「ライル! これなんかどうかな!?」

「マリア……」

なりゆきから、ライバル店ウンディーネと売り上げ対決をすることになったローレライ。店長代理マリアは、起死回生の一手とばかりに、あるものを着用した。

「あのね。そんなカッコで接客するつもり?」

「なによ、うれしくないの? ほれほれ」

バニーである。どっかのカジノとかによくいそうなバニースタイルだ。

なるほど、確かにこれなら客足は倍増するかもしれない。ただ、この店の雰囲気から百八十度別方向の格好だ。一時的に売り上げは伸びても、固定客が離れそうな気がする。

そんなことを言い聞かせて、ライルはマリアからその衣装を没収するのだった。

「……はぁ、頭痛い」

なんでこんなことになったのか。

その原因にされてしまったライルは、頭が痛くなるのだった。

 

第116話「ウンディーネにて」

 

「……そもそも、なんで僕の奪い合いみたいなことになってんだ?」

(よっ、色男め)

「うっさいよ」

からかってくるシルフィを適当に振り払って、ライルは手元の地図を見ながら歩いて行く。

向かっているのはウンディーネ。ミルティの店だ。

なんでも、敵情視察……らしい。ライルにそれを命じたマリアは、『アンタ、そのまま向こうに懐柔されんじゃないわよ』と、実に恐ろしい目を向けてきた。

……いや、そもそも、ライルは一週間後にはこの街を去るのだが、そこら辺は綺麗に無視されたらしい。

(まさか、本当にここで永久就職するハメになったりしてね)

(いや、それ洒落になってないからな)

ライル。自他共に認める、押しに弱い男である。はっきりいって、このままずるずるとずっと滞在しそうな予感がてんこ盛りだ。

そんな未来予想図を振り払って、ライルは立ち止まる。

地図によると、住所はここだ。顔を上げて――ピキッ、と固まった。

そこには確かに店があった。ウンディーネ、と看板も立ててある。

だが、溢れる高級感が『庶民さんお断り』みたいな雰囲気を醸し出していた。大きさ的にはローレライのほうが若干大きい。だけれども、建材から彫られた彫刻まで、グレードはこちらの方がずっと上だ。

