担任はウォードさんだった。色々ざわついていたクラス内も、すぐに静まり、それぞれの席に帰っていく。色々騒いでいたリュウジとマナさんもだ。

そして、ウォードさんが担任になったことによって、サレナさんの暗躍があったことが疑惑から確信に変わる。実害はないから放っておくけれど、職権乱用ではないだろうか?

「今日から一年間、君たちの担任を務めるウォード・クラインだ。武術関連の授業を担当している。とりあえず、入学おめでとうと言っておこう。それで、今日はまず、色々な係を決めたりしなくては……」

「ZZZZ……」

どうでもいいけれど、初日から堂々と寝るとはリュウジはどういう了見なんだろう。

 

第5話「前途多難な僕ら」

 

ヒュッ! と空気を切り裂きながら、ウォードさんが投げたチョークがリュウジの頭をめがけて飛ぶ。

「ZZZ〜〜」

寝息を立てながらも、リュウジの右手が飛んでくるチョークを掴んだ。間違いなく熟睡中だというのに、その動きは機敏だった。日々の訓練の賜物だろうか。

さらに、そのチョークを寝ながら投げ返す。無論、リュウジの師匠であるウォードさんは難なく受け止めた。

クラス全体が唖然と見守る中、ウォードさんはしばらく沈黙したかと思うと、次はチョークを二本同時に投げた。ただ二つ投げただけではない。一本目はフェイクで、本命は一本目と全く同じ軌道を通る二本目である。

今度のリュウジは、一本目を人差し指と中指の間、二本目を中指と薬指の間で受け止め、やはり投げ返した。

「……なにやってんですか」

ぼそりと呟いた僕の声は、この師弟には届くことはなかった。半ば意地になってチョークの投げ合いを続けるウォードさん。本当に、こんな人が担任で大丈夫だろうか。

あまりの事態に硬直していたリーナさんがやっと正気を取り戻し、となりの席のリュウジを起こそうとゆさゆさと揺らす。

「あの……」

と、か細い声で呼びかけるも、無反応。実に気持ちよさそうな寝息を上げながらチョークを受け止め、投げる動作を繰り返す。目の前で、チョークが飛び交っていると言うのに、リーナさんは意外と冷静だ。

場違いな事を考えていると、僕の隣に座っているマナさんがガタンッと立ち上がった。ダンダンと机を乱暴に叩き、怒りをあらわにする。

「先生! 早く話を進めてくれませんか!?」

苛立っている様子が言葉尻からひしひしと感じられた。

「し、しかし……」

「しかしもかかしもありません! なに下らないことしてんですか!? 見ていてうっとおしい上に、危険ですよ!」

こわっ。

「だが、師匠としての威厳が……ったぁ!?」

マナさんに意識を集中した瞬間、ウォードさんの頭にチョークが炸裂。十分な初速度を与えられたチョークは、目標に当たるとともに粉塵と化す。その威力の程、凶器と呼んでも差し支えないだろう。

「く……くくく! いい度胸だ、リュウジ……」

「せ・ん・せ・い!!?」

ギロリ、と恐ろしい視線が向けられる。ウォードさんは、その視線にビクッと反応すると、何事もなかったかのように(無駄な努力だと思うけど)クラスのみんなに向き直った。

「あー、ごふっごふっ……それで、だ。まずは委員長、副委員長を決めねばならん」

髪の毛についた白い粉を払いながら、表面上は冷静に言う。

「ZZZ〜」

いまだ起きないリュウジの寝息に、こめかみのあたりがぴくりと動いたようだが、なんとか耐えたようだ。……主に、僕の隣でにらんでいるお嬢様のせいだろう。

「先に決めるのは委員長だが……」

ウォードさんがそう言うと、自然とクラスの視線が一人に集まる。もう、このクラスの委員長は決まったも同然だ。

「えっ? えっ?」

彼女以上に『委員長』を務め上げられる人がいるとは思えない。担任の先生をたしなめるあの叱責。見るからに真面目一直線の風貌。誰が彼女に対抗できようか?

「がんばって、マナさん」

隣の席の僕が、一言言うと、みんなの視線の意味がやっとわかったらしく、マナさんは絶叫した。

「なんで!?」

いや、なんでと聞かれても。

 

 

 

 

それから、他の係を決めるのには難航する……と思いきや、比較的すんなり決まった。。

こういう決め事は時間のかかるものだと聞いたことがあるので驚いたのだが、いろんな意味で頼りになる委員長の力だろう。

そして、すべて終わった後、ウォード先生の台詞によってクラス内はざわつき始めた。

「で、パーティーを決めなきゃならん」

これも話に聞いてあった。このヴァルハラ学園では『パーティー制』を採用しているらしい。

要するに、4、5人程度のチームを設定しておいて、一部の授業や数々の行事をその単位で行うらしい。将来、冒険者になる生徒が多いから、との配慮だそうだ。

一年間、自分と付き合う人だ。みんながざわつくのもわかる。

「あー、それぞれ、違う中等部から来たやつらも多いと思う。知らないやつらと組むのは嫌かもしれんが、やはり、先生は色々な人と仲よくやっていくべきだと思う。だから、手っ取り早く決めさせてもらうぞ」

……なにか、嫌な予感がした。

この予感はお父さん譲りのもので、自慢じゃないが外れたことがない。

「まず、男子の出席番号の一番、二番と女子の出席番号一番、二番だ。そして、次は三番と四番。そういうふうに四人一組でのパーティーを出席番号順に作っていけ。まあ、近くに座っている連中だから、早く顔の確認もしておけよ」

