「うわらばっ!?」

乙女にあるまじき悲鳴を上げて、ルナが地面に見事着地(?)する。

「うが〜〜! あの神族、舐めた真似しやがってぇ〜〜〜!」

後頭部に走る痛みに涙目になりながらも、相手を罵倒することだけは忘れない。そろそろ、本当にこのキャラ付けを考え直す時期に来ているのかもしれない。

「よ、っと」

一瞬後、ガーランドが中空に出現し、同時に現れたリーザを見事お姫様抱っこして華麗に着地した。

彼の顔が少々無骨である事をのぞけば、それはまるで御伽噺のワンシーンのようで、不覚にもルナは羨ましく思ってしまった。

「やっほー、ルナ」

「あー、アンタもレジストしたんだ」

クリス、アレン、スルト、ネルの四人は、抵抗することも出来ずあの神族の思惑通りの場所に飛ばされてしまったのだろう。

とりあえず、途中で抵抗(レジスト)して跳躍から抜けた自分達がこんなまともな場所にいる以上、地中とか、あるいは上空三千メートルとか、そういう洒落にならない場所に飛ばされたわけではなさそうだった。

「……なんだ、てっきり殺されるものとばかり思っていたんだがな」

それをガーランドも察したのか、そんな物騒な感想を漏らす。

「思ったより、話はわかるのか?」

なぜにガーランドがそのようなことを言うのかはわからなったが、ルナとリーザの二人の腹は既に決まっていた。

「……ルナ」

「わーってるわよ。あのボケ神。私の研究の邪魔をしようって、いい度胸じゃない」

その言葉だけで、彼女達がベルのことを狙っていると悟ったガーランドは、呆れ顔で、

「お前らいい加減にしてお……って、なんで背中に乗る!?」

「むー、ルナ? ガーちゃんの背中貸してあげるの、今回だけだからね?」

「別に、どっちでもいいわよ。それより、ガーランド、あっちへ走って!」

えいや、とルナが指差すのは、当然のようにグローランスの方向。ここから全力で走って、十分と言うところか。

「……いや、お前らな。さっきは話してる暇なかったからなにも言えんかったが、俺を乗り物か何かと思うなよ?」

「そんなこと言っている状況じゃないでしょう? 大体、ウチのライルとアレンは、文句一つ言ったことないわよ!?」

生憎と、『それはお前が物理的に文句を言えなくしているだけだ』と突っ込んでくれる心優しい人間はこの場にはいな……

「それは、お前が無理矢理やらせているだけだろう」

いや、いた。

この場にライル辺りがいれば、ガーランドの毅然とした対応に、またしても感動していたことだろう。

「でも、ま、今もそんなことで問答している場合じゃない、か」

はぁ〜、とため息をつくガーランド。

なにやら、男としてのプライドなんかにピシリと亀裂が入った気がするが、黙殺した。

「……神がかかわると、ロクなことがないな、ホント」

走り始めて、ガーランドがそう言う。

妙に実感の篭った言葉に、ルナは不思議に思い尋ねた。

「なに、前もなんか神族と関わったことあるの?」

「まあ、な」

ガーランドは言葉を濁す。

何故だろう、と思い、同じパーティーであるリーザなら何か知っているだろう、と顔を向けてみると、これまた非常に不機嫌そうな顔だった。

「……ガーちゃん」

「首を絞めるな」

「ガーちゃんがデレデレしてたからだよ」

「していない。勝手に決め付けるな」

走りながらも器用に反論するガーランドに、女がらみか、と身も蓋もなくルナは決め付けた。

「……とあるマッドサイエンティスト兼魔法使いに、下級神族が捕まっててな。付近の村からそいつの退治の依頼を受けた俺たちが、成り行きから助けることになっちまって」

「趣味が悪い、その女の神さまは、ガーちゃんに惚れちゃってね」

自分の事を完全に棚上げして、リーザはきっぱりと言い切った。

「へー」

「なんだ、ルナ。そのいやに生暖かい『へー』は」

「いやいや。ガーランドもなかなかヤルじゃない?」

「言っておくが、カレラ……いや、その神族とはそれ以来会っていないからな?」

言い訳がましいガーランドに、『ふーん』と、またしてもルナは生暖かい声で返事をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんか、僕たちが必死で戦っているのに、どっかで呑気なやり取りをしている気配がする」

