やって来ました、ローラント王国はセントルイス。その一角にあるヴァルハラ学園。

寮長にあいさつを済ませ、バッグを担いで指定された部屋に向かう。もっとたくさんの人が引越し作業をしているかと思ったけど、新入生はとっくの昔に入寮を済ませているらしい。入学式の前日まで遅れたのは僕だけだとか。

まあ、仕方ないか、とため息を吐きながら、これから僕の城となる部屋を開ける。

「……ありゃ?」

なぜか、中には僕と同い年くらいの男の子が居た。

 

第3話「東方の剣術家」

 

「お前、誰や?」

「それはこっちの台詞です。どちら様ですか?」

「質問を質問で返すなや。まず、わいの質問に答えんかい」

なんだろう。この妙なしゃべり方をする人は。

「はあ。僕はリオン・セイムリート。今日、この寮に入ったヴァルハラ学園の新入生です」

「ほーか。わいも新入生や。名前は、リュウジ・クサナギ。ま、よろしゅう」

「で、そのリュウジさんが、僕の部屋になんの用なんですか?」

聞くと、リュウジさんはぎくりとなったように視線をそらす。あからさまに怪しい。こめかみの辺りを流れている汗も、お父さんがよくする仕草(?)だ。

「……なにか?」

「い、いや。その、な?」

不審な様子に、首を傾げると、部屋の中の様子が見えた。本棚、タンス、ベッドに机と、基本的な家具は揃っている。そして、なぜかいくつかのダンボールが置いてある。荷物は全部バッグに詰めてきたから、僕のではない。

「この学園、地元のやつが多いやんか。寮の部屋も使ってないやつがけっこうあるって聞いてな……」

「つまり、僕の部屋を倉庫代わりにしようとしたわけですね?」

パンッ、とリュウジさんが手をたたいた。

「すまんかった!」

「い、いや。そんなに謝られましても。別に、怒っているわけじゃないですから」

「ほんまか?」

「嘘ついてどうするんですか」

「そ、そーか。あ〜よかったわ。都会モンはみんな冷たいって聞いとったからなあ」

心底安堵したように、リュウジさんは床にへたり込んだ。

「都会モンって……」

「いや。わい、東方のヒノクニ出身なんや。ほれ、名前からして、こっちの連中とは違うやろ」

「ああ、そういえば。それに、その口調……」

「おう。わいの住んどる地方独特の方言。その名も『カンサイベン』や」

そこまで言うと、リュウジさんは突如あらぬ方向に振り返って人差し指を立てた。

「一応言っとくけど、作者は近畿出身やが、関西弁を使う地方やったワケやない。時々、変な感じになるかもしれんよって、気がついた人はメールかなんかで教えてや。なるべく直していくようにするわ」

「……なに言ってるんですか」

「気にすんな。わいらは知らんでええことや」

首を捻るしかないけれど、リュウジさんが知らなくていいと言ったので、それ以上考えるのをやめた。いくら考えても、答えが出そうにないし。

「まあ、とにかく。すみませんけど、この荷物持ち帰ってもらえますか?」

「ああ。すまんかったな」

「いえ。入居が遅れた僕も悪かったですから」

「そや。リオンは今日引越し作業するんやろ。手伝ったるわ」

自分のダンボールを三個まとめて持ちながら、リュウジさんがそう言う。

「いえ、悪いですよ」

「気にすんなって。迷惑賃や。それに、一人ですんのも大変やろうし」

確かに。片付けとか、夜までかかるかもしれない。お父さんたちも手伝いに来てくれてもいいのに。

「じゃあ、すみませんけど」

「おう! 任しとき!」

力強い返事が頼もしかった。

 

 

 

 

 

 

 

