さて、文化祭実行委員に選ばれた……というより、ルナに無理矢理ならされたライルは、次の日の放課後、実行委員会議とか言う名目で、会議室に集まらされていた。

隣には、もう一人の実行委員であるルナがふんぞり返っている。

他のクラスの実行委員の方々はいつも学園で騒動を起こすルナ(とついでにライル)に『なんでコイツらがいるんだ』と懐疑的な視線を送ってくるが、ライル本人にすらその理由はわからないので、答えることは出来ない。

議長席には、つい先日生徒会長に見事選ばれたハルカが目を白黒させている。ライルは、彼女に軽く会釈をして、挨拶と謝意を示す。

ホントごめん。マジでゴメン。

前、ルナが彼女の応援演説をしたが、もしや現生徒会がルナの傀儡政権とかゆーとんでもない噂が流れたりしないだろうな、と危惧していると、気を取り直したハルカが、集まった面々を見渡し、

「では、これより、第四百二十三回ヴァルハラ学園文化祭実行委員会会議を始めたいと思います」

会議の始まりを宣言した。

無駄に歴史の長い学校だ、とライルは思った。

 

第155話「会議」

 

最初のお決まりの自己紹介が終わり(案の定、ルナのところで周囲はざわめいた。代理であってくれ、と思っていたのだろうとライルは勝手に推測している)、文化祭の概要やら何やらが終わったところで、生徒会の人間が一枚のプリントを各クラスに配った。

「はい、クラス内で話し合って、出し物を決め、そのプリントに書いて提出してくださいね。期限は一週間。でも、あまりに似通ったものだと、調整をお願いすることもあるかもしれません」

配り終わってから、ハルカが説明をする。

なるほど、プリントには上部に『○年○組』と書く欄があり、その下には出し物名とその説明を書く欄がある。

例えばクラス名:二年B組。出し物:焼きそば屋。説明:焼きそばを焼きまくります! といった感じだろうか。ああ、でも飲食系は確かにいいかもしれない。定番だし、夏休みに屋台やったし。

ぼけーっとそんなことを考えていると、隣でルナが手を上げていた。

「はーい、質問―」

「は、はい。なんでしょうか、ルナ先輩……」

ハルカが少しおどおどしながら当てる。

「あのさぁ、この出し物って、どんなものでもいいの?」

「え? ど、どんなものでも、とは?」

「だから、制限とかはあるのかな、って聞いてるんだけど」

一体、なにをする気だお前。

会議室にいる人間の心が一つになった気がした。

「え、えーと。一応、公序良俗に反しなくて、クラスの予算内で出来ることなら――もちろん、生徒会及び先生方のチェックはあるんですけど」

「なるほど。要するに、なんでもいいわけね」

「あ、いえですから、公序良俗と予算がですね」

「大丈夫。私、学園長とマブダチだから」

それがどうした、と言い切れるものではない。

このヴァルハラ学園学園長ジュディ・ロピカーナという人物は、最近は表立って嫌がらせをすることは少ないが、生徒で遊ぶことが趣味などと公言している教師としてそれどーよ的な人物であり……職権を乱用する事を屁とも思っていない。

彼女が、『面白い!』と太鼓判を押したら、ルナがどんなトンデモナイ企画を出そうがあっさりオーケーしかねない。

ハルカが泣きそうな顔になる。生徒会長としての初仕事が、もしかしてとんでもない暗黒史になるのでは、と危惧しているのだ。

そんな彼女と目が合ったライルは、縋るような視線を向けられた。

無垢な信頼がこめられた瞳から目を逸らすことも、受け入れることも出来ず、なんとも苦い顔になる。ふと周りを見ると、同じような目がライルに集中していた。

「……僕にどうしろってんだ」

小さい声で愚痴る。

自分程度では、防波堤になり得ないこと位、学園中が知っているだろうに。

「また……一波乱ありそうだな」

がくりと肩を落としつつ、独りごちる。その台詞に、隣に座っているルナは、なにを言っているんだコイツはという顔になって、

「波乱は『ある』んじゃなくて、『起こす』もんよ」

起こすなよ。

 

 

 

 

 

 

 

会議が終わった後、ライルは善後策を協議するために、クリスとアレンを寮の自室に招集して、顔を突き合わせていた。

特別顧問として、シルフィも列席している。

「……なんで俺らが呼ばれなきゃならんのだ? とっとと帰らなきゃ、フィレアにドツき倒されるんだが」

「フィレア先輩の拳くらい、可愛いもんじゃないか。僕たちが、文化祭で被るであろう迷惑を考えれば、そんなものいちゃついているのと変わらないよ」

「お前、いっぺんでもアイツに殴られてみろ。一瞬でそんな考えは吹っ飛ぶぞ。んで、物理的にも吹っ飛ぶ」

憮然としつつも、立ち上がらないアレンはやはり友情に厚い男らしい。信じていたぞ、とライルは訳知り顔でうむうむと頷く。フィレアに関しては本当に悪いとしか言いようがないが、大人しく殴られて欲しいところである。

