「と、いうわけだから、全員、案出しなさい」
次の日のロングホームルーム。クラスの出し物を決める場で、ライルに全ての説明を任せた後、ルナは端的にそう言い放った。
普通なら、こういう場合、意見をほいほい出せるものではないが……この前のルナの演説から、なんか変なテンションのクラスメイトたちは、我先にと手を上げ、好き勝手な事を言いまくる。
「タコ焼き!」「焼きそば!」「かき氷!」「食いモンはいい、お化け屋敷だ!」「巨大迷路作ろうぜっ!」「いやいや、ゲームコーナー作っちまおう。みんな楽しめる」「もっと目端を変えて、コスプレ喫茶とかは?」「いやっ! あえてメイドに絞ってメイド喫茶だ! 『ご主人様』って呼ばれてみたい」「男子キモーい!」「ひでぇっ!?」
本当に好き勝手に言っている。
ライルはそれらを黒板に全て書き留めていった。
この中のどれが選ばれようと、ライル的にはオッケーなのである。真に恐ろしいのはルナだけだ……といささか歪んだ目でもって見ているのだから、例えメイド喫茶が実現しようと上々の結果と言うわけだ。
真面目な彼は、こっそり『ヴァルハラ学園の成り立ちと歴史の発表』というクソ面白くもない意見を勝手に書き加えているが。
「はいはいはい、うるさいから、少し落ち着きなさい」
ぱんぱんとルナが手を叩いて、クラスメイトたちを鎮める。
そして、黒板に書かれた全ての意見をざっと眺めた。
「どうする? ルナ。やっぱり、多数決かな」
「いらないわよ、あんな数の暴力」
「いらないって、じゃあどうする……」
ライルの疑問に答えることもなく、ルナはクラスメイトらの方に振り返った。
その横顔は、なにやらこれから悪戯を仕掛ける悪ガキのようであった。
第156話「出し物」
「えー、いっぱい意見出してくれてありがとう。私としても、やりやすいわ」
ゆっくりと、教壇の上でみんなを眺めながらルナは喋り始めた。
「私は、最初、実行委員になった時、誓ったわよね。今回の文化祭を最高に盛り上げてやるって。それが、きっとこの学園のためになると思うし、引いては三年間お世話になった学園に対する礼にも生ると思っているわ」
もう少し、違った形のお礼のほうが、学園側も喜ぶんじゃないかなぁ、とライルは思った。
だというのに、クラスメイトたちは神妙に聞き入っている。ええい、なぜ洗脳されるのか。
「と、いうわけで」
身を横に引き、全員に黒板が見えるようにする。
ずらずらと並んでいるのは、二十近くあるクラスの意見。スタンダードな食べ物屋に加え、ちょっと趣味に走りすぎた出し物が多数列挙してあり、場違いに『ヴァルハラ学園の成り立ちと歴史の発表』が付け加えられている。
「全部やるわよ」
一言。
しーん、と教室内が沈黙に包まれた。
「へ?」
いち早く立ち直ったライルが、たった一文字で疑念を表す。
「全部よ、全部。まぁ傾向が重複する出し物もあるし、そこらへんはうまく運営するべきだろうけど……全部やるわよ。例外なく」
「ちょ、待ってルナ」
「あによ?」
水を差されて怒ったのか、少し不機嫌な顔になってるルナがライルの方を見る。
「えーと、全部、って、全部?」
リストを上から下まで指で指し示したライルは、違うと言ってくれ、と切実に訴えながら問い質した。
「もちろん」
頷くルナからは、一片の躊躇いもない。絶対にやり遂げる、という不屈の闘志がその瞳には宿っている。しかし、時には膝を屈することも、人生をうまくやっていくためには必要だと思うのだが、どうか。
「よ、予算は?」
「昼休み、学園長に言ったら、好きにやんなさいって」
「じゃ、じゃあ場所は? 一クラスが使えるスペースは教室と、あと申請すれば時間交代制で体育館、だけなんだけど」
例えば、場所を取りそうな喫茶店と迷路の両立とかは絶対無理だ。
「どうとでもなるわよ。意外と使ってない場所ってあるしね。屋上とか」
「お、屋上は危険だし、準備中に雨が降ったりしたら大変じゃない?」
「んなもん、魔法でちょちょいとね。結界でも張ればいいんじゃない?」
手ごわい。
だがしかし、そんな馬鹿げたことは絶対に無理だ。ライルは切り札を切る。
「だ、大体。時間が圧倒的に足りないじゃないか。一つやるだけでも、クラスのみんなが頑張ってなんとか、って感じなんだよ?」
「へぇ、そうなの、あんたたち?」
