「私のことが嫌い……か。それは構わないが、君の後ろの“それ”だけは渡してもらえないか? それは元々、私のものだ」

ライルの言い草にため息をついて、レギンレイヴはそう要求した。

「お断りだ」

無論、ライルは突っぱねる。身を震わせているベルを大人しく差し出すようなら、ライルはさっきのようなことは言わない。

予想していたのか、『そうか』とだけ呟いて、レギンレイヴは目を閉じた。

「シルフィリア。お前もそうか?」

「さぁねぇ。ま、私はどっちでもいいんだけど、アンタがうちのマスターに危害を加えるっつーなら、黙って見れられないわね」

言葉とは裏腹に、手をクイックイッと振り、とっと喧嘩売ってこんかい、と言わんばかりであった。

「そうか……本来、私はこのようなことは好かないのだが」

すっ、と目を閉じたまま、レギンレイヴは手を振り上げる。

その動作に、ライルは警戒を強めた。

今回は、今までとは違う。誰かを守りながらの戦い。しかも、今いるのはたった一人だ。自然、いつもより緊張する。

「つまり、力ずくで、ということだな?」

レギンレイヴが腕を振り下ろすと同時、衝撃波がライルとベルを襲った。

「舐めるなっ」

しかし、耐えられないほどではない。剣を盾にしてやり過ごした。

……シルフィが、彼の事を『年を経ている割りに強くはない』と言ったのがよくわかる。

以前、魔界で戦ったハルファスという魔族のほうが、強さとしてはずっと上だ。

かといって、ライル一人の手には余る。……が、ルナたちが加勢しに来るまで持ちこたえるくらいは、できなくはなさそうだった。

「はっ」

空中を飛んで、レギンレイヴがライルの横を駆けぬけ、ベルに掌を向ける。

しかし、もう一度ライルはベルの前に立ち、その腕を弾き飛ばした。

「むっ」

「はぁっ!」

剣で僅かに傷ついた腕に顔を顰めたレギンレイヴに、続く攻撃を加える。

シルフィの補助により増した剣速に任せ、滅多切りにする。

「!?」

まるで空を切るような感触に背筋を震わせたライルは、傍らのベルを左手で引っつかみその場から全力で飛びのいた。

「『ライトバースト!』」

直後、レギンレイヴの声が上空から聞こえたかと思うと、激しい光を伴う爆発が先ほどライルがいた場所で巻き起こった。

爆風を伴わない、閃光と熱量だけの爆発。

黒魔法の中でも高位に位置する魔法だ。もし、ライルがあの場所に留まっていたら、消し炭すら残らず消滅していたに違いない。

高威力の割りに、効果範囲が狭いので助かったが、あのレベルの魔法を連発されたら、そう長くもちそうにない。

「……そっか。ルナ、いないんだっけ」

魔法となると、彼女が専門だ。相手が魔法を得意とするならば、すぐさま相手の得意な系統を割り出し、それに有効な結界なりなんなりを施してくれる。

ライルが常時纏っている簡易型の結界ではどうしようもない魔法でも、ルナならば致命傷にならない程度に軽減することができた。

「と、なると……ちょっとマズイかな」

一番の安全圏であるグローランスの結界内に逃げたいのだが、流石に向こうもそれは分かっているので隙は見せてくれない。

かといって街とは逆方向に逃げては、ルナたちと合流できなくなってしまう上、追いつかれる公算が高い。

「ベル、離れないでね」

「……はい」

か細い声だが、ベルはしっかりと頷いた。

「マスター。あんま、セクハラはすんじゃないわよ?」

力が抜けた。

こけなかったのは、いつも以上の緊張のせいだろう。多分。

「……シルフィ。こーゆー時くらい、真面目にできないのか?」

「だって、あんた。そんな肩抱き寄せたりなんかしちゃってっ! 奥手だ奥手だと思ってたら、初対面の女の子にそんなことする男になっちゃってたなんて……」

「うるさいっ!」

