リーナさんがお父さんに告白したという、ちょっと洒落にならない事件から一週間ほど経った。

部活で嫌でも顔を合わせる二人は、かなりぎくしゃくしているらしい。まあ、理由は察するに余りあるが、音楽祭も近付いていると言うのに二人――特にリーナさんの調子が悪いというのは、音楽部としても気が気でないだろう。

理由が理由だけに、僕やマナさん(この際リュウジは除外)がどう励ましたところで逆効果。ここのところ、暗く沈んだ顔をしていることが多いリーナさんだったが……

なにやら、今日は楽しげである。

 

第11話「トラブル・コンサート その1」

 

「〜♪」

怪しい。

なにが怪しいかって、リーナさんが鼻歌を歌っている。

いや、それ自体は別にいい。鼻歌とは言え、はっとさせられるほど綺麗な声だ。問題は、昨日まで人生お先真っ暗です……なんて顔をしていた人が、いきなり明るくなっていることだ。考えるまでもなく、リーナさんはそう簡単に気分を変えられるような人ではない。

「あの〜。リーナさん?」

「おはよう。リオンくん」

答える声も明るい。

「……熱でもあるんですか? なら、保健室まで付き添いますけど」

「え? それって、どういうことですか?」

「……まあ、いいんですけど」

体調が悪いと言うわけでもないようだ。

というか、意識せず、とてつもなく失礼な事を聞いてしまった。……反省。

「あ、そうだ。リオンくんには渡しておくね」

思い出したように言って、カバンから長方形の紙を取り出した。

受け取って見てみると、『レナ・シルファンス・セントルイス特別コンサート特別招待券』の字。右下には開催日が載っていて、なんと明後日。初耳なんだが、いつ決まったんだろう?

「お母さんが、私のことも心配だからって、この街でコンサートを開くことになったの。聞いた話だと、開催が決まった途端、予約が殺到して、チケットあんまり回してもらえなかったんだけど、友達と一緒に来なさい……って」

今日まですっかり忘れていたんだけどね、と苦笑しながら付け加える。まあ、それどころじゃなかった、ってことだろう。

「え? じゃあ、音楽部の先輩たちとかに渡さなくていいの?」

「ん……実は、あまり音楽部の先輩たちとは話した事なくて。その……練習の邪魔をしないようにって、あんまり話かけたりされないから。それなら、リオンくんやマナに来て欲しいな」

「あ、うん。そういうことなら、ありがたくもらっておくよ」

素直に受け取っておく。正直、こういうコンサートに興味もあった。

僕が受け取ると、リーナさんは一つ微笑み、連れ立って登校して来たマナさんとリュウジの元へ歩いて行った。……いや、あの二人。仲がいいのか悪いのか。それとも、生活時間が見事に噛み合っているのか、登校してくるときは大抵一緒だ。

鞄の中身を机に入れながら、なんとはなしに三人の様子を眺める。

あっ、リュウジがいつもの「マナさんをからかうポーズ」を決めた。殴られてる殴られてる。……おっ、さらになんか付け加えた。マナさん、槍を取り出して、本気で突いてる。さすがにこれは本気でかわしている。

まあ、いつものといえばいつもの光景だ。

リーナさんはこめかみのあたりに汗を流しながら、もう一度こちらにやってきた。

「リオンくん」

「ん?」

なんだ。こんどはやけに緊張してるぞ?

「で、で……これなんだけど」

とりだしたるは、僕が貰ったのと同じ招待券。席番号は……僕の隣。

「ルーファス先輩に……渡してくれないかな?」

恐る恐る、といった感じで差し出してくる。

「別に構いませんけど……」

ただ、あのお父さんが素直に受け取るかどうか。なにせ、この前のお母さんの襲来以降、ビクビクしっぱなしだ。こんなの受け取ったとお母さんに知れたら、今度はどんなお仕置きが待っているか……と考えて、断る可能性が高い。

「あ、別にルーファス先輩が嫌って言ったら、そのまま捨てていいから」

強がった笑み。

……まあ、お父さんも、あれで芯が通っているから、自分を好いている子の誘いを無碍に断るような事はしないだろう。もし断ったら、僕が一発お見舞いして、無理矢理引きずって行けばいい。

……カウンターを決められて、逆に(なんというか不吉な場所へ)引きずっていかれると言う可能性はとりあえず考えないことにして。

「わかりました。兄さんは首に縄をつけてでも連れて行きますから、心配しないでください」

……やっぱり、お父さんの事を『兄さん』と呼ぶのは慣れない。

「ありがとう」

満面の笑み。

なんてゆーか、首に縄をつけて〜という表現を使ったのに、素直に頷ける辺り、意外とリーナさんもいい根性しているなあとか思ったり。お母さんとの邂逅が、よからぬ影響を与えたんではあるまいな? ……リーナさんが、ああいう風になるのは、さすがに見たくないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞ」

「え?」

「だから、あのレナ・シルファンスのコンサートだろ? 行くに決まってるだろうが」

あっさりと。実にあっさりとお父さんは行く事を決めた。

「なんだ、リオン? 俺が行くと不都合でもあるのか?」

「いや、不都合って言うか……お母さんの機嫌、悪くならない? その……リーナさんからの招待って事でさ」

「なんだ、そんなことか……」

!?

