「なーんか遅くなっちゃったわね」

「……ま、たまにはこういうこともあるさ」

現在、午後7時。今日、日直だったため担任のミリル先生から用事を仰せつかった俺とサレナ。それが長引いて、こんな遅い時間になってしまった。

王女だからといって、サレナを特別扱いしないところがあの先生のいいところであり、悪いところでもある。

「はぁ……今晩はあたしのばんだから、このままお城に直行ね」

「……マテ。俺は飯も食ってないぞ。こんなんで、召喚魔法の講義なんか出来るか。飯くらい食わせろ」

「はいはい……そこらへんで、なんか奢ってあげるわよ……って、なにあれ」

サレナの視線の先には、ものすごい勢いでこちらに向かってくる馬車があった。規定速度を実にさわやかに無視している。

「な、なに……?」

俺たちを轢くかのような勢いで走ってきた馬車から一人の男が降り立ち……

「きゃあぁぁ!?」

サレナをかっさらって、再び、馬車へと飛び移った。ちなみに、馬車はスピードを落としていない。なかなか並はずれた身体能力の持ち主だ。

……………って、ちょっとまて!

 

第21話「誘拐とおじさんと娘(前編)」

 

くそっ! あまりに突然だったので呆気にとられてしまった。これは、つまり……所謂、誘拐というやつだろう。サレナはこの国の第一王女。誘拐されるのも不自然じゃない。

とかなんとか考えていると、すでに、馬車の姿は小さくなっている。だがしかし! その程度で俺の脚力から逃げ切れると思うなよ!!

「おりゃあ!」

かなりのスピードで追いかける。ぐんぐん差は縮まっていくが、誰かに見とがめられる心配はない。

ヴァルハラ学園は、セントルイスの北の端に位置している。馬車は商店街とは逆、セントルイスから出る方角へ突き進んでいる。そっちは、店も住宅もほとんどない。加えて、北の関所は、一番利用者が少ないので警備兵の数も少ない。

多分、強引に突破して、外のアジトかなんかにサレナを監禁するつもりだ。

なかなかよく考えている。多分計画的犯行だろう。……でも、今日、俺とサレナの帰りが遅くなったのは偶然。もしかしたら、ずっと前からチャンスを伺っていたのかもしれない。そうとうの暇人だ。

「……でも、俺が近くにいる時に犯行に及んだのが運の尽きだ」

すでに、馬車と併走している。後は、中に殴り込んで、サレナを奪還する。

まさに、その行動に移ろうとしたその瞬間、

「……!」

突然、殺気を感じて横に飛ぶ。さっきまで俺がいた空間に棒状のものが通り過ぎた。

体勢を立て直して、もう一度追おうとするが、出来ない。俺の目の前に、サレナをかっさらった男が立ちふさがっていた。

「……ちっ」

無意識に舌打ちしてしまう。ものすごい威圧感。この男、かなりの使い手だ。多分、俺が目覚めてから戦った中で、人間では最強。……いや、下手すると、あのウォー・ダークドラゴンより強いかもしれない。

「……私怨はないが、邪魔者は極力排除する必要がある。許せよ」

……さっきは放っておいたくせに。

ちゃき、と妙な剣を構える男に心の中でツッコミながら、いつも学園に持って行っている安物の剣を構える。

……悪いがサレナ。救出はかなり遅くなりそうだ。

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと離しなさい!」

無遠慮に麻縄であたしを縛り付けてくる複数の男達に文句を言うが、まったく聞き入れてもらえない。魔法の一つでもぶちかましてやりたいが、魔封じの護符が馬車の各所に張り付けてあり、あたし程度の魔力じゃあ完全に無効化されてしまう。

