とうとうきた。きやがった。
今の今まで、なるべく考えないようにしていたんだが……やっぱり、こういう事態になったか。
「久しぶりですね、ルーファス『先輩』」
先輩に、やけに力を込めて、俺の前に立っているのは……まあ、なんというのか、俺の秘密を知る人第三号認定、リリス・クラインさんであった。
第28話「新入生の怪」
今日は、ヴァルハラ学園入学式。三階の窓から、入学式のために校門をくぐる初々しい一年生の面々の中に、俺のちょっと常人離れした視力は、一つの見知った顔を見つけた。
「……………」
いやあ、今日はいい天気だ。
なんか、彼女が俺に気付いて、手を振っているようだが、無視だ。断固として、無視だ。と、ゆーわけで、露骨に視線をそらす。
……なーんか、その子が、一瞬、怒ったような顔をして、走り出したが、これも気にしないことにする。
しばらくすると、俺のいる教室の扉が、乱暴に開かれた。
「る、ルーファスさん? あのー、あの子……」
リアが困惑したように話しかけるが、俺に関係することは何もないので、答えない。
つかつかと、俺の目の前に、一年生らしき女の子が近づいてきた。
「やあ、新入生かい? それなら、もうすぐ入学式が始まるから急いだほうがいい。体育館は、ほら、あそこだ」
と、親切に教えてやると、その子は、ひく、と顔を引きつらせ、ぎこちない笑顔を浮かべて、
「それはどうもご親切に。それにしても……久しぶりですね、ルーファス『先輩』」
とまあ、こんな感じで、冒頭につながる。
すでに、体が自然に逃げに走るが、なんとなーく、リリスちゃんの視線に縛られて、俺は動けない。
助けを求めようにも、こういう事態になった場合、俺の味方になってくれるやつなどいない。むしろ、全員敵だ。
「あーー。どうして、ここにいるんだ?」
無言の圧力に耐え切れず、仕方なく、相手をすることにした。
「愚問ですね。ここの入学試験を受けて、受かったからここにいるんです」
「……なんで、ヴァルハラ学園を受けたんだ?」
聞いてみる。
とたんに、リリスちゃんはなにかを企んでいそうな、そんな感じの意地の悪い笑みを浮かべて、
「なんでだと思います?」
………………………………………………………………
「……一番、レベルの高い学校だから?」
「ブッブーー」
だめー、とばかりに、腕をクロスさせてバツ印をつくる。そんな仕草が妙にウケたらしく、クラスの男子は大いに騒いだ。『あの子、けっこうかわいいよな』とかなんとかささやきあっている。
……どうしてこう、この学園の男は女に弱いんだろう。
「正解はですねーー」
「おっ、もうすぐ入学式だ! 新入生はさっさと体育館に行ってこい!」
なんかやばい予感がしたので、猫のようにリリスちゃんの首根っこをひっつかんで、体育館に向けて放り投げた。
ここは三階だが……なに、ちゃんとそこはかとなく大丈夫なようにしておいたから、怪我一つないようだ。
『覚えていてくださいよ〜〜』なんて恨めしそうな声が聞こえたけど、なし崩し的にこの場は切り抜けられたから、万事おっけーなのである。
「「本当にそう思ってるんですか?」」
なんて、勝利の余韻に浸っていると、後ろから聞きなれた冷たい声が。
恐る恐る振り向いてみると、例によって例のごとく、いつもの二人が仁王立ちしていた。
台詞が謎だが、察するに、こいつら、最近、ほとんど常時、俺とテレパシーで接続状態なので、さっきの思考が漏れたんじゃなかろうか。
理由がわかっても、まあ、どうしようもないのだが。
「……思ってません」
とりあえず、本音を白状しておいた。
入学式直後。自分のクラスに行かなくてはいけないはずなのに、なぜか、ほんとーーーーになぜか、リリスちゃんが再び俺のクラスに来襲してきた。
