとか家具などに引火しないようにしながら、抗議する。

「あ、あの〜? 話がダイナミックに変わっているような気がするんですが? そ、それと、君たちが本気でやると、この部屋くらい簡単に吹っ飛んじゃうんですが?」

いや、抗議と言うには低姿勢過ぎる。

「ふ・ふ・ふ〜。学園の図書館から(無断で)借りてきた古文書にあった魔法を試す、いい機会だわ」

「あ〜ら? 今の人間界に伝わっているレベルの魔法で私に挑むつもり?」

おまけにまったく聞かれていない。

「や、やめてくれ〜〜」

とか言いつつ、すでに部屋の外に退避しているライル。きっちり結界を張るのも忘れないが、この二人の魔法のぶつかりには無力……とまではいかないが、あまり意味がない。それこそ、銃弾をベニヤ板で受け止めるようなもの(微妙?)。

 

数秒後。ヴァルハラ学園男子寮の一室で、恒例の爆発騒ぎが起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ! 僕の家に行きましょう! さあ!」

次の日、授業が終わった途端、グレイがライル達のクラスにやって来た。

「何度も言わせるな。行かないったら行かない」

「まあまあ、話は後で聞きましょう。ドレスも用意させています」

ルナの言うことなぞ、まったく無視。命知らずなことを……と、クラスの連中はそろってグレイに黙祷を捧げる。

「この……!」

案の定、キレたルナが手を振り上げる。暴力的な魔力が集まっているのは言うまでもない。

遠巻きに見ていたクラスメイトらが、いつものように避難していると、

「ちょっと待った」

何者かがルナの手を掴んだ。どういうワケか、ルナが集めていた魔力も霧散している。

もう忘れ去られているかもしれないが、クラスの担任、キース・ロピカーナ教諭だ。

「……なに、先生?」

「頼むから、これ以上の破壊行為は勘弁してくれ。お前が壊した校舎の修理費だけで、学園の年間予算を超過しているんだ。文句を言われるのは俺なんだぞ?」

目に涙を浮かべながら訴えるキースに、ルナも汗をかきながら居心地が悪そうにする。

自分でも、少しやりすぎかな〜? と思っていたところなのだ(実際には少しなんていう次元じゃないことは言うまでもない)。

「わ、わかったから泣くのは止めてください。いい大人がみっともない」

「……給料が半分になったら泣きたくもなるぞ」

そう。ルナの破壊行為による修理費の一部は、担任の彼の給料からさっぴかれているのだ。理不尽と言えば理不尽である。

「………(汗)」

まさかそんなことになっているとは夢にも思わなかったルナは、キースにかける言葉が見つからない。

「ルナさん!そんなことよりも、早く僕の自宅にまいりましょう!早めに帰らないとパーティーに遅れるかもしれませんしね!」

「え、えーと……」

「ああ、本当に遅れてしまう……お前達!」

グレイが時計を見て、こりゃ間に合わんと判断し、指を鳴らす。すると、どこからともなく黒服の男が四人、やってきた。

「はっ? あ、あんた達何者よ!? 私をどこに連れて行くつもり!!」

その黒服になす術なく担がれるルナ。突然のことにパニくり、魔法を使う事を思いつかない。

「ルナさん。心配は無用です。彼らは我が家のシークレットサービスですよ。校門のところに止めてある馬車にエスコートするだけです」

「こら! なに勝手なこと言ってんのよ!? エスコートじゃなくて連行でしょ!?これは!」

ルナがじたばたと暴れるが、さすがに力では敵わない。

「この……!」

とっさに魔法を使おうとするが、

「や〜め〜て〜く〜れ〜!!!」

キースの情けない声に動きが止まる。

その隙、本当にあっというまに教室からルナとグレイの姿は消えていた。

「……これってさあ誘拐じゃないのかな?」

教室の隅で事態を見守っていたライルが疑問を口にする。

「……どうだろう? どう考えても相手が悪いと思うけど」

クリスが素直な感想を言う。まあ、誘拐というものは弱い者を狙うのが定石だ。その意味でまさにルナは最悪の相手といえた。

「確かにあんな黒服ごときにルナが止められるはずないと思う」

アレンの言葉は、まさにその通りだった。

 

 

 

 

 

 

「あんたねえ! もう少し常識というものを覚えなさい!!」

地面には黒こげになったシークレットサービス。グラウンドに出たところで我に返ったルナにきついお仕置きを喰らったのだ。

「はっはっは。なにをおっしゃる。僕たちの愛に常識などというものはなんの障害にもなりませんよ」

そんなことをまったく気にせずのたまうグレイ。ある意味、大物かもしれない(ただのバカだろうけど)。

「会話が繋がってないわ!!」

瞬間、ルナの右拳が繰り出される。捻りの入ったパンチは充分に世界を狙える威力だった。

「ぐはぁ!!?」

「ふん。二度と私に近付かないでよ」

どうやら腹のいいところにもらったらしい。そのまま崩れ落ちるグレイ。

「ちょ……っと待ってくだ…さい」

「なによ」

「実は……母が……ルナさんにプレゼントとかで……先日……オークションで競り落とした古文書を……」

グレイがしゃべれたのはそこまでだった。

「それって、あの勇者ルーファスが持ってたってやつ!!? このまえの王家主催のオークションで一億メルで競り落とされた!!?」

グレイの襟を恐ろしいまでの握力でひっつかみ、がくがくと振る。脳をいい感じにシェイクされたグレイは、今度こそ意識を手放した。

「そういうことなら行ってやろうじゃない!! ほらほら、そこの御者!! さっさと行く!」

グレイの馬車に乗り込み、ルナの行状を見て青ざめている御者をせかす。

御者は、恐怖を振り払うかのように馬を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさ、ライル、アレン」

クリスがグラウンドでの状況を窓から見守っているライルとアレンに話しかける。

「なに」

「なんだよ」

「実は一昨日、僕にこんなものが届いたんだけど」

カバンからクリスが取り出した封筒には……ハルフォード家主催のパーティーの招待状だった。

「おまけに、同伴者も3人までならOKだって」

忘れている人も多いだろうが、ライルは生活費のほとんど……と言うよりすべてを学園長であるジュディに貸してもらっている。当然、食費はなるべく抑えたいところだ。

アレンに関しては……いわずもがなである。

「ただで食べれるなら行かない手はないな」

「たまには思いっきり食ってみたかったところだ」

「「お、思いっきりって?」」

ライルとクリスのツッコミが空しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば……

「……それで、俺たちはどうなるんだろう?」

「さ、さあ?」

「体……動くか?」

「もうしばらくは無理っぽい」

「……なんか学生がとっても痛い視線を送ってくるぞ」

「気にするんじゃない。みんなあえて無視しているんだから」

今日、一番不幸なのはルナの魔法によって身動きもとれずグラウンドに倒れているこの黒服六人衆かもしれない。

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