よよよ、と泣き真似をするシルフィに憤慨する。

きっと、緊張をほぐそうとしてくれているんだ。リラックスしなきゃ、力を出し切れないからネ。と優しい嘘で自分を励ますが、どうみてもマジで楽しんでいるっぽい。

「……『レイ・シュート』」

微妙に怒っているようなレギンレイヴの光弾が殺到する。

低位の魔法なのだが、とにかく数が半端じゃない。二、三個弾き飛ばした時点でこらアカン、とライルはその場から逃げ出した。

単純に強力な一撃より、数が多い方がずっと厄介だと実感した。

「さっきから逃げてばかりねぇ」

「っさいっ! あんなん無理だろっ」

逃げた先に、突然現れたレギンレイヴに突っ込む。

案の定、幻影だった。

「……でも、わかったぞ。あいつの属性は『光』だな」

「そ。割と厄介よ。人間であんまり使うヤツいないし、対処したことないでしょ?」

神族というのは、精霊ほどではないが生来の『属性』に縛られる。

中には複数の属性を持っている神もいたりするが、基本的に自系統以外の魔法は不得手で、逆属性の魔法に弱くなる。

今回の場合、レギンレイヴに有効なのは、闇属性の魔法と言う事になるのだが、

「マスター。実は私に内緒で闇精霊に手ェ出しているとかない?」

「ない。あるわけない」

基本、精霊魔法に関しては万能を誇るライルであったが、闇はイマイチ苦手な分野の一つだった。

他のものに比べ難度が高いとか相性が微妙だとか色々あるが……はっきり言おう。なんとなくイメージが悪かったからという理由で、殆ど習得していない。

「つっかえないわね」

「……ごめん」

相性等もあるので、属性の強弱を論ずるのはあまり意味がないが、光は特に強力な属性の一つだった。

先ほど見せたように、攻撃としてはとても強力で、幻影等の補助もそつなくこなす。生命の象徴であるため、回復も得意だ。

特に幻影は、ライルのような前衛には地味に有効である。

「なんだ、まだ来ないのか?」

魔力をチャージしながら待っていたらしいレギンレイヴは、そう呟くと先ほどの三倍はある光弾を生み出した。

「いい゛っ!?」

流石に、アレだけを捌ききるのは不可能。かつ、逃げ道も真後ろ以外は完全に封じられている。真後ろに転進しようにも、多分それは更なる泥沼に足を突っ込むことと同義だ。

「ベルっ、僕の後ろに! シルフィ、結界っ」

「ライルさん」

シルフィの補助を受け、結界を構築する。ベルが何かを言った気がしたが、気にしている余裕はない。

大気の密度を操ることで光を屈折。他は、単純な対魔力結界。防ぎきったとして、そのあとに余力が残るかどうか分からないが、まずは生き残ることが先決だった。

「『ライトストリームッ』」

レギンレイヴの魔法名の詠唱と共に、数百ではきかなさそうな光弾が一斉に放たれる。

「ちょっと、マスター」

話しかけるシルフィにも反応できず、ライルはレギンレイヴの攻撃が結界に接触する直前、目を瞑った。

そして、光弾と結界が衝突しあう、激しい音が……聞こえない。

「……あれ?」

恐る恐る目を開けてみると、ライルの結界に触れる直前、レギンレイヴの光弾のすべては空中で制止していた。

そして、いつの間にか、ライルの前に立っているベル。

「……攻撃を、躊躇った?」

そうとしか思えない。術者の命令無しに、このような不自然な光景を作り出すことは出来ない。

「まっさか。マスターってば、なに甘いこと言ってんのよ。こりゃあ、あのベルがやったんに決まってんでしょ」

「……そうなの?」

レギンレイヴを鋭い目つきで見るベルに尋ねると、コクリと頷いた。

「なにをやった?」

不思議に思ったのはレギンレイヴのほうも同じらしく、問い詰めてきた。

それに、ベルは悲しそうな顔になった。

