ガイアの説明によると、この森は現在、精霊王たちが張った結界で括られているらしい。

「とりあえず、モンスターが外に出ないための処置だな。下手に外に出て、近隣の町とか襲われたら、人間側がすぐ来ることになるだろうし」

それは、悪いが迷惑だ、ということらしい。

この森の中央部に現出した魔界への穴。現在、不安定なそれは、下手に刺激すると完全に『繋がって』しまい、後始末が一苦労だそうだ。

「はーい、しつもーん」

話のスケールに圧倒されないルナは、あっさり手を上げて質問を飛ばす。

「はい、ルナ君」

それに乗って、ガイアもちょっと気取った口調でルナを指差した。

「その『穴』ってのができた原因は?」

「ふむ……」

いい質問だ、と頷いたガイアは、少し考えて、言葉を選ぶ。

「普通、異なる『界』同士が自然発生的に繋がることは滅多にない。例えば人間界と精霊界が、召喚とかの手順を踏まないで繋がることはまずあり得ない。だけど、人間界と魔界の場合、ちょっと事情が違うんだ」

ガイアは、講義をする教師そのままの口調で説明を始めた。くいっ、と眼鏡の位置を直す仕草が、異様にキマっている。

「人間界と魔界は、位置的――って言うと語弊があるか。存在している世界座標が殆ど接触しているんだよ。むか〜し、まだ魔界が魔族連中の支配下にあったころは、しょっちゅう繋がってたしな」

「んなの、初めて聞いたわよ?」

「そりゃそうだ。500年以上前の話だ。所謂、瘴気とか負の魔力とか、そういう風に言われる力がまだ魔界に満ちていた頃の話だ。そういう力があると、世界は不安定になる。で、世界の境界に穴が空いたりするわけだが……困ったことに、魔界に穴が空くと、それにほぼ接触している人間界と繋がっちまうんだ、これが」

困った困った、といいながら、その顔はそれほど困ったようには見えない。いつも余裕を持っているように見せるのは、ガイアのいつものポーズだ。

「今は、人間界側の境界を、魔界側の瘴気が侵食しつつある状態だ。今は、向こうの瘴気に影響されて、魔物が強力になっている、程度の影響だけどな。完全に繋がったら、先に言った通り、メチャクチャなことになる。で、お前らは邪魔なので、早めに帰りなさい、ってことだ」

ふう、と一つため息をつくと、ガイアは説明を終えた。

 

第168話「馬鹿二人」

 

「ふーん、でも結界とかでその瘴気を押し留めることはできないの?」

クリスが森に目を向けてそんな感想を漏らした。

「一応、その手の結界も張ってるわよ。でも、瘴気以外にも、向こう原産の魔物も来るのよ。ン百匹も来たら、どんな強力な結界張っても破られるわね」

シルフィが、苦々しそうに言う。ここに来るのを押しとどめていたあたり、彼女は彼女なりにライルたちのことを心配していたのだろう。あちらの魔物は、その量も質も人間界とは段違いに強力だ。

「でも、他のところで穴が空いたなんて話、聞いたことないけど……あ、皆さんが事前に防止しているんですか?」

ライルが、ふとした疑問を口にすると、精霊王たちは明らかに狼狽して、微妙に視線を逸らし始めた。

……嫌な予感がした。なにか、ろくでもない、それでいて下らない答えが返ってきそうな予感。何度も言うが、ライルのこの手の予感は外れたことがない。百発百中である。本当に百発以上来たことがあるので、文字通りである。

「あ〜、うん、そのー」

あたふたと手を遊ばせながら、シルフィが弁解しようとする。しかし、その反応にライルたちの不審の目は益々深まるばかり。

ふぅ、と一つため息をついたカオスが、一歩前に進み出た。

「500年前、最後の魔王との戦以降、魔界の管理は精霊界が行うことになったのだがな。我々は、基本的に『自然のままに』がモットーなので放っておいた結果……」

「瘴気が過剰に増えて、魔物も爆発的に繁殖。今、ちょっと洒落にならないモンスターワールドと化しちまったんだ」

まいったまいった、と説明を受け継いだガイアが言う。

ガクッ、とライルは肩を落とした。要するに、彼らが仕事をサボっていたから、人間界の方にとばっちりがきたわけである。無論、その背景には彼らなりの考えがあるのだが、被害を受ける方からすれば、仕事しろコノヤロウと一つ文句でも言わなければ気がすまない。

