「マースーター。今日は楽しい楽しいお仕事の日ですよ〜」

やたら陽気な声で放課後、俺の机に来てに俺を引っ張るソフィア。そーいや、こいつも寮暮らしをするらしい。……大丈夫なのか?

「やだ」

「な!? なんでですか〜!?」

「俺は承知した覚えはない。お前一人でやれ。てゆーか、さっさと退学手続きをしろ」

ビシッ、と言ってやる。こう言うことは早めにはっきりさせておかなければいけない。

「そ、そんな……」

「泣いても許さんぞ」

ヨヨヨと泣き崩れるが、完璧嘘泣きだ。そんなもので、俺をだませるとでも思ったか!!

「くっ! ルーファスの野郎、俺たちのソフィアちゃんを泣かせやがった! おい! 例の計画を発動させるぞ」

……俺はだませんでも、周りには騙されるやつがごまんといるんだったな。

……そして、波乱の一日が始まった。

 

第20話「もう、収拾のつかぬ話」

 

あのあと、不当な取引によってソフィアのヴァルハラ学園滞在を認めることになってしまった。

……くそ、認めなかったらあの写真を公開するなんて言いやがって……。

ああ、写真の内容については聞かないでくれ。一応、俺の名誉のために。

 

ま、百歩譲ってそれはよしとしよう。(全然よくないが)

だが、なんで、今日学校に来てみると、俺の上履きにガビョウが仕込んであるんだ? まあ、初めてではないが。

犯人については心当たりがありすぎて特定は不可能。その気になれば、これを仕込んだやつくらい突き止められるが、面倒だし、どーせ組織だってやっているだろうから、無駄だ。つまり、泣き寝入りするしかない。

「……ったく」

ガビョウを取り除き、上靴を履く。

「あ、ルーファスさん、おはようございます」

「ああ、リアか。おはよう」

リア登場。

「……? なんですか、そのガビョウ」

俺が手に持っているガビョウを目ざとく見つけ、聞いてくる。

「気にするな。俺も気にしていない。気にしても始まらないから。わかったな」

「は、はあ」

釈然としない様子のリアと連れだって教室に向かう。中にはいると、なんか俺に視線が集中していた。慣れていると言えば(悲しいことだが)慣れているが、いつもとなんか様子が違う。

「……なんだ?」

机にむかうと、その正体がはっきりした。

……椅子にマジカルトラップが仕掛けられている。俺が座ると自動発動するみたいだ。

効果は……所謂、ブーブークッション。

「……『ディスペル』」

汎用解呪魔法で簡単に無効化できる。どこかで「ちっ……」という声が聞こえた。

「なにやっているんですか?」

「……気にするなといったろう、リア」

「はあ……」

くだらなすぎて説明する気にもならん。

「あ、ルーファス、おはよ」

すでに来ていたサレナが俺に近付く。こいつ、外面はよい。周りには完全に本性を隠している。他のクラスメイトと話していると、まるで別人だ。

「……おう」

「サレナさん。おはようございます」

「……あれ? ソフィアは?」

「多分、寝ているんじゃないか? あいつ、実は低血圧で朝は弱いんだ。いつもは根性で起きているらしいが」

精霊界での仕事があるときは無理矢理にでも起きるらしいが、仕事のない日はいつも正午近くまで寝ている。毎晩9時には寝ている子供のくせに。

「へえ」

「ついでに寝相も悪い。隣で寝ていた俺にエルボーやらキックやら、最後にはコブラツイストまで……って、どーしたリア。怖い顔して」

なにやら、リアが親の敵を見るような目で俺を睨みつけていた。急になんだ? ついでに、俺たちの会話が聞こえている範囲のクラスのやつらも怖い顔をしている。

「ルーファス。あんた、自分のセリフをよーく思い返してみなさいな」

リアとその他大勢の原因不明の怒りに戸惑っている俺に、サレナが呆れたように助言してきた。自分のセリフ……?

「……ああ。……俺が10歳の頃の話だ」

「あ、そーだったんですか」

リアを含め、全員、露骨にほっとした顔になる。

「って事はなにか? ルーファス、お前とソフィアちゃんは昔からの知り合いだったのか?」

「……どっから湧いてきた、アル」

「湧いてきたとはひどいな。で、それよりもどーなんだ? おら、白状しろ」

「……同じ村の出身だ」

そーゆーことにしておく。

「なるほど……。で、なんていう村なんだ? 野郎のプロフなんて、詳しく聞きたくないから放っておいたが、お前の出身の村って俺は知らんぞ」

……だから、俺の村は200年前になくなったというのに……。人の心の傷を平気でえぐるな。

「わ、わかったよ。そう怖い顔すんなよ。ソフィアちゃんに聞くからさ。ちょーど今来たみたいだし」

あの時の俺に今の十分の一でも力があれば、みんな死なずに済んだんだよなあ。

「なあ、ソフィアちゃん。ルーファスと同じ村出身だって聞いたんだけどさ、村の名前教えてくれないかな〜?」

「……? なんのことですか? 私、ルーファスちゃんと同じ村に住んだ事なんてありませんけど」

今思い出しても、後悔しか……って、

「なに!? つーことは、ルーファスのやつ、嘘を付いたのか!! むむむ……怪しい。これは陰謀の匂いがする」

そ〜ふぃ〜あ〜〜!!!

