物心ついたときから、硬派で通してきて、恋なんてものは一回たりともしたことがなかった彼は、ヴァルハラ学園に入学して、一人の女子に一目ぼれした。

今日は、一大決心して告白してみた。

「り、リリスさん! 好きだ! 付き合ってくれ」

「あ、私、好きな人いるから、パス」

そして、三秒で玉砕した。

 

第29話「憂鬱な果し合い」

 

彼……ボルド・バーンズは、所謂、『番長』であった。

いや、冗談でなく、マジである。

ヴァルハラ学園に入学する前に通っていた初等部、中等部では、入学して一ヶ月以内に学校内をシメた。以後、彼の独裁体制を崩す存在は皆無で、このヴァルハラ学園でも、支配下に置くつもりだった。

とかなんとか、考えていたのだが、ボルドはここで人生の一大転機をむかえたのだ。

要するに、リリスに一目ぼれしたわけだが、いきなり盛大に振られてしまった。

「……調べはついたか?」

「は、はい! 番長!」

ボルドは昔からの舎弟の一人を使って、リリスが好きだという男を調べさせた。そこで浮かんだのが、三年のルーファス・セイムリートという男。

部下からの報告を聞くたびに、彼の怒り度はぐんぐん上がっていく。

「許せねぇ……リリスさんから好かれているくせに、ほかに三人も女がいるだと? そんなやつ、男の風上にも置けねえな」

本人が聞いたら力一杯否定しそうなことをのたまう。まあ、外から見たらそういう風に見えるのは事実だが。

そして、彼は男らしくない男が大嫌いだった。いまどき、珍しいくらい『漢』な彼であった。

「果し合いだ! リリスさんも、あいつをいっぺんぶちのめせば、目を覚ましてくれるはずだ!」

かくして、彼はヴァルハラ学園ケンカを売ったらやばいやつランキングぶっちぎりナンバーワンのルーファスに、無謀にも戦いを挑んだのである。

 

 

 

 

 

「ん?」

朝、学園に来てみると、下駄箱の中に手紙があった。

ラブレター、なんて甘酸っぱいものじゃなく、男臭い字で、でかでかと『果たし状』と書かれた、バイオレンスな代物だ。

「……こーゆー直接的なのは久しぶりだな」

中を見てみる。

『放課後、裏庭にて待つ。ボルド・バーンズ』

……これだけ。本当にシンプルに、用件だけを伝えてくるあたり、なかなか好感が持てる。少なくとも、俺にちくちく嫌がらせしてくる連中よりは。

しかし、だ。

「普通の学生は果し合いになんか応じないよな。うんうん」

くしゃ、と果たし状を丸め、ぽい、とゴミ箱へ。

「さて、一時間目は魔法学の小テストだったな」

その日は、それきりその手紙のことは忘れてしまった。

 

 

 

 

 

「なんだと?」

「は、はい。だから、近くのゴミ箱に捨てられていました」

ボルド……いや、番長は次の日、舎弟からの報告を聞いて血管をぴくぴく浮き上がらせた。

(どこまで性根が腐ってやがるんだ……)

なにせ彼、裏庭で三時間も待ったのである。

もう許せない。果し合いに応じないやつなど、彼の中では男の風上どころか風下にも置けないのである。

「ルーファス・セイムリートを俺の前に無理矢理にでも引っ張って来い!」

「「「へ、へい!」」」

そして、無謀にも、三人の下っ端はルーファス捕獲作戦を開始した。……それがどれだけ無茶なことかも知らずに。

 

 

 

 

「あんたがルーファス先輩かい?」

学校が終わって、リアんちに行こうとしたら、いきなり一年生に囲まれた。

「えっと……ルーファスさんのお知り合いですか?」

「いや、しらん」

「でも、ルーファスさんに用事があるみたいですね」

「みたいだな」

なんて話していたら、一年は俺の手をぐいっ、と引っ張った。

「すみませんね、リア先輩。ルーファス・セイムリートを連れて来いってのがうちのボスの命令なんで」

「こら待て。俺は行くなんて言った覚えはないぞ」

「悪いが、あんたに拒否権はねえよ」

……ふむ。

「もしかしてと思うが……昨日の果たし状と関連ありか?」

「おおよ! お前が無視こいてくれた、あの果たし状! うちのボスが魂かけて書き連ねたやつよ!?」

……しるか、んなもん。

しかし、ここで事を荒立てるのはよくない。なにせ、今週は『普通の学生強化週間』なのだ。どうも、ここのところ、普通から外れた行為ばかりしていた俺。ここらへんで、一度『普通』を追求しなくては。

そのためには、こいつらは邪魔だ。

「てい!」

三人いる一年生に、一発ずつ、常人には見えないくらいの速度でパンチをお見舞いする。鍛え方が足りないらしく、あっさりと意識がとんだ。

「よし、行くぞ、リア。飯、食わせてくれるんだろ」

「えーと……いいんですか?」

「なにがだ?」

「……いえ、なんでもありません」

 

注:ルーファスは、これで本気で『普通の学生強化週間』を守っていると思っています。

 

 

 

 

