「ガーランドよぉ。いいのか? ライルたちにも知らせないで抜けてきたりして」

深い闇に閉ざされたグローランスの町並みを歩きながら、スルトがそんなことを言った。

「仕方がないでしょう。仮にも『神』からの頼みなんですから」

「むー、ガーちゃんが言うなら、そうするけど。あの人、なんとなく嫌い」

口を尖らせながら、リーザが不満を漏らした。

「ああ、そうだな。スカしたヤロウだった」

「そ、そうですか? 丁寧そうな人でしたけど……」

「バッカ、ネル。あんなポーズに騙されてんじゃない。ありゃあ、絶対腹に一物抱えた奴だ。元聖職者として断言する」

世の中の聖職者が聞いたら、卒倒するかブチ切れそうな台詞をのうのうとほざきながら、スルトはレギンレイヴと名乗った神の言葉を反芻した。

「……しかし、なんなんだ。あいつの言ってた『破壊して欲しい魔法』っていうのは」

「さあ? 世界を滅ぼすものかなにかじゃないんですか」

「え? 世界を滅ぼす?」

「……リーザ、そこで目を輝かせるな。怖いから」

そんな魔法があるなら是非研究したい、と顔に書いてあるリーザをたしなめつつ、ガーランドはつい先ほどまでのやりとりを思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

「こうして姿を現したのは、君達に頼みたいことがあるからです」

唐突に姿を現した『神』を名乗る者は、そんなことを言い始めた。

「……なんでしょうか。仮にも神様に頼られるほど、俺たちが頼りがいがあるとは思えませんが」

「そうでもありません」

ガーランドの微妙に失礼な反論に、レギンレイヴはゆっくりと首を振った。

その仕草が、なにも知らない子供に言い聞かせるようで、スルトは気に食わなかったが、ここで敵意を露にするのも憚られたので大人しく聞くふりをする。

「この都市には、私達神族の力を阻害する結界が張られていまして。非常に強力なもので、この地に限っては、いかに神といえど、寸毫の力も振るうことが出来ないのです。破壊を試みてみましたが無駄でした」

昼間、恐らくはこの神の前に張られた結界がそれであろう。まるで、この都市全てが、神の存在を否定するようなあの結界の強大さは、魔法を旨とするリーザとネルにはよくわかっていた。

「今とて、この私は実体ではありません。結界の外から、光の屈折と大気の振動を操って、虚像と声を届けている身なのです」

まるで本物にしか見えないのに、妙に存在感が無いのはそのせいか、と全員が納得した。

それを示すように、レギンレイヴは近場の木に自分の腕を通り抜けさせた。実体があるのなら、手品でも用いないと出来ない現象である。

「でも、なんでそんな結界がこの都市に生きているんですかー?」

語尾を延ばすんじゃない、とガーランドは思わず叱りつけたくなったが抑えた。

「そうですね。お嬢さんが疑問に思うのももっともです。この地では、様々な因縁が交差していて、結果的にこのようになっていますが……それを説明するには、時間があまりにも足りない」

つまり、触れられたくない話題なんだろ、とスルトは捻くれた思考でもってあっさり結論づけた。

「頼みたいことは一つです。昔、この都市でとある危険極まりない魔法が生み出されました。その魔法の記録の削除をお願いしたい」

「……魔法?」

キュピーン、と目を光らせたリーザを押しのけて、ガーランドが前に出る。

「記録の削除、ですか。そんなことをすれば、私はもちろん、この地を管理しているアルヴィニア王家も責を問われる事になると思いますが」

「それについては問題ありません。そも、この地に関する盟約は、我々、神がそうするよう人間に伝えたものですから」

奇しくも、同じタイミングで、シルフィの口からのこの事実がライルたちに告げられたのだが、ここではまったく関係が無い。

「詳しい位置も分かっています。グローランス南東の、一番高い塔。……この地が栄えていた頃はバベルとか、賢者の塔などと呼ばれていた建築物があります。そこの地下五階の一室にしか、この魔法の記録は存在しません。詳しい地図はこちらに」

ガーランドたちの目の前の空間に、その塔とやらの見取り図が映し出された。

「……妙ですね。この都市に入ることが出来ない、というわりには随分と内部に詳しいじゃないですか」

「人間の調査結果を受け取っていますからね」

「なぜそんな危険なものを今まで放置していたんですか?」

「こちらにも、都合というものがあるのです」

肝心なところは何一つ分からない。仕事の背景も、目的すらあやふやだ。経験上、このような仕事は見た目以上の難物になる可能性が非常に高い。

「気が進みませんね……第一、報酬は?」

「私たちは人間界の通貨は持ち合わせておりません。しかし、金や宝石の類であれば何トンか用意できますが」

「…………」

トンかよ、トンでもないな、と突っ込みたくなるのをぐっとこらえる。

そして、さてどうしよう、とガーランドの中の損得勘定が目まぐるしく動く。

正直、報酬は魅力的だ。トン単位の金塊なぞ、売り捌けば一生遊んで暮らせる。しかし、胡散臭さはこれまでしてきた仕事でもピカイチだ。

大体、塔というものは罠の巣窟だと相場は決まっている。古代文明の粋を凝らしたトラップの数々など、対処法がまったく思い浮かばない。いくら巨額の報酬があろうと、流石に命を天秤にかける気はない。