「そ、そんなこと……?」

ありえない。お父さんがお母さんの怒りを「そんなこと」呼ばわりするとは。

「さては偽物か!? 本物のお父さんをどこへやった!?」

「……時々、お前が本当に俺の息子かどうか、疑わしくなるときがある」

呆れたように、お父さんは肩をすくめ、

「リアの襲来から一週間。俺は開眼したんだよ。大体、なぜ、俺はこうまで不当な扱いを受けなくてはならない? 俺からなにをしたというわけでもないのに、だ。そりゃまあ、やきもちやいてくれるのは、まあ限度があるにせよ、可愛いもんだ。だがしかし。駄菓子菓子!」

ぐぉんっ! と右腕を振り上げ、立ち上がる。

「あれは限度なんてモンをはるかに超越してる! そして、俺は自由だ!! その気になれば、リアなんぞけっちょんけちょんにノしてやることもできる! それが勇者とか言われている者として、否! 夫としての威厳だ!」

「それができないからお父さんなんじゃないですか」

「しゃらっぴゃああ!! いいから、俺はリーナちゃんの招待を受けるぞ。コンサートに行く。それがリアに対するささやかな反抗だ!」

本当にささやかですね。と、心の中で思わずツッコむ。

まあ、こんなことを言っているが、お父さんがルーファス・セイムリートであり、お母さんがリア・セイムリートである限り、この二人の力関係に変化なぞ起きようもない。所詮、口だけだろう。

「で、現実問題、その先はどうする気ですか? まさか、リーナさんに鞍替え、なんてことは……」

「阿呆か、リオン。そこまでしたら、俺がリアに殺される」

……………いや、もうなんて言うか。この人に威厳なんて最初からないような気がしてきた。本当に口だけだし。

「それにな。こんな事言うのはむず痒いが……一応、俺たちは愛し合って結婚したわけだぞ」

「あ〜そういえば、そのはずですよね」

「……お前の言動には、時々ものすごい含みを感じるときがある」

「気にしないでください。事実ですから」

むっ、と口を尖らせるお父さんだが、口での言い合いとなると、僕のほうが有利なので『納得はいかないけど、この辺にして置いてやる』ってな感じの視線を向けて、座った。

「ま、リアもただ単にコンサート聞きに行くぐらい、見逃してくれるだろ。そうだ。サレナあたりに招待させて、リアも来るように仕向けてもいい」

「それは、お父さんのオチが決まってしまうので、オススメはしませんよ?」

「……オチってなんだ、おい」

そんなこと、言われずとも本人が一番わかっていると思うのだが……。

とりあえず、リーナさんから受け取った招待状を渡しておく。……たぶんというかなんというか。絶対に、ロクな結果にはならないだろうなあ、と今更ながら頭を痛めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで次の日。

セントルイスに到着したというリーナさんのお母さん――レナさんは、流石と言うか、お城に招かれたらしい。

娘であるリーナさんはともかく、その友人に過ぎない僕やマナさん、リュウジは城までは入れない。……まあ、普通なら。

「なあ、リオン」

「なに、リュウジ?」

「お前なあ。なんで、城に入るのに顔パスやねん?」

僕は、お父さん繫がりで、この城にはたまに訪れていた。お父さんたちは、年を食わないという性質上、こっちにはあまり来なかった。だが、人間界に慣れるという名目で、たまに僕はこの城に一人で訪れていたのだ。

貴族とか騎士――要するに、プライドが高い人々――は、女王の友人の息子というだけの(名目上)普通の庶民の僕にはあまり好意的ではなかったが、門番さんとか台所のコックさんとかは、大抵顔見知りだ。

よって、城に入るのに、面倒な手続きとかもいらない。

この国自体、けっこうユルイ雰囲気があるし。

「……まあ、あたしがいるってこともあるんでしょうけど……」

複雑な表情でマナさんが呟く。

かくいうマナさんも、お父さんがこの国の上級騎士であることから、幼い頃からけっこう出入りしており……以下略。

そして、城の奥、客間にたどり着く。

やたらお金のかかっていそうな扉を開けると、中には上品そうに微笑む婦人の姿があった。

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