当然のことだが、人がなにかをする時はなんらかの理由が伴うものだ。
第22話「誘拐とおじさんと娘(後編)」
「……まいったな。こうも簡単に止められるとは」
おっさんが諦めたかのように呟く。
「本当はかわすつもりだったんだけどな」
「それで、その剣は何だ?」
……おっさんの居合い、かわすつもりだったんだけど、かわしきれそうになくてレヴァンテインを召喚するハメになってしまった。
どうも、心のどこかでおっさんを侮っていたらしい。修行が足りないぞ、俺。
「企業秘密だ」
「なにもないところから取り出したように見えたが?」
「企業秘密」
「それに、なんか禍々しい気を発しているんだが?」
「企業秘密だって」
さりげない動作でレヴァンテインを亜空間に再封印する。よし、証拠隠滅って感じだ。
「どこに隠したんだ?」
しつこいおっさんめ。
「とりあえず、ここで大人しくしてろ。俺はサレナの救出に行ってくる。っても、気の使いすぎでどーせ動けないだろうけど」
「おい、質問に答えろ」
無視だ、無視。
「……無茶してるな」
サレナが閉じこめられていそうな洞窟を見つけ、中に入った俺の第一声がそれだった。
見渡すと、うめき声をあげながら寝ている男が十人ばかし。奥からも声が聞こえるから、もっといるんだろう。
「誘拐犯に容赦する必要なんてないでしょ?」
「否定せんがな、もうすこしスマートにやれ。気絶させるとか」
「あいにくだけど、あたしはそんな生温いやり方は嫌いなの」
「さよーか。……で、どーすんだ」
この人数に加え、セントルイスまで結構な距離がある。全員しょっぴいていくのは少々骨だ。
「どーせ動けないでしょうから、警備隊に連絡しておけば大丈夫でしょ」
「……俺の名前を出すなよ」
「なんで?」
なんでと聞くか、この女は。
「俺は平凡な一生徒でいたいんだよ」
「今更?」
「今更とか言うな!」
大体、周り(リアのファンクラブとか)が異常なせいなんだ、俺が平穏に過ごせないのは。それとも、今時の学生はあれがノーマルなのか?
「だって今更じゃない。まあ、いいけどね。そこらへんはうまく言っておくわよ。そういえば、あのおじさんは?」
「一応、勝った」
「んな事聞いてないわよ。分かり切ってることでしょ」
「分かり切ってることって……強かったぞ、あのおっさん」
そんな俺の言葉を無視して洞窟の出口の方へ歩いていくサレナ。にゃろう、俺が無敵超人だと勘違いしているな?(そして、それは概ね正しい)
俺は……俺は、ふつーの学生なのに!(それは違う)
「あたしが聞きたいのは、勝ったあと、あのおじさんをどうしたかってこと。警備隊に引き渡した?」
「んな面倒なコトするか。どーせ動けないだろうから放っておいた。ワケ有りっぽかったから話くらい聞いてやろうかと」
「ふーん。あ、そうそう。ここの連中の目的、カドゥケウスだったわ」
ふと、何気ないことのように言うサレナ。が、少なくとも、俺にはその事はそれなりの衝撃だった。
「はぁ!? なんでこんなチンピラに毛が生えたような連中が十二神器なんてだいそれたもんを……」
「あ、やっぱ知ってたんだ? カドゥケウスのこと」
「ああ。ローラント王家が保有しているってのは初耳だけど」
神々が人間に与えたもーた十二個のアーティファクトの一つ。神杖カドゥケウス。死んでいなければ、どんな怪我や病気でも全快にしてしまう癒しの杖。
「まあ、それだけの能力なら便利この上ないんだけど……」
「ああ。この能力の発動には、人間の命が必要なんだったか」
伝説によると、昔、これを手に入れたさる国の独裁者が国民の命を使って能力を使いまくり、200年近くも生き続けたという。
なにはともあれ、あのおっさんの目的もすこし想像が付いた。
「そ。だから、うちの王家が極秘裏に封印しているんだけど……。連中、どっから嗅ぎつけたんだか」
「隠し事なんて、いつかはばれるもんだろ」
「そりゃそうだけどさ」
考えても仕方がない。こういうやつらの情報ソースなんて千差万別なんだから。
そんなこんなで、洞窟をあとにする俺たちだった。
「でだ、話す気になった? おっさん」
おっさんは寮の俺の部屋につれこんだ。人通りが少ないとは言え、あんまり安心は出来ないからな。