マリアが『気取った料理を出す』とか言っていたが、ここで逆に庶民的な料理を出されては、そちらのほうが違和感があるだろう。

単なる学生の身分であるライルが入るのは場違いこの上ない。

「……うぅ。もうちょっとまともなカッコして来ればよかった」

だが、ここで引き下がったらマリアになにを言われるかわかったものじゃない。

正直気は引けるが……小心者の癖に妙に図太いところのあるライルは、えいやっ、と思い切って店に入った。

「いらっしゃ……って、ライルくん?」

出迎えたのはミルティ。顔見知りに出会ったことでライルは少しほっとした。

「こんにちは。ちょっとマリアに敵情視察を命じられたんだけど」

「……あの娘も今回は妙に必死ね。スパイなんて、大嫌いなくせに。よほどライルくんを取られたくないのかしら?」

「いや。昨日食い逃げされた分、利子つけて奢らせて来い、って……」

こんな店で飲み食いしたら、昨日ミルティが食べた分なんて余裕で超過しそうな気がするのだが、一応言われた事を繰り返しておく。

ミルティはそれを聞いて、やれやれと肩を落とすと、

「はぁ……大雑把な性格の癖に、そういうとこには細かいんだから」

「あ、いや。足りないって言うなら、差額くらいは……」

マリアの店でバイトをしたお陰で、少しくらいはお金に余裕がある。金額を聞くのは恐ろしいが、足りないと言う事はないだろう。

「いいわよ。ライルくんには、将来働く店の味くらい覚えておいて貰いたいし。奢ってあげちゃう」

「いや、だから僕はすぐにこの街を出……」

「ほら、こっちこっち」

皆まで言う前に手を引っ張られる。

なにやら、他のお客さんにジロジロ見られている気がするが、とりあえずそれは気にしないことにした。

奥まった席に案内される。観葉植物が壁になって、他の席のお客さんからは見えない位置だ。場違いな客を隔離するための席だろうか……と、ライルは邪推した。

「ちょっと待ってて。どうせだから、私のオススメを持ってくるわ」

「はぁ」

頷いておく。タダで食べさせてもらうのだ。ルナの料理ならば金を貰っても食べたくはないが、大抵の料理なら満足いく自信がある。

「……うわ。嫌な想像した」

うっぷ、と胃液がせり上がってくる。ルナの料理の味を思い出したせいだ。記憶だけでここまで気分を悪くするとは、かなり恐ろしい。

とりあえず、その吐き気を気合で追い払って、ライルは店内をしげしげと観察した。

一応、敵情視察という名目なのだ。少しは仕事をこなしておかなければならない。

ライルの見たところ、掃除は行き届いている。床には塵一つ落ちていなく、窓もぴかぴかだ。テーブルも椅子も、良い木を使った品のよい物で、これ一つだけでライルが半年は食い繋げそうだ。

一応、席は埋まっているようだが、昼時にしてはずいぶんと人が少ない。席自体がそう多くはなく、ゆったりした空間を演出しているせいだ。

テーブルに置いてあったメニューを何気なく開くと、マリアの店のものより値段の桁が一つ違う。客は少なくても、一人当たりの落とすお金が違うのだろう。

……などと分析しつつ待っていても、ミルティが帰ってこない。

既にずいぶん時間が経っているが、やっぱり良い料理は出来るのも遅いのかな……とライルは思い始め、

「ごめんなさい。ちょっと遅れてしまったわ。すぐに出来るみたいだから……」

「ぶふぅうっっ!!?」

吹いた。別に何を飲んでいたわけでもないのだが、思わず吹いてしまった。

なにせ、ミルティの格好がメイド服だったのである。……いや、以前アルヴィニアのお城に行ったとき、散々見たが、それとはまた違っている。ミニスカで肌の露出が極端に多く、どう見ても男性を挑発するような衣装だ。

「あのっ、み、ミルティさン?」

しぃ、とミルティが口に指を立てる。

何事か、と他の客がこの席をじろじろ見ている気配を感じるが、植物の葉っぱがうまくカモフラージュしてくれたようだ。……そーか、この席に案内したのは他の人に見られないためか、とライルは妙に納得する。

ライルは目を閉じた。深呼吸をして、数を数える。

1、2、3。

「……で、その格好は一体なんのつもりですか」

「実は、ウェイトレスにこの格好をさせたら、お客さんが増えるんじゃないか、と思ってね。ライルくん、どう思う?」

アンタ等同レベルですね。

ライルは重い重いため息をついた。二回も同じ説明をするのが面倒なので、簡単に一言で斬り捨てる。

「やめておいたほうがいいかと」

「そうかなぁ?」

ミルティはその場でくるりと回って、自分の衣装を眺める。どうやら、かなり気に入っているようだ。

スカートが翻った瞬間に見えた黒い布を意識の上に登る前に封殺して、ライルは再度重ねる。

「お願いですから、やめてください」

「まあ、ライルくんがそう言うなら。ライルくんが帰ったら、着替えるわね」

「出来れば今すぐに」

「それは駄目。ほら、料理来ちゃった。ライルくんに給仕しないといけないからね」

ウェイターが料理を運んできて、テーブルに並べる。すすす、とミルティは自然にライルの隣に座り、身体を寄せてきた。立ち昇るなんともいえない色香が、ライルをくらりとさせた。

「さ、さ。まずは一杯。お酌してあげるから」

「ちょ、酒はマズいですよ。帰ったらまだ仕事があるんですから」

「まぁ、いいじゃない」

強引にミルティはライルの目の前にあるグラスに琥珀色のお酒を注ぐ。

「……一杯だけですからね」

ぐい、とその一杯をライルは呷った。

 

 

 

 

 

 

……で。

「ですからね。もうやめてっていつも言ってんのにルナは何度も何度も何度も、僕を吹っ飛ばして……」

「へぇ。そのルナって娘、ずいぶんと乱暴なのね」

「そうなんれすよ!」

ぐい、と更にグラスの中身を飲み干すライル。

ライルは見事に出来上がっていた。日ごろの不満をここぞとばかりに吐露しまくっている。それを、客商売のプロであるミルティは上手に聞いていた。自然、ライルも饒舌になる。

