……さて、と。

ルナは、腕を組んで町並みを見渡した。

ここは、海に面した港町。ウィ……なんとか。ウィ、ル? 違う。ウィ……ウィ……

「まあ、街の名前なんてどうでもいいわ」

悩んでも名前が出てこなかったので、ルナはさっさと思考を放棄する。今回の彼女の目的は、観光などではない。勝手に一人で旅行にルンルンと出かけくさったライルを拿捕して、土下座させた上、『ごめんなさい。生まれてきて、マジすんません』と泣きながら謝らせるために来たのだ。

ついでに、その下げた頭をぐりぐりと踏みつけ、『仕方ないから許してあげるわ! ホーッホッホッホ!!』などと高笑いできたら最高だ。

「なんか、物騒なこと考えているな、あれは」

「アレンに背負われてここまで来る間、することなかったからね。色々、想像を膨らませていたんじゃないの?」

ライルへのお仕置きを想像してピクピクと笑いがこらえきれない様子のルナからそっと離れて、アレンとクリスはそんな風に分析をした。

(今回もまた)ライル、ご愁傷様、と手を合わせながら。

 

第119話「遭遇」

 

とりあえず、ルナたちはそろそろ日も暮れるので、宿をとることにした。

適当に見つけたローレライという店に入るが、一つしか部屋が空いていなかったので諦める。……さすがに、男女同室にするわけにはいかない。

ならば、と。店員の一人がもう一つの店を紹介してくれた。そこ以外の宿もないことはないが、ちょっと離れているらしい。

礼を言って、ローレライを後にする。なんか知らないが、その店を紹介した店員が、店を取り仕切っていた少女に怒られていたが。

けっこう割高なお店らしいが、お金に関してはクリスが渋々ながらも負担してくれることになったので、問題ない。同じ王族なのに、フィレアの方は全然あてにされていなかった。

……と、いうわけで、ルナたちは本日の宿となるウンディーネに辿りついたのだった。

「へぇ。けっこういいところじゃない」

「……だね。一泊いくらするんだろ。手持ちで足りるかなぁ」

呑気な感想を抱くルナと、自分の財布をチェックするクリス。

そういうことにあまり関心のないアレンとフィレアは、後ろの方でじゃれあっている。

「いい加減に離せよ、フィレア。街の人が変な目で見てるだろうが」

街に着いて歩きになった途端、フィレアは腕を絡めてきたのである。アレンは迷惑そうに振りほどこうとするが、本気になれない時点で負けている。

「え〜? せっかくの婚前旅行なのに〜」

「……クリスとかと一緒で、婚前旅行も何もないだろ」

店の中までこの状態で行くのは嫌なのか、ほれ離せ、とアレンは苦い顔で再度言う。や、とフィレアは一文字で返答した。

やってらんねぇ、とばかりにその様子を見ていたルナとクリスの二人は、さっさとウンディーネに突撃する。

ちなみに、幽霊のフィオナは幽霊ゆえに、街中では姿を現すことはできなかった。教会とかに悪霊出現! とか通報されたら厄介すぎる。

まぁ、基本的には夜行性なので、クリスの懐の棺桶でずっと寝ていれば問題はない。そろそろ起きる頃かもしれないから、早く部屋に入ろう。

 

 

 

……で。

食器を下げるべく、ホールに出ていたライルは、いきなり入ってきた見知った顔を見て、思いっきり顔を背けた。

(き、来たあぁぁぁーーー!!)

内心こんなことを叫んでいる。

遠くない未来にここを嗅ぎ付けられるだろう、とは思っていたが、まさかここまで早いとは。

幸いにも、スーツという格好や、こんなところで働いている意外性とかで、今は気付かれていないようだ。高速で食器類を回収し、不自然でない程度のスピードで、すみやかに厨房に舞い戻る。

「あ、ライルくん。次はテーブル拭いて……」

ガバッ! と、次の行動を指示しかけたチーフの口を押さえる。

恐る恐る陰から受付にいるルナたちの様子を見ると、なんとか気付かれていないようだ。さっきの“ライル”という単語を聞きつけられたりしなかったか不安だったが、安心してため息を付く。

「すみません。しばらく、僕ホールに出たくないんですが。あと、不用意に僕の名前を呼ばないでください。聞こえます」

「……あの少年少女かね?」

年の功か、特に怒った様子もなく、チーフは少し乱れた服装を整え、ルナたちに視線をやる。

「はい」

「友達じゃないのかね?」

「友達ですが……今見つかると、真面目に殺されそうです。…………殺される方がマシかも」

ガタガタと震えだすライルに、チーフはもとよりそばで聞いていたウェイトレスさえも、ルナたちを見る目が変わっている。

今受付に人はいないが、『アンタ行きなさいよ』『いやよ。そう言う貴方が行ったら?』などと、それぞれが役目を押し付けあっている。

「あ〜、と。大丈夫です。普通にしていれば、爆発しませんから」

ここで行かなかったら逆にヤバイ、とライルは安心させるように言った。

だが、やはり気が進まないようだ。そりゃそうだろう。友達を比喩抜きに殺そうとする人間に、誰が近付きたいものか。

仕方ない、とチーフが受付に向かった。

その様子を、ライルは極力気配を殺しながら観察する。どうやら、ルナたちは二部屋取ったようだ。なにやらアレンとフィレアが揉めているが、あの二人の場合、所謂犬も食わない……というやつなので、気にする必要はまったくない。

クリスが金を払い、まずは荷物を置きに部屋に向かう一行。三十分後、ここで落ち合おう、と約束をして、男と女に分かれて部屋に向かう。

とりあえず、ホールから四人の姿が消えた事を確認して、ライルはやっと少し緊張を解いた。

「ねぇねぇ、ライルくん。あの子達とどういう関係?」

「学校の友達です。なにかとおせっかいというか……恨み深いので追いかけてきたんでしょう」

なにやら、手が空いているらしいウェイトレスの一人が興味深そうに聞いてきた。特に隠すようなことでもないので答えておく。

「なんか、可愛い女の子がいたけど、ライルくんの恋人だったり?」

ルナの事を言っているらしい。女の子はもう一人、フィレアがいたが……どう考えても、ライルとの(外見)年齢差がありすぎる。ルナの事を言っていると見て、間違いないだろう。

とは言っても、恋人? ルナと、恋人同士……?

