レナ・シルファンスは、なんというか驚いていた。

「あなた」

「ん? なんだ? レナさん」

友人であるサレナからの紹介で自分の身辺警護を引き受けてくれた少年。娘とそう変わらない年齢のはずである彼の堂に入った態度にレナはこれ以上ないくらいの違和感を覚えていた。

まず、元々いたボディガードは邪魔だからと部屋の外に追っ払われ、文句を言う暇もなくレナの部屋内を探索。瞬く間に計十六個にも及ぶ探査系のマジックアイテムを押収した。現在は、レナ宛に届けられたファンレターやらプレゼントなどを色々検分している。

その作業に澱みはなく、ボディガードとして優秀であることがわかる。まあ、確かに優秀ではあるのだが……

「あなた、本当に学生なの?」

少なくとも、一介の学生が持っていていいスキルではなかった。

 

第13話「トラブル・コンサート その3」

 

「学生です。ごくごく普通の」

俺は断固とした態度で言い放った。

なにを言うかな、この人は。俺は、今回は絶対に普通の学生として過ごす。過去、リアやサレナやソフィアに奪われた明るく楽しい学園ライフを取り戻すつもりなのに。

「そう? 明らかに、場慣れしてるみたいだけど」

そりゃそうだ。過去、冒険者稼業をしていた時分には、この手の仕事も少なくはなかった。だから、場慣れしているのは当然なのだが、ここは誤魔化しておくべきだろう。

調べていた届け物を鉄製のゴミ箱に突っ込みながら、俺は反論する。

「そうですかね? 慎重にやっているだけですが……『ファイアボール』」

ごくごく小さな火球を生み出し、ゴミ箱(ちなみに合金製の頑丈な奴)に放つ。中に入っていた届け物が燃え始めたのを確認して、すばやく蓋を閉めた。

ぼふっ、と中で爆発音。

単純なマジカルトラップが仕掛けてあったのだ。

「っと。やっぱり、あの脅迫状は本物だったみたいですね。わざわざこんな嫌がらせまでして……」

この規模の爆発なら、指の一本や二本は吹き飛ぶかもしれないが、死にはしない。警告、ということなのだろう。

やれやれである。

レナさんのコンサートがどれほど不都合なのかは知らないが、俺の平穏な生活を乱すような真似をするのはやめて欲しい。血生臭い事になりそうだ。

「ほら。その手際一つとっても、とても娘と同じ年代とは思えないわ」

「買い被りです」

「じゃあ、なんでサレナがわざわざ勧めたのかしらね?」

「気まぐれな人ですから、女王さまは」

ここに関してはとぼけておくしかない。なんでサレナと知り合いなのか、とかそーゆーことを答えると俺の立場は非常に危ういことになる。

まあ、それにさえ気をつけなければ、どうということはない。

「そういえば、あなたの名前は、あの勇者と同じなんですってね?」

「……はあ、まあ一応」

どうということはない。

「そういえば、一五、六年くらい前に、あなたと同じセイムリートっていうファミリーネームの女性にサインしたことがあるんだけど」

「へ、へえ」

どうということはない……はず。

「確か、その人の隣にいなかった? あなた」

「なんの話かわかりかねますね……」

忘れていたと言うかなんというか。

俺とリアはこの人のコンサートを聞きに行った事がある。結婚して間もない頃だ。新婚旅行と称して、世界中をめぐっていた時期でもある。

それで、レナさんの歌に大層感動したリアがサインをねだった。

まあ、俺も直接会いたいなあ、とか思ったので警備の奴らを黙らせつつ、控え室に乗り込んでサインをお願いしたわけだ。しかも名前入りで。しかも、帰り際、警備が多数押しかけてきそうだったので、咄嗟に瞬間移動で逃げてしまった。

……そりゃ覚えてるわな。

「別に、詮索するつもりはないけど……素性の知れない人に、護衛されるって言うのは、正直少し不安ね」

「はあ……」

「あなたは信用できると思う。けど、少しは事情を話せないの?」

「事情と言われても、特別なことはなにも」

「あっそう……」

彼女の言う事は、当然の事だが……俺の事情はなるべく隠しておくべきだろう。

「さてと……今度は向こうかな」

こんなやりとりのあいだに、この部屋の安全は確保できた。

「あら、どこ行くの?」

「ちょっと気になる事がありまして。すぐ帰ってきますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……」

「どうしたんですか、リュウジ」

「いや、財布忘れた。わるい、奢ってや、リオン」

「……なんか、最近搾取されている気分なんですけど」

しぶしぶと僕は財布から小銭を取り出す。

お城からの帰り道。僕たちは、合流して以降、暗い顔になっているリーナさんを元気付けるため、美味しいと評判のアイス屋に来ていた。この屋台のアイスを食べながら、フィンドリア国立公園で散歩すると言うのが最近のトレンドなんだとかなんとか、リュウジが自慢げに語っていた。

所詮、リュウジだから信頼性は薄い。そもそも、どこに自慢する要素があるんだろう?

