シルフィの敵の正体暴露に、ルナは思い切り顔を顰めた。

「神さまぁ? なんで、神さんが私の研究の邪魔をするのよ」

別にルナの研究の邪魔をしに来たわけではない。が、生憎とそんなことに突っ込むほどこの場にいるメンバーはルナとの付き合いが浅いわけではなかった。

「うーん。理由まで言うと、私が絞められちゃうから言えないけど……。まあ、この都市は、連中にとって鬼門っていうか、因縁深い土地なのよ、うん」

「それで、破壊しに来たって?」

「多分ね。私もまあ、状況を見て推測しているだけだけど」

ふむ、とクリスは唸った。

「だったら、なんで今まで放置していたのか? とか、どうして神族の力で破壊できないのか? とか、色々疑問が出てくるんだけど」

「そーね。ここについては、人間達に管理を任せて静観するってのが、基本スタンスだったはずなんだけど、私にもわかんない。破壊できないのは……まあ、あの結界のせいだけど」

「……ってことは、グローランスに関する協定『神託条約』って、名前のまんまの意味だったのか」

歴史学の謎の一つの思わぬ解明に、クリスは思わずぽんと手を叩いた。

「そゆこと。まあ、とにかくね。相手が神となると、私は本当に『マスターの従者』として以上の力が振るえないから」

現在の神と精霊との関係は、おおむね友好的である。

しかし、種族としての現在の力関係が、神>精霊なので、下手に精霊王という重鎮が、神側の者に手を出せば、大問題となるのだ。

「てなわけで、もし戦うとなったら貴方達だけでやらなきゃいけないの。私としては、さっきも言ったとおり尻尾巻いて逃げる事をオススメするけど」

「冗談」

「だな」

好戦的なルナとアレンの二人組が、笑みを浮かべあう。二人とも俺より強い奴なら出て来い、ぶっとばしてやるから、とでも言いたそうであった。

「あのぉ。人間側としてもですね。神さまと事を構えるのは遠慮しないなぁ、とか」

一応、一国の政治の中枢に位置する立場から、クリスはそう提言する。

しかし、もっと国の将来を憂うべき人間は無駄に爽やかな笑みを浮かべながら、親指を立てた。

「大丈夫。もみ消す!」

「もみ消せないからっ! 今回ばっかりは無理だからっ!」

いやに権力の行使が自然になってきているアレンに、思いっきりクリスが突っ込む。というか、今回『は』、ということは、今までもみ消してきたのだろうか。その、色々と。

「大丈夫よ〜。あのプライドばっかり高い連中が、人間にぶっ倒されました、なんて正面きって言えるわけないじゃん。問題にはならないと思うわよ」

「羽虫からのGOサインも出たことだし、いけるわね」

虫言うなっ、とシルフィとルナが喧嘩を始める。この二人なりのコミュニケーションを邪魔してはならないなぁ、と男三人はそっと距離を取った。

「またなにか、面倒なことになりそうだね……今度こそ死ぬんじゃないかな」

「なんだ、ライル。弱気だな」

「弱気にもなるよ。神様だよ、神様。いい加減、魔族相手は慣れたけど、神様に喧嘩売るなんて罰当たりすぎない?」

「はっはっは。なにを今更」

あっけらかんと笑い飛ばすアレン。

「ま、正確に言えば神族と、所謂宗教上の“神”はまた別物だしね。天罰は気にしなくていいと思うよ」

「クリスも……これを聞いて、調査を中止しようとか思わないの?」

「僕たちだけならそれもいいんだけど、ガーランドさんたちまで巻き込んじゃってるしね。どう説明したらいいかわからないし。それに、神さまなら、魔族よりは話は分かるだろうから、なんとか話し合いで解決できればなぁ、って思ってる」

「あ、そっか」

ライルはなるほど、と頷いた。

確かに、基本的に神族は人間寄りの存在のはずである。理性的な話し合いを行うことは、決して不可能ではないはずだ。

「ええ〜」

不満げに口を尖らせるルナは無視するとして。

「さて、そうと決まったら、なるべく穏便に接触する方法を考えないとね。ガーランドさんたちとも話し合おう」

「あ〜、マスター? 水を差すようで悪いけど、今回来てるレギンレイヴってやつは、あんま話の分かる相手じゃあ……」

聞こえない聞こえない、と都合の悪い発言を無視しつつ、ライルは、早足でガーランドたちの元に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、帰ってみると誰もいなかった。

「……は?」

ぱちぱちと薪の弾ける音が空しく響いている。

「ガーランドさん? リーザ? スルトさーん」

微妙に影の薄いネルのことはころっと忘れて、ライルは周囲に呼びかける。

しーん、と沈黙だけが帰ってきた。

「どうしたの、ライル?」

追いついてきたルナが、不思議そうに尋ねた。

「いや……。なんか、ガーランドさん達がいないんだよ。火の始末もせずに、不用意にキャンプから離れる人たちじゃないんだけど」

みると、それぞれ武器こそなくなっているものの、服等の荷物もそのままだ。ちょっと散歩……なんてことがあるわけもない。置手紙らしきものも見当たらなかった。

「ふん? 無人の都市。不自然に消えたパーティーの仲間。そして、冴えない助手の男と、美少女探偵……」

「……ルナ。冴えない助手って、もしかしなくても僕の子と? あと、君ももう今年で十九なんだから少女って年齢じゃあぐべっ」

ルナの裏拳を顔面にまともに食らって、ライルは崩れ落ちた。

「失礼ね。少女よ、少女。私のピュアなハートは何時までも少女のままよ」

「……つまり何時までも落ち着きがないってことじゃ、ぐはっ」

しぶとくも突っ込んだライルを踏みつける。

(そして私は、永遠の十四歳―!)