「ぬぬぅ! 許すまじ、ルーファス・セイムリート!」

かわいい舎弟が怪しげな術(すでに、ただのパンチだとは認識されていない)で気絶させられた。なんて陰険で卑怯なやつだろう。

「こうなったら、俺様が直接出向いてぶちのめしてやる!!」

「「「おおっ!」」」

舎弟たちは次々に騒ぎ出す。

「では、行くぞ!」

思い立ったらすぐ行動。

良くも悪くも一本気な番長であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、この騒ぎなわけ?」

「言うな、サレナ」

いきなり、直接教室に乗り込んできた図体のでかい男に、俺はただ呆然とするしかない。

なんでも、こいつが例の『ボス』らしい。アルフレッドによると、番長、のほうが正式な呼び方だそうだが。……ずいぶんとレトロな不良に目をつけられたもんだ。

「ルーファス・セイムリート! 貴様の悪行の数々、もう見逃せねえ! 俺が貴様の腐りきった根性をこの拳で矯正してやる!!」

熱いやつだ。

「……そこまでうらまれるほどの悪行はした覚えはないんだが。そもそも、なんで俺を目の敵にするんだ、一年」

「やかましい! そ、そんなことはどうでもいいだろう!!」

なにやら、顔を赤らめている。……正直、気持ち悪いぞ。そんな男くさい顔で頬なんぞ染めるな。

「あれ〜、なんの騒ぎですか?」

……いつの間にか、リリスちゃんが来ていた。彼女、毎日必ず一回は、俺の教室にやってくる。俺としては、入学したばっかりなんだから、おとなしくクラス内で友達でも作っていろ、と言いたいところだ。

「あ、あう……り、リリスさん」

……で、例の番長は見ててかわいそうなくらいにうろたえ始めた。

「そういうことか」

納得する。非常にわかりやすくかつ、厄介な理由だな。

「そ、そういうことかってなんだ! わかったような顔をしやがって!!」

「はいはい。……でも、そういうことなら、俺のことはぜんっぜん気にしなくてもいいから、お二人で好きなようなやってくれ」

うむ。これで、万事解決。

「え〜、私、いやですよ! こんなやつ!

ぐっさぁ!

み、見える。あいつの胸に、でっかい言葉の刃が突き刺さるのが。

さすがに同情してしまうぞ。

「り、リリスちゃん? さすがにそれはないんじゃないかな〜とか思ってみたりするぞ、さすがの俺も」

「え〜。でも、こんなアウトローを気取った時代錯誤の馬鹿、私は絶対嫌です!」

ぐさぐっさぁっ!!

うおっ! 廃人と化してやがる。

「お〜い、生きてるか〜?」

返事がない。かわいそうに。あまりのショックのため、死んでしまったか。

俺は、一応、死者に対する礼儀として、胸の辺りで十字を切って、供養する。

「って! 死んどらんわ!!」

生き返ったか。

「リリスさんがこうなったのも、貴様のせいだ! ルーファス・セイムリート!!」

なんでだ。

「やはり、ここでぶちのめすしかないようだな……」

かなりやばい瞳で、ゆっくりと近付いてくる。

ここは教室だぞ。暴れたりしちゃいけないんだよぉ、とか忠告してみるが、まったく効果なし。向こうが間合いを詰めてくるごとに、後ろに下がっていたら、いつの間にか壁にぶつかった

「おいおーい。あのルーファスに真正面からぶつかるようなやつがまだいたのか」

「無謀なやつ」

「あれ一年生だろ。知らないってのは怖いねーー」

などと、無責任なクラスメイトの声が聞こえる。……止めろよ、お前らも。

「どりゃぁ!」

なかなか鋭いパンチが俺の顔面めがけてやってくる。

つい、と首をそらしてよけると、その拳はそのまま壁をぶち抜いた。……おいおい。

「うぉ!? なんだ、この手はぁ!!?」

隣のクラスから悲鳴が上がる。そりゃ、驚くだろう。

「く、なかなかやるな」

「いや、お前さん、拳闘でもやってろよ」

まさか、気孔術も使わないで、生身の人間が壁をパンチでぶち抜くとは。あんまり見れる特技ではないだろう。……いや、つーか普通やらないか。

「殺す気か」

「安心しろ。最悪でも、一年ほど病院のベッドで過ごすくらいだ」

それのどこに安心できる要素があるってんだ。

俺は普通の学生。こいつのパンチを食らったら入院してしまう。うん、絶対にそうだ。

だけど、長年の性か、体が勝手にこいつのパンチを避けてしまう。……真正面から止めたりしないのは俺のせめてもの抵抗だ。普通の学生はあんなパンチ止められやしないのだ!!

「りゃああああ!!」

かわしながら、ふと思う。

もし、ここで俺が負けたら、こいつはリリスちゃんに再度アタックするだろう。あんな軟弱なやつより俺のほうがいいぜ! とかそんな感じで。

つまり、

こいつがリリスちゃんにアタック→リリスちゃん、俺にちょっかいかけにくくなる!!

「……これでいこう」

心の中でガッツポーズ。我ながら見事な作戦だ。

「勝負の最中に、なに余所見してんだ!!?」

そして、次の一年のパンチを後ろに飛びながら甘んじて受け……

 

 

 

 

「ルーファス先輩〜〜。負けたらあのことばらしますよ〜〜」

 

 

 

 

予定変更。

パンチを左手で払いのけながら、番長の懐にステップイン。

悪いな、一年。……俺は、どうも女に逆らえないようにできているらしい(涙)。

 

そして、俺は、この番長とかいう一年を完膚なきまでにぶちのめした。

 

 

 

 

 

 

 

後日、例の一年が、俺に二代目番長を襲名するようにとやって来たが……パンチのおまけつきで、突き返した。

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