学園長の強烈なプッシュによって承認されたライルのクラスの出し物は、怒涛のようなスケジュールで準備を進めていた。
なにせ、一つするだけでも膨大な時間がかかるであろう節操の無い出し物が三つもある。ライル主導のヴァルハラ学園の歴史発表など、オマケもオマケ。お子様ランチに付いてくる旗程度の存在意義しかない。
当然のように、ライルは別の出し物の準備を手伝わされるハメになっていた。手伝う、というよりは実行委員としての監督役だが。
「焼きそばはこんなかんじでいいかな? つぎ、カキ氷ね」
学園から貸し出されている鉄板やらなにやらを用いて、喫茶で出す予定の食べ物を試作していく。種類が多いのでそれぞれの担当を決めなければならないのだが、料理は得意な人もいれば苦手な人もいる。とりあえず、喫茶組で役割分担をするため、オールマイティに料理をこなせるライルが実演をしているのだ。
ちなみに、男のみ。女子はきゃいきゃい言いながら、持ち込んだ服のカタログ(なんか、やたらかわいらしい服が多く紹介されている)を見て衣装を選んでいる。
(……はぁ)
たこ焼きをひっくり返しながら、次はなにをしようかと頭を悩ませるライルだった。
第157話「準備」
「……で、クリスはなにしているわけ?」
とりあえず一通りの実演を終了して、あとは勝手に分担決めてーと丸投げし、喫茶部門衣装組の様子を身に来たライルは、女子に混じって楽しげに衣装を眺めているクリスをジト目で見やった。
「いやぁ、僕も調理組に行こうかと思ったんだけどね。みんなから、ウェイトレスやって、って言われちゃってさ〜」
ねぇ、みんな? そうだよー!
頭が痛くなってきた。
「クリス、君は男だよね?」
「まごうことなき。証拠でも見せようか?」
その発言に、女子が黄色い声を上げるが、ライルはきっぱりと無視する。禁断の愛とか、そーゆー単語が聞こえるが、聞こえていない振り。
「男がウェイトレスって、どう考えてもおかしいよね?」
「バレなければ大丈夫さ」
「いや、バレる……ことはないかもしれないけどっ! 嫌だ! とか、僕は男だっ! とかそういう気持ちはないの!?」
「ないねぇ」
プライベートでは普段から結構女装はしているのだ。クリスにとっては、今更忌避するべきことではない。
まぁ、同性愛者というわけではないので、ナンパとかされたら話は別だが……まさか、学園祭の喫茶店で店員をナンパする馬鹿もいないだろう。いたとしても、速攻でノす腹積もりではあるが。
「そんなに気にしなくても、仮装行列の延長みたいなモンさ。お祭りなんだから、気にしない」
「……わかったよ。後で後悔しても、知らないからね」
「? なんの話さ」
「教えない。……で、いい加減、衣装は決まった?」
ウェイトレス役の女子の半数に向かって尋ねる。残りの半数はメイドの衣装の予定だ。これは、ローラント王国で正式採用されている侍女服を流用することで話は決まっている。
残りの半数は、それぞれ好きな衣装を選ぶことになっていた。
「えーとね、私はこれー」
「あ、あたしはこれね」
「うーん……ライルくん、もうちょっと待ってー」
何人かが自分の希望を伝えてくるが、半数くらいはまだ決まっていない様子だ。
でも、それでは困る。ウェイトレス役のほとんどは、『巨大お化け迷路ゲーム屋敷』や『マジックミュージカルサーカス』での作業も兼任しているのだ。とっととここを決めて、そちらに戻ってもらわないと非常に困る。
「とりあえず、決まった人だけ衣装とサイズ僕に教えて他のとこに行って。決まってない人は、なるべく急ぐこと」
そう言うと、女子から非難の声が巻き起こった。
「ちょっと、ライルくん!?」
「は、はい?」
凄まれると、自然に腰が低くなるのは、既に条件反射の域に達しているらしい。