「えーと。まず、本を本棚に詰めましょうか……うんしょ、と」

バッグの中から本を取り出していく。

物語から参考書、魔法書など、実家の蔵書から厳選して持ってきたのだが、本棚の半分ほどは埋まりそうだ。

「あ、ああ」

取り出す端からリュウジさんが本棚に入れていく。なぜか、驚いたような顔をしているが。

「それと、服も。お母さんが趣味で一杯作ってくれたから、多いですけど」

お母さんは、こういうのが得意だ。僕のだけでなく、自分のやつもお父さんのやつも全部作ってくれる。

春秋用、夏用、冬用と、一応全部持ってきた。

「ちょ、ちょい待ちい!」

「え?」

「一体、そのバッグになんぼ入ってんねん!? 明らかに、本だけでバッグの体積超過しとるやろ!!」

「体積が超過しているって言われても。この中は、一応亜空間魔法で空間を圧縮してあるから、ちょっとした倉庫並みには物が入りますが」

バッグを広げて見せる。その向こうの圧縮された空間を見て、なぜかリュウジさんは口をあんぐりとあけて呆然としていた。

「なにか変でしょうか?」

「『変でしょうか?』ってなあ! 変を通り越して異常極まっとるわ! そもそも、亜空間魔法ってなんやねん!?」

「そんなこと聞かれましても。うちではごく日常的な技術ですけど」

得意なのはお父さんだが、僕も『空間創生』は無理だけど『空間圧縮』くらいなら使える。

「わいか? わいのほうが変なんか?」

なにやらリュウジさんが悩んでいる間、僕は次々と荷物を取り出していった。

食器、調理用具、生活雑貨、etc……たちまちのうちに、部屋にあふれてしまう。リュウジさんだけに片づけを任せるわけにもいかないので、僕も急いで片づけを始めた。

「あ、そのカップはそこにお願いします」

「りょ、了解や」

まだリュウジさんは悩んでいるようだが、まあ、仕事はしてくれるし問題ないだろう。

小一時間もすると、なんとか生活できる空間になった。もともと、家具等は一通り揃っていたので、楽なものだった。

「どうぞ」

とりあえず、終わったので、一息入れることにした。

「お、緑茶やないか。こっちじゃないかと思っとったけど」

「ヒノクニ出身なら、このお茶のほうがいいと思って」

「うん。確かにな」

ずずずっ、としばしお茶をすする音が部屋に響く。一応、茶菓子に羊羹も用意してある。

「でも、早めに知り合いが出来てよかったです。僕、ずっと山奥の村に住んでたから、同年代の友達とかいなくて」

一応、他の人にはこういう説明をするように言われている。

「ほーか。ま、わいも似たようなもんやし、仲ようやろうや。もしかしたら、おんなじクラスになるかもしれんし」

「はい」

本当に運がよい。

人付き合い自体、ほとんどしたことない僕に、偶然とは言え知り合いが出来たのは僥倖だ。

「よろしくお願いしますね、リュウジさん」

「あー。ちょっとちょっと」

「はい?」

「わいら、友達やろ。そーゆー堅苦しいんはなしにしようや。リュウジでええよ。それと、敬語も勘弁な。苦手やねん」

「はあ。でも、敬語は癖なので。さんづけはやめられると思いますけど」

僕が答えると、リュウジさ……リュウジは困ったように頬をかいた。

「しゃーないなあ。人の癖をどーこー言うんもなんやし」

「すみません、リュウジ」

「ま、それでええわ」

右手を差し出してくる。

僕は服で手を拭ってから、しっかりとその手を握った。

 

 

 

「でも、なんでヴァルハラ学園に来たんや? 村とかに住んどるんやったら、普通、そこからでーへんやろ」

「んと。うちの両親がここに通っていまして。それで、こっちの知り合いの人に口聞いてくれたそうです。勉強は身に着けておいて損はないから」

「なるほどなあ」

「そういうリュウジはなんでなんですか。ヒノクニからわざわざ……ここに来るだけでも大変だったでしょう?」

「あー、まあ、な」

リュウジはなぜか言い淀む。

「うち、草薙一刀流っちゅう剣術を代々伝えておって、わいが次の後継者予定なんやけどな。現当代の親父が……その、ぎっくり腰で剣を振るえんようになってもうて」

「そ、それはご愁傷様です」

「剣術家がなさけないもんや。で、今は亡きじっちゃんの弟子だった人を頼って来たんや。やっぱり、師匠がおらんと、上達せーへんからなあ」

なかなか豪快。

剣のためにここまでするということは、リュウジは本当に剣術に人生をかけているようだ。

「東方の剣術、ということは、使うのは刀ですよね」

「おっ、刀を知っとるんか」

「ええ。まあ。知り合いの人が使……」

待てよ。

「さっき、草薙一刀流、って言いましたか?」

「おう」

「もしかしなくても、リリス・クラインという人に心当たりはあったりするんでしょうか?」

「確か、さっき言ってたじっちゃんの弟子だった人の娘さんやったと思うけど」

やっぱり。

お父さんとお母さんの友達であるリリスさんは、僕が小さいころからたびたびうちに訪れる人だ。その人は、お父さんから習ったと言う刀を使う。

流派は草薙一刀流だという話をちらっと聞いた覚えがある。

「なんや。知り合いなんか?」

「ええ。うちのお父さんたちの知り合いのなんです。そのリュウジの師匠になる人は名前を知っているくらいですけど。ウォードさん、でしたよね。この学園の教師をしている」

「そや。奇妙な縁もあったもんやな」

感心したように、うんうんと何度も頷く。

「全くです」

「っと、そういえば、そろそろ師匠の所に行かなあかんな」

「訓練ですか?」

「おう。時間割いてもらって、草薙一刀流の稽古をしてもらっとる。こっち来てから始めたから、まだ三日目やけどな。一緒に来るか?」

「いや。でも……」

「どーせすることないんやろうし、暇やろ。まあ、強制はせんけど、来たらどうや」

少し考える。確かに、明日は入学式で色々忙しいが、今日は特にすることはない。別に、断る理由もないことだし、

「じゃあ、お邪魔させてもらいます」

「ほんならいこか」

そいういことになった。

 