「あーー、とりあえず、出ていけ」
なにか言われる前に、先制しておく。ほんのさっきまで、リアとソフィアに……いや、まあ、いつものパターンだ。
そんな感じだったので、これ以上、あの二人の神経を逆なでするようなことはごめんだ。
そして、当のリリスちゃんは、俺の台詞に、一瞬むっと来たようだが、次の瞬間にはニヤリ、と表現するのがぴったりの笑みを浮かべて、
「へぇ……そんなこと言っていいんですか?」
「な、なんだよ……」
「……私の裸見たくせに」
………お願いしますお願いしますお願いします。そんなこと、蒸し返さないでください。つーか、誰かに聞こえてたら、どーするんだ。
そもそも、あれは治療上やむえないことであって……
「でも、事実は事実ですよね」
また、思考をリアたちに読まれてしまった。もう、その件に関しては十分な説教を受けたような気がするが、思い出したせいで、後ろの二人が異様なまでのプレッシャーを放っている。
……もうやだ、こんな生活。
「……で、なんの用」
あのことを持ち出されたら、俺としては折れるしかない。
後ろからの圧力をいったん置いておいて、リリスちゃんの相手をすることにした。
「知り合いの先輩のところに顔を出しにくるのはいけないですか?」
「そんなわけじゃないけど……この学園で、俺に女の子が近付くと、決まって厄介なことになるからな……」
深いため息をつく。つーか、現在進行形で厄介なことになっている。
なにやら、俺のパーティーメンバーのファンクラブのディープなやつらにはすでに、俺が新入生の女の子と親しげに会話しているのを見て、次の作戦を練っている。
……うちのクラスのダルコ(覚えている人、いるのか?)なんか、一番わかりやすい例で、さっきから一心に俺に向けて敵意を極限まで込めた不愉快極まりない視線を送っている。すでに、手には剣(モノホン)を握っていたりもする。
「なるほど〜。やっぱり、ルーファス先輩は女性関係で苦労しているんですね」
「やっぱりってなんだ! やっぱりって!」
そう言うと、リリスちゃんはリアとソフィア、ついでにサレナのほうに目を向けて、
「ふぅ……」
と、これ見よがしにため息をついた。
……な、なんか言い表せぬ敗北感を感じるぞ。
確かに、俺のパーティーは全員ファンクラブまでできるようなやつばっかだが、実際付き合ってみるとなると一癖も二癖もあるやつで……正直うんざりしているのに。
そんな実情をしることのないリリスちゃんはというと、
「まあ、そんなことはいいとしてですね、ルーファス先輩は、付き合っている人とかいるんですか?」
「と、突然なんだよ」
「いえ、参考までに」
なんの参考だ。
「……いないよ。それがどうかしたか?」
「そうなんですか!」
と、やけにうれしそうな声。
「じゃあ、私、立候補していいですか?」
……………………………………………………………
「いきなりなんなんですか! つ、付き合うって!!」
俺が何か言う前に、過剰なまでの反応を見せてくれたのは、今までなんとなく台詞のなかったリアだった。
「そうです! 100年も生きていない人が何を言っているんですか!」
次に食って掛ったのはやはりというかなんというか、ソフィア。……いや、普通の人間は100年も生きないぞ、ソフィア。
「あら、先輩方がどうこう言うことじゃないと思うけど。決めるのはルーファス先輩でしょ?」
それももっともな話だ。だけど、だ。
なるべくなら、こっちに話を振らないでほしいなーとか思ってみたり。
それを聞いたとたん、きっ、とこちらを睨む二対の視線。
((どう答えるつもりですか!!!?))