「な、なんでございましょうか?」
「女子のサイズをそんなに軽々しく聞かないでくれる?」
なるほど、とライルは得心する。
確かに、男性に軽々しく自分のサイズを教えるのは、女子には抵抗があるだろう。しかし、衣装を街内の服屋に一括注文する関係上、サイズを把握しておく事は必要不可欠だ。
「は、話は分かるけど、こっちにも都合が……いえ、なんでもありまっせん!」
ギロリと睨まれて、即座に撤回する。
やれやれ、とクリスが呆れているのが見えた。くそう、フォローしてくれよ、と縋るような視線を送るが、無視される。
「わ、わかった。とりあえず、希望の衣装とサイズ紙にでも書いて、ルナに渡してくれたらいいから。今日中にお願い……じゃあ、僕はこれでー!」
全速力で逃げ去る。
なにやってんだか、とクリスは肩を竦めていた。
屋上に設置する予定の『巨大お化け迷路ゲーム屋敷』を身に来た。まだ設計図すら上がっていない状態なので、制作担当の男子が顔を付き合わせてあーでもないこーでもないと言い争っている。
「アレン、どんな感じ?」
とりあえず、知った顔に声をかける。
「ああ、だいぶ決まってきたぜ。ゲームとお化け屋敷部分の連携を考えるのが大変だが……」
「そりゃ、まぁね」
なにせ『巨大な迷路となっている各種ゲームをクリアして始めて道が開かれる新感覚のお化け屋敷』なのである。わけがわからない。
ていうか、ゲームコーナーとお化け屋敷と迷路を合わせるという発想がまずグダグダなのだ。
ライルは設計図をざっと流し読みする。迷路としてはかなり単純な作りだが、このスケールで(お化け屋敷だけに)暗いとなればそこそこの物が作れるだろう。ゲームを関門として用意しているし、まっとうに楽しめそうだ。
かなりの量の木材やその他材料が必要だから、早めに見積もりを出してもらって発注しなければならない。その旨を伝えて、ライルは次のマジックミュージカルサーカスに向かおうとする。
「あ、っと。ところで、ゲームってどんなのを考えてるの?」
立ち上がったところで不意に疑問に思って尋ねた。そこら辺は担当者の裁量に任せてあるので、どうなっているかはライルも知らない。あまりに凝ったものにすると、時間がかかりそうだ。
「ああ、大食い競争だ」
「……はい?」
「あと、軍人将棋」
「逆立ち何秒出来るか」
「○×ゲーム」
「ボーリング」
次々とイイ笑顔でゲームを言っていく男子にライルは混乱する。
どうも、ライルの想定していた『ゲーム』とは毛色が違う。ライルの想像していたものは、トランプとかオセロとかだ。なにかが違う気がしてならない。
「ちょ、大食い競争はまずアレンの趣味だし。軍人将棋ってルール知らない人がほとんどだし。逆立ちに至っては何が楽しいのかわかんないし。○×ゲームってすぐ終わるじゃんしかも引き分けで。なんでボーリングが一番マシに見えるんだよおかしいよ!!」
ふぅーふぅー、と荒く息をつく。
それを見て、なにやってんだコイツみたいな目が制作陣から向けられる。
「まぁまぁ、落ち着けよライル。これは、みんなで話し合って決めたことなんだ」
「……どう聞いても、好き勝手に言ったのをそのまま使っているようにしか聞こえない」
「それは誤解だ。少なくとも、俺は決して喫茶の方で試食が出来なかったからこっちでなんか食おうと思って大食いを提案したわけじゃないぞ」
「アレンって、可愛らしい位に正直すぎるよね」
「ん? なにいきなり褒めてんだお前」
全く分かっていない様子のアレンは置いておいて、ライルは警告を発する。
「とりあえずもう少し一般的で、“みんな”が楽しめるようなものにすること。あとアレン、もし大食いを強行するなら止めはしないけど、試食するときは自腹でね」
なにーっ!? と叫ぶ声。
