入学式。
まず、学園長がサレナさんだった。
……現女王が、一体なにをしているんだろう。普段は、学園長代理を立てているそうだが、今年からはなるべくこっちにも顔を出す、と言っていた。僕のせいではない……と思いたい。
そして訓話が終わって壇上から降りるとき、こちらに意味ありげな視線を向けてウインクをしたのは、気にしないでおくことにした。精神衛生上よろしくないからだ。
そして、新しいクラス。
胸をドキドキさせながらクラス分けの表を見る。まあ、知っている名前は二つしかないのだが。
……幸いにも、その二つの名前は同じ列に並んでいるのだった。
第4話「集合、四人組」
「リオン、同じクラスやったな」
「あ、はい」
席につくと、後ろの席からリュウジが話しかけてきた。『リオン』『リュウジ』なので出席番号は一つ違いだ。
教室の席は、廊下側の一番前から出席番号順に埋まっていく。僕たちは男子の最後の二人なので、窓際から一つ離れたところの最後尾。
まあ、いいポジションと言えるかもしれない。
「いや、しかし、すごい偶然やな」
「……う〜ん。偶然、ですかね?」
昨日、リュウジの修行に付き合っているとき、サレナさんが僕に会いに来た。
……そのときの『任せておきなさい』という笑顔が、どうにも作為的なものを感じさせる。やっぱり、僕に気を使ってくれたんだろうか。
「何の話や?」
「ああ、気にしないでください。別にどうでもいいことですから」
「そか? まあ、ええけど。……にしても、ここの連中、なんやねん。俺ら以外、みんな知り合い同士みたいやで」
見回してみると、確かに、それぞれ4〜8人程度のグループで固まって話をしている。
「……たぶん、セントルイスの中等部からそのまま上がっている人が多いんじゃないですか?」
「そりゃそうやろけど、も〜少し、外部から来た俺らにも話しかけてくれてもよさそうなもんやないか?」
「まあ、すぐ慣れますよ。初めだけだと思います」
人付き合いの経験ほぼ皆無の僕の意見だから、信憑性は薄いかもしれないけど。
「そーやろか? わいみたいな田舎モンは、クラス全体から村八分を喰らうことになるんやないか? そ、そうなったらどないしよ。あ、あかん、わい、寂しゅーて死んでしまう……!」
「……ウサギじゃないんですから」
「ヲヲ、ナイスツッコミやで、リオン」
なぜか、リュウジが喜ぶ。
そして、ふと教室の入り口のほうに視線を向けた。
「ん……? なんや、廊下のほうが騒がしいなあ」
確かに、なにやらざわざわという声がこちらにやって来ている。
僕も、なんとなく気になって入り口のほうに目をやると、ちょうど一人の女生徒が入ってくるところだった。
流れるような髪は銀。憂いを帯びた瞳は蒼。そんな彼女はなにやら居心地悪そうに歩いてくる。そういえば、彼女が入ったとたん、教室の中もざわめき始めた。
『お、おい。マジか?』
『あの噂、本当だったんだ……』
『あの娘……だよね?』
などという会話が、クラスのそこかしこで話される。聞き耳を立ててみるが、どうも肝心なところが聞き取れなかった。
注目を浴びまくっている女の子は、俯きながら逃げるような早足でリュウジの隣の席に来た。
カバンを机の横にぶら下げて、座り、そのまま誰とも顔をあわせないように机の上に視線を固定する。
近くの席だし、やけに暗そうなので、元気付けるためにも話しかけようと思ったが……どうにもタイミングがつかめなかった。
「よっ。わいはリュウジ・クサナギっちゅーねん。隣同士、まあ仲良くしよや!」
無駄にさわやかな笑みを浮かべ、親指を立てながら、リュウジがフレンドリーに話しかけた。……ナイス、と思った。
「えっ……」
女の子は軽く驚きの声を発し、顔を上げる。そこで便乗して、僕も名乗りをあげることにした。
「ちなみに、僕はリオン。リオン・セイムリート。よろしくお願いします、リーナさん」
「ちょい待ち、リオン。なんでこのねーちゃんの名前知っとるんや」
「出席番号40番、リーナ・シルファンスさん。このクラス全員の名前はもう覚えました。出席番号順に並んでるから、顔と名前を一致させるのも簡単でしたし」
「……ますますもってなにもんや、お前」
顔を引きつらせながら、リュウジは驚愕の顔で僕を見る。
二人だけで話を進めている僕たちに、リーナさんは一瞬あっけに取られたようだが、すぐに気を取り直し、か細い声で言った。
「え……っと。リーナ・シルファンス……です。よ、よろしく」
「おう!」「はい」
僕とリュウジが同時に返事をする。
そこでやっと――ほんの少しだけだが――リーナさんは微笑んだ。
リーナさんは、かなり人見知りをする方らしい。
話すとき、微妙に視線をそらして、オドオドしたように小さな声で話す。それでも、いくつか話したところによると、リーナさんも僕たちと同じく、セントルイスの外から来た外部生らしい。
「ちっ。それにしても、気分悪いなあ。なんやねん。さっきからこそこそ話しよってからに」