 

 

 

 

「……で、リュウジ。こっちの子はだれだ?」

「あれ? 師匠、知らんかったん?」

「だから、リリスさんのお父さんのほうは名前ぐらいしか知らないって言ったじゃないですか」

ついさっき言ったはずなのに、リュウジは「そやったか?」と首をかしげている。

「リリスの知り合いか? ま、まさかリリスの不倫相手とかじゃないだろうな。あの子を不幸にするような真似は……」

「ち、違います。違いますから、その刀、引っ込めてください」

リリスさんは既婚だ。昔は、お父さんが好きだったそうだが、紆余曲折を経て、さる真面目な人と結婚したらしい。そのとき、このお父さんと一悶着あって、なんとか認めてもらったと、昔、苦笑交じりに話していた。

「リオン・セイムリートといいます」

「“セイムリート”? ま、まさかあいつの……」

「子供です」

言うと、ウォードさんは複雑極まりない顔をした。懐かしがるような、苦々しく思うような、怒っているような、非常に微妙な顔だ。

「そ、そうか。あ、あいつは、元気でやっているか?」

発する台詞もぎこちない。

「はあ。たまに、お母さんに半殺しにされていますけど、普段は無駄に元気です」

「相変わらずか……」

「師匠、リオンの親父とどういう関係なんや?」

ふっ、とウォードさんは遠い目をした。

「宿敵……だな。一応、教え子でもあったが、断じて俺は認めていなかった」

……ずいぶん仲が悪かったようである。

「まあ、それも昔のことだ。今となってはなんとも……そ、そう。な〜んとも思っとらん。二桁に及ぶ回数、病院送りにされたことなど、ちっとも気にしていないぞ」

「すごくデンジャラスな関係だったんですね……」

思い出して、怒りにぴくぴくとなっている。下手に思い出してもらわないほうがいいみたいだ。

「しかし、リオンの親父って一体何者なんや? 師匠は草薙一刀流でも随一の使い手やのに」

「何者、って聞かれても……」

なんと答えたものだろうか。『昔、魔王を倒した伝説の勇者様です』と言ったところで、いくらなんでも信じてもらえないだろうということは、僕でもわかる。

「ま、まあ。とりあえず、でたらめに強い人だよ」

「そか。いつか手合わせ願いたいもんやな」

「やめといたほうがいいと思うけど」

まともに戦って、あのお父さんと張り合えるような人が、この世界に居るとは思えない。……まあ、お母さんやリリスさん、サレナさんあたりならあっさりとノしてしまいそうだけど……あくまで、『まともに戦って』の話である。

「しかし、あいつの息子なんだったら、リュウジの修行に付き合ってやってくれないか。どうせ、お前も人間離れした強さなんだろうし」

「いや。僕は弱いですよ。一応、稽古はつけてもらってましたけど、そっちの才能は受け継いでないようで」

毎日、お父さんに吹っ飛ばされ続けた記憶が蘇る。あれを考えるに、リュウジの修行の役に立つとは到底思えない。

「そう言うな。なんだったら、技の受け手になるだけでもいいから」

「……まあ、別に構いませんけど」

すっ、と腰の後ろに下げているナイフを取り出す。受けに特化したソードブレイカーなら、なんとか受け手くらいはこなせるかもしれない。受け手なんてするの初めてだけど。

「お、おいおい。ちょっと待ちいや、リオン。訓練で使うんは木刀や。型の稽古で、真剣なんぞ危のおて使っとれんわ」

「え? でも、お父さんと訓練するときは、いつも真剣で切りあってたけど……」

たまに、変な武器を使われることはあったけど、基本的に僕もお父さんも使うのは本物の剣だ。まあ、切りあう、と表現するには一方的過ぎたけど。

「相変わらず、あいつは非常識だな……。そもそも、それは訓練って言うのか? ……あー、リオン。確かに、実戦の勘を養うことも大事だし、俺たちもよく真剣での訓練はするが、技の型を修行するだけなら木刀でも十分だ。小太刀サイズの木刀があるから、これを使ってくれ」

「はあ」

そして、僕は日の暮れるまでリュウジとウォードさんの修行に付き合うこととなるのだった。

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