ルナが、クラスの全員に視線を移す。
そこで、やっとルナの爆弾発言に固まっていた生徒たちは目を覚ました。
「できないの?」
そして、再度ルナが尋ねる。彼らを挑発するように。
「できるに決まっている!」
そして、名も無い学生の一人が反射的に立ち上がった。後に、『言ってから「しまった」と思った』と彼は後に述懐しているが、仕方がない。
『できないの?』と聞かれたら、脊髄反射的に『できる!』と答えてしまう人種というのは、どうしようもなく存在するのだ。
そして、このクラスにはそんな人種が意外と多かったらしい。
その一人を皮切りに、どんどん名乗り出ていく。
「俺達にできないわけがない! そうだろうみんなっ」
「ああ、やってやろうぜ!」
気炎を上げる男子たち。女子たちも、次々に賛同していく。
「なかなか、面白そうじゃない」
「ええ、目標は高ければ高いほど、達成した時もまた大きいのよ」
高ければ高いほど、達成できる可能性は低くなると思うんだけど……というライルの気弱な意見は封殺された。
もはや、クラスの熱狂は留まる事を知らない。誰もが『なんか、ちょっと違うんじゃないか』と思いつつも、回りに引き摺られて、やるしかない状態になってしまっている。
恐るべきは、ルナのわけのわからない呪詛めいたカリスマだ。世が世なら、独裁者にでもなっていたかもしれない。
「決まりね。ライル、生徒会に提出するプリントには、そう書いておいて」
「か、書くの?」
「ああ、そうね。アンタばかりに仕事押し付けるのもなんだし、私が書いとくわ」
「いや、僕が言いたいのはそうじゃなくて……」
ぽん、と肩を叩かれる。
振り返ると、クリスが首を横に振っていた。
『無駄だよ』と、その目は語っていた。
ライルもがっくりうなだれる。そう、例えライルがどう抗議しても、この流れは変えられそうに無い。なにせ、ルナだけでも厄介なのに、クラスメイトまでもがそれを助長しているのだから、どうしようもない。
ちなみにアレンは『色んなモンが食えるー』と他のみんなと一緒になって盛り上がっていた。
「……はい、これ。うちのクラスの、提案書」
生徒会長であるハルカは、文化祭の出し物候補を提出しに来たライルの憔悴した顔を不思議に思いながらも、差し出されたプリントを受け取った。
で、見た瞬間、固まった。
「えーと、なんですかこれ?」
「だから、それが、うちのクラスが、やる予定の、出し物」
わざわざ一文字一文字区切って言う。
心底すまなそうにして飼い主に叱られないかと不安に思っている子犬のような目が、どことなく憐憫と母性を呼び起こしたがそれはさておき、
「えっと、なんか枠からはみ出ているように見えるんですけど」
「ごめん。なるべく小さく書いたつもりなんだけど、なにせ多いから」
「この、『メイドがメインのコスプレ喫茶』というのは?」
「下に書いてある通り」
下に説明を書き込む欄があるのだが、『たこ焼きと焼きそばとお好み焼きとたい焼きとカキ氷とわたあめとリンゴあめと各種ケーキと紅茶を出すメイドがいっぱいだけど猫耳とかセーラー服もいるコスプレ喫茶のようなもの』と書いてあり、趣旨がまるでわからない。一応、飲食店らしいということはわかるのだが、生憎ハルカはコスプレなる趣味が存在する事を知らなかった。
「えーと、じゃあ二つ目の『巨大お化け迷路ゲーム屋敷』というのは?」
「同じく、下に書いてある通り」
ちなみに『巨大な迷路となっている各種ゲームをクリアして始めて道が開かれる新感覚のお化け屋敷。ゲームの高得点者には賞品(クラスのみんなの不要品持ち寄り)を提供』と書いてある。
「三つ目の『マジックミュージカルサーカス』っていうのも、わかりそうでわからないんですけど」
「以下同文」
『音楽と演劇とサーカスと手品を組み合わせた世界でも前代未聞のステージショー』と書いてあるが、永遠に前代未聞のままでも良いと思う。
「で、最後の『ヴァルハラ学園の成り立ちと歴史の発表』だけやけに浮いているんですが」
「うちのクラス、最後の良心と思って。提案したのは僕だけど」
「……で、全部やる気ですか?」
「どうも、僕以外の連中はそのつもりらしいね。もう、全員動き出してる」
例えば、喫茶組は料理の練習をしたり食料・衣装の調達をしたり。屋敷組は、内部の構成を考え始め、MMS(マジックミュージカルサーカス)組は脚本の作成とネタの仕込み。唯一、歴史組はライルの担当なので、なにもしていないが。