当然、筋力でかなうはずもなく、為す術なく縛り上げられてしまった。

「大人しくしろ。暴れると、痛い目にあうことになるぞ、サレナ王女様」

ボス格らしい大柄の男がすごんでみせる。……が、こんな事くらいで怯えるほどあたしは甘くない。

「誘拐犯が偉そうに……。目的はなに? お金?」

げげげっ、と品のない笑い方をする男。背筋にぶるっとくるほど気持ち悪い。

「違うよ。そんなのが目的ならそこらへんの富豪の子供でも攫うさ。もちろん、ついでに金もいただくが、もっと別の目的がある」

……よく、わからない。

金じゃないとすると、なんらかの政治的な目的かと思ったが、それも外れっぽい。そもそも、政治思想とかとはまったく無縁っぽいし。

唯一まともに見えたおじさんも、尋常じゃないスピードで追っかけてきたルーファスの撃退に出ていってしまった。どうも、連中の口振りからして、用心棒みたいなもんらしい。

……かなり強そうだったけど、ルーファスなら余裕でしょ。

それよりも当面の問題は……

「よし、そろそろ関所だ。もっとスピード上げろ」

こいつらが強引に突破するときに、はずみであたしに危害が及ぶかもしれないってことね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次々と繰り出される斬撃を何とか受け止めていく。が、結構きわどいタイミングだ。サレナは俺が楽勝だと思っているかもしれないが、あんまり余裕はない。

一回、大きくはじき飛ばして距離をとった。

「……一つ、質問」

「なんだ」

「どうして剣を抜かないんだ?」

そう、彼は剣を鞘に収めたままで斬りかかって……いや、殴りかかってきていたのだ。

「無益な殺生は好まない。……それより、俺からも一つ質問させてもらおう」

「なんでしょうかね」

「君は何者だ? その戦闘能力、学生のレベルを逸脱しているぞ」

まあ、予想通りの質問だ。

「さあ? なにを言っているのかわからないですね。俺は一般学生ですが」

「……戯れ言を」

そういいながら、男は剣を抜きはなった。……それは片刃で軽い反りがあり、どこか繊細な印象を受ける。少なくとも、この地方では見かけない形の剣。確か、ずっと東方の国で使われる『刀』という武器だったはずだ。ここらへんでは一部のマニアな人しか使わない。

「……無益な殺生は好まないんじゃあ……?」

「お前ほどの技量を持った相手に手加減するほどうぬぼれていない」

「あっそう……」

うぬぼれてくれてていいのに。

「おまけにものすごい珍しい武器を使ってるし。……刀、だったっけ? 間違えてない?」

「……知識も相当なものだ。やはり、ただ者ではないな」

ただ者だって……。……納得してくれないだろうけど。

「いくぞ……」

来なくていいって……

そんな俺の心の声も空しく、神速の突きが俺に襲いかかってくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから5分ほど経過した。

俺は相変わらず、彼と剣を打ち交わしている。サレナを乗せた馬車はすでにセントルイスの外に出ている。まあ、サレナの気はロックオンしているから、この世界にいる限り見失ったりしない。そっちは安心なんだが……

「なあ、おっさん」

「……なんだ」

全力で動き続けて、肩で息をしている男に問いかける。

「なんであんたみないな人が、あんなやつらに手を貸しているんだ?」

それがどうしても納得いかない。彼の技量、身体能力、気功術。どれをとっても超一級品だ。戦っているのが俺なせいで、完璧翻弄されているが、最初の見込み通り、ウォー・ダークドラゴンくらいなら互角以上に戦えるはずだ。魔法に関しては使ってこないのでわからないが、並以上の魔力はある。恐らく、魔法もそれなりに使うだろう。