本来ならば、このような依頼は断るべきであるし、普段ならばまず間違いなく断っている。が、しかしである。

「なにか?」

このお綺麗な男性は神様である。

そして、神の怒りを買った者には、もう色々と『不幸』な出来事が起こるというのが相場だ。神族はプライドがえらく高いという話だし、断った途端、激昂して雷を落とされるかもしれない。

「……いえ、受けたくはあるのですが、他の仲間にも相談しないと」

「他の仲間、というと……。ああ、シルフィリアの契約者たちですか」

「シルフィ……? いえ、それかどうかは知りませんが」

「あちらの方にいる方々でしょう? ……申し訳ありませんが、『彼女』をこの件に関わらせたくありません。我々の動きを知られるのも面白くない。あなた方だけでお願いしたい。そのために、彼らがいない今を見計らったのですから」

彼女、と呼ばれるのは、あのメンバーの中ではガーランドの知る限りルナしかいない。しかし、神様にまで警戒されるとは、一体なにやったんだ彼女。

などと、ルナへの疑念を深めつつ、ガーランドは観念した。

「……つまり、今ここで決めろと」

「そういうわけです」

しばし悩んだ後、こくりとガーランドは頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそも、なんで引き受けたんだよ、ガーランド。報酬に釣られたか?」

「まあ、それもあります」

なにせ、彼の言った通り支払われるのならば、借金を全部返した上で冒険者などという血生臭い稼業から足を洗うこともお茶の子さいさいである。惹かれない方が人としてどうかしていると言えよう。

「やっぱな」

「それともう一つ。どう考えても、断ったら命ありませんでしたし」

「ま、そうだな。命まで取るかどうかは知らんが」

ガーランドがあっさり言って、スルトもすぐに同意する。その様子にネルは慌てた。

「え、え? どうしてです? そんな、殺すみたいなことをする人には……」

「あのな、ネル。あのレギンレイヴってやつは、どうしてかは知らんがライルたちにはこの話を知られたくなかったんだ。でも、最初になーんも確認しないで本題に入った。で、最後に知られたくないっつった」

「つまりー?」

リーザもわかっていないらしく、首をかしげている。

ふぅ、とこのパーティの年長者二人は、顔を見合わせてため息をつく。

「つまりさ。話を聞いた時点で、逃げ道はなくされてたんだよ。断られた場合、俺たちがライルたちにこの話したらアウトなんだから」

ガーランドが、スルトの話を結論づけた。

「断ったらどういう行動に出てたか……ちょっと見てみたくはあったけどな」

「多分、結界があるこの街から出たら、その時点でなんかされますよ」

だろうなあ、とスルトは肩をすくめた。ガーランドは、何故彼が神を嫌うのか、理由が少しだけ分かった。確かに、意地の悪い方法を使うものである。

「でも、これでルナより先に都市の研究を始められるね」

「……リーザ? お前、わかってるよな? 今から、『魔法の記述を破壊』しに行くんだぞ? お前が記録取ったら何の意味も無いんだからな?」

「わかってるよー。でも、他のならいいよね?」

「本当に分かってるのか? 魔法の効果すら、知ってはいけないから部屋の外から破壊しろって指定なんだぞ?」

『ほんの少しでも、部屋の中を見たら……わかりますね?』と告げたレギンレイヴはすごく怖かった。なまじ、物腰が丁寧な分、本気だという事が分かってしまうのだ。

「え゛?」

「……お前、さては全部暗記する気だったな?」

流石は長年の付き合いというか、どうやら図星だったらしい。あからさまに顔を引き攣らせたリーザの頬を、ガーランドは思いっきり引っ張った。

「ひゃめてー」

「今度ばっかりは洒落にならないんだから自重しろよ?」

「ひぇ、ひぇもぉ」

「わ・か・っ・た・か?」

一字一字区切って、ガーランドが凄みを利かせる。

リーザは半泣きになりながら、コクコクと頷いた。

「しかし、確かにこっそり見たら、向こうにゃわからないんじゃねぇか?」

「スルトさんまで……」

「いや、そうじゃなくてだな」

スルトは言いよどみ、キョロキョロと周囲を見渡す。

「……ガーランド。今、『見られてる』感じあるか?」

「? いえ、ありませんが」

外での自分達の動向は、常にあのレギンレイヴに監視されていたのだろう。ほんの僅かであるが、今思い返すと夕飯の支度中など、常に違和感が付きまとっていた。

この静かな都市の中なら、その手の気配を見落とすことはない。今、レギンレイヴの注目は、こちらには来ていない。

「じゃあ言うが……さっきも言ったとおり、多分あいつには俺達の屋内の動向を探る術はない……と思う」

「はあ」

「で、だ。仕事が終わった後、『もしかしたら秘密を見てしまったかもしれない人間』を、あいつはどうすると思う?」

「え……」

スルトの指摘に、まさか、と背筋が冷たくなった。

あそこで、依頼を受けなければ、よくないことが起こると踏んだから依頼を受けたのに、受けても下手を見る可能性が出てきた。

「一応、覚悟はしとけ、リーダー。俺たちゃ、自分らで思っているよりずっとヘヴィな依頼を引き受けちまったのかもしれないぜ」

何の覚悟だ。遺書でも残しておけばいいのか。

しかし、向こうも神。そんな無茶な真似はしないだろう……とは思っても、先ほどの応対を見る限り、その可能性は低そうだなぁ、と憂鬱な気分になるガーランドであった。

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