こうなったのも、この酒の口当たりが良すぎるせいだ、とライルはゆだった頭で考える。甘くて飲みやすいからついつい三杯ほど勧められるままに呑んでしまい、いつの間にか完全に酔っ払ってしまっていた。

つまみも悪い。こんなうまい料理を酒で鈍った味覚で味わいたくない、と思わせるほどのうまさ。素材も調理も、申し分ない。見た目にも美しく、フォークで刺すのをためらってしまうほどだ。だというのに、これが妙にこの酒に合う。

……などと、酒や料理のせいにするあたり、ライルもずいぶんと壊れているようだ。

ちなみに、ライルがこうなった一番の原因はミルティだ。

生まれた時から培った接客能力をもって、ライルをあの手この手で乗せて、うまく酒を呑ませた。その手練手管に、所詮若輩であるライルが抵抗できるはずもない。呑まされた、という意識もないまま、許容能力をはるかに超えたアルコールを摂取してしまった。

「ねぇ、ライルくん。呑みすぎじゃない? まだそんなにお酒に慣れているわけじゃないでしょう?」

いけしゃあしゃあとミルティはライルを心配する。

「んなの、平気ですよぉ。それより、みるテぃしゃん、おかわりもらえますきゃ?」

すでに言葉が怪しい。

一瞬だけ、ミルティはにやりと黒い笑みを浮かべると、すぐさま人当たりの良い笑顔になって、

「もう。これ以上は身体に毒です。うち、宿もやっていますから、そこで休憩していってください」

「むにゅ。しょこまで言うんれしたら、ひょうかい(了解)しまひた」

ふらふらとライルは立ち上がる。

と言っても、まともに話すこともできないくせに、歩くなど言語道断である。すぐにふらついたところをミルティに助けられた。

「ぉおっと、これはすみません」

「いえ。このままお運びします」

ライルに肩を貸して、ミルティは食堂部分の奥にある階段ヘ向かう。

それを見ていたシルフィは、ふぅ、とため息をついた。

(マスターも若いわねぇ。まぁ、あんな性格だから、いつか誰かにだまされるとは思ってたけど……。もしかして、あの女にぱっくりと食べられちゃうんじゃないでしょうね)

シルフィ的にはそれはそれで面白そうだと思うのだが、そんなことがルナに知れたら……ある意味面白すぎる展開になりそうだ。少なくとも、ライルの身体は塵一つ残さず地上から消え失せてしまうだろう。

それはちょっとごめん被るシルフィは、仕方ないとばかりに二人を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はれ?」

ライルが目を覚ますと、なにやら窓の外が真っ暗だった。

混濁した思考で、ここはどこだろう、と思い巡らす。見る限り、ずいぶんと高級な調度品に囲まれた部屋だ。高級ホテルの一室、といったところだろうか。

なにがなにやらわからず、立ち上がろうとして、

「……………はい?」

なにやら、寝かされたベッドから起き上がれない。ロープでぐるぐる巻きに固定されてしまっている。

(あ、マスター、起きた?)

(シルフィ……これ、どういうこと?)

ひょい、とライルの顔を覗き込んだシルフィに尋ねる。

(いやぁ、マスター酔いつぶれちゃったでしょ? そのあと、あのミルティとかいうのが、この部屋に運びこんで縛り付けたわけね)

(わけね、って、またなんで……)

「おはよう、ライルくん」

理由を尋ねる前に、部屋のドアが開いて、ミルティが入ってきた。

「み、ミルティさん。これは一体?」

「いやね。昨日はああ言ったけど、やっぱりライルくんがマリアのとこで働いてるのは癪だなぁ〜って思って。ちょっと、監禁しちゃおうっかな〜なんて」

「いやいやいや! 犯罪ですって!」

身体が動かせず、満足に突っ込みを入れられないことをもどかしく思いながら、ライルは首をぶんぶんと振りまくった。

「いやぁね。愛故の過ちとでも言って欲しいわ」

「一応、過ちってことはわかってるんですね……」

「あらやだ。今のは言葉の綾よ」

ホホホホ、と誤魔化すような高笑い。

ライルはうなだれつつ、今更ながらに悟った。

……どうやら、この街では僕は平穏を得ることは出来ないらしい。

---

前の話へ 戻る 次の話へ