「っちぃっ!」
ライルの剣が、ウッドウルフを両断する。
間髪入れず襲い掛かってきた二匹目を蹴り飛ばし、その背後から迫っていた三匹目に剣を叩き込む。
普通なら、これで二匹目も三匹目も終わりだ。
しかし、今相対しているウッドウルフは、二匹目は肋骨をへし折られながらも未だ体勢を整え襲い掛かって来て、三匹目は絶命しつつもライルの剣を牙でガッチリ咥えこんで放さない。
「『サラマンダーブレイズ!』」
二匹目を焼き尽くした。割と際どいタイミングだった。
「ってか、強すぎっ!
拘束されている剣を無理矢理引き抜いて、ライルは毒づく。
魔物が普通では考えられないほど強くなっている、という事前情報はあるにはあったが、まさかここまでとは思っていなかった。
ウッドウルフ程度、普段ならまず不覚を取ることなどないのだが、先ほどから何回か危うい場面があった。
「しかも、数も多くねぇか!?」
ライルと同じく前衛を務めているアレンが、悲鳴のように叫ぶ。
後ろでは、クリスをガードにつけたルナが魔法の詠唱に入っているが、クリスの辺りまで魔物が迫っている状況ではどうも集中できない様子だ。
「『フレア・コープス』」
クリスが、迫ってきたウッドウルフ二匹に牽制の火球をばら撒く。一つ一つはあまりダメージの見込めない小さなものだが、数十個もばら撒けば怯ませることくらいはできる。
その隙に、クリスは杖でウッドウルフの喉を打ち、一匹を倒し、
「どいっっってろー!」
詠唱を終えたルナの雷が、森の一角を舐め回し、残っていたウッドウルフ二十数匹を纏めて薙ぎ払った。
第167話「6−1」
「あのさぁ、ルナ。これはずっと前から言っている気がするんだけど、警告から魔法の発動まで、もう少し間を置いてくれないかな?」
ライルたちが魔物を退治するミッションを受けた森の外れ。魔物退治の拠点とすべく張ったベースキャンプで、ライルたちは昼食を取りながら、先ほどの戦闘の反省会を行っていた。
別に近くの町が襲われているわけでもないし、一気に終わらせる必要はない。数日、あるいはもっと時間をかけて、森の外周部から、少しずつ魔物を削っていこうとしているのだ。
「んなこと言ってもさぁ。詠唱終わったら、発動遅らせんのもけっこう大変なのよ? あの規模のだと特に」
あれだけの威力の魔法なら、そういう風に融通が利かないのもわからないではない。しかし、余波でダメージを受けたライルたちからすれば、もう少しなんとかならないかというのが本音だった。
「でも、マジで強いよな、連中。森から出てこねぇのが、唯一の救いっちゃあ救いだが」
一番前に出て、しかも突撃癖があるせいで割と傷だらけなアレンが、食事を平らげながら言った。まぁ、傷と言っても掠り傷程度だし、コイツの場合食えば回復するので、心配する必要はないだろう。
「それも結構不思議だよねぇ。森の中では、けっこう生存競争激しいっぽいけど、弱い個体がなんで森から追い出されたりしないんだろ」
森の方を向いて、首をかしげるクリス。こちらは、傷らしい傷はない。前衛の二人が気張ったのと、器用に立ち回ったお陰だろう。
「だからさぁ。面倒だから、森ごと焼いちゃえばいいじゃない、って言ったのよ」
「最初は、それはいくらなんでもって思ったけど、こうなってくるとけっこう現実味あるなぁ」
環境破壊、なにそれ? 的な事をあっけらかんと言ってのけるルナに、ライルも同意する。下手に焼き討ちなんぞをしたら、中にいる魔物が外に出て洒落にならない被害が出るから必死で止めたのだが、一向に森から出てこないところを見ると、もしかしたらうまくローストできるかもしれない。
「あっ! それ駄目それ駄目!」
とかなんとか物騒な事を相談していると、隅っこの方で誰とも目を合わせずにコソコソご飯を食べていたシルフィが慌てて飛び込んできた。
それを見て、全員が胡散臭いものを見るような目になった。
「う……な、なにか?」
ライルたちの視線を受けてたじろぐシルフィ。思いっきり不審者を見る目つきだ。流石の彼女でも、うろたえる。
「で、アンタはこの森に、どーゆー風に関わっているわけ?」
代表して、ルナが尋ねた。
……そうなのである。
この森に到着した時、シルフィはあからさまに顔を引きつらせ、ウゲェ!? などと鳥を絞め殺したような声を上げたのだった(ライル談)。
ここに来る前から不審な態度ではあったが、これでシルフィがこの森の異常に関わっていることは明白となった。だが、シルフィは追求から逃げ回るばかりで、話をしようとしない。
割と苦労している面々から見れば、フザケンナというところだろう。
「えっと、その〜。もういいから帰らない?」
あたふたと慌てながら、シルフィが提案した。
「あのなぁ。このミッションをクリアしないと俺ら卒業できないんだよ。留年はゴメンだぞ、俺は」
「で、でも命あってのものだねって言うじゃない」
「ふーん。つまり、命の危険があるわけだ」
クリスの指摘に、しまった、という顔になるシルフィだが、すぐに表情を取り繕う。
「や、やーねぇ。そりゃ、こんなに沢山の魔物がいれば、それは命の危険じゃない?」
