「くっくっく。尻尾を見せたのが運の尽きよ。とっとととっ捕まえて、私の趣味に走らせてもらうから覚悟しておきなさい」
などと、不穏極まりない事を呟きながら、ルナが食事を進めている。
他のメンバーは、そのアブナイ笑みに、自然と距離を取っていた。
「あの……ルナ? 言っておくけど、まだ手かがりはなんにもないんだからね?」
この都市、グローランスを“攻撃”していた謎の人物。遠くから見る限りでも、その魔力はルナ以上だった。早々尻尾を見せるとは思えないし、見つけたとしたら多分戦いは避けられない。
……いやだなぁ。報告だけして帰るのはだめかなぁ、などど、ライルは考える。
「クリス」
「あー、うんー。気持ちはわからなくもないんだけど、もう一度ここに人員を派遣するのは、ちょっと時間かかっちゃうんだよね。あの人物の目的がなにかは知らないけれど、あんまりよろしくないことだろうし……ここでケリを付けておきたいんだよ」
「……名前呼んだだけなんだけど」
なぜか、この上なく完璧な回答を返されてしまった。
「一年、
会ってない位じゃあ、あの濃い学生生活を一緒に送った人間の性格を忘れたりしないさ」
それにしたって、クリスの洞察力と対人観察力の賜物だろう。
考えていることが周りの人みんなに筒抜けだと思うと精神衛生上よろしくないので、ライルは素直にそう感心しておくことにした。
「……んー、できた!」
「え、なに?」
なにやら、画用紙を掲げて喜ぶリーザに、全員の視線が集中する。
「どうした、リーザ。できたって、なにがだ?」
「見て見て、ガーちゃん。あの時の変な人の絵描いてみたんだ」
「あの時の、って」
「わたし、視力いいから」
「って、見えてたのか!?」
スルトが驚きの声を上げる。
彼を含む他のメンバーには、シルエット程度しか見えなかったのだが、リーザには目鼻立ちまでもが見えていたらしい。
期待に旨を膨らませ、全員がその肖像画とやらを観察し、
「……なあ、リーザ。これは、どこのビックリドッキリモンスターなんだ?」
「もうー。見た目は人と変わらなかったよぅ」
「見ろ、ガーランド。なんか、のこぎりみたいな歯が並んでるぞ、すげぇ、肉食っぽい」
スルトが震える指先で指摘し、
「そ、それに、ほら。この腕を見てください。もはや、腕というよりも戦斧みたいに見えるんですけど」
ネルが、恐怖に顔を引き攣らせながら指摘し、
「うーん、背中に刺さっている剣は、なにを暗示してるんだ、これ」
背中に刺さった(?)二本の棒みたいなのを見て、ガーランドが唸る。
「致命的にド下手糞ね」
好き勝手な寸評を、ルナが一言で纏めた。
「ひ、ひっどーいっ! じゃあ、ルナは絵描けるの!?」
「なんで私にだけ噛み付いてくんのよ……まあ、人並には描けるけど? 魔法陣とか、絵心がないとちゃんとしたものが描けないしね」
「うー、私も陣なら描けるもん」
地団太を踏むリーザの手にある絵を、ガーランドがひょいと取り上げる。
「うーん……今のところ、唯一の手がかり、か」
「手がかり、か?」
思わず、アレンは鸚鵡返しに尋ねてしまった。
「そう言われると答えに困る。少なくとも、この絵自体は手がかりじゃないが……おい、リーザ」
「なぁに、ガーちゃん」
ガーランドに呼ばれた途端、飼い主に呼ばれた犬のごとく、ルナと喧嘩をしていたリーザが振り向いた。
「この絵の人間って、男だったか、女だったか」
「男」
「歳と背格好は?」
「多分二十台から三十台前半まで、背はよくわかんなかったけど、普通かそれ以上だと思う」
「髪の毛の色と長さ」
「金髪をこう、肩辺りで切り揃えてたよ。女の子みたいに」
「服装」
「なんか、白いローブみたいなの。ゆったりした感じの」
ふんふん、とガーランドがいちいち頷きながら、いつのまにか取り出したペンを画用紙の裏に走らせる。
十分ほどだろうか、一通りの問答を済ませたガーランドは、その絵をみんなに見せた。
『おおー』
思わず、全員から拍手が巻き起こる。
「ガーちゃん、うまーい」
「……まぁな」
素直な賞賛の言葉に、ガーランドが照れた。
「うん、よく似てるよ。わたしのと同じくらいに」
「それで、この絵で合ってんの? リーザ」
世迷言をさっぱりと無視して、ルナが確認をとった。
「ぶー……そんな感じで合ってる。細かいところは、もう覚えてないけど」
「ふん。つまり、コレが私の敵の姿ってわけ」
ただの似顔絵に殺気を振りまいても、なにが起きるというわけでもないだろうが、ルナは呪いの類も少し覚えているので実は効果あるのかなぁ、なんて思いながらライルもその肖像をまじまじと観察した。
……嫌みったらしい顔であった。どこが、というわけではないが、貴族のそれと通じるような雰囲気を感じる。金髪に白のローブ。清潔というよりもどこか潔癖な印象だ。
(うまいわねー)
と、ライルの頭に、そんな声が響いた。
(ん? ああ。そうだな。ガーランドさんには、絵の才能がある)
(いや、それもそうなんだけど、似てるなぁ、って)
(一体なにに……って、シルフィ?)
声の正体に目を向けてみると、口調とは裏腹に、シルフィの顔はひどく緊張しているような、怒りを堪えているような、妙な表情になっていた。
(……おい?)
