世紀の歌姫、と巷で騒がれているリーナさんの母、レナ・シルファンスさんは、驚くほど気さくな人だった。
「まさか、リーナに男友達ができるとわね……しかも二人」
「お、お母さん!?」
「……で、どっちが本命なの?」
「そ、そんなんじゃないです!」
家族の前だと、やはりリーナさんも砕けている感じがする。
それはいいんだが、目をきらきらさせているマナさん(ファンらしいから仕方ないかもしれない)。いまいち興味が薄げなリュウジ。
「ねえ、あなたたちは、この娘のこと、どう思ってる?」
……なんというか、僕はどう反応したもんだろう?
第12話「トラブル・コンサート その2」
「こらこら。レナ。あんまり初心な少年たちをからかわないの」
「サレナ。人聞きが悪いわね。からかってるわけじゃないわよ」
僕が答えをあぐねいていると、一人の女性が部屋に入ってきて、助け舟を出してくれた。
綺麗なドレスを纏ったその人こそ、この城の主で現ローラント王国女王サレナ・ローラントさんだ。うちのお父さんたちと同い年なのだが、実年齢より十歳は若く見える。多分、王族の金にあかせて怪しげな薬でも使っていると僕は見ている。
と、突然サレナさんが僕の方を向いた。
「リオン。学校では何度か会ってるけど、あんまり話してなかったわね。なにか言いたい事があるならこの機会に聞くけど?」
口調は柔らかだが、その目が笑っていない。『なに下らんこと考えてんじゃ、こんガキがぁ!?』って感じだ、僕的に。そして、恐らく(もう少しやわらかい言い方だろうが)その想像は当たっている。
サレナさんが笑顔でも、その表情を鵜呑みにしてはならない。
「い、いえ。僕はあんまり話すことはないなぁ〜って思いますけど」
「そう? なにか言いたそうに見えたけど?」
「気のせいでしょう」
……思い出すのも億劫だが、このサレナさんは僕の初恋の人だったりする。
いやまあ、子供の頃にありがちな年上の人への憧れのようなものだったのだが、我ながら若気の至りとしか言いようがない。
そんな過去があるせいか、サレナさんはある意味、お母さん以上に苦手だ。どうにも逆らえないのだ。
「サレナ。あなたこそ、子供をいじめちゃダメでしょう」
「いじめてなんていないわよ」
「嘘。こんなに怯えて……可愛そうに」
と、レナさんが僕を抱きしめてぽんぽんと背中を叩いてくれる。さりげなく、涙がきらりと光っていたり。
なんか、この二人って仲がいいんだなあ、と実感した。
「はいはい……。で、明日からのスケジュールを確認にしたいんだけど? 一応、主催はうちになってるんだから、失敗は許さないわよ?」
「わかってるって」
「じゃ、ちょっと打ち合わせしましょう。……例の件についてもね」
「了解。……じゃ、リーナもついてきなさい」
僕を離してサレナさんについていくレナさん。そして、リーナさんもその二人についていく。
なんつーか、レナさんって意外なほどフレンドリーな人だ。……でも、サレナさんが『例の件』と言ったとき、少し顔が強張ったのは気のせいだろうか?