「とりあえず、この拘束を解いて欲しいんだが?」
おっさんがある程度回復したようなので、暴れたりしないように鎖でがんじがらめにしているのだ。俺の魔力をこめた特注品で、力任せではさすがのおっさんも千切ったりは出来ない。
「だめ〜。さっさと話す。それとも、このまま牢屋に入りたいのか?」
「……ふん」
明後日の方を見て、無視を決め込むおっさん。
「ルーファス、諦めたほうがいいんじゃないの? このおじさん、話してくれそうにないわよ」
「いや。まあ、大体のところはわかっているんだけどな」
と、言いつつおっさんを拘束したときに抜いておいたブツを取り出す。
「い、いつの間に!?」
自分の胸にそれがないことにやっと気付いて愕然とするおっさん。
「ロケット? それがなんだって言うの?」
念のために言っておくと兵器のロケットではなく、写真とかをいれておくペンダントのことだ。
「あの誘拐したやつらの目的がカドゥケウスだって時点でピンときた。こういうおっさんが犯罪を犯してまで連中に荷担した理由はだな……」
パチン、とロケットを開く。
なかには12、3ほどの少女の写真が入っていた。
「大方、この女の子が不治の病にでもかかっているんじゃないか?」
おっさんに写真を突き付けてやる。
無言で目を逸らすおっさんだが、態度でバレバレだ。俺の予想、大当たりみたいだ。
「やっぱりか……」
「はあ……。女の子に関しては激ニブなのに、こーゆーことにかんしては鋭いわね」
「? なんのことだ」
「こりゃリアちゃんも苦労するわ」
「なんでリアが出てくる?」
「なんでって……。ま、あんたが自分で気付かなきゃいけないことだから言わないでおくわ」
さっぱりわからん。
っと、それよりも、
「おっさん、病名は?」
「……?」
「この子の病気はなんだ? 言え」
「……お前に言ってもしょうがない」
「いいから」
おっさんは黙ったままだが、辛抱強く返答を待つ。
やがて、根負けしたのかぽつりと呟くように、
「……ソウルキャンサーだ」
「ほほう」
「こんな事を聞いてどうする。まさか、お前に治せるとでも……」
おっさんが言い終わる前に立ち上がる。
「おい?」
「入院している病院に案内してくれ」
ソウルキャンサー。直訳すると、魂の癌。
文字通り、肉体ではなく霊体に出来る癌のことだ。
かなり珍しい病気で、他の霊体に関する病気と同じように、治療は極めて困難である。
いや、世間一般では不可能、とされている。
そりゃまあ、医者に治せる病気でないのは確かだ。医師の専門は肉体に起因する病気だ。魂とか霊体とかは畑違いである。
そっち方面をどうにかするのは魔法の領分。単純な回復魔法なんかではない、魔力を用いた『手術』。それを専門にするやつらを魔法医師とかいうらしいが、そいつらにしたって、治せる病気はたかがしれている。
魂を扱うには桁違いの魔力と技術が必要とされるからだ。
逆に、その二つがあれば、まったく医療知識がなくても『手術』は可能である。
そして……
「俺くらいになると、『ソウルキャンサー』だって治せる」
「……マジで?」
サレナが引きつった笑いを浮かべる。まだまだ俺のことを甘く見ていた証拠だ。
「ああ。今知られている不治の病ってのはほとんどが霊体関係だろ? もしそうなら俺は大抵治せるから聞いてみたんだが……ビンゴだったな」
おっさんは半信半疑って顔で前を歩いているけどな。
俺たちは、王立セントルイス総合病院っていう所にいる。
あの写真の少女……おっさんの娘で、リリスというらしい。おっさんの名前は、ウォード……が入院しているとのことだ。
まあ、手の施しようがなくて、ベッドで点滴を打っているだけらしいけれど。
「……ここだ」
ウォードが一つの病室の前で立ち止まる。
中に入ってみると、ウォードのロケットの少女がいた。この子がリリスだろうが、写真より若干年上のようだ。幸いなことに、個室だから他の患者はいない。ついでにちゃんと眠っている。
よく見ると、かなり痩せていて、血色もよくない。ソウルキャンサーが現実の肉体に影響を及ぼしているということは、けっこう病状が進んでいるようだ。
「じゃあ、さっさと終わらせようか。10分くらいで終わるから、あんたは看護婦さんとかがこないかどうか見張っててくれ」
