まあ、例の魔法書をもらうためだから、我慢するけど……
「なによ、このひらひらのドレスは?」
「をを!? ルナさん、よくお似合いですよ!」
やたら敷地のでかいハルフォード家に通され、今夜のパーティ用に着替えさせられたのは……私には一生縁がないような、豪華な上にモロ少女趣味の一品だった。
第31話「ジェノサイドパーティー(後編)」
「……で、そのパーティーって何時から?」
「確か、7時からだったよ。そういやライル、君って正装持ってる?」
いったん寮の部屋に帰還して、準備を整えているライルとクリス。アレンは一度自宅に帰って後から合流する予定だ。
「そういや持ってないな……」
「はいはい。僕のを貸してあげるよ」
「……サイズは?」
「平気。間違って大きなやつ買っちゃったんだ」
クローゼットからタキシードを取り出すクリス。確かにこれはクリスには大きめであろう。
「じゃ、遠慮なく。……って、クリス、なんで化粧道具を取り出してるのかな?」
なにやら化粧やアクセサリーや女性用のドレスやらを取り出しているクリス。ライルは彼がなにをしたいのか大体見当は付いたが……。
「女装していくんだけど?」
「……それは、さすがにまずいんじゃあ?」
なんでも、今日のパーティーにはローラント王国の貴族が多数出席するらしい。一応、外交官も兼ねているクリスがそんな格好で出たら問題があるだろう。
「大丈夫だって。せいぜいどっかの貴族の娘だと思われるくらいさ。第一、こういうどうでもいいパーティーは大抵女装していくよ」
「……なんで」
「別にぃ〜?ただ、貴族連中って、女の格好だと警戒心をなくして色々話してくれるんだ。けっこう興味深い話とかも聞けるよ」
「あっそう……」
どうにも、クリスの思考はよくわからない。いつも思うんだが、本当に王子なんだろうか?
「一応、血縁上はそうなってるけど」
「……もしかして、僕久々に?」
「うん、声に出してた」
「……最近治ってきたと思ってたのになあ」
そんなこんなで、二人はパーティー会場のハルフォード家に向かった。
そのあと、アレンと合流してパーティー会場に入った三人。
「はー」
きらびやかなパーティーの様子に、ライルは落ち着かない様子だ。
(なにきょろきょろしてんのよ、マスター。恥ずかしい)
(うるさいな。こんなとこ初めてなんだから仕方ないだろ)
見渡す限り、上流階級の人間。そんな人達をみて、自分が場違いだと自覚する。
「そんなに緊張しない方がいいわよ。堂々としていれば、別に不自然じゃないですから」
クリスがにっこりと微笑みながらそんな忠告をする。
「……いや、それよりも、その女言葉を何とかして欲しいんだけど」
「まあ、どうしてですか?」
「キモイから」
「……む。それはないんじゃない?」
素のクリスに戻った。
「こんなかわいい女の子を侍らせておきながら、いったいどんな文句があるんだか」
「とりあえず、その女の子が実は男だってとこに文句があるかな」
「……ライルも言うようになったね」
「おかげさまで。……そうだ、なんか飲み物でも持ってこようか?」
「お願い。でも、さすがに食べる気は起きないね」
クリスが言うと、二人そろってある方向を見る。
そこには、パーティー用に用意された料理を片っ端から食べているアレンがいた。
なまじタダ飯だから、今日は遠慮なしらしい。あんな食べっぷりを見ていたら食欲もなくなると言うものだ。
いや、そもそも今まで遠慮していたというのがライルには信じられない。
「確かにね。ジュースでいいよね」
「うん」
そして、ライルは飲み物を取りに行った。
「こんばんは、お嬢さん。楽しんでいますか?」
途端に、クリスに話しかけてくるものが現れる。
営業用のスマイルを浮かべながら、声の主に振り返った。
「……げ」
見た瞬間にそんな声が出てしまった。
「ははは。お嬢さんのような美しい方に出席していただいて次期ハルフォード家当主として僕も鼻が高いですよ」
現れたのはご存じグレイ・ハルフォード。その隣にはルナの姿もあった。
向こうもクリスの姿を見て固まっている。
「おや、どうしました?」
「な、なんでもありませんわ」
固まっているクリスを見て、グレイが訝しげに尋ねるが、適当にあしらっておく。
「ちょうどいい。ルナさん。僕はこれから挨拶回りをしなければいけませんので、こちらの方とでも話していて頂けませんか? ちょうど年も近いようですし」
「……そうね。そうするわ」
「では、後ほど」
グレイはそう言って、いずこかへと去っていった。
「……なんであんたがいるのよ」
剣呑な視線でクリスに尋ねるルナ。
「別に。一応、僕のところにも招待状が来ていただけの話。まあ、おかげでいいものをみられたけど」
「……なによそれは」
「だって、ルナのドレス姿なんて。おまけにそんなフリルが満載の……」
シュッ!