「だから、俺は、ルーファスの野郎が魔王を倒した後、魔界全土を燃やしちまおうっつったんだ」

「でも、フレイ? 魔物は、私たちにとっては悪だけど、ちゃんと生きているのよ。こちらに害するならともかく、魔界にいる分には、それを滅ぼすことはできないでしょう?」

「わーってるけどよ」

アクアリアスに窘められて、フレイはぶちぶち言いながらそっぽを向く。どちらかというと拗ねている子供に見えた。

しかし、一つの界全てを焦土に変えようとは、さすがにスケールが違う。と、ルナは見当違いなところで感心していたりした。

「ま、んなことしても、あの界はすぐ瘴気が発生するとこだから、すぐ魔物は発生してたわよ。だから、魔界なんて呼ばれるようになったんだし」

シルフィが、仕方ない、という風に言った。

どうにもこうにも、ライルたちにはついていけない話である。こういう話を聞くと、普段馬鹿をやっているシルフィですら、到底自分たちでは計りきれない存在だと否応なく納得させられる。

「じゃ、ま。とりあえずは、森ン中の魔物をブッ殺すか。作業できねぇしな」

フレイが嬉々として剣を取り出して、ブンブン振り回す。それは、それなりにサマにはなっていたが、正直、アレンのほうが腕は上のようだった。何百年と剣を振っている彼だが、悲しいかな、才能に恵まれていないのだった。

ライルたちは、森で火事を起こすわけにもいかないから、剣を使っている、程度に思っていたが。

「えー、っと。僕たちは、その……」

「マスターたちは、手伝いたいなら手伝ってくれてもいいけど、別に無理することないわよ。穴の近くに来られたら、ちょっとアレだし」

いつの間にか、人間サイズになったシルフィが、四肢に竜巻を纏わり付かせながら言った。

ムッ、と来たのはルナである。

これは、人間界で起こった事件である。自分のとこの火くらい、自分で消してみせる、というのが彼女の心境だった。

「ライルも言わなかったっけ? これは、私たちが引き受けた仕事よ。魔界の穴とやらは、依頼の内容に入ってないけど、魔物を退治すんならきっちりやらせてもらうわよ」

ねぇ!? とルナは振り向く。

バトルマニアなアレンは、やる気満々。クリスはやれやれ、とため息をつきながら杖を構えている。ライルだけは『別にやってくれる人がいるなら、それでもいいんじゃないかなぁ』と至極消極的かつ他人任せな態度だったが、ルナがそんなことに頓着するはずもない。

「でもなぁ……いや、あまり力を使いたくないから、手伝ってくれんならそりゃありがたいんだが」

頬をかきながら、ガイアが思い悩む。

決然とこちらを睨んでくるルナに、こりゃ失敗したな、と呟いた。

「ビビって手を引いてくれると思ったから話をしたんだが……こりゃ、意味なかったか」

「私たちがそんくらいでビビるわけないでしょ」

ルナは中指を立てながら、宣言し、

「そうだそうだ」

アレンは鷹揚に頷き、

「いや、ビビッてるけど、ここで引くのはどうかと思っただけ」

クリスはため息と共に、

「あのー、みんな? ちょっとは引き下がろうよ」

唯一、ライルだけがヘタレていた。ちょっとは男らしいところを見せてもらいたいものである。

「どっちでもいいけどよ、とっとと済ませねぇか? そいつらが来たところで、大して変わらないだろ。死なねぇ程度の腕はあるんだろうから、勝手にさせとけばいいさ」

戦闘前で気が立っているフレイが、苛立ちながら言った。その言葉に、ムッ、としたアレンが、前に出て剣を抜く。

「そんな程度の剣の腕で、偉そうに言うなよ」

「んだと?」

剣呑な雰囲気になる二人。アレンとしては、剣に覚えのあるやつに興味があるだけなのだが、ある人間に連戦連敗通算五桁に届く数負け続けているフレイは、この手の挑発にすぐムキになる。

「……いー度胸だ。叩きのめしてやりたいけど、んな無駄な力は使えねぇ。倒した魔物の数勝負でどうだ?」

「うん。わかりやすくていいな、それ。……でも、一つ問題がある」

「なんだよ」

「悪いが、ちゃんと数えられるかどうかわからんっ!」

「そ、そうか。当然だな。そのことを忘れていた」

数を数えながら戦えるほど、二人の脳容量は大きくはないのである。情けない話ではあるがっ!