「……それはいいが、本当に治せるのか?」
「ま、信じられないだろうけど、任せてみてくれ」
それきり、ウォードは何も言わずに出ていった。
さてと、ほんじゃ始めますか。
「ちょいとルーファス」
「なんだサレナ。見物はいいけど邪魔すんなよ」
「いや、一つ聞いておきたいんだけどさ、なんでその娘助けるの?」
「なんでって……」
別に、人を助けるのに理由がいるとは思えんが……
「そうだな、強いて言うなら、義務感、ってところかな」
「よくわかんないんだけど」
「俺は、人より多くの力を持っているんだから、目に見える範囲だけでもなんとかしたいって思うんだよ」
人によっては偽善に見えるかもしれない。ただの自己満足だ。
「ふーん……」
「聞きたいのはそれだけか? じゃ、少し黙っててくれ」
治療開始。
まずはじめに、ここらの精霊に働きかけて、余計な雑霊とかが入ってこないよう場を浄化する。
次は、リリスの霊体の取り出し。……女の子の場合、これが一番苦手なんだ。別に、やるのが難しいってワケじゃなくて、
俺は苦い顔をしながら彼女の頭に手を添える。
「『我、今、汝の肉体の縛鎖を解き放ち、命の核を取り出す。汝、リリス・クライン、我が御手を受け入れよ。アストラルリーブ』」
唱え終わると、リリスの体から霊体が遊離する。
白魔法に属するこの『アストラルリーブ』、禁呪指定を受けているほどのヤバイ魔法である。
この魔法をくらったら、強制的に霊体を分離させられる。霊体の状態ではなにもできず(できるやつもいるが)あとは、なにをされても抵抗できない。肉体の方を破壊されたら、そのまま天国に召され、ジ・エンドだ。
「……って、何で裸なのよ」
サレナ……突っ込まないでくれ。俺が『アストラルリーブ』の説明をして忘れようとしているのに。
「まあ、アレだな。構造的欠陥というか、霊体ってのはまあこうなっているんだよ」
そう、遊離したリリスの霊体は何も身につけていない裸の状態である。
「だからって……」
「黙ってろと言ったはずだぞ」
なるべく見ないようにしつつ、患部を探すため、霊体をスキャンする。
……心臓か。
「これから『手術』に入る」
誰とはなしに言う。
手に、魔力の刃を形成。
一瞬の早業で、ソウルキャンサーに冒された心臓の部分を切り離す。心臓をとっても、肉体じゃないから大丈夫。
「なっ!?」
そんなことは知らないサレナが驚くが、構っているヒマはない。
「お……おお!」
右手に魔力を集中。更に、気功術で質を変化させて霊物質にしてしまう。
これが出来るのは、世界中探しても二、三人しかいないだろう。もしかしたら俺だけかもしれない。霊物質を作るには莫大な量の魔力が必要だからだ。かくいう俺も、これで半分くらいの魔力を持っていかれた。
完成した霊物質をリリスの心臓の部分にあてがう。この霊物質は、なんの属性もない……つまり、なんにでも加工できるから、こうして霊体の欠けた部分にあてがってやると、吸収して霊体の心臓の代わりにできるはずだ。
これで、手術は終わり。
さっさと霊体を戻して、終了。
「できた」
「は、早いわね」
「当たり前だ。あまり長く霊体と肉体を切り離していたら肉体の方が死んでしまうからな」
とにもかくにも、終わった。
後日談
病院のベッドにて、
「ねえ、お父さん」
「ん? なんだ、リリス」
「私の病気を治してくれたあの人……誰か知っている?」
「お前、寝ていたんじゃなかったのか?」
「半分寝ていたけど、ちゃんと意識はあったわよ。……で、誰なの?」
「なんでそんなことを聞く?」
「だって……あんな姿を見られたからには、ちゃんと責任をとってもらわないと……」
「あ、あんな姿ってなんだ!? あの小僧、なにをした!!?」
「落ち着いてよ。私は気にしてないし、仕方のないことだったみたいだから」
「そ、そうか?」
「そうよ。……で、誰なの?」
「ああ、あいつはな……」
ゾクゥ!
「な、なんだ!?」
「……ルーファスさん、どうしたんですか?」
「……いや、なんか悪寒が……」
「ルーファスさんもですか? 私も少しそんな感じがしたんですけど……」
「リアもか? ……また、なんか厄介事でもあるんじゃないだろうな……」
そして、ルーファスのその予想は正しかったのである。