その声を背中に受け、ため息をつきつつ、ライルは次なる場所へと向かうのだった。
次なる場所は、マジックミュージカルサーカス。ある意味、一番の問題児だ。とにかく、マジックが入っているのが行けない。手品の意なのだが、爆発とか爆発とか爆発とかを連想してしまうではないか。
とりあえず、一番大人数が関わる出し物なので、話し合いは会議室で行われている。これは、ルナが陣頭指揮を取っているので、彼女もいるはずだ。あと、恐ろしいことにクレアとリムもこの班。
……逃げ出したくなってきた。
足が竦んでしまうライルだが、どういうものになろうとしているのか確認しないわけにもいくまい。
「ごめんくださーい」
恐る恐る、会議室に侵入する。
……中では、熱い議論が繰り広げられていた。
「だからっ! ここのヒロインの登場シーンは、サーカスの大ブランコでいくべきなのよっ! ぱんぱんぱんと花火込みで!」
「煙の中から、こう、ぽんって登場するのはどうかな?」
「いえ、感動的なシーンなので、普通に登場するべきかと思います! こう、物悲しげな音楽を流してですねー」
非常に煩かった。あと、花火がどーとかいっているルナ、体育館は火気厳禁だから。
「……で、これどーなってんの」
「いやー、みんな演出にはけっこう拘っているんだねぇ」
とりあえず、議論の外にいるらしいクレアに尋ねてみると、そんな呑気な答えが返ってきた。
「ほら、サーカスと演劇と手品と演奏会ってなると、軸は演劇になっちゃうじゃない? で、シーン毎にどれをプッシュするかってんでそれぞれの担当が張り切ってるの」
「わからなくはないけど……なんでルナが、サーカスを推してんの?」
「派手だからじゃない?」
これ以上ないほどわかりやすい理由だった。
「……ちなみに、クレアさんは?」
「私は、ヒロイン役ー。今は、役者は暇なもんよ。台本が決まるまで、台詞覚えることも出来ないし」
「脚本は……オリジナルじゃないよね?」
「無名の作家が書いた貴族と平民の身分違いの恋の物語……らしいよ。その話に決めた、リムの話だと」
しかし、今争っている演出の方向性からして、その作家とやらが見たらひきつけを起こしそうな内容に仕上がりそうだ。リムも、その話のファンだろうに、なにやら煙がどうとか言っている。
「そだ。前の演劇みたく、ライルくんとアレンくんも主役やらない?」
と、クレアが言い出すが、ライルは即座に首を振った。
「やらない。忙しいんだから」
「そだねー。まぁ、前のは騎士二人の話だったけど、今回は主人公っぽいの一人だけだしなぁ」
「一年の頃だっけ……懐かしいなぁ」
そう、アレンと二人でマジ勝負して、舞台をめちゃくちゃにしてしまったあの話(32、33話)。今思うと赤面ものの思い出だ。
「でも、今回の主人公ひどいんだよ。貴族の男なんだけど、婚約者がいるくせに平民の女の子と付き合うの。当然、婚約者とその女の子は喧嘩する――と見せかけて最後には仲良くなったりするんだけどね」
「……アレンだな」
「え?」
「なんでもない。ただ、その演劇の主人公には、アレンがこの上なく合致しているってだけ」
「? アレンくんの婚約者って、あれでしょ。あの可愛い先輩。……もしかして浮気したの?」
尋ねてくるクレアを適当な笑いで誤魔化して、ライルは再び議論を眺める。
なんだかんだで、話は進んでいるようだ。となれば、特に言うこともない。一応、実行委員もいることだし、うまくまとまるだろう。
「じゃ、僕は僕ですることあるから、行くね」
「はーい。じゃあね」
そうして、ルナに見つからないうちにこそこそと会議室から出て行くのだった。
そして、図書館でヴァルハラ学園の成り立ちなどを一人調べる。
……なぜか、やけに和んでしまうのだった。