(いや、黙ってろお前)

ルナのなにに対抗心を燃やしたのか、頭上で高々に年齢詐称を宣言するシルフィは、とりあえず自重するべきだと思った。十四て。シルフィの年齢からすれば端数のようなもんだろうに。

「それでね。これは――ズバリ事件よっ!」

「とりあえず、頭の上から足をどけてから喋って欲しい。あとペーパーバックの読みすぎ」

どうやら、最近のルナのブームは推理モノらしい。ライルとて嫌いではないが、自分が事件に巻き込まれるのは真っ平御免である。

「この展開だと、犯人はリーザね。動機としては、ガーランドへの愛が高じてぐちゃぐちゃのドロドロに……」

「身近な人で不謹慎な妄想をしない」

いい加減、発言が危険領域に達しつつあるので、ライルは無理矢理起き上がってルナの口を塞いだ。

「ライル? ガーランドさんたちは?」

「……いない。なんでかはわからないけど、みんないなくなってる」

「え?」

遅れて来たアレンとクリスは、ライルと同じように周囲を見渡して、同じ結論に達した。

「さて、そこらに小便に行った、って感じでもねぇなこりゃ」

「例えはあれだけど、そうだね……。状況的に、例の神様とやらが関わっているとしか思えないけど」

「それはどうかしら」

すぅ、とシルフィが姿を現した。

「神族は、この都市に入ることは出来ないはずよ。あの結界の作用でね。見たところ、破壊された痕跡もないし……」

シルフィが眺めるのは、夜の闇で見えにくくなってしまっている建物の群れだ。昼間、かの神族が出現した時、この建物の全てが共鳴するように響いていた。

どうも、その辺りが結界の術式になっているらしい。どういう仕掛けか見当もつかないほどの大規模術式だ。

「そう言えばシルフィ。聞きたかったんだけど、なんで対神用の結界がこんなとこに?」

「鬼門、って言ったでしょ。あんまりそこら辺を詮索しない」

そうは言っても、気になるものは気になるクリスであった。

なにせ、術者は存在しないはずなのに、対象が現れた時だけ自動(オート)で発動する結界。しかも、中級の神族が手も足も出ない強度。これだけでも興味を引くには充分なのだが、この結界は『感知できない』。

この調査をするきっかけとなった魔力流の異常は、例の神族のもののみだ。同時に発生していたはずの結界に関する情報は、まるで入っていなかった。内部にいたお陰で、やっと気付くことができたが、外にいれば気付かないに違いない。

そこまで隠密性の高い結界がなぜ必要だったのか、クリスの知的好奇心がぴりぴりと刺激される。

(いやいや、落ち着け僕)

クリスは、ルナのようになりつつある思考に待ったをかけた。

いくらなんでも、このまま知識欲に動かされるまま調査するのはマズイ。それでは、本当にアルヴィニアの信用が失墜してしまう……だけならまだしも、条約を破った責を問われ、グローランスの管理権を剥奪されるかもしれない。そうなると、色々と不都合が出てきてしまう。

「いや、しかし」

「なにがいやしかしなんだ、クリス?」

「だが、しかし」

義兄の声も届かず、クリスの懊悩は続く。

魔法使う奴は、みんなこうなのか? とアレンが間違った認識を得つつ、ライルたちと向き直った。クリスは放置。

「で、どうする? 探しに行くか?」

「……そうしたいところだけど、夜になって動き回るのは危ないってのは変わりないよ。探しに行くとなると、入れ違いになっちゃいけないから、ここにも人を残しておかないといけないし」

ただでさえ四人しかない状況で、さらに人数を分割するのは気が進まない。

「でもね、ライル。こうしている間にも、リーザたちは危険に晒されているのかもしれないのよ? 仲間を見捨てるのは後味悪いんじゃないかしら」

「……ルナ」

いつも喧嘩していても、やっぱりリーザとは友情を築き上げていたのか。

ルナの珍しい仲間思いな言葉に、ライルはじーんとする。

「ルナ、アンタ、建前じゃなくて本音を言いなさい」

「リーザに先越されたらどーすんのよっ! あいつの後塵を拝するなんて死んでも御免よっ!」

シルフィの言葉に、ルナが即答する。

がっくりとライルは膝をついた。というか、この状況に至ってまでリーザに調査する余裕があるとでも思ってるのだろうか。思ってるんだろうなぁ、まったくいつもどおりだ。

「……じゃ、手紙だけ残して探しに行こうか」

そして、これもいつもどおりだ。先が見えないのも当然。敵が未知の存在だったりするのもいつものこと。

だから、いつもどおりに行動する。結果もいつもどおりとなるだろう。

「……はぁ〜〜〜〜〜〜」

そうは思いつつも、やはり先行きに暗雲が立ち込めているのを感じざるを得ないライルであった。

---

前の話へ 戻る 次の話へ