(おいこら! なにさらりと俺のナイスな言い訳を台無しにしているんだ!)

(え、なんですって? マスター?)

この会話は一応テレパシーである。その位の冷静さは持ち合わせているつもりだ。

(俺とお前は同じ村出身って事になっているんだ! 話を合わせろ!)

(でも、マスターと同じ村に住んでたことなんて……)

(お前は! なにを! 寝ぼけたこと言ってる! そんなことは百も承知だ! いいから言うとおりにしろ!)

(わ、わかりましたよう)

「あ〜、アルフレッドさん、ちょっと待ってください」

「ん?なんだい、ソフィアちゃん」

「やっぱり、私とマス……もとい、ルーファスちゃんは同じ村で育ちました。そういうことになっているそうですから、そういうことにしておいてください」

「ああ、わかったわかったよ(絶対に嘘だ)」

……俺の周りって、こんなやつばっかりだな。ああ、わかっていたさ。わかっていたともさ。

どうして授業が始まる前に、なんでこんなに疲れているんだ、俺は。

 

 

 

 

そういえば、今日はとみにリア、サレナ、ソフィアのファンクラブからの攻撃がきつい。なんか、19話で話していた計画を発動させたらしい。

どうも、三つの組織が手を組んだみたいだ。

授業中吹き矢で狙われる、魔法実習の授業で故意に攻撃魔法をぶつけられそうになる、廊下を歩いていたらアサシン部隊が攻めてきた。

まあ、どれも失敗に終わったが。吹き矢なぞ指と指の間で挟んで受けたし、攻撃魔法は結界で防いだ。アサシン部隊は返り討ち。

どれも大したことはなかったが、気の休まるヒマがない。……せめて、昼飯くらいはゆっくり食わせて貰えるのだろうか?

 

 

 

 

そして、ヴァルハラ学園某室。

「……くそ! やはり、ルーファス・セイムリートの壁は厚い。学校で喧嘩を売ってはいけないやつダントツ一位に輝くだけのことはある」

「確かに。あのマグナス先輩の私設軍隊を退けたという噂は本当なのかもしれん」

「いや、まて同士達よ。いかな手練れとて、絶対に隙はある。あいつも身体の内部までは鍛えられないはずだ」

「ほう? なにか手が?」

「くくく……情報部の報告によると、今日はやつは食堂で食事をとるらしい。あいつの飯にこの薬をちょいと混ぜてやれば……」

「なるほど……くくく……」

「はははははは……ご、ごほっ(←むせた)」

なんて、会話が繰り広げられていた。

ここは、例の『組織』のルーファス・セイムリート対策本部。リア達のファンの中でも特に濃い衆が集まる場所である。

 

 

 

 

 

さて、そのころルーファスはと言うと……

 

 

「なあ、今日はなんにする?」

食堂に男友達数人と一緒にいた。

「……支給される食券は、日替わりのみだ」

「あれま」

……いつもリア達と一緒のように思われているが、ルーファスにも男子の友達くらいいる。アル以外にも、『汚染度』が低いやつらはいるのだ。まあ、多くはないようだけど。

「おばちゃん、日替わり」

「はいよ」

日替わり定食を受け取り、他のやつらの確保した席に移動する。この時、すでにルーファスの定食には毒物が混入されていた。

どんな手段を使ったのかは……不明である。

「なあ、ルーファス」

彼の貴重な友人の一人が話しかける。

「なんだ」

「今日一日大変だったな」

「……ああ」

「俺、今までお前のこと羨ましいとばかり思ってたけど、今日からその認識を改めようかと思う」

実は、こういうやつは意外と多い。ルーファスに襲いかかるようなやつは案外少数派で、普通のファンならば、ルーファスに同情するものもいるのだ。

「……ん?」

友人の心遣いに感動していると、日替わり定食のスープにかすかな違和感を感じる。

「毒……?」

「なんだ、どうしたルーファス?」

「……んにゃ、なんでもない」

毒が入っていることには気付いたルーファス。ちなみに、この毒、無味無臭のはずなのだが。

だが、まったく気にせず、スープを飲み干し、さらに黙々と食事を続けるルーファスに、近くで様子をみていた組織の科学班は驚愕した。

「な、なぜだ!? あれにはゾウも一発で脱力してしまう筋弛緩剤を仕込んで置いたのに!!?」

それはもはや立派な殺人未遂である。

そして、ルーファスが毒物を受け付けないのは、体内の気が毒を中和しているからなのだが、もちろん、彼らはそんなことは知らない。

「くぅ……この作戦が失敗と言うことは……もはやあの手しかあるまい」

彼らの最後の手……それは全員での特攻。

だが、無謀と言うしかないだろう。マグナス・ハルフォード私設軍隊という本職を相手に完勝したルーファスに、かれら学生がいくら束になってかかっても相手になるはずがない。

おまけに、そんなリスクを背負ってまでルーファスをどうこうしようという人数はそんなに多くはないのだ。

 

 

放課後、最近力を隠すのが面倒になってきて、本気を出すことにも抵抗がなくなったルーファスにぼこぼこにされたのは、まあ、自然の流れだろう。

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