「言葉には気をつけた方がいいわよ。まだ死にたくはないでしょ」
「……ゴメンナサイ」
いつの間にか、クリスの首筋にルナの手刀が添えられていた。
「あれ? ルナじゃないか。って、なにその格好」
タイミング悪く、ライルが帰ってくる。
「アンタも死にたいの?」
ルナの手の平がライルに向けられる。いつでも魔法が発射できる態勢だ。
「ゴメンナサイ……」
すぐさま降伏宣言。
一応、騒ぎを起こすのはマズイと思っているのか、ルナも案外あっさり退いた。
(ププ……ククク……)
ちなみに、シルフィは腹を抱えて必死で笑いをこらえている。
(おいおいシルフィ。そこまで笑うことないだろ)
(だって……だって……)
シルフィを窘めるように見るライル。そんなライルにルナが尋ねた。
「なにライル? どこ見て……」
そこまで言ってルナの顔がさーっと青くなる。
「も、もしかして、シルフィもそこにいるの?」
「う、うん一応」
そう言うと、ルナが崩れ落ちた。
「る、ルナさん……?」
「お、お終いだわ。よりにもよってそいつに知られるなんて……」
(ふふふ……♪ あとで思いっきり笑ってやるからね)
(頼むからそれ以上ルナを刺激しないでくれよ)
(だって、こんな面白いネタそうそうないもん。平気だよ。マスターには危害は及ばないようにするって)
だが、間違いなくとばっちりが来るのをライルは知っている。
「あれー!? ルナも来てたのか。それよりどうだここの飯はめっちゃうまいぞ」
追い打ちをかけるようにある程度満腹になったアレンが現れた。
一人で料理の八割を食ってしまった少年を、パーティー出席者は驚愕の目で見ている。
「それよりなんだ、その服は? はっきり言って似合ってないぞ」
あっさりと禁句をのたまうアレン。
「わっ! バカ!」
慌ててクリスがアレンの口を塞ぐが、もう遅い。
プチン
なにかが切れる音。
「み、みなさん!! 逃げてください!!」
これから起こることをリアルに想像したライルは避難勧告を出す。
しかし、そんなことを言われて対応できるものなど、一人もいなかった。
「『我が呼ぶは黒き闇の炎……』」
「ちょ、ちょっとルナ!? こんなとこでそれはヤバイって!!」
トランス状態になっているルナには、ライルの必死の言葉も届かない。
(あらら〜。さすがに、貴族達がそろってるここで魔法なんかぶっ放したら、良くて拘留。下手したら死刑もあるかもね〜)
(なに呑気なこと言ってんだ!?)
(わかったわよ。仕方ないわね〜。さすがにルナを犯罪者にしちゃうのは気が引けるし……)
そう言って、シルフィは上空に飛んでいく。
「『混沌に封じ込められし……』」
その間にもルナの詠唱は続いていた。小声なので、周囲には聞こえていないが、発動したら(多分、不思議と死者は出ないだろうが)大惨事になることは間違いない。
(やれやれ……世話が焼けるわね……。『すべてを照らすもの。その激しき閃光にて、彼の者の視界を奪え』)
詠唱を早々と完成させて、シルフィは発動のタイミングを待つ。
(ちょっと待てシルフィ!そんなコトするくらいなら、ちゃんと防げって!!)
上にいるシルフィに抗議するライルだったが、
(そんなコトしてたら間に合わないって)
あっさりとシルフィに一蹴された。
「『我が敵を悉く討ち滅ぼせ……』」
(くそぅ!)
だっ! と逃げ出すライル。
クリスもとっくに逃げ出している。ルナの詠唱に気付いていないアレンはそのままそこにいた。
そして、ほかの出席者達はまだアレンを呆然と見つめている。
「『カオティック・ボムズ……』」
ぼそっ……と力の言葉を唱えるルナ。同時に、天井近くでシルフィも魔法を発動させた。
(『スパークライト!』)
そして、パーティー会場は光に包まれた。……と、同時に、無数の爆発にも襲われた。
結局、ルナの『カオティック・ボムズ』はテロとして扱われた。
「いや〜はっはっは。まいったわね〜」
明るい笑顔で誤魔化そうとするルナ。その顔に一筋の汗が流れているのは気のせいではあるまい。
「はっはっはじゃないよ。あの後、大変だったんだよ」
ライルはルナの魔法を結界で防ぎ(離れたから出来たのだ。近くにいたら結界なんて突き破られた)、直後、『ウインドムーブ』を発動させ、ルナを人外のスピードでかっさらってハルフォード家から逃げ出した。
「まあ、私に感謝する事ね」
「なに偉そうに……」
と、言いつつもルナも今回ばかりはシルフィに強く出ることは出来ない。
あの瞬間、シルフィが放ったのは光精霊魔法の一種で、強い閃光によって目くらましをするためのものだ。ルナの魔法と同時に発動させることで、ルナが『カオティック・ボムズ』を使ったところを見られるのを防いだのだ。
「ちなみに軽傷者34名。重傷者2名。ちなみに、その重傷者の一人はグレイだよ」
クリスが淡々と説明する。
「もう一人の重傷者が俺って事を忘れんなよ……」
至近距離で喰らったくせに、生きているアレン。しかし、やはりちょっとやそっとの傷では済まなかった。
まあ、クリスの白魔法によって、なんとか明日の学校には行けそうだが。
「ゴメンって。……それにしても、あの魔法書の件がうやむやになっちゃったなあ」
「なによ、それは」
「あのルーファス・セイムリートが持ってたっていう魔法書。もともとそれが貰えるからってグレイに付き合ってやったの」
ルナは、惜しいことをした、と付け加えた。
「なんだ。それなら私に言えば貸してやったのに」
「へ? どーゆーこと、シルフィ?」
「だって、マスター……ああ、こっちはそのルーファス・セイムリートの方ね。で、そのマスターの魔法書ならほとんど精霊界で保管してあるわよ。別に貸すくらいなら問題ないけど」
「……あんた、それを早く言ってよね」
「だって、聞かれなかったし」
後日、ルナはシルフィに大量の魔法書を借りて、存分と研究をしたらしい。
……にしても、グレイは大丈夫なのだろうか?
「ルナさん、かむばぁ〜っく!」
……平気そうである。