「ちっ、じゃあ『なんとなく多そうな方の勝ち』でどうだ!?」

「それならわかりやすいっ!」

あまりといえばあまりの二人に、奇しくも彼らを除く全員が心を一つにした。『駄目だ、こいつら』

 

 

 

 

 

 

 

「だっ、かっ、らっ! シルフィたちに任せとけばいい、って、言った、んだ!」

くれぐれも、魔界への穴がある中央部には近付かないように、と厳命された上で、ライルたちは再び森に突入した。

今回は、アレンが『勝負の条件は対等にしないとな!』と一人で突貫していったので、実質三人での戦闘である。ルナも、一人で思う存分やりたかったようだが、詠唱や魔力を集中させる時間が必要な魔法使いである彼女は、前衛がいないと、危険が大きくなる。その辺の雑魚なら問題はないが、魔界からの瘴気の影響で強力になっている魔物相手だと、万全を期したほうが無難であった。

だが、大変なのはライルである。ただ一人で戦うのとは違い、後ろを守りながら戦うとなると自然と窮屈な闘いを強いられる。無論、ルナの魔法があることで助かる部分もあるのだが、一匹も後ろに逸らせないというのは、これはこれで別種のプレッシャーを感じていた。

「うっさいっ! 『エクスプローーーッジョン』! 文句を言うなら手を動かせ!」

ルナが、ライルの左方にいた魔物を吹き飛ばす。魔法を使いながらも罵声を飛ばせるのは、さすがというかなんというか。魔法とは、普通尋常ではない集中力が必要なのだが、これだから天然は恐ろしい、と同じく魔導士タイプのクリスは思った。

「わかってる、よっ!」

左方の空いた空間に身体を滑り込ませながら、ライルは剣を地面に突き刺す。

「『ストン・バースト!』」

剣から送り込まれた魔力が地中の石に作用する。弾け飛ぶように地面から飛び出した飛礫が、魔物たちを打ち据えた。

どうやら、動きながら地中の精霊に働きかけていたらしい。こっちも精霊魔法に関してはルナ以上の天然である。クリスは、自身が及ぶべくもない才能に、少し嫉妬した。

「ま、凡人は凡人らしく、ねっ」

まるで、身体の一部のように扱う杖の一撃が、ライルの逸らした魔物の一匹の脇腹を強打する。魔物が怯んだ隙に、素早く魔法の詠唱。

「『スプレッド・ボム』」

クリスの放った小さな爆撃が魔物を弾き飛ばし、ルナのより強大な魔法の範囲内に押し込める。

電撃で痙攣する魔物を横目に、クリスは流れるように次なる魔法の詠唱に入った。

クリスは、自分が凡人であることは充分に承知している。運動と、魔法と、同時に行うことはできない。だが、立ち回りによって、二人と遜色ない働きをしていた。

「そういや、アレンと、あの火の精霊王はどうしてんだろ」

剣一本で突っ込んでいった馬鹿二人を一瞬心配する。

しかし、次々に襲い掛かってくる魔物の群れに、すぐにその心配は吹き飛んだ。

……どーせ、殺しても死なないし。

 

 

 

 

 

「はっ、はっ、はっ……! テメェ、アレンだったな! お前は、何匹倒した!?」

肩で息をしながら、フレイがたまたま合流してしまったアレンに問いかける。

「俺か!? 俺は……沢山だ!」

「じゃあ俺は、もっと沢山だ!」

「じゃあってなんだ、じゃあって!」

二人は背中合わせに剣を構えている。周りには獅子のような割と大型の魔物が数十匹。空には同じく大型の、大鷲のような魔物が数十匹。

剣一本で相手をするには、ちと厳しい相手だった。

なにせ、剣で戦うとなると、必然的に距離は近距離。しかし、倒しても死体が消えるわけでもないので、次の行動が大幅に制限される。下手すれば、死体に潰される可能性もあった。囲まれていては、逃げるのも厳しい。

二人のこめかみを、汗が一筋流れた。

「ヨォ」

恐る恐る、周りの魔物を刺激しないようにアレンが声をかける。

「……なんだ?」

「とりあえず、この囲みを突破するまでは共闘しねぇ?」

若干、命の危険を感じていたフレイは、コクコクと頷くのだった。

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