「でも、無理さえしなければ大丈夫だよ。長くても、ニ、三週間もあれば、この森の魔物を退治するくらいはできる。シルフィも、わかってると思うけど」
やはり、魔物が森から出てこないというのが大きい。ヒットアンドアウェイでちくちく数を減らしていけば、殲滅はそう難しいことではない。
そう、なにか余程危険な要因でもない限り。例えば魔族とか百年単位の怨霊とかドラゴンとか。
「そ、それはー、そのー」
いよいよ追い詰められて、後退するシルフィ。そこへ、
「その辺にしといてやってくれないか。一応、そいつもお前らを心配して言ってるんだからな」
背後から声が聞こえた。
振り返ってみると、眼鏡をかけた長身の優男の姿。軽薄な笑みを浮かべながらも、人間とは明らかに違った超然とした雰囲気。
地の精霊王、ガイアだった。
「ってか、なんでコイツらがいるんだよ。めんどくせぇ」
「仕方がないでしょう。人間たちにとっては、ここの魔物は脅威に違いないんですから。まぁ、学生を派遣するのはどうかと思いますが」
更に、火の精霊王フレイ、水の精霊王アクアリアス。
「直接会うのは初めてだな。私は、闇の精霊を統べているカオス・ブラックフィールドという」
自己紹介しつつ穏やかな笑みを浮かべる、闇の精霊王さんが並んで立っていた。
「なぁんで、精霊界の重鎮が雁首揃えて来んのよ」
まったくと言っていいほど物怖じしないルナが、胡散臭そうにいきなり現れた面々を睨みつける。
「元気のいいお嬢さんだなぁ。ま、そんないきり立つなって」
代表するように、ガイアが一歩前に出てルナを抑えた。
「おい、ガイア。もういいから、こいつら黙らせてとっとと行こうぜ」
「お前もいきなり喧嘩腰になるなよ、フレイ。知らない仲じゃないんだし、少し話していこうぜ。どーせ、臨界まではまだ時間はある。あの穴はでかいからな」
どっか、とガイアはライルたちの円陣に入り込んで、どっか座り込んだ。アクアリアスとカオスは異論ないのか、ライルたちに会釈しながら同じように座った。
フレイも、文句を言いつつ、やって来る。
「まぁ、飯だ飯。分けてくれよ。俺たち、昼飯食ってないんだよね」
「精霊は、別にもの食わなくてもいいでしょうに」
ため息をつきながらも、ライルは残った食材を適当に配った。ライルたちもまだ食べ終わっていないので、自然、精霊王たちと食事を共にすることになった。
ふと、ライルは一人足りないことに気付いて、きょろきょろと見渡す。
「そう言えば、もう一人の……ええっと、光の精霊王の」
「ソフィアちゃんですか? あの子は留守番です。精霊界を留守にするわけにもいきませんし」
「へぇ」
「シルフィにも、出来ればあっちに詰めといてもらいたかったですけどね。マスターのお供をしているのでは、頼めませんし。……あ、おいしいですね、これ」
呑気に答えるアクアリアス。
周りを見ると、ルナはカオスを『こいつ只者じゃねぇ』と睨んでおり、アレンとフレイはいきなり顔を付き合わせていがみ合っており、クリスはガイアとなにやら難しそうな話をしている。
で、シルフィは一人『どうしよっかなー』と頭を悩ませていた。
すごいカオスっぷりである。もちろん、ここにいる某闇の精霊王さんとはまったく関係のない意味で。
「それで、本当にどうしてここに来たんです? やっぱ、あの森の異常と関係が?」
「まぁ、もちろんそれはそうなんだけどね」
アクアリアスは困った顔で、うーん、と悩んだ。
「まさか、またシルフィが仕事してなかったから、とか……」
「あ、そうじゃないの。今回“は”」
『は』を強調する辺り、きっと普段から苦労しているんだろうなぁ、とライルはしみじみ共感した。
「魔物を退治しに来たんだって?」
「ええ、まぁ」
「私たちの仕事は、魔物を滅ぼすことではないのだけど、多分結果的にそうなると思うから、気にせず今から帰ってもらってもいいんですよ?」
「い、いえ。でも、一応、僕らが受けた仕事ですし。学園長の懐に、もう報酬は入っているって話だし……」
ドギマギしながらも、ライルはなんとか受け答えする。
前々からなのだが、こういう大人の女性を相手するのは苦手だ。前にあったときもそうだった。もしかして、僕は年上好きなんだろうか、とライルは思い悩む。
実はただ単に、同年代や年下に、ロクな知り合いがいないのがそう思う原因なのだが、その辺りは指摘してあげないのが優しさかもしれない。
「一応、説明だけはしておいた方がいいだろうな。こいつらも納得できないだろ」
その会話を何気なく聞いていたガイアが、そう提案する。
「そうだな」
「勝手にしやがれ。俺には関係ねぇし」
カオスが頷き、フレイはライルとアクアリアスが親しそうに話していたことに拗ねたのか、ぷいっとそっぽを向く。
「まあ、食いながらでもいいから、聞いてくれ。実はだな……」
そして、ガイアはビッ、と森を指差し、
「あの森にな、魔界への穴が開きつつある。もし開いたら、向こうの瘴気にこっちが侵されて……そうだな、付近数十キロは、死の大地になるだろ」
とんでもないことを、あっさり暴露するのだった。