「はい。リーナ。これはあたしからの奢り。元気だしなよ」

「……ありがとう、マナ」

マナさんからアイスを受け取りながらも暗い顔は治っていない。

さて、本当にどうしたんだろう、リーナさんは。

レナさんに会えて、とても嬉しそうだったのに、なんかお父さんに告白して玉砕した時と同じくらいへこんでいる。

本当になにがあったんだろう。

城内……というか、サレナさんの部屋の辺りにお父さんの気を感じたが、それと関係あるんだろうか。……いや、きっと関係あるんだろうなあ。

こうやって疑わざるを得ない親子関係というのもどうなんだろう。

「あ、おねえさーん。わい、チョコミントとレモンとストロベリーとレインボーマグナムな!」

「リュウジ。僕のおごりだと言う事を忘れていませんか? それになんですか。最後の怪しい味は?」

「なに言うとる! 奢りやからこそ、食うんやないか」

……遠慮って言う言葉は、リュウジの辞書にはないのだろうか?

「すみません。さっきのキャンセルで、バニラを一つずつ」

とりあえずツッコまず、注文をし直す。

リュウジはかなりショックを受けたようだが、僕の金なんだからこのくらいは当然だろう。

「はい。バニラでいいですよね」

「くっそ〜〜。リオン、お前なんかスレてきてへんか?」

「さあ?」

言いつつ、僕は公園のベンチにいるリーナさんの方に歩いて行った。

隣のマナさんがなにやら話しかけているが、上の空。これはいよいよ重症のようだ。

諦めたかのようにマナさんは立ち上がり、こちらに来る。

「ゴメン。ダメみたい。リオンくんからもなんか言ってやって。他の人にも言われたら、元気出すかもしれないし」

「そのつもりですよ」

手を振って了解の意を示す。こう言ってはなんだが、マナさんよりは僕の方がリーナさんに近い性格をしている。きっとなにかの力になれるだろう。

僕は、とりあえずリーナさんの隣に座る事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

「…………………………」

で、なんだかんだで二十分。

ずっと無言で過ごしているわけだ。

(こ……こんなはずでは)

なかったんだけども、どうも空気が重すぎる。余程深刻な事態なのか……って、僕にとってはアイスが食べる前に溶けてしまったのも十分深刻な事態なんだけど。

「あ、あの、リーナさん?」

「………………」

く、くじけるな、僕。

「なにかあったんですか? ほ、ほら。なんかお母さんたちと話してきてから、ずっと暗いですけど」

「………………うん」

「僕でよければ、なんでも相談に乗りますから。話してみてくれませんか」

リーナさんは迷ったようなそぶりを見せると、ぽつりぽつりと語り始めた。少し時間も経って落ち着いたんだろうと思う。

で、その内容だけど、僕は驚きを禁じえなかった。

「きょ、脅迫状?」

「うん」

「なんだって、また……」

たかが、というと怒られるかもしれないが、たかがコンサートである。わざわざそんなのを送りつけてまで中止にしてなんの得があるんだろうか。

「そ、そういえば。兄さんが、そっちに行きませんでしたか?」

我ながら苦しいとは思いながらも、聞いてみる。ずっと気になっていたのだ。

「うん。来ました。サレナ女王に言われて、お母さんの護衛をするらしいですけど……」

特に不審そうにもせず、答えてくれる。

「そ、そうなんだ」

とりあえず、これでレナさんの安全は保障された。お父さんは頼りないところはあるものの、荒事となると右に出る者はいない。いささか頼りない雰囲気はあるけれど……

「……ん?」

話しているうちに、ぽつん、と点のような敵意が僕たちの後方に出現した。

それがなんだと考える前に、体が動いた。

リーナさんを地面に引き倒し、自分は後ろを振り向いている。それとほとんど同時に、すでに眼前に迫ってきていた投げナイフを指と指の間で受け止めた。

「誰だ!?」

ナイフを投げ返そうかと思ったが、どうやったらいいのかわからないので下に捨てる。

「よく止めた」

のそり、と公園の草むらから三人の男が出てきた。全員黒装束を纏っている。少なくとも、この大陸では見ない格好だ。

そういえば……

さっきの投げナイフをもう一度観察してみる。

普通のナイフととは全く違う形状。確か、ヒノクニの忍と呼ばれる特殊工作員が使う投擲用の武器……クナイ、っていったっけ?

「忍……?」

「なかなか博学だな。小僧。我らの事を知っているか……」

見ると、いつの間にか公園には僕たち以外の人間がいなくなっている。少し離れたベンチでなにやら言い合いをしていたリュウジとマナさんだけだ。

その二人も異常に気がついてこちらに駆けつけてきている。

忍の姿を認めて、二人は警戒を強める。

「ふん……」

リーダーらしき一人が、僕たちの事を見回し、厳かに命じた。

「シルファンスの娘以外に用はない。他の奴らは殺せ」

それは、リオン・セイムリート初の実戦の開始の合図であった。

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