「本来、貴方が開発した技術です。魔法を移動させている推進力だけをカットする特殊結界。魔力的に遥かに恵まれた神族に対抗するための、術策の一つです」

「覚えていないな。……それに、こうすれば関係ないだろう?」

「無駄です」

ベルが、きっぱりと断言する。

なにも起こらないが、それこそがレギンレイヴにとっては意外だったらしく、初めて焦った表情を見せる。

「この魔力球を破裂させようとした命令はキャンセルさせてもらいました。威力自体を防ぐのは難しいが、発動を無効化させればいい、と言ったのも貴方です」

放った魔法を誘導したり、途中で破棄したり、あるいは魔力のみを破裂させたり。そういった事をするのも、結局は魔法の一種である。

大きな魔力を伴った魔法そのものをどうこうするのは難しいが、そういう『命令』のみなら容易に干渉できる……と言う事なのだろうが、それをするためには、常識を超えた精密な術式と、相手の命令の発動を察知する感覚が必要だ。言うほど簡単な作業ではない。

「ベル、強かったんだね」

「当然です。私は、神族から知識を守るために生み出されましたから。とりわけ対神術式は豊富に取り揃えています」

言って、ベルは一歩前に踏み出す。

「レギンレイヴ博士」

「なんだ、祝福の鐘」

レギンレイヴを真っ直ぐに見据え、彼女は宣言した。

「貴方は、わたしが止めます」

そう言って胸を張るベルは、既にレギンレイヴのことを吹っ切っているように見えた。

「……なるほど。随分と優秀なホムンクルスらしい」

光球の操作を放棄したレギンレイヴが呟く。

「これで、なかなかに厳しい状況になったな」

レギンレイヴの言うとおりだと、ライルも判断していた。

先ほどのようにベルがフォローしてくれるのなら、レギンレイヴとも互角に渡り合える。そして、もうそろそろルナたちも到着するころだ。

合流できたならば、レギンレイヴを倒すことはさほど難しくはない。

「……来たっ」

そう言っているうちに、遠くにルナたちの影が現れた。

全員、ちゃんと揃っている。ルナとリーザは、それぞれアレンとガーランドの背に跨っているが。

「ライルー!!」

声が聞こえた。

アレンの上にお馬さんごっこよろしく跨っているルナが叫んでいた。

「ルナっ!」

「そっちの娘に傷一つ付けてたら殺す!!」

いきなり、わけがわからないことを言われた。

「あ〜、ルナね、ベルに聞きたいことが沢山あるんじゃない?」

「そういうこと……」

呆れつつも、レギンレイヴへの警戒は緩めない。

なにやら、呪文の詠唱をしている。が、当然それに気づかないルナたちではない。

どうせ、グローランスの結界から出たところを仕留めようという腹なのだろうが、不意打ちは事前に気づかれては不意打ちとはならないのだ。

既に防御結界の展開は完了している。

「さぁっ! この私が来たからには、アンタももうおしまい……」

「『ディメンジョンロード』」

『うわあああああああ!?』

ルナは全てを言い切ることは出来なかった。

結界から出た途端、レギンレイヴの魔法が発動。

なにやら黒い穴が地面に出来て、そこに全員落ちていった。

「……えーと」

あまりにも見事な退場っぷりに、ライルは言葉を失う。

「亜空間魔法ね。瞬間移動。どこに飛ばしたのかしら?」

「なに、別に私は彼らに恨みがあるわけではない。丁重に、一番近くの人里に飛ばしただけだ」

一番近くの人里……と言っても、ここからではどう頑張っても、丸一日はかかる。

完全に、分断されてしまった。

「……ベル。頼りは君だけだ」

「はい。ライルさん。任せてください」

頼りにならない仲間を見限り、ライルはベルに言う。

後ろで『私はー!?』というシルフィは、無視する方向で。

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