「でも、協議って、なにを協議すればいいのさ? はっきり言うけど、ルナの考えなんて読めないよ」

「……クラスのみんなを炊きつけた責任くらい取ろうよ」

「生憎、僕のせいじゃない。遅かれ早かれ、ルナはみんなを盛り上げてたよ。妙なカリスマがあるからねぇ」

クラスで真っ先にルナの文化祭実行委員入りを推したクリスは、そ知らぬ顔で言ってのける。

ええい、頼りにならんっ! とライルはシルフィに目を向けた。

「シルフィ! 会議をこそこそ隠れながら聞いていたお前ならわかるよな? 今回のルナは、絶対ヤバイって!」

「まぁ、なにをしでかすつもりなのか、読めないところはあるわねぇ。あと、こそこそって言わないで。姿消してるだけなんだから」

「? 会議で、なんかあったのか?」

傍聴していなかったアレンが不思議そうに聞いてきた。

「あったというか……なんというか」

説明しろといわれても困るが、なんとかライルはその時の状況を説明した。

「まるで、法律の網を潜り抜けようとする詐欺師みたいだね」

「的確な意見ありがとうクリス」

「はぁ〜、俺としては、ルナがいちいち決まり事を確認しようとすること事態が驚きだが」

「そうだね。その辺りにも、今回のルナの本気を感じる」

「……や、私は極当たり前のことだと思うんだけど」

本当に恐れてんだなぁ、などとシルフィは男三人の話し合いをどこか遠くの出来事のように観察する。

シルフィは、別にそれほどルナのする事に対して危機感を抱いてはいない。どうせ、シルフィにまで飛び火することはないし、見ている分には面白い見世物だし。大体、ルナの魔法だって、死んだり後に引く怪我をしないようにしてある。そのうち『ツッコミ魔法』とかゆージャンルを築き上げそうで、それはそれで面白い。

まぁ、その被害を受ける三人からすれば、あまりよろしい事態ではないだろうが。

「しかし、公序良俗かぁ。こういう、学校での『公序良俗に反しない範囲』って意外と狭いものなんだけど」

「でも、今回に限っては限りなく広いよ。なんせ、GOサイン出すかどうかはジュディさんがほぼ決めちゃうんだから」

なんだかんだで学園長。生徒会や他の教師たちがどれだけダメ出ししようとも、可にできる権限を持っている。普通なら、そんなことをすれば総スカンを食らいそうだが、生憎とジュディという学園長はただの学園長ではない上にそんなことをしても『ああ、またか』で済まされてしまう。

「学園長……って、あぁなんだ? あのおばさん、まだ学園長だったのか?」

何気ないアレンの感想。

それに、ライルとクリスはひぇぇぇ!! と部屋の隅にまで引いた。

「な、なんだ?」

二人の過剰な反応に、言ったアレンのほうもビビる。

「あ、アレン。よくあの人をおば○ん呼ばわりできるね」

「ある意味、尊敬するよ。絶対、そうなりたくはないけど」

二人は口々に、勇者を讃える(?)。

「そうか? 最近、ずっと登場していなかったから、どういう人かさっぱり忘れてた」

「ま、また危険かつメタな発言を……」

ライルは、さりげなく索敵する。ジュディという人物は、こういう悪口は千里の彼方からでも聞きつけて、お仕置きのためテレポートしそうな……そういう人物だ。慎重になるに越したことはない。なにせ、この場にいるというだけで、何も言っていないライルもお仕置きの対象になりそうなのだ。

「そっ、それより、今はルナだルナ。あれがまた、なに考えているんだか……ヴァルハラ学園が丸ごと崩壊するようなこと、考えていなければいいけど」

「いやぁ、学校のために、って言っているんだから、それはないでしょ?」

「クリスは甘い。そんなだから、安易にルナに賛成したりするんだ。……いいかい? 改めて言うまでもないと思うけど、ルナが行動する=破壊って相場は決まってるんだ」

「また、極端な意見だね……本人が聞いたら、ぶっ飛ばされるだけじゃ済まないよ?」

クリスは常々、ライルはルナを過剰に恐れすぎている、と思っている。まぁ、全く根拠のない話ではないのだが、もう少し信用してあげても良いと思うんだけどなぁ、と感想を持っているのだ。

「てゆーかさぁ、ずっと思ってたんだけど」

沈黙を保っていたシルフィが口を開いた。ライルはすぐさま居住まいを正して、シルフィを注視する。

「聞こうか、シルフィ。それが、現状を打破する意見なら、とても嬉しい」

「いや、そうじゃなくて。マスターは、アレンとかクリス集めて、ルナが何するか当てようとしてるけどさ……わかったとして、マスターたちに止められんの? もしくは、自分にかかる被害を小さく出来るとでも思ってるの?」

ピシリ、とライルにひび割れが入る。

「私は、どう足掻いても無理だと思うけどなぁ。なんていうか、運命的に。いつも通り、流れに任せていくのが一番だと私は思うけど? まぁ、マスターがどうしても足掻きたいなら止めやしないけど」

止めを刺される。

確かに、ライルにルナの計画の全容がわかったとしても、絶対に止めることは不可能だ。

だが、

「ま、まだだっ!」

ぐぐぐ、と立ち上がるライル。まだ、諦めない。半ば意地になっているようだ。本人は気付いていないが、今回ここまで頑張る姿勢を見せているのは、実行委員会議でハルカを含む全員に頼りにされたことと無関係ではないだろう。

「考えてみれば、出し物はクラスのみんなで決めるんだ! そこで、ルナの思惑を打ち砕いて見せる!」

雄雄しく立ち上がる。

「まぁ、考えるまでもなくそうなんだけどね」

「クラスの連中、みんなルナ賛成派じゃなかったか?」

「なんとか、無難な出し物でやりすごすっ。二人は協力してよね!」

やってやるぞー、と腕を振り上げるライル。

独り勝手に白熱するライルを、処置なしと残りの三人は顔を見合わせるのだった。

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