……だからといって、避けられるわけではないのだけれど。……本当に自慢にならないな。

「それじゃ、今日は解散だ。帰っても構わんが、自分のパーティーの連中と親睦を深めておくほうがいいと思うぞ」

ウォードさんが去った後、ぎこちない視線が絡み合う。

「「よっ……よろしくお願いします」」

僕とリーナさんの声が重なった。頭を下げる動作まで同時だ。

それでも、心底嫌そうな顔でリュウジを見ているマナさんの機嫌は払拭されなかったらしい。

……そして、リュウジは、まだ呑気に寝ているのだった。

「(リュウジ、早く起きてください!)」

「んあ?」

小声で呼びかけながらゆする。……が起きるはずもない。微妙に反応はしたが、それだけだ。

ゆっくりと、マナさんが机に立てかけてある槍を手に取った。

大きく振りかぶる。

せめて、穂先が向けられていないことに、安堵するべきだろうか? 怒りの魔神と化したマナさんもそのくらいの理性はあったらしい。

「起きやがれ、この唐変木が!!」

めきょっ! と、嫌な音が鳴った。

 

 

 

 

 

「ったく。何するんや。気持ちよぉ寝とったのに」

「寝るのがそもそも間違えているのよ!」

頭をさすりながら不満の声を上げるリュウジを、マナさんが一蹴する。

「あ、あのっ……!」

リーナさんが小さい声を上げた。場の雰囲気に耐え切れなかったのだろう。

「あ、ああ。ごめんなさい。リーナさん。ちょっと取り乱して……」

取り乱しすぎだろう。

「とりあえず、自己紹介をしましょうか?」

「せやな」

「「そうですね」」

委員長のマナさんは、やはり、この中でも仕切り役っぽい。そして、僕とリーナさんはまたハモってしまった。気まずげに、顔をあわせる。どうも、似た者同士のようだ。

「じゃあ、あたしから。マナ・エンプロシアよ。一応、この国の上級騎士の娘で……これを使うわ」

と、槍を掲げる。装飾がやや多めに見えるが、十分実用に耐えるものだろう。

「なんで、武器も紹介するんですか?」

ふとした疑問を投げかけてみた。

「ええと……武術系の授業のためとか。あと、ここの学園では、学期末にミッションってのがあって、そこで実戦もこなすかもしれないし」

「ミッション……って、かなり危険な匂いがするんですけれど」

これは第六感といってもいい。危険を察知する重要な感覚だ。……ただ、さっきも言ったように、それを避けるのは至難の業なのだけれど。

「それは仕方ないと思うわ。でも、一応、今まで命まで落としたっていう話は聞かないから、大丈夫でしょ」

本当ですね? と聞き返したいのは山々だったが、話を止めるのもなんだと思い、一応頷いておいた。僕はリュウジほどの戦闘力はないから、どうしても過敏になってしまう。

「じゃ、次はわいやな。遠くヒノクニよりやってきた快男児。草薙一刀流、リュウジ・クサナギや!」

ででーんと芝居がかったポーズをとり、リュウジが名乗りを上げる。なにやらバックに津波が見えたりした。

「あ、そ。じゃ、次は、そこのあんたね」

「つめたっ!? おい、お前。それはないやろ!? なんか、もっとこう、反応してくれや!?」

「えーと。僕の名前はリオン・セイムリートです。趣味は家事一般。武器は一応……これを使いますけど」

腰に下げていたナイフを見せる。

「り、リオンまで!? あ、あかん。相方にまで裏切られてもーた……」

いつから僕はリュウジの相方になったんだろう。

「これって……所謂、ソードブレイカーよね? これは、どっちかというとサブウェポン的なものだと思うけど」

「ええっと……どうも戦いのほうは苦手で」

苦笑を浮かべる。ちなみに、リュウジは隅のほうで拗ねている。

「趣味を家事と言い切るところといい、男の癖に情けないわね。姓は立派なくせに」

「うっ……それを言われると、つらいんですけど。でも、姓が立派って?」

「あの伝説の勇者と一緒じゃない」

……それはお父さんです、とはさすがに言えない。言っても信じてはもらえないだろう。

「じゃあ、リーナさん……」

「いや、そっちはええわ」

「なんでよ」

「前回、お前がさんざんわめいとったやろーが」

前回、という言い回しが微妙に問題発言っぽいが、なるべく気にしないでおく。

「あのっ……一応、私も……」

「ん? まあ、やりたいなら止めへんけどな」

リーナさんが弱弱しく自己主張をする。

「リーナ・シルファンス……です。歌とか好きです。……争いごととかは、リオンくんと一緒で苦手ですけど。マナさん……すみません」

「えっ!? あ……あはは。いいのよ? リーナさんは女の子なんだから」

マナさんが乾いた笑いを浮かべる。

「男女差別やー! いーけないんだいけないんだー。せーんせーにゆーたーろー」

「黙れ、うじ虫!」

石突でリュウジのみぞおちを狙う。……思うんだけど、キレたときのマナさんは、そこはかとなく理性を放棄しているような気がする。

「甘いわ!」

が、ちゃんと起きていて、不意打ちでもなければリュウジには当たらない。

「くっ……」

「ほれっ、鬼さんこちら〜や!」

「こ、殺す!」

すでに、ぎらりとした刃が光を反射している。すでに、リュウジを殺すことに躊躇はないようだ。

「……リーナさん。危ないから下がっていましょうか?」

「そ、そうですね!」

……前途多難な僕らだった。

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