どうも、気になる。
「ああ、多分一時間もかからないと思うから、ゆっくりしてて。すぐ帰すから。シグルドの娘も、それでいいわよね」
部屋から出て行く寸前、サレナさんが顔だけドアから出してそう言う。僕は手を上げて答えておいた。シグルドの娘、っていうのはマナさんのようだ。彼女も、ぎこちなく『はい』と返事をしている。
パタン、と扉が閉まる。
ぷはぁ、と息をつく音が聞こえた。
「は〜〜〜。緊張したぁ。なんでいきなり女王様が来るのよ……」
見てみると、マナさんだ。ここなしか、顔色も青い。
「てゆか、ふつーに話しとったなリオンは」
「そうよ。レナさんならともかく、なんであなたが女王様と知り合いなのよ。変じゃない」
「変と言われても……」
僕からすると、サレナさんは小さい頃からいろいろ可愛がってもらったおば……ごふっごふっ……お姉さんだ。お母さんと一緒に、お父さんをいじめているところを見ると、とても女王の風格など感じられない。
近所の悪戯好きなお姉さん、というのが僕から見たサレナさんの印象である。
そんな言い訳、聞いてもらえるはずもなく、質問攻めにあう僕であった。
「で、これなんだけど」
先ほどまでとはうってかわって、厳しい顔になったサレナが一通の封筒を取り出す。その黒い封筒は宛名などなく、中に入っているのは二つ折りにされた一枚の紙。
「これは?」
なにも聞いてなかったリーナが疑問の声を上げる。
視線で開けてみるように命じるレナ。
「あ……」
紙には、『コンサートを中止しろ』とだけ、書いてある。雑誌や新聞から切り取ったらしいその字を見て、リーナの顔は蒼白になった。
「これって……」
「まあ、所謂脅迫状。嫌がらせなのか、本気なのかはこれだけじゃ判断つかないけれど……」
「でも、なんで?」
「さあね」
サレナは肩をすくめる。
「でも、レナのコンサートは、かなりのお金が動くし、各国の著名人も訪れる。これがマジな脅迫状なら、そこら辺が不都合なやつらがいるんでしょうね」
「そういうわけで」
レナが娘に向き直った。
「あなたにも一曲歌ってもらおうって言ってたけど、無しにするわね。まぁ、もうすぐ音楽祭って聞くし、そっちで思いっきり歌って頂戴」
「えっ、でもお母さんは……?」
「私は予定通りやるわよ」
「あ、危ないよっ!」
「なぁに。今までこういうことは何度かあったし、こんな事で引き下がってちゃ私の沽券に関わるしね」
「でも」
リーナとしては、大好きな母が危ない目にあわないか、と言うほうがよっぽど大切である。泣きそうな目で、サレナの方を見た。
「ん〜、中止にした方がいいのはわかってるんだけど、レナはこう言ってるし、チケットも完売しちゃってるしね」
「そんな……」
うつむく。どうしよう、どう言ったらお母さんはコンサートを中止してくれるんだろうか。
あてどもなく視線を彷徨わせる。
ふと、リーナと向かいにあるクローゼットに違和感を覚えた。ここはサレナ女王の私室、とのことだから、あの大きなクローゼットには豪華な衣装がたくさん入っているのだろう。そのクローゼットが少し開いている。
と、思ったら、閉じられた。
疑問に思う暇もなく、話が進んで行く。
「うちのボディガードは優秀だし、どうにでもなるわよ」
「でもねえ。絶対、ってわけじゃないでしょ。城の騎士も何人か寄越すけど、万全には程遠いし」
サレナは頭を抱えた。
かなり年上とは言え、サレナにとってもレナは大切な友人である。……こう言ってはなんだが、騎士のほとんどは家柄だけでその地位についた不甲斐ない輩だし、安心できない。
中止しないのなら、なにか絶対的な予防線を貼っておきたいのだが……
「あ」
「なに、サレナ?」
「あいつがいた」
そうだ。自分には最強とも言える知り合いがいるではないか。おあつらえ向きに、ちょうどヴァルハラ学園にいることだし……!
「レナ、ちょっと待ってて。助っ人に心当たりがあるから……」
と、サレナが立ち上がり、念話用の水晶を取りに行こうとしたとき、
「話は聞かせてもらった!」
そんな声と共に、ばんっ、とクローゼットが開いた。
「る、ルーファス先輩!?」
中から現れたのは、なぜかルーファス。
なんでこんなところに? と、リーナの思考がぐるぐる回る。
「あ、あんたなんでそんなところにいるのよ?」
恐る恐るサレナが尋ねる。顔が引きつっているように見えるのは気のせいではあるまい。
「いや、前貸した本返してもらいに来たんだけどな。なにやら、お前以外の人が一緒みたいだったから、とっさに隠れたんだ」
「……にしても、他に隠れる場所くらいあるでしょうに。あっ、服がしわになってる」
「いや、ちょうどすぐそばにあったし……。って、そんな恨めしそうな目で見るなよ!」
そもそも、どうやってこの部屋に入ってきたんだろう? それに、どうして女王様と知り合いなの? などと、リーナの頭にはもっともな疑問が思い浮かんでいた。
「リーナ、知り合い?」
レナが尋ねてくる。おそらく、名前を呼んだせいだろう。
しかし……
主の留守中に、勝手に異性の部屋に入り込んで、さらにはクローゼットの中に隠れていた男。
……世間体最悪だった。
「し、知らない人!」
リーナは思わず、視線を逸らしながらそんな事を叫んでいた。
「……リーナちゃん。けっこうひどくない、それ?」
ルーファスは部屋の隅っこに行っていじけた。