確かに、リュウジの憤りもわかる。どうもクラスの人たちが、僕たちのほうをちらちら見ながら、こそこそと話をしている。
「あ、あの……」
「ん? なんや、リーナ」
「多分……私のせいだと思います。すみません、ご迷惑をかけて……」
「リーナさんのせいって、なんでですか?」
確かに、水準を越える美少女だし、外部生と言うこともあって珍しいのかもしれないが、それだけで注目されると言うのはおかしいと思う。それだったら、僕やリュウジもそうなのだし(美形ではないが)。
「その……うちのお母さんが、歌手のレナ・シルファンスなんです」
リーナさんがその原因を告げる。
だが、僕たち二人は反応できない。
「え、えっと……あの……知りませんか?」
「知らん」「ごめんなさい。有名な人なんですか?」
この体たらくである。かたやこっちの国とはほとんど交流のないヒノクニ出身の剣術家。かたや生まれてこのかた、人間界に降り立ったのは数えるほどしかない元勇者の息子。
……ローラント王国で有名な歌手の名前なんぞ、知るはずもなかった。
「うぃ……」
リーナさんが困ったように頭を抱える。
「い、いやあの……ごめんなさい」
なんとなく謝る。心底困っているリーナさんを見ると、とても悪い事をしたような気がしてきた。
「こ・ん・の、ヘタレどもが〜〜〜!!」
そうこうしていると、何の脈絡もなく、棒状のもので引っぱたかれた。
いい? レナ・シルファンスさんと言えば、若干十歳のころに歌手としてデビューして、その後現在に至るまで全世界に感動を振りまいている生ける伝説的な歌姫よ。
受け取った賞の数は数知れず、国という国の王様が自国のお抱えにしたがっているけど、『より多くの人に自分の歌を聞いて欲しい』という絶対のポリシーを持ってて、どんな大金を積まれても断っているの。
そんな彼女の娘が、この子リーナ・シルファンスさん。幼いころから母親のレナにくっついていて、いくつかの舞台に立ったこともある。才能だけなら彼女を凌ぐとまで言われている、前途有望な歌姫よ。ここに通うことになってセントルイス中が、彼女に注目しているわ。なんでそのくらい知らないの!?
そこまで一気に説明して、僕とリュウジを手に持った棒(布で包んであるけど、槍のようだ)でぶっ叩いた少女は、ぜーはーと息をついた。
殴られた箇所は……まあ平気だ。僕は打点をずらしたおかげでダメージはないし、おそらくリュウジも似たようなことをしていると思う。
むしろ、無呼吸で説明を続けた彼女のほうが辛そうに見える。
「大丈夫ですか?」
「へ、平気です、このくらい!」
カバンを僕の隣の机に置き、どっかと座り込む。
それで、彼女の名前にぴんと来た。出席番号39番、マナ・エンプロシアさんだ。
「で、なんでわしらが叩かれなあかんねん?」
「そ、それは悪かったわよ。あたし、レナさんの大ファンで、あなたたちがちっとも知らないようだから、レナさんが馬鹿にされたような気がして……」
「そら悪かったな。だけど、わいもリオンもずぅ〜〜っと田舎出身やから、仕方ないねん」
「そう。ごめんなさい」
素直に頭を下げるマナさん。なんてゆーか、真面目な人だ。さっきは興奮していたほうだが、冷静になると凛とした雰囲気を纏っている。
「ま、誰にでも間違いはあるし、許したるわ。わい、心広いしなぁ〜」
と、ぽんぽん、とマナさんの頭をたたくリュウジ。……この上なく心が狭いと感じるのは僕だけだろうか? マナさんも、ぴくぴくと顔を引きつらせている。
「にしても、ちょっとさっきのは感心しないわね、みなさん」
マナさんは気を取り直して、ジロリ、とキツイ目でクラスのみんなを見回す。
「リーナさんは、理由はどうあれ一生徒としてここに来ているんです。先ほどのような反応はどうかと思いますが」
「そやな。まあ、リーナの性格からして、そーゆーのは嫌やろうし。なあ?」
リュウジが促すと、リーナさんはしばらく考え、コクンと頷く。
「そーゆーこっちゃ」
リュウジも視線をクラス全体に向ける。
みんなは、それぞれ顔を向け合ってバツの悪そうな様子だ。
「でも、まあ、いきなり殴りかかってきたこいつが言うことでもないと思うけどな〜」
パンパン、と無遠慮にリュウジがマナさんの頭を再び叩く。確かに、それは僕も思ったが……リュウジは、真面目が続かない性分らしい。
「〜〜〜っ!」
さっきの負い目があるのか、マナさんは怒りをこらえている。
「痛かったでぇ〜。こ〜んな感じ」
どこからか取り出したハリセンでペチリとマナさんを叩く。
……なにかが切れた。
「死ね! ○○○野郎!!」
マナさんが放送禁止用語を叫びながら、布に包まれた槍を振りかぶった。……どうやら、怒ると性格が変わるタイプらしい。
「Noぉぉ!!?」
リュウジの情けない悲鳴を聞きながら、もしかして僕の学園生活はずっとこんな感じに過ぎていくのだろうかという嫌な想像が僕の頭を掠めていた。