「恐ろしい事を言わんでください。んな事になるくらいなら、僕は首を括ります」

「え?」

やはり、というか。

店の人たちには、ライルが恐れているのは外見的に一番強面なアレンだと思われているようだった。

 

 

 

 

 

「っくし!」

「どしたの、アレン。風邪かなんか?」

部屋に入って荷物を置くなりくしゃみをしたアレンにクリスが話しかける。

「馬鹿。くしゃみ一回くらいで風邪引いたわけじゃないだろ」

「そりゃそうか。誰か、アレンの噂でもしているのかな」

クリスも荷物を置いて、ベッドに腰掛ける。

意識していなかった疲れがずっしりと身体にのしかかった。そりゃそうだ。ルナたち女性陣はアレンに背負ってもらっていたが、こちらは自分の足で走ってきたのだから。

「しかし、お前の姉ちゃん、なんとかしてくれ。いくらなんでも、一緒の部屋はマズイだろ」

同じ距離を、ルナとフィレア、ついでに全員分の荷物を持って走ってきたと言うのに、クリスより余裕がありそうなアレンに『化け物め……』と心の中で悪態をつく。

「別にいいんじゃない? 婚約者、なんでしょ?」

「……あ〜」

頭を抱えながらアレンは崩れ落ちる。

ここに泊まるとき、フィレアはアレンと一緒の部屋がいいなどと言い始めたのだ。当然、何言ってんだコルァ! とアレンは大反対。

まぁ、結局三部屋取るのは予算的にあまりよろしくない、ということで見送られたのだが……

「別に、嫌なわけじゃないんだけどなぁ。あんまり押しが強いんで戸惑うんだよ」

「わからないでもないけどさ。まあ、しっかりしてくれよ、お義兄ちゃん」

「……気色悪いぞ」

「うん。僕も思った」

ひとしきり笑いあう。

その笑いが収まると、クリスは少ししんどそうに大きくため息をつく。アレンのほうは困ったように頬をかいていた。

「それで。“あれ”、どうしたら良いと思う?」

「そうだなぁ。ルナに知らせるのは……さすがにやめといた方がいいか」

この二人は、実はライルの存在に気が付いていた。最初に入ったので、こちらに顔を向けていたライルを見つけられたのだ。

ルナの勘に従ってここに来たのだが、まさか本当にいるとは思っていなかった二人。かなり驚いたのだが、幸いにもルナは豪華な内装に気を取られていて、二人の様子には気が付かなかった。

しかし、

「困るよね。僕たち、どっちの味方すればいいんだろ」

「さすがに、ライルを売るのもなぁ」

まぁ、期間を置けば置くほどルナの怒りも降り積もるだろうが、その辺は考えない。

う〜ん、と唸る二人。

その二人に、いきなり空中から声がかけられた。

「ひどいわね。マスターの味方する、って即断しなさいよ」

シルフィだ。

姿を消すことが出来るシルフィは、密かにライルを追ってきた四人の様子を観察していたのだ。

そこで、男の方がライルの存在に気付いている事を知って、姿を現した。

「シルフィ? なんだ、ライル、シルフィは連れてきてたのか」

「まぁね。大体、マスターが私から逃げられるわけないでしょ」

「……でも、それ知ったらルナが更に怒り狂いそうだね。シルフィ連れてって、私を置いていったのかーー、って」

その図はリアルに想像できる。

まあ、ともかく。と、シルフィは二人に順に視線を送って、

「マスターも、それなりに考えて一人で旅出たわけだからさ。悪いけど、夏休みが終るまで、なんとかルナを抑えてくれない?」

「構わないけど」

「あぁ。俺も、出来るだけやってみる」

なんとも麗しい友情である。ただし、二人とも自分に危害が及びそうになれば、平気でライルを売るだろう。そこら辺はシルフィもわかっているので、突っ込むことはない。

「今、マスターは路銀を稼ぐためにちょっとアルバイトしていてね」

ローレライとウンディーネの争いに巻き込まれている……辺りの事情は説明が面倒くさいので、シルフィはそれだけ言うことにした。

「へぇ。そう言えば、スーツけっこう似合ってたね」

「おう。孫にも衣装ってヤツだな」

「アレン、それ似合っているって言わないから」

苦笑しながらクリスは、少し考え込む。

「うん。じゃあ、今晩だけ少しライルには身を隠してもらって。明日になったら、僕たちは別の宿をとることにするよ。一つ屋根の下じゃなければ、この店の中で働いている限り、そうそう見つかんないだろうし」

「そうね」

ちなみに、シルフィはこの界隈で宿がこことローレライしかない事を知らない。まさか、そうそうピンポイントでローレライを選ぶことはないだろう、とタカをくくっていた。

それが後々、問題となるのだが……割を食うのは、やはりライルだったりする。

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