(マスター)
凛とした、決心を感じさせる声で、シルフィが言った。
(ルナとアレンとクリス。適当に言い包めて、ガーランドたちから離して。ちょいと、私から話すことがあるから)
「あによ、ライル。急に話だなんて」
『久方ぶりに旧友同士夜通し語り明かしたい』
などという、非常に苦しい言い訳で元ヴァルハラ学園メンバーを呼びつけたライルは、早速文句を言われていた。
「そうだね……。本当にどうしたの? 話なら、城にいる間に散々したと思うけど」
「俺、そろそろ眠いんだから、早めにしてくれよな」
「その、なんていうのか」
集まる視線に耐えられず、とっとと話せ、とばかりにライルは隣に浮いているシルフィを突っつく。
「突っつかないでよ。……久しぶり、アレン、クリス」
嫌そうにそれを払いながら、シルフィが片手を上げながら姿を現した。
「シルフィ? おお、お久」
「久しぶり」
ライルたちと再会してから始めて姿を見せた友人に、アレンとクリスは格好を崩した。
「元気そうで何より……とかなんとか、呑気な話だけで終われればよかったんだけどね」
「ってことは、こうやって集めたのはシルフィから話があるから、ってことだね」
納得いった風に頷くクリスを見て、シルフィがかすかに微笑む。
「相変わらず、頭の回転が速くて助かるわ」
どこかの誰かたちと違って、という声は無かったが、確かにライルとルナには聞こえた。
「話そうかどうか、かなり迷ってたんだけどね」
大きくため息をついたシルフィは、すぐに決心したように面を上げた。
「人間が来てるのに姿を現すあたり、あちらさんも相当焦ってるか、それとも人なんてどうでもよくなっているか……。正直、どう状況が転ぶかわかんなくなってきたから、話しておくことにするわ」
「あの、シルフィ? 僕、聞きたくなくなってきたんだが」
前置きからして、怪しい匂いがぷんぷんである。ライルは顔を引き攣らせ、思わず一歩引いていた。
臆病とは言わないでやって欲しい。冒険者などという稼業は臆病すぎるほど慎重でないと生き残れないのだ。格好悪い話であるが。
「別に、尻尾巻いて逃げたいっていうのなら、私は反対しない……どころか、そっちの方が良いと思うけど……」
「私が許すとでも?」
シルフィの言葉を継いで、ルナがニコリと笑いながらパリパリと両手から火花を散らした。
「それに、そんな形で仕事を断ったとしたら、経緯はどうあれ二度と冒険者として依頼を受けることはできなくなるだろうね。今謹慎中で、ガーランドたちの助っ人として強引に参加してるんでしょ?」
そして、追い討ちをかけるように、クリスが極めて実利的な面からのツッコミを入れた。
「まぁま。ライル。そう怖がるなよ。シルフィの話を聞いてからでも、遅くは無いだろ」
「そうなんだけどね……。はぁ、アレンが羨ましいよ、よくそんな自然体に構えてられるね」
「じたばたしても仕方ないからな」
諦めて話を聞く体制になったライルを見て、シルフィは話し始めた。
「じゃ、まず結論から言うわね? グローランスを攻撃してた“あいつ”は……」
ごくり、と誰かが唾を飲み込む音。
全員の注目が集まる中、シルフィはとある事実を嫌々そうに告げた。
「中位上級の“神”。レギンレイヴ。一応、顔見知り」
「なんだろーな、ライルたち。急に話だなんて」
焚き火に薪を追加しながら、スルトはライルたちが去った方角を見つめた。
「? なにって、久しぶりにきゅーこーをあたためる、って言ってたじゃない」
「阿呆か。こんな状況で、しかもあんな深刻そうな顔して提案するこっちゃねぇよ」
ライルがなにか重要な事を話すだろうと思ったからこそ、この状況での別行動を許容したのだ。コレで本当に昔話に花咲かせてやがったら、あのガキ絞める。
「ん〜?」
「まあ、帰ってきたら教えて欲しいところですね。わざわざ、俺たちから離れた辺り、望み薄ですが」
まだよくわからないという顔のリーザを、ガーランドはやや乱暴に撫で付けながら述懐した。
こと魔法に関してなら、極めて高い理解力を示すリーザだが、こういう話になると途端に頭が働かなくなる。そう言うところを含め、フォローをするのが自分の役目だとガーランドは思っていた。
「そうだな。……ネル。警戒は飛ばしてるよな?」
「はい。ダークフィッシュを六匹。この近くに放してます」
召喚獣の制御に集中しているネルは、スルトの問いに顔を上げずに答える。
夜の闇を泳ぐ魚、ダークフィッシュ。力自体は弱いが、隠密性に優れた低位の幻獣の一種だ。
先ほどまでは自動(オート)モードで周囲の策敵をしていたダークフィッシュは、今はライルたちが話している辺りまで警戒網を広げている。
「ったく。連中、なまじ一人で大抵の危険に対応できちまうもんだから、この手の警戒が緩いんだよなぁ」
「その辺りは、俺たちがフォローしてやるべきところでしょう。……ま、両殿下はともかくとして、ライルたちには講義もかねて言い含めておくべきですけどね」
苦笑するガーランド。
その笑みが、一瞬にして凍りついた。
「誰だっ!?」
誰何の声を上げながら、足元の大剣を取る。脇に座っていたリーザをもう片方の手で後ろに放り投げた。
そして、突如として出現した気配に、鋭く視線を飛ばした。
まだ、闇に紛れ姿は知れない。しかし、確かに、そこには“何か”がいた。
「誰だ、と問われたからには、答えなければなりませんね」
その『誰か』は、清涼で神聖で……どこか、聖歌を思わせるような声で答えた。
「私の名は、レギンレイヴ。第四位に名を連ねている神です」
そこにいたのは、ガーランドの描いた肖像と、ほぼ寸分違わぬ姿をした男だった。