こんなけちくさい犯罪に手を染めなくても、まともなやりかたで金も名誉も手にはいるはずだ。

「……お前には関係ない」

「いやいや。こうやって襲われている以上、まったく無関係ってワケじゃないと思うけど」

無言で、刀を構えるおっさん。

……いっぺんおとなしくさせにゃならんな。

「わかったよ。決着をつけてから話を聞こう」

「俺も、そう簡単に、負けるわけにはいかないんだ……!」

……この態度、なんかやむをえぬ事情があると見た。

疲労しているはずなのに、今まで以上のスピードで突っ込んでくるおっさん。

刀を薙ぎ払うがそこに俺の姿はすでにない。軽くしゃがんでやり過ごし、密着。剣は捨てた。余計な怪我をさせたくない。

「なっ……!」

意外な行動に驚きの声を上げるおっさん。……ちょっと本気を出させてもらう。

「衝破!」

気功をこめた左の掌底。無論、内臓に致命傷をあたえないように細心の注意を払っている。

「ぐ……」

「浮撃!」

さらに、周りのすべてを巻き上げるかのような足払い。あまりの勢いに、地面がえぐれ、土砂が巻き上げられる。この技で、おっさんの体は2mほど宙に浮く。

「雷槌(いかづち)!」

そのさらに上まで飛び、おっさんを地面に叩きつける。

すたっ、と地面に着地。さすがにこれで決まった……

「くっ……」

おい、まて。さすがにあっさり立ち上がるのは予想外だぞ。

「タフにもほどがあるぞ、おっさん。年を考えろ、年を」

「……し、失礼なやつだな。俺はまだ35だ」

「充分中年だ。だけどもう立っているのがやっとだろう。大人しくしてろ。サレナを救出した後、話を聞く」

踵を返そうとする俺を、おっさんの殺気がとどめた。

「……まだやる気か」

「……俺にも引けない理由がある」

「だからその理由を聞かせろ……って、いっても無駄だな」

もう、やる気マンマンってかんじだ。

「お前は俺より遙かに強い。……だが、これがかわせるか」

す、と刀を鞘に収める。……確か、これは居合い。抜刀術とも言うらしいが……刀を鞘の中で鞘走りさせて、スピードを何倍にもする一撃必殺技。

ついでに、気功術も併用しているっぽい。

「……受けて立とうじゃないか」

だが、俺を止めることが出来るかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の間合いぎりぎりで立っていると、背筋にツーと汗が流れた。

俺の人生史上、こんなに強い相手に出会ったのは初めてだ。下調べによると、こいつはサレナ王女と同じパーティーに属する、ルーファス・セイムリート。かの大勇者と同じ名前。

まさか本物か? と疑ってしまうほどに、強い。これでまだ17さいというのだから末恐ろしい。

さっき喰らった連続攻撃のおかげで体がズキズキする。ともすれば飛びそうになりそうな意識を必死で繋ぎながら、俺の、唯一必殺技といえる、この『一閃』にかける。

本来の抜刀術に加え、鞘内部に蓄積した気、及び魔力による加速。およそ考えられる最速の一撃だ。

難を言えば、刀と鞘が耐えられない、と言うことだろうか。刀の方は、それなりに名の通った名刀なので大丈夫だが、鞘の方はこれを一回ぎりぎり使える程度の強度でしかない。

体力的に言っても、これが最後の一撃。

……負けられない。そう思う。

俺とて、あんな子供を攫うような連中と手を組みたくはなかった。だが、『あいつ』を助けるため、仕方がない。

……だんだんと、集中力が増してくる。俺と、やつを結ぶ直線上に世界が閉じていく。

刀の柄に手をかけ、俺は、……踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、その頃サレナはと言うと、

 

「さーて、あんたたちの目的、きりきりと吐きなさい」

馬車からアジトの牢屋に移されるあいだに、縄抜けをして(どうして王女がこんな技術を持っているのかという質問は却下である)、レッサーデーモンを三匹ほど呼び出して連中を制圧していた。

油断して、魔封じの護符を張り付けないで、馬車から出したのが運の尽きだ。

すでに親分格の男はレッサーデーモンに首を押さえられており、他の仲間はうめきながら地面に倒れ伏している。

「言いなさい。じゃないと、死んだほうがマシ、って目に遭わせるわよ」

途端に怯えたような顔をする親分。はっきり言って情けない。

「……お、俺たちの目的は……」

「ふんふん」

「……カドゥケウス」

一瞬で、納得のいく顔をするサレナ。

「……なるほどねぇ。国宝の、『アレ』か。確かにアレなら闇相場で軽く小さい国一つ買えるくらいの金になるわね。ほしがる大金持ちなんてごろごろいるし……。それとも、自分たちで使う気かしら?」

うんうん、と頷くサレナ。

「……でも、アレはあんた達には過ぎたアイテムよ」

もう、容赦する必要はないわね、と、レッサーデーモン達をけしかけるサレナ。一応、殺しはしない……かも。

ちなみにどうして王女が闇相場の価格など知っているかという質問は、問答無用で却下である。

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