とか、念話で聞いてくる。
俺は、とりあえず、あいまいな笑みを浮かべながら、ゆっくりと背中を向けて、
「俺、今日早退」
一応、そう言い残し、逃げた。
「ん? おい、ルーファス。もうホームルーム始まるぞーー」
ほとんど同時に教室にやってきたミリア先生の横を走り去り、廊下をダッシュ。
「あっ! ルーファスさん、待ってくださーーい!」
リアの声も無視して、階段へ……は行かずに、適当な窓から外へ飛ぶ。
「あっ!?」
余裕を持って三回転ひねりなどを加えながら、地面に着地。うまく衝撃を逃がしたので、足を痛めたりはしていない。
おおーーーという声が、さっき飛んだ窓のあたりから聞こえる。
別の窓から、リアとソフィアとリリスちゃんが顔を出した。
「逃げないでください!」
「ルーファスさん! 男らしくないですよ!」
「ルーファスちゃん! 見損ないました」
「返事はちゃんとしてもらいますよ!!」
「どうせ、断るに決まってます!」
「なんなんですか! 意地悪ですね! ルーファス先輩はちゃーんとオーケーしてくれます! 今はちょっと照れているだけで……」
「どこをどう見ても逃げてますけどねーー」
「あれで、ルーファスちゃんは昔から女性関係には固かったですし」
「むむむ……本当に意地悪い人たちです。ルーファス先輩が逃げたのもわかりますね。さぞ、苦労しているんでしょうね」
「「それはあなたも一緒です!!」」
聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえないぃぃぃぃぃーーーーー!!!
次の日、武術の授業にて……
「あー、今年から赴任してきた、ウォード・クラインだ。人に教えるのは初めてだが、精一杯やるつもりだ。とりあえず、今日は……」
「なんであんたがいるんだ!?」
リリスちゃんの父親にして、凄腕の冒険者、ウォードのおっさんが、なぜか、現れた。
「ひさしぶりだな」
「質問に答えろ!」
「リリスが通うんだからな。心配だから教師に志願した」
……彼女、リリスは、つい最近まで不治の病に冒されていた。今の元気(になりすぎた)姿からは想像もつかないが、父として、心配なのはわかる。
……でも、教員免許は持っているのか?
「ときに、ルーファス」
「なんだよ」
真剣勝負を繰り広げたせいか、このおっさんに対してはどうしても言葉使いがきつくなってしまう。
「娘がお前に告白したそうだな」
「………まあ、そのようなこともあったような気がするかもしれない今日この頃だぞ」
「リリスはな、かわいい娘だったんだ。純粋でやさしくて。『大きくなったらお父さんのお嫁さんになる!』なんてことも言ってくれたし……」
『かわいい娘だった』ってすでに過去形かよ。
つーか、そこはかとなく、理性をなくしているような気もする。
「それがなんだ。病気が治ってからはどんどん図太くなっていくばかりで、あんまり話もしてくれなくなった。それというのも……」
「お、おーい、おっさん? いや、せんせーい?」
いつの間にか、ウォードのおっさんは刀を手に持って、ぷるぷると震えている。
「ぜぇーーーんぶっ! 貴様のせいだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「抜き身で生徒に斬りかかるなぁぁぁぁぁ!!」
必死でおっさんの攻撃をよける。かなり鋭い攻撃のため、よけ続けるのも困難だ。
しかし、訓練用の剣なんかじゃあものの役に立たないし……
(一撃で気絶させる!)
本当に本気でやれば、不可能じゃない。どてっぱらにきっついやつをお見舞いしてやる!
そう思って、ぎゅっ! と拳を握り締めたとき、
ごきっ!
どこからかとんできたバスケットボールがおっさんの頭にクリーンヒット。首からすごい音がした。
「お父さん! なに恥ずかしいことしているの!」
それを投げた張本人は、話題の中心、リリスちゃんだ。今の授業は学校内の見学だったらしい。そこで、俺たちを発見した、ということだろう。
「い、いや、リリス。俺はこの小僧にちょっとお仕置きを……」
「問答無用!」
「ぐはぁ!?」
リリスちゃんの見事なとび蹴りがヒットした。
「もう! さっきの話も聞いてたんだから! 今日という今日はじっくり話し合いましょうね!」
「ちょ、ちょっと、リリス! 今は父さん授業中だから……」
「そんなもん、無視していたのはどこのだれですか!」
「痛い! リリス、痛い! 耳をひっぱらないでくれ!」
「聞く耳持ちません!」
「だから、耳をひっぱらないでくれぇぇーー!!」
……どこかで見たような光景だ。
そんなわけで、また俺の学園生活はにぎやかなものになるのだった。……平穏がほしい、俺は。