「先輩……申し訳ないんですけど、これはちょっと」
「そうだよね。やー、残念残念。それじゃあ、ハルカさん。これは却下ってことでいいよね?」
「え? ライル先輩……?」
「さて、じゃあとっとと帰って代案を考えないと」
あまりにあっさりしたライルの態度に、ハルカは止めようとした。
「面白そうじゃない」
と、そこでいきなり第三者の声が割って入る。
「ジュディさん……」
「学園長?」
その突然の訪問者に、ライルは脱力し、ハルカはきょとんとなる。
しまった、この人が出てくる前に決着をつけなくてはいけなかったのに。
「ええ、この学園の学園長ジュディ・ロピカーナよ。忘れている人は、すぐに思い出しなさい。ええい、登場するの何時以来かしら? 読み返すのも面倒くさいわね、もう」
「しょっぱなから全開ですね……」
必死で×マークが描かれた看板を掲げながら、ライルが突っ込みを入れる。
「とにかく、ハルカさん? ライルくんのクラスの出し物については、私が全責任を持って承認します。予算その他は、心配なく。どうとでも捻出できますから」
「ちょっと待ってください! それでは他のクラスに示しが……」
「大丈夫よ。他の生徒たちも、なんだかんだで面白ければいいんだから。ライルくんのクラスには、ルナさんとか面白い人材が揃っているからね。きっと、文化祭を盛り上げてくれるでしょう。なんか躍起になってるみたいだし」
ジュディが、品良く見えてその実どこまでも胡散臭い笑みを浮かべる。
「そ、そんな……そんな不正が、許されるはずがありません」
「真面目っ娘ねぇ。まあ、好きだけどね、あなたみたいな子は」
弄りがいがあって、と小さく付け加えた言葉を、ライルのやたら高性能な耳はしっかりと聞き届けていた。
「でもね、ハルカさん。文化祭は、建前はともかく、やっぱり学生にとっては楽しいお祭りなの。面白くするためなら、多少こういうことがあってもいいんじゃないかしら? あまり杓子定規にやっていたら、誰も付いてこなくなってしまうわよ」
平時でも『こういうこと』を繰り返している人がよく言う、とライルが思ったかどうかは定かではない。
とりあえず重要なのは、その言葉のどこにハルカの心の琴線に触れるものがあったのかはわからないが、新米生徒会長が学園長の言葉に感銘を受けてしまったことだ。
「学園長は、生徒の事を考えているんですね……」
ヤバイ、と一瞬で確信したライルは思わず叫んでいた。
「ですね……じゃないよ! 目を、目を覚ますんだハルカさん! 君だって、ジュディさんの理不尽な生徒いじめは体験したことあるだろう!?」
「いえ、きっとあれも生徒を鍛えようと言うジュディ学園長の深い思いやりなんです」
「好意的に解釈しすぎ! ジュディさんっ、催眠術かなんか使いましたね!?」
ぶわっ、とまるで瞬間移動のようなスピードで、ニコニコ変わらない笑みを浮かべている学園長に詰め寄る。
「やぁねぇ。ライルくんってば、人聞きの悪い。していませんよ」
「信用できない!」
「まぁ、悲しい。生徒に信用されないなんて、私、教師として失格なのかしら?」
当たり前だっ! とライルが言う前に、ジュディはころっと『まぁ、別にそれはどうでもいいとして』と継いだ。どうでもよくはないだろう、どうでもよくは。
「じゃ、文化祭の出し物、楽しみにしているから、頑張ってね」
「は、え?」
そういえば、そんな話だったなぁ、とライルが思い出すのと、ジュディが鮮やかなステップで身を翻すのがほぼ同時。
抗議しようとしたら、すでに生徒会室からジュディは消え去っていた。まさに神出鬼没。幽霊のような人である。
「あれ? これって、結局……」
「ライル先輩、頑張ってくださいね」
無邪気なハルカの笑顔。荒んだライルの心は著しく癒されるが、しかし、
「結局、これやることに、なっちゃったのか、な?」
おかしい、とライルは思う。
当初の予定では、とっととハルカからダメ出しを貰って、学園長が出張る前にクラスに戻って再考を促すつもりだったのに、何時の間にこうなったのか。しかも、ハルカまでもが学園長シンパになるし。
これから、準備におおわらわになることを思い、ライルはガクリと膝を屈するのだった。