仲間が全員飛ばされて、ベルと二人でレギンレイヴと対峙するライルは、超人的な直感で持ってそう断言した。

「なにも根拠無しに妙な事を」

シルフィは、そんなマスターに呆れた顔をする。

「ライルさん。貴方も、充分過ぎるほど呑気だと思います」

ぴしゃり、と怒ったベルに言われ、ライルは、ごめん、と謝った。

「言っておきますが、先ほどまでのような小細工は通用しないと思います。私、知識はあっても戦いの心得はありませんので、よろしくお願いします」

「……頼もしい台詞、ありがとう。嘘でもわたしに任せてくださいと言って欲しかったよ、僕は」

「それは、男性の台詞でしょう」

「男女差別反対」

軽い会話は、動きをも軽くする。

戦いの心得はないとベルは言ったが、なかなかどうして、初めてにしては堂に入った振る舞いだった。

「君、引いてもらえないか? なにも、君の命まで取ろうというわけじゃない。大人しく引き下がるなら、誓って君には手を出さない」

「名前も覚えていないくせに、よく言うよ」

レギンレイヴの、恐らくは最終通告に、ライルは一秒と考えず返した。

「残念だ。できれば、殺したくはなかった。精霊王を敵に回したくないしな」

もしかしたら、本音だったかもしれない。しかし、ライルは引き下がる気を、とうになくしてしまっていた。

すっ、と、レギンレイヴが上げた掌に、光の玉が瞬く。

また、さっきのパターンか、と警戒したライルの予想は外れ、その光は形を変え、輝く剣となった。

「光の剣……カッコつけすぎね」

「そんな感想しかないのか、お前は」

シルフィの感想に、ツッコミを入れていたら、レギンレイヴが滑るように空を走った。

「チッ!」

もう、こちらのふざけたやりとりに付き合うつもりはないだろう。

遠慮を一切省いた打ち込みを、ライルは受け止め……

「うおっ!?」

するり、とこちらの剣をすり抜けてきた光剣を危ういところでかわした。

「Й!」

瞬間、鼓膜を妙に震わせる音が、後方から聞こえる。

ベルの声だ、と判断するのと、ライルの身体をギリギリ避けて、氷の槍が走るのがほぼ同時だった。

「楯よっ」

当たる、と思いきや、レギンレイヴは光の剣を前方に振りかざし、命令する。

すると、剣の形を取っていた光は壁となり、疾走してきた氷の槍をすべて蒸発させた。相当の高熱らしい。

そういえば、とライルは胸元を見下ろすと、服が完全に焼き切れていた。軽度だが、皮膚も火傷している。

「なんっつー、インチキだ」

多分、魔法剣の一種に違いない。ルナが以前使っていた『フレイムクレイモア』が丁度似たような効果だが、威力が段違いだ。

単なる光の剣ではない。物理的な性質を持ちつつも、術者の意識によって物質を透過させることも可能。形状も自由自在。

要するに、こちらはあちらの攻撃を避けるしかないのに、向こうは受けるも躱すも自由。更に、形状変化のおかげで、どの間合いでも常に優位に立てる。

なんとか、剣の腕は互角程度だが、あからさまに武器の差がひどい。こちらの武器も、一応は伝説っぽいのだが、頑丈さ以外は完全に負けている。

こちらの優位となることといえば、頼もしい仲間がいるくらいか。

「助かったよ、ベル」

「はい」

油断なくレギンレイヴに視線を向けながら、ライルは礼を言った。

「……高速詠唱。ハイエルフ以外に、ホムンクルスも使えたのか」

「失礼ですね。レギンレイヴ博士。わたしの『光』速詠唱は、ハイエルフより上です」

うまい事を言ったつもりなのか、若干得意げだった。

「じゃっ!」

レギンレイヴが光剣を振ると、光の一部が分離し、四本の光の矢となって飛んできた。

「くっ!?」

躱すことは可能だったが、後ろにはベルがいる。

ライルは自分が楯になろうと、その場で立ち止まり。

「ライルさん、行ってください!」

その声に弾かれ、前に飛ぶ。

「っけぇ! マスター!」

シルフィが叫び、追い風を呼ぶ。

こめかみを擦る矢に肝を冷やしながら、ライルは技後硬直中のレギンレイヴに走った。

「むっ」

初めて、レギンレイヴの顔に焦りが出る。

シルフィの支援を受けたライルの速さは、人間の範疇から片足踏み出している。

充分な距離をとっている、と思っていたらしいが、その目論見は外れだった。

「Θ!」

後ろでは、放たれた光矢をベルが自分の魔法で弾いていた。

それを、意識の隅で認識しつつ、ライルは全力で袈裟に切りかかった。

「はぁっ!」

「ぐっ」

光の剣で受け止められる。

やはり、術者の意識によって、光のくせに物質化も可能らしい。

しかし、レギンレイヴは無理に防いだせいで、体勢が不安定だ。このまま押し切り……

「マスター!」

シルフィの警告に、勝手に体が動いた。

ふっ、とレギンレイヴの剣がすり抜け、ライルの顔を襲う。

柄を持つ手を離し、思い切りしゃがむ。

「あっぶ」

拳を握る。

振りぬいた姿勢のレギンレイヴは、今度こそ躱せない。

「ないなっ!」

母直伝の突きを食らわした。まるで冗談のように、レギンレイヴは真横に吹っ飛ぶ。

フェザード流体術奥義『武神掌』。

本来の使い手であるローラは、嘘か真か、この一撃で山を消し飛ばしたとか何とか。

「Ω!」

それに続く、ベルの魔法。

レギンレイヴの光に対し、最も有効な闇属性の砲弾が飛ぶ。

――炸裂。

びりびりと震える大気を無視し、ライルはベルのほうに戻った。

「当たりましたか?」

ベルは肩で息をしている。魔力は豊富なようだったが、魔法を使うのには体力や集中力も要る。あまり、無理はさせられないようだった。

「僕の突きがちゃんと当たったし、幻影とかじゃない。あのタイミングなら、まず間違いなくベルの魔法も当たってるけど……」

煙が晴れた先に、五体満足なレギンレイヴの姿を認め、ライルは『これだよ』と呟いた。

全身に傷を負っているが、血が流れる間もなく癒えていく。

「あのくらいのダメージじゃ、すぐ治るんだよ。魔族もそうだった」

戦いは恐らく始めてであるベルに、そう忠告する。が、

「ええ。神族、魔族の自己治癒力の高さは並ではありませんからね。ちなみに、魔族の性質が攻撃に偏っているのに比べ、神族は護りに秀でている傾向がありますから、治癒力は神族が上です。効率で言えば、魔族に比べ平均約1.3倍の治癒力が……」

釈迦に説法だったらしい。水を得た魚のように説明し始めるベルに、わかったからやめて、とライルは訴えるのだった。

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